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白の転生譚  作者: 優音 乙菜
薬師の国と、2人のお姫様
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彼女の心 03

以前の投稿から数か月、いえ半年程。遅れて申し訳ありません。

 呪いの龍が呪いを封じた桜の花弁へと転じ、弾ける様に周囲へ飛び散り、世界の呪いを更に吸い込みながら雨の様に舞い落ちる。

 普通の桜の花弁となんら遜色なく降り注ぐそれの最中、呪いの依り代となっていた齢20半ば程の、黄金の髪と角を持つ羊の獣人――と言うのだったかしら? ――が、膝から崩れ落ちて草花の絨毯へうつ伏せに倒れ込んだ。


「終ったわったみたいね」


 静かに息を吐き出し警戒を解いて、桜花の鞘を握った腕から力を抜いてゆっくりと下ろす。

 と、隣でドシャッっと言う若草が潰れる音が聞こえて其方に目を向ければ、気の抜けたらしい千歳が平原にへたり込んでいた。どうやら腰が抜けたらしい。


「……怖かった」


 小さく鼻を啜りホッっと胸を撫で下ろす。そんな千歳の長い髪を風がさらって吹き抜け、立ち込め始めていた朝靄と共に、明けること無く続いていた夜の余韻を彼方へと運び去っていった。


 小高い平原から、朝の光が降り注ぎ始めた彼女の世界を見渡す。


 若草色の若い麦の穂が石垣の向こうで風に吹かれて心地良さそうに波打ち、小さな村の石組みの家々の煙突からは白い煙が立ち上り始める。遙か彼方に聳える雪化粧を施した山々は雲を優に突き抜けて涼やかに聳え立つ。空は青く高く、日は柔らかに、風は穏やかに緑の香りを運びぶ。


 ――世界は本来あるべきであろう姿へと戻りつつあった。


 一通り『彼女の世界(・・・・・)』を見渡し、異常が無さそうな事を確認した私は、隣でへたり込んだまま動けなくなっている千歳の両脇に手を突っ込んで、半ば無理矢理に立ち上がらせる。


「まったく……相変わらずね。私随分前に言ったわよね? 変なモノ取り込むなって。貴方だって呪いが全く効かないと言う訳ではないのよ」


 千歳の呪いに対する耐性は、人の……いや、私の知りうる限りの『神』と名の付くソレと比較しても異常だ。そして、その浄化能力も条件次第では並みの土地神を遙かに上回る。

 人なら死に、神も堕ちる程の呪いを"喰らって(・・・・)"も数日寝込む程度で、その後はケロッとした顔で回復する。


 ……けれど、効かない訳ではないのだ。浄化能力を上回る呪いは蓄積され、浄化されるまで毒の様に心身を蝕む。


 以前なら、堕ちた神から剥ぎ取り保有していた神格があったので何とかなっていた。

 アレは思いや願いの結晶であり、資格有る者を神と名の付くモノへと昇華させるもの。千歳が持っていても本来の用途では意味を為さないモノではあるが、その『自身へ向けられる想いを力に変換する』と言う性質は、千歳の心身を守るのに一役買ってくれていたのだ。


 けれど、此方の世界に来てからは神格があまり役に立っていない。『天使』と言う種族の特性なのか、此方の世界に来て以来"外"の様子が分からないので一概には言えないが、恐らく想ってくれる人が以前の世界と比較して減ったからだろう。


 仮に今の状態で先程桜の花弁へ封じ込めた呪いを何の策も無しに取り込めば、只では済まないだろう。……と言っても、そのまま放置する訳にもいかないので困りものだ。

 それに、呪いを持っていた彼女の事も気がかりだ。目を覚まして何かあった時の為に、何時ものように縛り上げておかなければ。


「えっと、御免なさい。でも放って置く訳にもいかなくて」


 自覚があるのだろう。少しねめつければ、千歳は申し訳なさそうに萎縮して項垂れる。当人も分かっているようだからこの話は取り合えず良いか、と私は1つ息を吐いて顔を上げる。


「はぁ……まぁ、結果的には無事だったから良いとしましょう。どうせ私が居なくとも死ぬ事は無かったでしょうし」


 説教が無しと分かったからか、ほぅ。と息を吐いて肩を降ろす千歳。私とて毎度毎回と説教などしたくはないが、言い聞かせておかないとあの子自身の身が危ない。

 とは言え、今回に限れば『月の衣』に『天女の羽衣』も身に着けている。あのトカゲモドキぐらいなら、齧られて半べそでも掻きながら1週間ぐらい桜花をペチペチと叩き付け続けていれば、武具全般を扱う才能が無い千歳だとて何とか出来たはずだ。


