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第0部:始まる前の、独白

 どうしようもないと、思っていた。

 どうしようもない現実、変えようのない現実、変わり映えのしない現実。

 空から女の子が落ちてくるわけじゃなくて、かぼちゃの馬車も魔女もいなくて、白馬の王子様が私を迎えに来てくれるわけでもない。


 キラキラと輝いていたモノは目を凝らしてみればただの石ころで、憧れた人はそこらにいる凡人で、綺麗な風景画だって札束を積めば買えてしまう程度だ。

 ファースト・キスはぎこちなくて、繋いだ手は汗ばんで気持ち悪くて、中学の頃に呆気なく散らした処女にだって大した感慨も無く、価値も感じなかった。


 実際のところ。

 とりたてて見るところなんて無いのだ、人生なんて。

 そんな結論は、大学に進学するよりも前に出してしまえたから。

 パラパラと散り行く桜も、ザワザワと茂る初夏の青葉も、私にはただ灰を押し固めただけのように、白黒(モノクロ)に見えてしまったものだし、楽しそうにワイワイキャイキャイ騒ぎながら私の脇を通り過ぎていく猿のような学生どもを眺めながら。今この場で引き裂けばさぞかし楽しいだろうと思ったものだ。

 焦がれる夢も、抱くべき希望も早々に消え果てて、かといって自らの手で幕を下ろす気概も持たない私は、残りの人生をただただ食い潰し、不可避の死が訪れることを願っていた。

 唯一価値を見いだせたのは、幾千、幾万、幾億とも積まれた書物だけ。


 これから始まる手記は、手記というにも恥かしい何とも稚拙なモノだ。

 稚拙というからには稚いうえに拙く、更に付け加えるなら汚物に等しい。

 そんな私の話だから、たぶん、どこまでも歪んでしまうのだろう。

 そんな私の話だから、どこかで道を違え、見失ってしまうのだろう。


 そんな、そんな、そんな。

 そんな、くだらない与太話だから。

 どこから語ればよいだろうか。

 どのように語ればいいのだろうか。

 よく分からないけれど、とりあえず、覚えている限りのことを話してしまおう。


 物語の起点となる、あの日、あの場所、あの時間。

 水を一滴たらした和紙みたいに、じわり、じわりと記憶が脳を満たしていく。

 話していこう。語っていこう。

 湿り気を帯びすぎて、ふやけてしまう前に。

 雨音から蝉の声、そしてそれらが絶えていくまでに。

 願わくば、安穏なままの終幕へ至らんことを。



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