花
サブタイトル変更しました。
誰も見ていない間に、千歳の周囲の空間には陰鬱な空気が立ち込め、その周囲には色とりどりのキノコやワラビ、ゼンマイが繁殖し始めていた。千歳の周囲の異常な空間は徐々に正常な場所を侵食し、キノコが『ポコッ!』と軽快に生え、ワラビやゼンマイ何かがその後に続き『ニョキ!』と生えていく。
「うわー…今回も盛大に生えたなキノコ」
またか…。と言いたげな顔をしてポルトは千歳を見る。
「うん、相変わらず凄いね」
ははは~と少し楽しげに笑いながら、ハーシェは言う。
「いやいやいや、そんな事言ってる場合じゃないですって。何か明らかに不味い雰囲気を感じるんですけど」
今も徐々に正常な場所を侵食するキノコや山菜類。それを少し冷や汗を掻きながら指差すメイドさん。記憶は失えど彼女の中には、知識が残っている。その記憶が、今の異常な状況に警鐘を鳴らしているのだ。
だが、教会で育った子供2人にとっては、キノコ程度何てことはない。3回目ともなると慣れたものだ。
「大丈夫だよーだって千歳だもん、夕飯までには何とかなるって。それに、何とかならなくても今日の夕飯多分お肉だから」
楽しみがあれば、千歳の精神状態も少しは向上する。基本的に千歳は単純なのである。
「食べ逃したら悪化するかも知れないけどな」
単純であるが故に、1つ扱いを間違えれば状態は悪化する。まぁ、大抵の場合において扱いを失敗する事などほぼ無いに等しいのだが…。
「そうなるとどうなるんですか?」
「多分そこらじゅうキノコだらけになる」
「あんな感じに」と言いながら、ポルトは千歳の周囲に広がり、今も正常な場所を徐々に侵食する陰鬱な雰囲気を持つ空間を指差す。
「やだ…何それ怖い」
「そうならん為に、じゃ。小娘よ、それを寄越せ」
山椒魚はメイドさんの足元にある壷を指差し、指を器用にクイックイッと動かす。
それに首を傾げ不思議そうな顔をしながら、足元にある木箱と雪色の壷を見比べ、一瞬迷って壺の方に手を掛ける。
「はぁ…渡せと云われれば渡しますが。一体コレは何なんですか?壷の方とか超重いんですが」
メイドさんは「よいせっと」と足元においてあった壷を拾い上げて両手で拾い上げる。
「そっちの箱は蜂の巣箱じゃ。で、その壷は、本来の巣がダメになった時の為の、蜜の別保管場所じゃ」
そう聴いた瞬間、メイドさんはピクリと反応し、ハーシェとポルトは興味深そうに、メイドさんが両手で抱え上げた壷を見上げる。
2人にとって蜂蜜は未知の物質だ。『蜂蜜』という単語と、『甘い何か』という事だけなら知っては居るが、実物を見た事が無いのでそれがどんな物なのかが気になるのだ。
「蜂蜜ですか、それはまた高価な物を…なんで千歳ちゃんに?」
メイドさんは箱と壷を山椒魚に手渡しながら、ふと思った疑問を口にする。
「今年の春に分蜂してな。チビも欲しがっとったから丁度いいと思ってな」
「はぁ、そうですか」
疑問には思ったものの、大して答えなど気になって居なかったメイドさんは、生返事を返して、今も徐々に正常な場所を侵食する異常な空間を指差し問う。
「で?、どうするんですコレ。蜂蜜で何とかなると?」
「「え?」」
8歳児2人は「まさか分からないの?」と、まるで常識を知らない人を見るかのような目でメイドさんを見つめる。
数ヶ月前に教会に来て、千歳の事をある程度理解したメイドさんでも、そんな事でこの異常な状態が何とかなるとは思えないのだ。
「食べさるんでしょ?」
「だよな、蜂蜜って甘い食べ物なんだろ?それ以外何かあるのか?」
まるで、それが当然。とばかりに2人はお互いの顔を見合せる。
そんな2人を見て、メイドさんは極めて懐疑的な顔をして、千歳の方を見る。そして、サッっと顔を2人の方に向けなおし
「そんな方法で大丈夫なんですか?アレがそんな子供だましみたいな方法で解決できるとは到底思えないのですが」
と言って、眼前に広がる異常な空間を指差して、常識的な観点から見て至極まともな意見を口にした。
「はえー?何言ってんのメイドさん」
「多分、一発で解決できるぞ。前の時もその前の時も同じ様な方法で回復したし平気だろ?」
同じ様な方法とは即ち、千歳の好きそうな物を口の中に放り込む方法である。大抵これで解決する。
「…アレが?」
「「うん」」
声を合わせて頷く2人に、とても信じられない。といった顔をするメイドさん。それを見て、山椒魚は。
「ま、百聞は一見に如かずじゃ。少し見ておれ」
そう言って山椒魚は壷をしっかり両手で持って、千歳の方へ歩いて行く。
「…なんで2速歩行?」
素朴な疑問を口にしたメイドさんだったが、その疑問に答えを返せる常識ある人間は彼女の傍には居なかった。
そんなメイドさんを尻目に、山椒魚は確かな足取りで、千歳の周囲に広がる陰鬱空間に突っ込んでいく。そして、千歳の隣まで歩み寄り手に持っていた壷の蓋を開けて千歳の目の前に差し出す。
「チビよ、コレをやろう。前から欲しがっておったじゃろう?」
「…?」
どよーん。と陰鬱な空間の中で、頭からキノコを生やした千歳が、甘い香りに反応して山椒魚の方を見る。
「舐めてみぃ」
そう言われて、恐る恐る壷の中に指を突っ込んで琥珀色のそれを指で掬い口に運ぶ。
「甘い…これ蜂蜜!?」
