閑話 忘却姫
千歳が彼女を発見し、急いで教会へ向かっているその頃、『貯蔵庫』に詰め込まれた彼女の関係者達は彼女の葬儀をひっそりと行い彼女の死を悼んでいた…まぁ、実際の所死んでは居ないのだが。
『貯蔵庫』に詰め込まれた彼女の名はエルティナ。クリスタリア大陸に存在する大国ベルナード王国の第6王女である。
彼女が何故ファーリシア大森林の山中で行き倒れていたのか、そもそも何故東の隣国であるベルナード王国の王女が、大陸南を統治するファーリシア王国が所有する土地である大森林に居たのか?
少々その理由を彼女の人生と共に語りたいと思う。
彼女、エルティナはファーリシア王国の城下町で生を受けた。しかし、その出生と生い立ち、そして立場は極めて微妙。
彼女はファーリシア王国の東に隣接するベルナード王国の現国王である父と、大陸の最南端を統治するファーリシア王国、現国王の腹違いの妹である母との間に生まれた。
彼女の母親である現国王の妹は、前国王の初めての子供でありファーリシア王国の継承権第1位の本来なら国を継承する筈の人物ありながら、つい最近まで親子揃って平民と変わらないかそれよりも少しだけ貧しい生活を送っていた。
この話だけ聞いても厄介な立場である事は十分に理解出来るとは思うが、彼女は先祖がえりでエルフと同等の長い寿命を持ち、尚且つファーリシア王国及びベルナード王国、両国の正当な継承権を同時に持つ人物である。
それ故、彼女の出生に関わる秘密は両国間で共通のトップシークレットになっている。
何故彼女がそんな事になって居るのかと言うのは説明が面倒なので割愛するが、簡単に説明するなら『権力争いの結果』である。
つまり彼女は千歳が予想した通り、この上なく面倒くさい困った問題を持った人物だった訳である。
そんな彼女が、ベルナード王国の国王から城に招かれたのは、つい数週間前。
政治的な思惑など全く無い、父親が、娘の顔を一目見てみたかった。という極めて普通の理由で、ベルナード王国現国王がファーリシア王国の現国王に「ワシ、娘を一目見てみたいから一度こっちの国に連れてきてくれない?」と言う内容の手紙を出し、ファーリシア王国の王がそれに「オッケー一度向かわせるわ」と言う内容の返事を返した。
そして父と娘の感動の対面が実現する事が決まったのである。
そして…そこから彼女の不運が始まる。
両国の王は、彼女の出生の秘密が明らかになった時点で密会し面識がある、その際に
「俺の妹に何しくれてんじゃボケェッ!その癖娘までだとっ!俺の妹はお前なんぞにくれてやるものかっ!お父さん許しませんからね」
「ふざけんなっ!!つい最近まで妹が居ることすら知らなかった癖して何言ってんだこの野郎ッ!!娘さんを下さい」
と話し合いが激化して最終的には殴り合いの喧嘩になったりもしたが、色々あって和解して現在では公私共に親友同士と言う割といい関係になって居る。その為手紙も公的な物としてでは無く個人的な物として王同士でやり取りされていた。
何せ彼女のことは両国でどう扱って良いのか検討中なのだ、公的な手紙でその相談をする訳にもいかない今は王同士で彼女達の扱いについて細かい所を詰めている所である。
その為、件の彼女と彼女の母は城でメイドとして働いているタダのメイドと言う事になって居るのだ。
閑話休題
千歳が彼女を発見した日から遡る事十数日。ファーリシアの王は、ベルナードに使者を送るという名目で彼女をその使者のメイド兼護衛と言う名目で連れ出して、ベルナード王国へ向かわせた。
護衛は彼女の他に本職の人間を2人。かなり腕が立ち信頼の置ける者を付けていたが、彼女を違和感無くベルナード王国への旅路に同行させる為にはメイドと言う役職だけでは弱かった。
なので、ファーリシア王は彼女にメイド兼護衛と言う役目を与えた。
…たが、それがいけなかった。
彼女は張り切っていた、それはもう周囲の人たちが軽く引くくらいには。
彼女は『この護衛の仕事を全うして自分達を拾ってくれた王に報いろう』
そう意気込んでいた。王もそれについて多少の不安は覚えたが優秀な護衛を2人もつけているから大丈夫だろう。そう高をくくっていたのだ。
