封じ箱と禍津封じの箱
時折ガタリと揺れる馬車に揺られながら、お昼の時に掘り起こした箱を行商人でありある程度目利きも出来ると言うサクに見てもらったところ、
「ウチも図鑑以外で見るのは初めてなんやけど、多分これは封じ箱やな」
と、そんな返事が返ってきました。
「……封じ…箱?」
その単語を聞いた瞬間、箱を掘り出した日の晩に起きた出来事を思い出してしまい、意図せず聞き返す様に口から言葉が漏れ出します。
……確か、あの時掘り出した箱の正式名称も、曰く"亀の甲より年の功"で物知りだったフゥちゃんが『禍津封じの箱』と言っていた様な覚えがあります。
「そ、封じの箱。その名が示す通り、人の手に負えん道具とか武器なんかを封じる為の箱や」
「そう、なんだ……」
あぁ、うん。やっぱり……。これは、他の人が拾わなくて良かったと考えるべきか、大当たりを引いてゲンナリするべきか……。
昔山で掘り出した禍津封じの箱も、封じの箱と同じく中に入れた物を封じる力を持つ道具でした。
そして、禍津封じの箱に入っていたのは、黒地の装丁に銀の装飾が為され、鍵付きの鎖で封じられたとても古い本……所謂、グリモアと呼ばれるものでした。
掘り出した当初は、その箱にまさか"禍津封じの箱"などと言う名前が付いているとは思っても見ませんでしたし、中に入っていた本も表紙に描かれた文字すら誰にも読めず、内容を確認しようにも、鎖を外す為の鍵は箱に入っていないしで、その本の内容は結局分からず……。
どうし様もないので箱に戻して放置しておこうと思っていた所、当時神童とか天才とか呼び称されていた朱里ちゃんが、その本に異常な興味を示したので、僕は何も考えずに彼女にその本を渡してしまいました。
まさか、その本が淫魔を……サキュバスの女王を呼び出す方法が記された本だとは想像すらせず。針金で簡単に鍵を解錠して、未知の言語を解読するなどとは微塵も思わずに。
そして何より、賢い朱里ちゃんが本の内容を理解した上で、そんなモノを召喚するなどとは考えもせずに。
……そこからは、もう兎に角散々だった覚えしかありません。
お父さんの実家の大広間で山菜を摘みに宴会をしていた大人達は、それが召喚された途端男女問わずに精気を吸われて全滅。
朱里ちゃんは、何故か目をキラキラと輝かせながら召喚されたソレに飛び掛り、錯乱してか一心不乱にソレの胸を揉んで「こんなに大きいの初めて……でも、何か…違う」と呟いて気絶。
幸か不幸か、彼女の力が効かずに1人残ってしまった当時の僕は、事態が飲み込めず混乱し、半泣きになりながらお母さんの懐から携帯を取り出して、家以外で唯一電話番号を覚えていたフゥちゃんの携帯に電話して助けを求め、救急車を呼んでもらう事となりました。
その後、フゥちゃんが要請した救急車が車での間に、皆が突然倒れた原因だと判明した、色欲を司るサキュバスの女王たる彼女とフゥちゃんが電話越しに交渉するも、決裂。
「契約は決裂じゃな。……よし千歳、アレは良いカモじゃ」
なんて電話の向こうで悪い笑みを浮かべるフゥちゃんに指示に従って、油断する彼女の手を取り、おまじないの応用で彼女の精気を根こそぎ吸い取って気絶させました。
「ソレが救急隊員に見つかると説明が面倒じゃ。刀の娘やマスケットの娘にしたのと同じ様に、心の中とやらに取り込んでしまえ。したら、後は2人が何とかしてくるじゃろうて」
と、指示されて一時的な処置として慌てて彼女を心の中に取り込んで封じました。
ここで倒れた皆が目を覚まして大団円……となれば良かったのですが、当然皆は精気を吸われた皆は目覚めず、到着した救急車に運ばれて病院へ。
僕は、翌朝にはフゥちゃんが高速飛ばして迎えに来てくれると言う事で、その夜一晩はお父さんの実家に放置される事となり、翌朝テレビを点けっ放しで部屋の隅で足を抱えて放心状態になっている所を、迎えに来たフゥちゃんに発見される事となりました。
山奥にある酒蔵で、かなり古いお屋敷でもあるお父さんの実家に一晩放置された夜の事は、あまり思い出したくありません。
テレビを点ければ夏の怪談特集がやってるし、テレビから視線を外したら外したで、見知らぬ女性が残った料理に手を付けながら残ったお酒を飲んで爆笑してるし、知らない内に現れた白い大蛇はお酒瓶でラッパ飲みしてるし……。