身体がピクッ!っとなったり、目にハイライトが戻ったりした後、ポロリ。と頭から生えていたキノコが落ち、フッっと周囲の陰鬱な空気が消える。
素材の状態とは言え約6年ぶり果物以外の甘味だ。千歳の精神状態だって一発で改善される。ちなみに言えば、普通の果物でも余裕で精神状態は回復していた。千歳は基本的に単純で扱いやすいのだ。
「そうじゃ、あと養蜂用の蜂もおるぞ。チビにやろう」
「本当!?」
その刹那。『ニョッ!』っという音と共に、千歳の頭から芽が出てその芽に蕾が付き僅かに琥珀色の光を放つ山吹色の花が咲いた。
キノコやら花やらが生える要因など無い筈なのに、何故か頭上に生えるキノコや花。世界は不思議で満ちている。
「…何ですかアレ」
「「さぁ?」」
千歳の頭の上に生えた発生原因不明の花を見て、3人は疑問に思うが、それは豊穣の加護を与えた女神リスティアですら分からない。
何が如何して種の無い場所から花が生えるのか。そもそも千歳の頭上に生えるキノコやら花やらと同じ形質を持つ植物はこの世界に存在しない。と言うか、そもそもアレは植物なのか。それすら不明である。
地面に生える植物はこの世界に元から存在する通常の種類の植物であるが、千歳の感情の上下で出来る固有空間の中では、通常とは全く異なる色彩、形質、香りの物となる。その上、食べたり香りを嗅いだりすると、精神及び心理的に作用する効果を持つ様になる。
花は幸福感やら全能感を感じたりするだけなのでまだマシだが、キノコの方は薬にすらならない程のマイナス効果を持つ危険物で、その効果は地面に生える通常の物でも、以前に実験の為に試しにキノコを口にしたシスターリディアが、精神的なダメージを受け数日間部屋に引き篭って出てこなくなった程だ。
「でも、頭から生えるのは中々無いし、リディアから『私のいない所で千歳の頭から花が生えたら持って帰って来てください』ってお願いされてるから、取り敢えず持って帰るよ」
地面に生える通常の物は、数日程度で効果が消えるのだが、例外的に千歳の頭に生える物だけは、例え時間が経ったとしても効果が消える事も無い。だが、不思議な事にどんなに丁寧に保存していても、半年から1年程でいつの間にか何処かへと消えてしまう。その為、リディアが薬の実験材料として保存していた1本は半年程前に消えてしまった。
それに、キノコは割と毎回頭上に生えるのでそうでも無いが。キノコ以外は毎回毎回、頭上に何かが生えたりする訳では無い。千歳の感情の機微にもよるが、頭上には何も生えず、その代わりに一瞬で広範囲に生えたり、生える物の内容が違ったりする。つまり、希少なのだ。
【冬の花園事件】の際は、頭には花は生えず一瞬にして広範囲に、雪の様な真っ白な花が咲いた。
【第一次キノコ繁殖事件】の際は、初めに頭から一本のキノコが生え、その後、千歳で遊んでいた冒険者を飲み込みその精神を侵食しながら徐々に教会の中に広がっていった。
【第二次キノコ繁殖事件】の際にも、千歳の頭からは一本のキノコが生え、その後、千歳の宝物を奪った旅人を締め上げ拘束する様に人の生き血を吸う茨が生え、その後その冒険者の身体を蝕む様にキノコが生えていった。
【教会花畑化事件】の際には、頭から虹が花びらになった一輪の花が生え、その後、徐々に教会の中を色とりどりの花が満たしていった。
その他にも何度か花が生えたことはあったが、頭から花が生えたのは【教会花畑化事件】の時のみで、それ以外の一連の花事件は、花の生え方もそこまで凄い物では無かった。
そして、【第三次キノコ繁殖事件】と【泉とキノコと花事件】と銘打たれるであろう今回も、頭から一本のキノコが生え、その後徐々にワラビやらゼンマイやらの暗くてジメッとした植物が生えるというオーソドックスな生え方をした。
花は、今の所まだ千歳の頭上に生えているのみだが、地面に生えたキノコやらの隙間から多少何かが生えそうな兆しは見えているので、その内何かしら生えてくるだろう。
「何が言いたいのか良く分かりませんけど、取り敢えず花は持ち帰るんですね?」
「うん、持って帰るとご褒美貰えるし」
「そうですか。で、アレは食べられるので?食べられるのなら採って帰りますけど」
メイドさんは、ほんの少し前まで陰鬱な空気が立ち込める空間に生えていたキノコを指さしながら言う。
「アレか…一週間ぐらい置くと食べても暗い気持ちにはならなくなるから、食べられない事は無いな」
現状、教会ではそこまで食料には困っていないが、目の前に食料になり得そうな物が生えて居たら採って帰る。それが、教会における森の探索の基本だ。これは、食料や薬の原材料になり得る物を見極める力を養う勉強の一環でもある。
「でもねー酷い味がするんだよ。わたしが食べると炭と灰がするし、リディアが食べると無力感の味がするって」
「んで、シルバが食べると絶望の味がして、俺が食べると鉄錆の味がするんだ。食べてるのは皆同じキノコなんだけどな」
毒がある訳でも無いし、吐き出す程不味い訳でも無い。でも、何処か辛い気持ちになる味がするから2度目は食べたくない。
これがキノコを食べた人の共通の感想である。
「そうですか、じゃあ採って帰るのは止めときましょうか」
ちなみに、キノコは
千歳が食べると孤独の味。
メイドさんが食べると喪失の味
山椒魚さんが食べると、別れの味
に、感じます。




