天使の楯01
よし、これなら何とか納得できる。と、サイトを訪れたら、前話の投稿から半年以上……。
本当にすいません。忙しかったり、書いたものが何か納得できなかったりで。本当に申し訳ありません。
「あっ! そう言えば、何でここに? 僕が死んだら皆成仏する筈だったよね……先生も自分の居た世界に帰るって言ってたし」
パチパチと何度か瞬きをしてから、アホ面……じゃない、至極不思議そうな顔で首を傾げる千歳。まぁ、此方に来て幾年か経って突然今まで音沙汰の無かった私が出てきたのだ、成仏したと思っていたとしてもそれは致し方の無い事。
と言うか、千歳の言う通り成仏している筈だったのだ、ここに居るのはそもそも色々イレギュラーがあったからだし。
「本来ならそうする筈だったんだけれど、眠ったままの貴方を放っておくのも気が引けたし、約束も守れなかった訳だからせめて貴方が目を覚ましてからあの世に行こうかと思って待ていたのよ。……巫女さんとホットケーキの人は家族が居るからって一足先に逝ったけど」
千歳の命運が尽きたあの時、千歳の元に居たのは私を含めて5人。その内2人は既に未練も解消されて何時でも成仏出来る状態だったし、家族もアチラで待って居ると言う事で一足先にアチラへ渡っていった。
残る事を選択したのは、私と千歳が先生と呼ぶ姫様ニートそして向日葵娘の3人。私達が残ったのは何でもない、自分の世界に帰るだけの姫様ニートは兎も角として、私達はアチラに逝ったら次に会えるかは分からないからだ。
「わぁ……何だか心配掛けたみたいでごめんね」
「いえ、心配掛けられるのは何時もの事だし別に」
千歳と話しつつ、ピクリとも動かなくなった羊角の彼女――千歳曰く羊の獣人と言うらしい――を丁寧且つ念入りに縛り上げる。
話すべき事は多いので腰を落ち着けて話したいし、何より彼女の治療もしなければならない。彼女は外傷こそないものの、さりとてこのまま放置しておいて良い程状態が良い訳でもない。
と言う訳で、千歳の所に来て以降随分と増えた縛り方の知識をフルに活用して、縄抜対策もバッチリに縛り上げる。滅多に居ないけれど、極希に縄抜けとか習得している子も居るから念には念を入れて。
「……手伝う?」
「申し出は有り難いけれど、貴方じゃ縛っても縄がユンユルンになるじゃない。だから割と本気で手伝いとか要らない」
そう告げると、何とも言えない微妙な表情になる千歳。そんな顔をされても、しっかり縛っておかないと危ないのだ。当面の間は目を覚ます事はないだろうけど、それでも過去に一度だけしてやられた事があるので油断は出来ない。
あの時は、倒れた子を興味津々に覗き込んでいた姫様ニートが、突然目を覚ましたあの子に顎に掌底を叩き込まれて一発ノックダウン。次の瞬間には視線が私の方に向き、流れるような動きで肘を打ち込んで来たので、腕を掴んで頭を床に押さえ込み、気絶した姫様ニートの首根っこを引っ掴んで、あの子と接吻させる事で精気を吸わせて気絶させ無力化した。
……個人的には、無傷での無力化と回復を両立した良い手だったと思ったのだけれど、件の彼女からは最後の最後まで微妙に距離を取られていた。痛い思いをしない様に気を使ったのに解せない。
「こっちは良いから、貴方は私の世界と繋いでくれるかしら? 彼女と私の世界はまだ地続きではないの」
縄に更に縄を重ね、彼女を踏み押さえてギリギリと締め上げながら頼むと、千歳は「あ、うん」と気の抜けた返事を返して、掌を胸の前へ真っ直ぐ伸ばして指先を重ね三角を形作り、目を瞑って「桜さんの家、桜さんの家~」と呟くように念じる。
すると、綿毛の様なフワフワとした光が当たりから現れ、一点に集束して風に揺れる光の水面に――世界と世界を繋ぐ扉へと変じていく。
此方へ来た時は、手元から唐突に桜花が消えて「これはもしや?」と、桜花を目印にこの場へ跳んで来た訳だけれども、本来ならば私達はお互いに繋がっていない世界を行き来する事は出来ない。
