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白の転生譚  作者: 優音 乙菜
第0章 再会の26時間
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思い 02

 その日は、いつもより数時間ほど早く起きた。いや、「起された」と言うべきか。


 土曜日の朝5時頃だっただろうか。金髪を大きな緑宝石の髪留めで止めた、白いドレスを着た優しそうな女の人が、夢の中に突然現れて、「やっほー、聞こえてますか?今から千歳ちゃんがそっちに行きますから、早く起きて下さい」と私を起そうとしてきたのだ。


「ぱぁでぅん? お姉ちゃんが来る? と言うかあなたダレ?」


 私がそう聞くと、女の人は一瞬何か考える様な仕草をした後、ちょっと迷いつつ、おかしな事を言った。


「……私ですか? 私は、神様ってヤツですよ。……一応ぼそっ


(私の夢にも遂にに変なのが出てくるようになったか……末期かも知れない)


 そういえば、最近は友達にも「朱里……最近、私の胸をもむ手にキレがないけど、大丈夫?」って言われてたし……。本格的にヤバイかも知れない。


「貴女に変なのと言われるとは……ちょっと傷つきますね」


(思考を読まれた……ヤダッ恐ろしい子ッ!! でもこれ楽でいいわ~)

 そう考えていると、自称神様である彼女は、呆れたような顔をする。


「……あなた今、結構余裕あるでしょ」


(当たり前じゃないっすか、ただの夢っすよ)

 明晰夢だったっけ? 夢って分かってるのに驚く事なんて何も無い。それに、普段私が見ている夢の方が、今の状況よりも幾分かハードで、常識を軽く逸している。


「まぁ、夢ですけど。でも私の言葉を信じてみて下さい、どうせもうすぐ起きるんですから」


(起きるんじゃなくて、起こされるんでしょ? ……二度寝していい?)


「やめてください。……いいですか、5時30分頃になったら玄関に行くんですよ、絶対ですよ」


(分かりましたよ~、5時半に玄関ですね)


「……信じてますからね。……じゃぁ、あと10カウントで起きますよ。10・9・8」


(チョイ待ち)


「何ですか? 7・6・5・4」


(起きるの、もうちょっと後でいい気がする)


「乙女でしょ、朝の準備の時間も考えての事です。3・2・1」


(いや、でも……)

 他の乙女がどうかは知らないけど。私の場合は、服を脱がせる事と、早着替えには自信が有るので、朝の準備には然程時間は掛からない。

 着替え、洗顔、歯磨etc.……朝食の時間は除くとして、その他は、全て合わせても5分と掛からない。面倒臭くて、化粧とかしないし……。


「カウント0です。大人しく起きてください」





 こんな感じの夢だった。 


「はぁ、何か変な夢だったな。確か5時半に玄関だったけ。今はの時間は……5時10分か。早いなぁ」


 気分的には2度寝したい所だけれど、自称でも神様が言うのだから仕方が無い。

 布団から這い出して、何時もよりか幾分かのんびりと朝の準備を始め。それが終わったら少し体を動かしながら、5時半まで時間を潰す。


「さて……本当にお姉ちゃんが来るのかねぇ」


 そして、いよいよ朝の5時半。 最初は半信半疑だったけど、夢に出てきた、頭のおかしい自称神様の言う通りに玄関を開けると、そこにはお姉ちゃんが居た。

 あの日から半年以上の時が流れているのに、姿は全く変わって居ない。格好こそ変わっているが、その他は本当に、何1つだ。


「久しぶり…朱里ちゃん元気だった?」


「ぁ……お……おねぇ……ちゃん」


 声が出なかった。何せ、お姉ちゃんが死んでしまったあの日以来、今日と似たような夢を何度も何度も見ていたから。

 何度も何度も……繰り返し夢を見ては、醒めて落胆する。だけど今日は違った。まだ夢が醒めていないのか、それとも、あの自称神様が言った通り現実なのか。

 