……控えめに言ってかなり怖かったです。
「普通は、万が一にも人の手になんか渡らない様に規模の大きな教会で厳重に管理・封印されとるんやけど……なんでこんな場所に埋まっとったんやろうな?」
「恐らく、大森林を通った馬車に積まれていた物が、何らかの理由で大森林に置き去りにされてここまで流れて来たのでしょう。この辺りは雨季になると水量が増加しますからね」
「成る程。そう言えばファーリシア王国の王都にある教会は、クリスタリア大陸でも五本の指に入るぐらい規模やったな」
リディアの話を聞いて、サクが妙に納得した様にふむふむと頷いていると、今まで静かに話しを聞いていたポルトが首を傾げながら、隣に座るメイドさんに尋ねます。
「王都って何だ?」
「ザックリ言うと、王様が住んでるお城がある都市の事ですね。ちなみに、国政の中心……平たく言うと、偉い人が色々お仕事をしている都市と言う事で、首都とも呼ばれる事もあります」
「へぇ、王様がお城に住んでるのは知ってたけど、王都ってのがって言うのは初めて知ったよ。メイドさんは物知りなんだな」
「一応一般常識なんですけど……まぁ、お褒めの言葉に関しては素直に受け取っておきましょう」
2人のそんな会話を聞き流しつつ、この箱どうしよう? 取り合えず『貯蔵庫』にでも仕舞っておこうかな。何て思案しながら、まだ少し土で汚れている封じ箱をボンヤリと眺めます。
そうして、考え事をしながら皆の会話を耳に馬車に揺られていると、段々と目蓋が重くなって来て、そう言えば何時もならお昼を食べたらお昼ねしてたなぁ。なんてコクリコクリと船を漕ぎ始めてしまいます。
「おや、千歳ちゃんはもうお眠ですか?」
「少しだけ」
とは言いつつも時折意識が途切れ、力が抜けて重力に従い頭がカクンと下がります。
「……限界っぽいですね」
「仕方がないでしょう。何事も初めての経験と言うのは身体的にも精神的にも消耗するものですから。今回は道も酷かったですし、千歳はあれだけ飛んだり跳ねたりしていましたし」
「お尻も真っ赤になってましたからね。……ポルト君とハーシェちゃんは大丈夫ですか? 眠くありませんか? 何なら毛布とか用意しますけど」
メイドさんが尋ねると、ポルトは「少し疲れたけど、眠いって程じゃないな」と申し出を断り、ハーシェは足元に置かれた封じ箱に視線を遣りながら、上の空で「大丈夫」と返します。
「そうですか、なら毛布は必要なさそうですね。千歳ちゃん1人ぐらいなら私の膝に乗せて抱えてれば何とかなりそうですし。と言うか、抑えておかないと何かの拍子に飛びそうですし」
そう言って、横から僕の両脇に手を差し込んで、ひょいっっと持ち上げて自分の膝に乗せるメイドさん。
「んゅ~……」
ありがとう、とお礼を言おうとしたのですが、頭も呂律も回らず自分でも何て言っているのか良く分からない声が漏れたのを最後に、僕の意識は睡魔に飲まれて完全に途切れました。
――ハーシェが興味津々で封じ箱を見ていた事など、すっか忘れて。
幼き日の朱里「(ハッ!? 何だろう……あの本が私が私を呼んでいる気がする)」
『召喚のグリモア』
色欲を司る淫魔女王、サキュバスの女王を召喚する為の力が宿った本。
燃やす事も破壊する事も出来ず、遙か古い時代に強力な封印術が施された銀の鎖で封じられ、封印を解く為の鍵とは別々に海に破棄された。
それから長い月日経てを異国の地の海岸に流れ着き、多くの人の手を経て本の危険性に気付いた人の手によって禍津封じの箱に入れて埋められ、永い時を経て何の因果か千歳の手に。
千歳が本を開いて中を確認しようとした事で封印が破られ、サキュバスの女王を召喚する為の条件を満たしていた――性欲を持て余していた――朱里の手へ。
その後、諸々あって召喚されたソレは討伐され、千歳に心の中に。尚、力を失ったグリモアは千歳が燃やしてしまいました。
サキュバスの女王「私の方が散々よ! お母さまの代から何でか呼ばれなくなって、私の代では初めての呼び出しだったから、張り切って召喚されたのに……本当に散々よ、もう!」