世界と世界が繋がっているのなら徒歩での往来も可能なのだけれど、それには先ず世界の主同士がお互いに親交を持たないといけない。けれど自分の事すら覚束無い彼女と直ぐに信頼だの友好だのと言うのは少々厳しいだろう。
……と言うかはっきり言って無理だ、起こしたところで錯乱して暴れるのが精々。何人かに試したが大体この結果になったので間違い無い。
そこで千歳の出番と言う訳だ。
ここは彼女の心の世界であると同時に、千歳の心の世界の一部でもある。私達の心の世界は千歳の心の外殻に存在し、その一部と私達の心象から出来ている。故に目的地さえ知っていて、尚且つ調子さえ悪くなければ世界と世界を一時的に繋ぐ事ぐらいは出来る。
ただそれも万能と言う訳ではなく、千歳が目的地を知らなければその場所には繋げられず、調子如何では断崖絶壁や泉のど真ん中に出たりする。当人は高い所が怖いし、泳げないのに出る場所が致命的過ぎる。
「繋がったよー」
少し重たげな目蓋でへろへろと手を振る千歳。やはりああ言った手合いを相手にするのは疲れるのだろう、例え攻撃が効かずとも敵意を向けられると言うのはそれだけで消耗する。
それが日常だった私ですらそうなのだから、千歳ならば尚更だろう。そこで更に頼むのは罪悪感が無い訳ではないけれど、私では出来ない事なので頑張って貰う他ない。
「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」
「うん」
散々縛り上げた彼女を肩に担ぎ上げ、目蓋が若干落ち始めた千歳に先んじて光の扉を潜る。すると瞬きの間ボンヤリとした眩しさが目の奥を刺して視界が白に染まり、世界が色を取り戻す頃には、薄っすらと水が張った枯山水の庭に淡い桜色の花弁が舞い降り、そして流れて行く光景が目に映る。
見慣れた屋敷の縁側に、真夏だというのに葉桜となる事も降り止む事も無い桜。曰くこの桜は私が生前に見て心の深くに刻まれた光景であり、私の世界の象徴であり根幹を成す要素の一つのなのだそうだ。
お蔭で私の世界はそこらじゅう桜だらけ。春夏秋冬季節も選ばず一年中咲いているので季節感なんてあったものではない。これで適度な所で散った花弁が消えてくれなければ、そこらじゅう春色桜色な世界になっていただろう。
「ん……無事に辿り着いたのかしら」
千歳も疲れていたみたいだし少しは覚悟していたのだけれど、どうやら普通に家に辿り着けたらしい。……意外ね、また何処かおかしな場所に出るかと思って身構えていたのに。
そんな事を考えながら庭の水面に顔を出した飛び石を渡り、踏み石で下足を脱いで縁側から居間に上がって彼女を畳の上に放り、布団を敷いて改めて縛ったままの彼女をその上に寝かせる。
本当は客人扱いで客間に寝かせてあげたいのだけれど、状態が安定するまでは出来るだけ目の届く範囲に置いておくに越した事はない。……万が一にも暴れ出したら絞め落さないといけないし。
そうこうしていると、飛び石でモタついていた千歳がこれまたモタモタと踏み石で下駄を脱ぎ損ね、ビターンと痛そうな音を立てて「うぎゅ」と変な声をあげて転んだ。
千歳が今身に纏っているのは、千歳自身が着慣れた衣装に履き慣れた下足。それに千歳が持っている着物の須らくは特別な物で身に着けて居ても動きが阻害される事もない。それで転ぶと言う事は大分キテるわね、コレは。
「……お茶でも入れてくるから、貴方はそこで座って待っていなさいな。話の続きはそれからにしましょう」
「んう」
鼻の頭を押さえて縁側にしゃがみ込んでプルプルしている千歳に一声掛け、鼻血とか出てないだろうか? 等と何時もの事ながら心配になって後ろ髪を引かれつつ炊事場へ向かう。
アレね、私が居てもどうなるものでもないのだけれど、せめてティッシュの一箱かガーゼの一袋でも置いてくるべきだっただろうか。……いや、まぁ、あの子も置いてある場所は知っているから大丈夫だろうけど。
