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第4部:冬の濡れ鼠は冷凍食品待った無し

  ○  ○


 冴木は、前にも言ったがクソ野郎である。

 クソ野郎・オブ・クソ野郎であり、何がキング・オブ・クソ野郎である。

 さっぱり分からない何が言いたいんだオマエという読者諸君がいると思うが、最近はマシになったものの、講義はサボりレポートは私に救いを求め試験前になると当然のように私にノートを寄越せレジュメをコピーさせろと寄生してくる、とまで言えば文系大学生の典型例のように聞こえて大したことのないように思えるが、そもそも平均値の時点でゼロに等しいレベルのため当然クソ野郎である。そして奴に単位をやり私にはくれなかった教授よ十円ハゲができてしまえ。

 更に挙げるなら、酒に弱い私を前にさも旨そうに酒を飲み、しきりに私を麻雀やらパチンコやら競馬やらに誘い、一人暮らしのくせにロクに自炊もせず外食やらインスタントやらレトルト冷凍食品缶詰やらばかり喰らい、挙句に私のマンションにやってきては医者に栄養失調と言われたから体にいいメシを作ってくれとまで抜かしてくる。そして世話好きというよりは断れない体質の私としては作らざるを得ない。


 更に、更に、更に。

 挙げ連ねていけば霧が無く積み上げていけば月まで届きそうな次第ではあるが、唯一奴を褒めるべき点があるとするなら、読書家であるというくらいか。

 そういう時、奴は図書館に出没することが多い。

 表現が聊か変質者や人外のバケモノじみているが、実際にそうなのか、書物を読み耽る時の冴木の目は本に注がれ、手はページをめくることにのみ従事し、足は、背は、首は、ピクリとも動じない。奴がまるで、全てをそこに注いでいるかのようにも見えるのだ。

 一応ここでは本好きを名乗っておく私ではあるが、私と奴とはそもそも好むジャンルが違った。

 私がフィリップ・K・ディックや田中光二を話せば、奴はコナン・ドイルやアガサ・クリスティ、江戸川乱歩や赤川次郎なんかを挙げるのだ。つまりはそういうことである。会話が成り立たない。


 私個人としても冴木との接点などほとんど皆無に等しいのだが、それなりに仲はよかった。私がそう感じているだけかもしれないが。


 東にいちゃつくカップルがいればその横でひたすら偉人の名言の引用だけで話し合う〝なんか大人っぽい詭弁ゲーム〟を繰り広げて白けさせては笑い転げ、西に淑女を襲う暴漢がいればそいつに二人でコーラをぶちまけてやった。後にその女が貞淑さの欠片もない援交生活真っ盛りの痴女(ビッチ)だったと知った時には、そいつにもかけてやればよかったと思ったのはここだけの話である。


「――あぁ、今日も遊んだ遊んだ」


 私の寝床であるマンションの一室で酒を飲みながら、その日も奴は満足げに笑っていた。

二回生の冬、春期休暇も半ばの三月頃の話だ。


「ご満悦なようで何よりだよ……っと」


 言いながら、私は出来上がった酒の肴をフライパンから皿に移す。作ったのは肉と野菜を適当に炒めただけの簡単なモノだったのだが、おお、という歓声もそこそこに冴木は箸を伸ばす。


「んぐんぐ……うん、旨い」

「そうかい」

「それに、酒に合うな」

「そうかいそうかい」


 この頃には既に冴木の食の好みは粗方把握しており、味付けもそれに合わせられるようになっていた。いやいや別に奴のためとかそういうワケではなく私自身大して好みに偏りがあるわけではなくならば偏食家の冴木に合わせたほうが道理的であろうという結論に至ったというだけの話で簡単に言えばそういうことなのである読者諸賢にはくれぐれも誤解のないよう願いたい!


「それで、今日は何の用だ?」


 缶チューハイを傾けながら、私は口を開き、


「何の用って、何が?」


 缶ビールを呷りながら、冴木はそう問い返した。


「言葉通りだよ。私のところに来た理由を訊いている」


 それに、と付け足す。


「――全身ずぶ濡れで、転がり込んできやがって」


 時は遡り、一時間ほど前。

 今日の私は、大して外出して何かをするような動機もないからとマンションに籠り、ベッドでダラダラと惰眠を貪るか掃除をするか冴木が一週間前に置いて行ったグラビア本を読み漁ってはこの最強スタイルの乙女という名の痴女どもよ私に胸部の肉を寄越せなどと怨念じみた呟きを吐き出していた。

 そして、マンションのインターフォンが鳴る。

 出て見れば冴木の声、やたら切羽詰まった奴を通し、自分の部屋にやってきたのを見ると、どうしてか外は晴れているのに水を被ったかのように濡れ鼠の有様、春にもまだ至っていない三月ということもありガタガタと震えていた。

 正直見なかったふりをして扉を閉めてしまいたい気持ちに駆られたが、仕方なく私は冴木を中に入れ、シャワーを浴びさせた。冴木が着られる服など持っていなかったので、私は外のコインランドリーで乾燥機に冴木の服をぶち込んで乾かした。

 そして今、奴は体からほわほわと暖かそうな湯気を立ち上らせ、乾いたシャツとジーンズで酒とつまみを味わっている次第である。


「……はははは」


 冴木は、ただ、苦笑いを零しただけだった。


「少し、ワケがあってな」

「よし、話せ」

「率直だなぁ……まぁ、端的に言えば、男と一緒にいた女の子をナンパしようとして、川に飛び込んだんだ」

「殴るぞ貴様」


 ヒトに世話かけさせた挙句からかうとはどこまで性根が腐っているのか。

 拳を振りかぶる私に、待て待てと冴木が制止をかける。


「別に冗談なんかじゃない。本当のことだ」

「なら尚更殴る」


 自業自得の尻拭いをしていたのか私は。

 今度は、冴木の制止も間に合わなかった。

 拳。鉄拳。

 貧弱ながら私のそれは冴木の頬にめり込み、ふっ飛ばし、ベッドの脚に頭をぶつけさせるに至る。


「いだだだだだだだっ、痛い怖い暴力反対っ!」


 頭を抱えのたうちまわりながら、冴木は苦痛を訴える。


「なら、洗いざらい白状しろ。しない限りまた殴るぞ」


 パキポキと関節を鳴らしてみせると冗談ながら恐れをなしたのか――流石に女、それも貧弱な私の腕力を怖がることはないだろう――、はぁとため息を吐きながら冴木は俯く。


「……嵯峨根は、恋愛って何だと思う?」

「セックスの前戯の前戯」

「お前に聞いた俺が莫迦だったよ」

「は?」


 何が言いたいのだろう、こいつは。

 セックスの前戯たるキスに行きつくまでのプロセスに過ぎないモノを、何と表現すれば満足するんだ?


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