 分からない。でも、今目の前にお姉ちゃんが居て、私に微笑みかけてくれている。コレは間違いない現実だ。


「朱里ちゃん、お姉ちゃんじゃなくて、"お兄ちゃん"でしょ」


「ぐすっ……何いでるの…お姉……ぢゃん、ぐずっ……家はっ2人姉妹でじょッまっだく……もう……」


 泣いていた。お姉ちゃんも私も。手の甲で涙を拭うのだけど、視界が歪むほど次から次へと際限なく零れ落ちていく。

 あぁ、悲しい以外の涙を流したのなんて何時以来だろう。


「……お帰り、お姉ちゃん」


「ただいま、朱里ちゃん」


 涙を拭って、お姉ちゃんの手を取り家の中に入る。

 そして、リビングに着いたら、お姉ちゃんをソファーに座らせ、お父さんとお母さんを呼びに部屋を出る。


「お姉ちゃん、待ってて。お父さんとお母さん呼んでくるから」


「うん、待ってる」


 お姉ちゃんに見送られながら部屋を出るその刹那。嫌な考えが頭に浮かび、急いでお姉ちゃんの所に戻る。


「どうしたの?」


「やっぱりお姉ちゃんも一緒に来て。目を離したらまた居なくなっちゃいそうで怖い」


 コレが夢なら、部屋を出た瞬間に覚めてしまうかもしれない。現実は辛い、何度お姉ちゃんが帰って来る夢を見ても、醒めれば空虚な現実が待っている。

 何度、ずっと夢を見たままで居られたのなら。そう思っただろうか。


「…そうだね、一緒に行こうか」


 何で……?


「……ずっとここに居るとは言ってくれないんだね」


 そうか、コレは夢じゃないんだ。夢の中のお姉ちゃんは、こんな正直者じゃない。嘘だって表情1つ変えずに吐く。

 それは優しい嘘だった。だけど、そんなのは、本当のお姉ちゃんじゃないって分かって居た。本当のお姉ちゃんが平気で嘘なんて吐ける訳ない。

 だから、この夢は、紛れも無い現実だ。


「うん、会えるのはこれで最後」


 優しい嘘吐きの夢じゃなくて、優しくてそれで居て嘘のつけない現実のお姉ちゃん。今だって、泣きそうな顔をしながら本当の事を言うんだ。


「それは、本当なの千歳ちゃん?」


 声のした方を見ると、お母さんがいつの間にか部屋の入り口に立っていた。お父さんは……ダメだ、居ない。


「本当だよ、神様にお願いしてね。ここに居られるのは明日の朝7時半頃までかな。その後は別の世界に転生させて貰える事になってるんだ。だから、みんなに会えるのはこれで最後。最後にみんなと話がしたかったんだ」


 転生させるぐらいなら……おっぱいつけて生き返らせろよ。いや、おっぱいのオプションはどうでも良いとしても、何で転生なの? 神様なら生き返らせてくれても良いじゃん。


「おがあざん……おねえじゃんがぁ……おねえじゃんが……」


 私は思わずお母さんの胸に飛び込んで泣いてしまった。その神様とやらを打ち倒して、神の座を奪い取れない私自身の無力が憎い。

 神とやらの力を奪って。お姉ちゃんに、この世界でのこの先の未来を取り戻して上げられない私の無力が悔しい。


「朱里ちゃん……。千歳ちゃん、本当に最後なの?」


「うん、神様と女神様に無理を言って時間を貰ったんだ」


 あれが神か……いや、ちょっと今の感じだと違うかな。まぁ、どちらが倒すべき対象かは分からないけど、何時か目に物見せてやる……って、違うか。

 神様達はお姉ちゃんに1つの未来を示して、願いを叶えてくれた。感謝こそすれ恨むべきでは無いか……。


「そう……じゃあ今日は千歳ちゃんが好きなもの全部作ってあげるわね」


「……朱里ちゃん、お母さんの服で鼻水拭くのは止めて、シャツまで染みて来たわ。それに泣いてる時間が勿体無いでしょ?