「それで、どうする心算(つもり)かしら? 無い無い尽くしな今の状態でこれだけの呪いを取り込むのは流石に看過できないわよ」


「…………」


 回答の替わりに、少し眉間に皺を寄せて口をへの字に引き結ぶ千歳。あぁ、うん。分かっては居たけれど、別段何か考えがあると言う訳ではないのね。困ったものだわ。


 ――さて、本当にどうしたものか。神様を自称する奴らの話しを聞いた時点で、世界を渡れば神格が役に立たなくなるであろう事は予想していたし、何時かはこうなるかも知れないとも予測はしていた。

 けれど、外の様子は分からないわ、手足どころか口も出せないわで、ここ数年ずっと心配しながら過ごすに留まっていのだ。多分、これが修学旅行に行った娘を心配する親の心境なのだろう。

 ……私は修学旅行は勿論の事、林間学校も登山もキャンプにも憑いていったので、実際にその表現が正しいのかは分からないけれど。


 とまぁ、文句を言っても仕方が無い。癪な話しだがあの神を名乗るヤツ等が居なければ、そもそも私はあの世逝きで、千歳自身も終っていたのだから。


「はぁ……そもそもの話し、如何してこんな事になったのかしら? あの規模の呪いなんて早々無いわよ。こっちの世界じゃどうかは知らないけれど、元の世界じゃ土地神案件」


 と言うか、そんな規模になる以前に何とかしようとする。放って置けないから優しく哀れな"神"は穢れに堕ちる。そして堕ちた後は悲惨なもの、生前の私みたいなのに刃を向けられる。

 守った筈の命に刃を向けられるのだから、神様だってやってられないだろう。


「えっと、それが――」


 千歳の話しを聞くに、この子がこの世界に来て以来お世話になっている教会――多分、孤児院的な事もしているのだろう――で暮らす子供の1人。ハーシェと言う少女が、出先でこの子が見つけてしまった『封じ箱』と言う封印の箱を開いてしまったのが事の発端らしい。


 ……つまり、この子はまた(・・)余計な物を探し当てたのだ。


 どんな物なのか知りながら箱を開けてしまった件の子が悪いのは分かる。けれど、そもそも千歳がそんな物を探し当てなければ今の事態が無かったのもまた事実。

 と言うか、何でまたこの子はまた砂漠から砂金の一粒を見つける様な真似を、と、少しばかり呆れながらも、心の赴くままに右手で手刀を作ってペシペシと千歳の頭に振り下ろす。


「そう、そう、そう……探し当てられた側の私が言うのも何なのだけれど、どうして貴方はそうも毎度毎度余計な物を探し当てるのかしら?」


 千歳は度々おかしな物を探し当てる。例えば有名な所では、天より舞い降りた乙女が纏っていたと言う『羽衣』や、姫様ニート悪魔を呼び出した『魔道書(グリモア)』。

 逸話も無に等しく知る人も少ない物なら、私の『刀』や向日葵娘の『マスケット』に、空の欠片を削り出したと言う『鈴』。


 本当に色々な物を探し当てるが、それは必ずしも良い物とは限らない。その大体半分は碌でもない物か、碌でもない状態になっている物だ。でなければ持ち主が特別な力を持つ超常の道具、近代に於いては『アイテム』と呼ばれるそれを手放す筈がない。


 例えば『羽衣』――私の知る逸話にある『天女の羽衣』は、天から舞い降りた乙女が身に纏う、自身を縛る重さを振り払い穢れや呪いを弾く羽衣だった。

 けれど、それは所有者だった筈の天女の元から盗まれ、人の世を渡るうちに徐々に力を失い、穢れ変質し纏う者を蝕む道具となり、何時しか所在も途絶えてどんな因果か千歳の手に渡った。


 私が千歳に出会う以前の話しなので詳しい事は定かでは無いが、千歳曰く『保育園の遠足の時に、風で飛ばされて来たのが顔に引っ掛かった』とか。

 ……幾ら綺麗な生地だったとしても、そんな布切れを家に持って帰る神経が私には分からないし、そもそも何故そうなったのかも分からない。と言うか風で飛ばされて来たって何?