―――そして事件は起こった。
両国わ結ぶ最短ルートであり、盗賊や野党に襲われる心配が無い、ファーリシア大森林を抜けるルートでベルナード王国に向かっていた一行だったが、その道中で魔物の群れに襲われたのである。
馬車は魔物に襲われて転倒し数名は魔物にやられて重症を負った、幸い死者こそ居なかったものの使者を庇って護衛1人は重症を負いもう1人の護衛は魔物に囲まれた馬車を守るのだけで精一杯だった。
そこで、メイド兼護衛として連れてこられた彼女は護衛としての役目を全うした。
彼女は単身馬車から飛び出し魔物の群れを引き付け使者とその他の付き人達が逃げるだけの時間を稼いだのである。
馬車に乗っていた物の中で彼女の事情を知っているのは、べルナードへの使者として使わされた王の右腕その人1人だけである。
そして肝心の王の右腕であるその人も重症を負って気を失っていた。その為に彼女を止める事が出来なかったのだ。
彼女は魔物を引き付けつつ馬車が行った事を確認すると馬車が向かった方向とは反対側、つまりファーリシア王国側へと魔物を引き付けながら走った。
そして、十数日の間死に物狂いで山中を逃げ続け、魔物の群れを振り切った所で緊張が途切れ疲労と高熱で倒れた。
馬車に乗っていた者の中でも比較的軽傷だったとは言え、彼女もまた無傷では無く、その傷に加えて魔物の襲撃時や山中を逃亡している最中に体中に傷を負っていた。
千歳が発見した時には、放っておけば一晩経つのを待たずに出血多量で死んでしまう様な状態になっていた。
そうでなくても、傷を原因とした感染症で命を落とすか、血の臭いを嗅ぎつけてやって来た肉食の魔物に食い殺されていただろう。
当然ファーリシアとベルナードの両国でも彼女の捜索も行われた。
生き残った使者達が大森林から最も近い村に到着した時点で両国に彼女の事が伝わり、それから1日と経たず両国の王が信頼を置く者達で捜索隊が結成され秘密裏に捜索が行われた。
だか、ファーリシア大森林の奥地は魔境と呼ばれる地。服の残骸か遺品でも見つかれば幸運だ。
もしも彼女がその奥地に居るのならば既に命は無いだろうと言う事で、捜索隊の中から犠牲者が出る前にやむなく捜索は打ち切られた。
それが千歳が彼女を発見する数日前の出来事である。
そして彼女は幸か不幸か捜索が打ち切られた数日後に、キノコ狩りに来ていた千歳に発見され『貯蔵庫』に詰めら教会へ持ち帰られたのだ。
発見されたのに何故幸か不幸かと言うと、彼女が遭難したのは大森林と名づけられた簡単な地図すら作られていない殆ど未開の山の奥地で魔境と呼ばれる程の場所だ。
そこで彼女が発見されたのは奇跡と言っていいレベルの幸運だ。(まぁ、彼女の出生と大森林の奥地に倒れて居た経緯を鑑みるに彼女が本当に幸運なのかは怪しい所だが…)
だが、彼女を『貯蔵庫』に入れる際に千歳はちょっとしたミスを犯した。
千歳は彼女の事を足の方から『貯蔵庫』に詰め込んだのだが、その際に彼女は近くに生えていた木の根に頭を強打していた。
それは見事なクリティカルヒットであった。
そして何より打ち所が悪かったのか…
―――彼女の記憶は飛んだ。それはもう綺麗さっぱり、自分の名前も思い出せない程に。
そう今の彼女の状態は、某新世代牧場経営ゲームの歴代主人公達と同じ状態である。
いきなり鍬とジョウロを渡されて草と岩と切り株だらけの牧場を管理しろ。とまでは言われないし、そのまま牧場の持ち主であろう少女と結ばれて、朝家から出る際にお弁当として
小麦粉やら何やら、普通はそのまま食べないであろう物を渡されたりする衝撃の結婚生活を送ったりはしないし。
記憶喪失の時に初めて出会った少女に農具を売りつけられて散財したりもしないし。1から石材と木材を集めて学校を建設したりもしなければ。
素敵な樹木の家に住んで地域交流の手伝いをしたりもしないし。
飛空挺から落ちて王になって国の発展に努めたり、長年の因縁の相手である皇帝を倒したりもしない。
だが、記憶を失って自分が誰だか名前すら思い出せない状態になったのは事実である。