 お父さんなんて、千歳ちゃんの姿を見た瞬間"甘い物買って来る"って言って何処かに行ったわよ」


 お母さん酷い、かわいい娘の涙だよ、鼻水だよ? シャツまで染みたって良いじゃない。

 と言うか、お父さん…少しぐらいお姉ちゃんに会ってけばいいのに。まぁ甘いもの買ってくるのはいい判断だよ、グッジョブ。


 それに、お母さんの言う通り泣いてる時間なんて無い。1日しかないんだ……私は、お姉ちゃんに聞きたい事がある。


「うん、そうだね、泣いてる時間が勿体無い。お姉ちゃん、私お姉ちゃんに聞きたい事があるの」


「朱里ちゃん、僕に聞きたい事って……」 


 そんなの1つしかないよ……。


「あの時の事について」  


 お姉ちゃんが死んだあの事件……あの時の事を、お姉ちゃんどう思ってるのか私は聞いておきたいんだ。


「お姉ちゃんは、私を助けた事…それでお姉ちゃんが死んじゃった事、お姉ちゃんがそれをどう思ってるのか聞きたいの」 


「朱里ちゃん…僕は朱里ちゃんを助けられて良かったと思ってる。それで死んじゃったけど後悔は1つも無いよ」


 わかってる、お姉ちゃんは、きっと本当に後悔なんてしてない。確かに、この世界でのこの先の未来がなくなっちゃった事については、少しぐらい後悔はして居るだろう。

 だけど、私や、あの小さな子達を助けて死んじゃった事は後悔なんてしていないだろう。


 後悔してるのは私だ、あの日から毎日考えてた…「もしも私があの時、恐怖で足がすくんで居なかったら?」「お姉ちゃんが帰りたいって言った時に帰っていればどうだった?」「もしも、私があの時、お姉ちゃんの帰りたいという言葉を受け入れて帰っていれば」とか「もしもあの時私が車を自力で避けられていれば」「もしも、あの時刃物を持った男が近づいて来るのに気づいたお姉ちゃんが発したの言葉の意味をちゃんと理解できていれば、もしかしたら…」「もしもあの男が居なければ」…その他にも色々考えてしまう。「私を見捨てていればお姉ちゃんは助かった筈」そんな、考えがいつも頭から離れない。


 自責の念だ、無限にあった筈の可能性。その中から最良の1つを選び取れた為った私を、私自身が責め続ける。そんな事は意味が無いって。お姉ちゃんが私を生かしてくれたのにそんな事ばかり考えてちゃダメだって…分かってるんだ。でも分かるだけ、その先はどうにもならない。


「でも、私があの車から逃げられてれば…お姉ちゃんが帰りたいって言った時に帰ってれば…お姉ちゃんが言ったことの意味にもっと早く気づいていれば……」


 私がそう言うと、お姉ちゃんは少し俯いた後、私の目を真っ直ぐに見る。


「"でも"は無いんだよ、それに"もしも"はもう起こらないんだよ。僕はあの時死んじゃったし、もう生き返らない」


 そんな事、分かってる。"もしも"は起こらないし、起こっていてもきっと被害者が変わるだけだ。

 あの瞬間、私は体が動けば、車の軌道の外に逃れられただろう。でもあの女の子2人は、まだ幼く筋力も低い。瞬発力もないだろう、間違いなく助からない。


 もしも私が自力で逃げられても、お姉ちゃんは、きっとあの2人を助けに向かっただろう。お姉ちゃんは優しすぎるんだ。


 もしも、奇跡が起きて私達全員が助かったとしても。その後にはナイフを持った男が、誰も彼もを無差別に切りつけて居たら被害が大きくなっただろう。


 あの時は、血の海に居た私が目立っていて、尚且つあの男が車で轢き殺し損なった人間を殺す事に執着し、全ての殺意を助かった3人の中で一番目立っていた"私"に向けて居たからこそ、他の人が被害に遇うことなく済んだのだ。

 その私も、お姉ちゃんに守られて無傷だった…そして、ナイフを持った男を無力化する事も出来た。


 もしもあの時、どれか1つでも要素が欠けていたら、あの事件の被害者は相当の数になっていただろう……。それでも、例え他の誰が死んだとして……私は……私には失いたくないものがあった。

 何も出来ずにただ呆然と事が起こるのを見ていた私自信が許せない。私が動けて居たのなら、何かが変わったかも知れない。そう思うと、心が軋む。体が裂けそうな不快感と嗚咽がせり上がって来る。


 事件のすぐ後、あの男の裁判が執り行われた、判決は死刑、異を唱えるものは居なかった。本当は私がこの手で殺したかった、でもお姉ちゃんはそんな事を望まないだろう。そう思って判決が出るまで何とか抑えた。

 判決に文句は無かった、ただ男への殺意は、男に死刑の判決が出た瞬間に消えた。ようやく死んでくれるんだ。そう思った。


 そして、心に残ったのはどうする事も出来ない後悔と自責の念だけだ。


「だから、朱里ちゃんには僕の分まで幸せに生きて欲しいんだ」


「そんな事言われても、どうしたら良いか分からないよ……」


 思えばお姉ちゃんは何時だって優しかった。私は今まで何度もその優しさに何度も救われて来た。

 今回だってそう。その優しさで皆を救って……そして、死んじゃった後ですら、また私を救おうとしてくれている。



 お姉ちゃんの言葉は嬉しい。聴いた瞬間、救われた気がした。だけど、後悔は消えない、自責の念は心に重くのしかかる。光を失った私の世界は真っ暗になってしまった。もう何をして良いかも分からない。


 お母さん達に薦められて、お姉ちゃんが通っていた大学を受験して、そして受かった。何かが変わるかもしれない。なんて淡い期待もあった訳じゃ無い。でも、私の世界から見える景色は、あまりにも何も変わらなかった。

 色を失って、ぼやけた世界で私は一体何に縋って生きれば良い? 何一つ救えなかった私はどうすれば良い?