「さてと、薬缶を火に掛けてっと」
湯が沸くのを待つ間に、戸棚を漁って数日前に姫様ニートが持ってきたお裾分けと、常備しているお菓子や軽く摘める諸々を盆と大皿に載せていく。
サンドイッチにお握り、クッキーやプチケーキにスナック。何時からあるのか思い出せない何かの干物に、一昨年から漬けっ放しで忘れられていた漬かりの浅くない浅漬け。
「この際ね、アレも処分しようかしら」
ふと思い付いてチラリと棚の端へ、姫様ニートが持ってきた創作料理に目を向ける。
今を遡る事1週間ぐらい前になるだろうか……麦藁帽子を被りクーラーボックスを肩に掛けて網を片手に持った姫様ニートが、朝も早い時間から私の世界までやって来た。
まだ薄暗い時間から私の家に顔を出した彼女は、世間話もそこそこに田畑へ出向いて日が落ちる直前まで野山を駆け回り、日没直前にもう一度私の家に顔を出すと、その日の戦果を自慢して鼻歌交じりに帰っていった。
それから数日後の事だ、普通のお裾分けとアレな……アレを持った彼女がやって来たのは。
「泥鰌は兎も角、蝉とかタガメは流石の私でもね……」
棚から取り出した、材料さえ聞かなければ少し微妙な色と風味なだけの菓子を前に溜息を一つ。
蝉のクッキーとかタガメの煎餅とか聞いてしまったら幾ら私でも流石に引く。私も生前は色々あって大概の物は食べてきたつもりだったけれど、流石に虫はキツイ。
一応食べきろうと善処しては居たのだけれど、使った材料について懇切丁寧に高説頂いた後では手も伸び辛いと言うもの。種類も量も多いし、何だか若干威圧感も感じる気がする。
けれど材料を知らなければ……山積みの菓子の中に多少風味と味がアレな物が混ざっている程度なら、何かおかしいとは思っても千歳ならばきっと気にせず食べるだろう。
あの子、食い意地だけは人並み以上だからね。
あと、決して……決して言い訳と言う訳ではないけれど、今回の諸々に使われた材料は生薬の原料になるともご高説頂いた。疲れている千歳には持って来いの品だろう……実際の所、何に効く薬になるのかは知らないし、ここで食べても体力は回復しないだろうけれど。
まぁ、そこは気にしないでおこう。そう思いなおして件の菓子を加えた盆と大皿、そして湯の沸いた薬缶を持って居間に戻ると、千歳が座布団に突っ伏して行き倒れる様に寝息を立てていた。
「寝てしまったのね」
すぅすぅと寝息を立てる千歳と沸かしたばかりのお湯が入った薬缶を見比べ、小さく息を吐いて千歳にタオルケットを掛けてやる。
予想していなかった訳ではないけれど、まさか湯を沸かしてくるまでの短時間で寝落ちるとは……。けれど寝てしまったなら仕方がない、仮に起きて居たとして寝落ち寸前では私の話も頭に入るまい。
「はぁ……お茶でも入れましょうか」
折角沸かしてきたお湯も使わなければ勿体無いと、一息吐く為に急須でお茶を淹れて自分用の湯の身に注いで啜りつつ、遠くの山から顔を出す入道雲とそれを照らす真夏の太陽を見て思う。
冷たいお茶でも良いか、千歳が起きたら冷たい麦茶でも出そう。桜のせいで季節感が狂うけれど今は真夏だし。
次話は少しでも早く投稿できるよう鋭意努力いたします。
追伸―エクレアさんの家名と、ノエル(小玉スイカちゃん(仮称))の名前を変更しました。
エクレアさんは、家名を『カスタード』から『エクレール』へ。
ノエルは、先日徒然なるままに『ノエル』の意味を調べたら、クリスマス的な意味だったので……。――あと、ブッシュ・ド・ノエル(ケーキ)ってクリスマスの薪って意味だったんですね。黒い切り株のケーキ的な意味かと思ってました。―-
ノワール(黒の意)からちょっと捻ってノエル(クリスマス的な意味)だと全く影の精霊のイメージから離れてしまいます。
という事で、月の女神である所の、ルナ、ディアーナ、アルテミス等々に加え、リィスティアの夜と癒しの女神の名前から取って『フィルテナ』となりました。よろしくお願いします。




