放置
気が付くと、何故か泉の畔に放置されていました。何故だかは分からないけど妙に身体の芯から冷え切っています。
体を起そうと試みましたが、まるで昔ニュースで見た浜に打ち上げられて息も絶え絶えになった魚ぐらいにしか動けません。
「………何故でしょう?」
疑問を呟いてみますが、何処からも返事は返っては来ません。一体わたしの身に何が起きたのでしょうか?
辺りを見渡せば、草木と木の枝に干された私の服が風に揺れ、泉の水が風に波打っています。そして辺りには誰もいません。放置です。
少し離れた場所では焚き火が組まれ、そこでは小さな火が燻っていますが、それも薪が足りないのかもうすぐ消えてしまいそうなぐらい弱々しい火です。この様子だと、結構長い事放置されていたのでしょう。
それにしても
「…おかしいですね、何故誰も居ないのでしょうか?…もしかして置いてけぼり?」
着ている服が変わっているのを考えれば多分リディアが来て服を持ってきてくれたのでしょうけど、辺りを見回した限りでは何故か周囲には誰も居ません。
わたし達が泉にいる時は必ず泉の何処かで頭を出している筈の山椒魚さんすら居ないとなると、多分皆で何処かに行っているのだろうけど何故かわたしは置いてけぼりです。
「…でも何故?」
今まで放置される事はあっても、置いてけぼりにされる事は有りませんでした…皆何処に行ったんでしょうか?
「お昼の調達でしょうか、ここなら魔物も来ませんし」
この泉には魔物は近づいてきません。山椒魚さん曰く「この泉はワシの縄張りじゃからな、力量の分からん馬鹿か、ワシ以上に強い者以外は近づいてくる事は無いじゃろう」と言う事らしいです。
縄張り云々の事は良く分かりませんが、取り敢えず泉には安全と言う事らしいです。もしも出ても山椒魚さん何とかしてくれるので「教会にもしもの事があったら泉に行く事」とシスター達に言い聞かせられています。
一言で言うなら災害時の避難所みたいな物ですね
なので、取り敢えずここに置いてけぼりにされているのは問題無し。…うん、問題無くは無いのですけどね。だって今山椒魚さん居ないから縄張りがら空きですし。
「はぁ、皆早く戻って来ないでしょうか…」
やはり1人は寂しいです。こう静かだと泉の底からスーッと何かが…いいえ、怖い想像は止めましょう。それで今まで何度も後悔してきたじゃないですか。
あと、こう言う時は対象をまじまじと見てはいけないのです、水辺ではたまーに妙なのが見える事があります、見てしまったら最後、碌な事にならないのは嫌と言うほど体験してきました。
「はぁ…」
何故見たくないのに見えてしまうのでしょうか?。大学で同じクラスだった藤宮さんなんて「先週の土曜日さー心霊スポットに行ってきたんだけどさー、何も無かったよー」と言いながら、取り憑かれていたのが今となっては懐かしい記憶です。本当に何で見えるんでしょうね?
※藤宮さんには写真を撮って見せて速やかにお寺に向かっていただきました。
で、その次の長期休暇には、妖怪が出るという噂のある山に連行されて怖い目に遭いました。…行きたくないって言ったのに。
「思い出したら余計怖くなりました…」
今日は早く寝ましょう。出来れば暗くなる前に。
「何が怖くなったのー?」
色々考えていたら、背後から何から声が聞こえました。
内心何か居るのではないかという恐怖を抱えつつ後ろを振り返ります。
「!!?……………ハーシェ?」
「そうだよー」
「俺も居るぞ」
何か出たかと思ったらそんな事は無くて、薪を持ったハーシェとポルトでした。
ポルトの方は自己主張しながら、火に薪をくべ、ハーシェはハーシェで何処で取ってきたのか角が5本もあるカブトムシとクワガタを足した様な生物を手に持ってわたしに自慢してきます。
ですが、辺りを見回してみてもメイドさんや山椒魚さん、それにシスター達の姿が何処を探しても見当たりません。
「他の皆は何処に行ったのでしょうか?」
「メイドさんと山椒魚のおじいさんは千歳が探してた物が見つかったって言って何処かに行った。
シルバは魔物の討伐で、リディアは走るキノコを見つけた瞬間目の色変えて追いかけてったぞ」
「そうですか…」
シスター達が魔物を退治しに行く事は良くある事です。シスター達は如何も腕に覚えがあるらしく、危険そうな魔物の目撃報告を聞くと何処からとも無く布に包まれた何かを持って来て魔物の討伐に向かいます。それは良くある事なので今更でしょう。
リディアが追いかけていったと言う物にも若干の心当たりがあります。かく言うわたしも、物珍しさから1つ…1匹なのでしょうか。取り敢えず捕獲して『貯蔵庫』に突っ込んであるので、リディアの事は言えません。
…でも、メイドさんと山椒魚さんが言って居たと言う「千歳が探していた物」つまり、わたしが探していた物と言うのは心辺りがありません。
わたしは一体何を探していたんでしょうか?全ては忘却の彼方です。
「でさ、気になってたんだけど。千歳何か口調がおかしくないか?」
「はて?何かおかしいでしょうか?」
「何かメイドさんっぽくなってるぞ」
「ふふっ、まさか」
そんな訳ある筈ないじゃないですか。ポルトもおかしな事を言うものです。
「千歳が遂に壊れた…どうしよう、金物売りの行商人さんに渡せば鍋と同じように治して来てくれるかな」
壊れたとは心外です。何もおかしい所何て…おかしい所なんて?
「………」
ハーシェとポルトの言葉を頭の中で反芻して、今までの言動と仕草を省みた結果。何故か一人称が僕からわたしに変わり、その上丁寧口調で喋っていた事に気が付きました。
何故?心当たりは無い事はありませんが、流石に数ヶ月間メイドさんに矯正させられただけでは、こうはならないでしょう。それも突然。同じ教育を受けているハーシェが良い例です。
だとしたら十中八九、朱里ちゃんのせいでしょう。転生して6年、まさかこの期に及んであの訳の分からない特訓の成果が出るとは…侮っていました。
転生前から薄々感づいてはいたのです。でもここまで顕著になってきてしまったら、もう知らん振りは出来ません。本格的にどうにかしなくては。
「あ、あ゛ー…わたし…わた…僕…僕、僕…うん、大丈夫、僕は僕、わたしじゃない」
大丈夫、まだ引き返せる筈です。
「おーい、千歳ー大丈夫かー?」
わたし…僕が独り呟いて居るのを見てポルトが心配そうな顔をしています。
「大丈夫だよ…たぶん」
正直、何が原因でこうなってしまったのか良く分からないので、確実に大丈夫と言い切れない所が困り物です。
「良かったー」
丁寧口調のあれはまだイマイチ抜けっていませんが、取り敢えず自覚が無いと言う危険域は無事脱しました。
数日も意識して言葉遣いを直せば、何とか元の状態までは持ち直すでしょう。いいえ、それどころか以前よりも良い状態に持っていって見せましょう。
何事も気概が大切なのです。
「大丈夫なら良いんだ。何かメイドさんが、寝てる千歳の耳元で延々ブツブツ呟いてたから、それが原因なんじゃないかってハーシェと一緒に心配してたんだ」
「凄くうなされてたからねー」
「………」
なんでそんな事?意味がわかりません。
でもメイドさんが帰ってきたら抗議せねば。