 お姉ちゃんの言葉は嬉しい、聞いた瞬間少し心が救われた気がしたし、私に幸せになって欲しいと言ってくれるのは嬉しい。

 だけど、お姉ちゃんが居ないのに明日が来るのが怖い。お姉ちゃんが居ないと、私は辛いよ……怖いよ。悲しい事があったら慰めてくれないと立ち直れないよ。大好きな物でも一緒に食べてくれないと、おいしくないよ……。


「朱里ちゃん、こっちを向いて」


「……? なぁに」


「朱里ちゃん、少し早いけど、大学入学おめでとう。渡したい物があるから手を出して」


 お姉ちゃんの胸元から、1つのアクセサリーが外された。


「これって…」


 アメジストのネックレス……金属部分が白金と銀で出来ていて、お姉ちゃんの誕生石であるアメジストと、その他に数種類の宝石が使われている。

 世界に1つだけしか存在しないオリジナルのアクセサリー……お姉ちゃんがいつも、肌身離さず身に着けていた物だ。


 事故の直後まで、お姉ちゃんの胸元にあったはずが、事故後に確認したら何処を探しても無くて。無くなったと思って、かなり焦って探してたけど、まさかまだお姉ちゃんの胸元にあったとは……そんなにそこの居心地が良いのかアメジストよ。


「アメジストのネックレス。僕の御下がりでごめんね」


「いいの?これってお姉ちゃんの大切なものじゃ……」


 お姉ちゃんが、小さいときから持っていたとても大切な物……。


「いいんだ、朱里ちゃん受け取って」


「うん、ありがとう」


 今日からよろしく、お姉ちゃんの所ほど居心地は良くないかも知れないけど、これからずっと大切にするよ。


「朱里ちゃん、いつものおまじないしてあげるから手を出して」


「うん」


 お姉ちゃんのおまじないもこれで最後……。いつもと何だか違う…でも暖かい、心の中に小さな光が燈ったみたいだ……。


「朱里ちゃんはもう大丈夫、朱里ちゃんは悲しい事や辛い事も全部乗り越えて、先へ進めます」


 そうか、そうだよね。これから先お姉ちゃんは私の傍に居ない、だから私は、この暗い気持ちを乗り越えなきゃいけないんだ。どんなに辛くても明日も日は昇る、時間は止まって待ってくれるほど優しくない。後悔も自責も飲み込んで生きていかなきゃいけない。"もしも"は起こらない、お姉ちゃんは生き返らない……。


 だったら私は、お姉ちゃんがくれた時間を生きるよ。誰にも負けないぐらい後悔無く、幸せに。


 最後まで心配かけてごめんね、私は先に進むよ。


――初めの一歩は、お姉ちゃんを安心させてあげる事。私達の往く道とは違う道を歩む事になった、最愛の家族への最後の手向け。


「お姉ちゃん、ありがとう…私、頑張るから…だから、今から言う事を少しの聞いていて」


――その為の、誓いの言葉。


「うん」


――少し照れくさいけど、聞いてください。


「私、強くなる、後悔は消えなし暗い気持ちも無くならない、今までは、迷ってもお姉ちゃんが傍で助けてくれたけど、これからはそうじゃない。

どんなに辛い事があっても、明日は来るし、時間は経つ。それにいつまでもウジウジしてたら、お姉ちゃんが安心して次に進めない!! だから、私は強くなる、辛い事も後悔も乗り越えられるようになって見せる」


――私、春風 朱里は、誓います。強くなる事、そして全てを乗り越えて、明日に向かって歩いていく事。


「やりたい事も全部やる、食べたいものも好きなだけ食べる。お姉ちゃんの分も含めて、この世界で誰よりも幸せになって見せる」


――そして何より、お姉ちゃんの分まで、この世界で一番幸せになる事をここに誓います。


「だから…だからね、もう私達の心配は要らないよ、お姉ちゃんも、誰にも負けないぐらい幸せになって」


――さようなら、お姉ちゃん。私達の最愛の家族、またいつか何処かで。



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