 今回だってそうだ。穢れや呪いごと魂を封じ込めた箱を掘り起こすなんてどんな確率なのやら。どうせならもっと良い物を探し当てれば良いのに。


「そんな事言われても、見つけた時はそんなのだとは思わなかったし」


「黙らっしゃい。埋まってる箱とか……もう、ちょっとは学習しなさいよ」


 思わず振り下ろす手刀に力と速度が乗ってしまう。きっとこれも親心。なまじ小さい頃から見ているから、心境的に姉か親、若しくは保護者か守護霊みたいな感じなのだ。


「いたたたたた、や、止めぇ、やめてぇ!」


 流石に連撃は効いたのか、目尻に涙を溜めて両手で頭を抑える千歳。その姿を見て、まぁこのぐらいで勘弁してやるか、と手を止めた刹那何故だかふと思いつく。


「……そうね。元の箱に戻したらどうかしら?」


「へ?」


 言葉を吐き出したままの半開きの口のまま、キョトンと首を傾げる千歳。


「元々彼女が封じ込められてた箱は、『禍津封じの箱』の様な物なのでしょ?」


「えっと、うん。確かサクがそんな事言ってたけど……」


 色好い返事が返って来たので、「あ、サクって言うのは」と続ける千歳の声を「取り敢えずそれは良いから」と程々の所で遮って続ける。

 何せ、此方からは外に干渉できないのだ。私が彼女と関わる事は無いだろうし、もし関わる事になったのなら人となりはその時に聞けばいい。……自慢では無いが私は人の顔や名前を覚えるのが苦手な方なのだ、だから多分今聞いても忘れる。


「元々その箱に入ってたなら、さっき引き剥がした分の呪いを箱に戻して封印してしまえば良いのよ。無論、姫様ニートの時みたいに箱自体が朽ちて壊れかけてなければだけれど」


 姫様ニートの『魔道書(グリモア)』は霊力が()められた神木の箱に封じられていた。故に篭められた霊力が薄れると共に経年劣化が始まり、見つけた時点では大分古ぼけた感じになっていた。

 お蔭で、古物を探す番組を見ていた千歳は、何か宝物を発見した感じになって大喜び。私自身も、良い物が入っていたら古物商に持ち込んで換金しようと内心浮かれていたものだ。まぁ結果は散々だったけれど。


「多分大丈夫。宝石っぽいので出来てたし、スコップがぶつかっても傷1つ出来なかったから」


 スコップを振り下ろす動作なのか、ブンブンと腕を上げて振り下ろしを繰り返す千歳。泥岩や砂岩みたいな比較的脆い石でもあるまいに、千歳に叩かれて傷つく程度の鉱石の強度なんてたかが知れてる。


「それなら良いわ、(うつつ)に戻ったら呪いも穢れも箱に戻しちゃいなさいな。あと、ハーシェちゃんだったかしら? その子には何時も通り(・・・・・)にね。彼女の方も何時も通り私が面倒見るから」


 チラリと向けた視線の先。向こうで倒れている彼女はとりあえず保護して、目を覚まして暴れる様なら話が出来る様になるまで何度も殴り倒して昏倒させれば良い。それでもダメなら……。まぁ、今まで一度だってそんな事は無かったし大丈夫だろう。


「分かった!」


 先程上った朝日を背に、ギュッと片手を握りもう片方の手を振り上げて元気良く返事をする千歳。世界を渡って子供に戻ったからだろうか、どうも仕草が子供っぽい……いや元々か。

 

「……さて、じゃあ次は私達がここに居る経緯と理由を話そうかしら」


 伝えておかねばなるまい。私達の現状と、負ってしまった傷の事や『内』と『外』を隔てる何らかの力の事。――そして、必要なだけの真実を。

 千歳は意外と気にしぃな所があるから、伝えるべき事にとそうで無い事に気をつけなければ。

 土地神などが出来上がるプロセスには幾つかの種類があります。


 1.元から存在する神様がそうなる。

 2.狐や狸などの化生が長年を掛けて力を蓄えていく。

 3.様々な想いが形を成して何時の間にか神様になっている。

 4.妖怪変化が何時の間にか神様として祭られて何時の間にか神様になっている。

 5.形無い神様への祈りが神格と化して、その神格を資格有る者が手にする。

 等々。


 廃村や参拝者の無くなった神社等が増えてしまった関係上、千歳は結構な数の神格を保有し、神社に居る神様に押し付け……奉納したり、渡すべき相手が現れるのを待っていました。結局幾つか譲渡した時点で世界を渡る事となってしまいましたが。

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