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白の転生譚  作者: 優音 乙菜
序章 終わる日々
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終わる日々 02

今回は朱里視点です。

 私達は町に出かけた、いつもと同じに大好きなお姉ちゃんに可愛い服を着せて、お姉ちゃんの手を引いて家から出て電車に乗って。

近所の人に見つかってぐずったお姉ちゃんをいつものように、いつもと同じ店に連れて行って…そんな何時もと同じ。


 いつもと何にも変わらない。そんな幸せな日常。


 ……そう、いつもと変わらない幸せな日になる筈だった。


 大きな塊がすごい速さでこっちに向かって来た、私はそれが何だか分からずに、怖くて、動けなくて…

 そんな時にだ……お姉ちゃんが私に傘を引っ掛けて大きな塊から引き離した、何が何だか分からなかった。


 でも、次の瞬間には全てが分かった。大きな塊は大型の車だった。


 私はお姉ちゃんに助けられたんだ。そう理解した次の瞬間には、お姉ちゃんがそれに跳ねられて宙に浮いていた。

 ……お姉ちゃんが地面に叩きつけられ、そして少しの間地面を転がり止まった。


「ぁ………」


 言葉が出なかった。現実が受け止められなかった。怖くて動けなかった。


 お姉ちゃんが血の海に横たわっていた。何が何だかよく分からなかった。あんな量の血が出ているなんて信じられない、信じたくない。


 ……少しして、お姉ちゃんの腕の中から2つの小さな影が這い出てきた。子供だ…2人の幼い少女だった。


「お姉ちゃんっ!!」


 私は、お姉ちゃんの所に駆け寄って、血の海に力なく横たわるお姉ちゃんに呼びかけた。


 ぼろぼろになって体中から血を流しながら、お姉ちゃんは少し笑っていた。


――― きっと、もう長くはない、数分持たないだろう ―――


 素人から見てもそう分かる、それほどの出血量だった。だけど理解できても認める事などできない、できるはずが無い。

 失うなんて認められない、さっきまで何とも無かったのに、失うなんて…絶対に。


「ねぇ、笑ってないで何か言ってよ……」


 ……こんな事を言ってしまった。自分でも無茶を言っているのは分かっている、きっと喋ることはおろか、声を出す事も辛いだろう。

 だけど言ってしまった。助けてもらったお礼でもなく、最期にかけてあげたい優しい言葉でもなく。


 ――そんな事しか言えなかった。


 少しして、お姉ちゃんの顔から微笑みが消えた、どこか遠くの一点を見つめた後、私のほうを見て何かを呟いた。


「ぁ…り に…げ て 」


 …直後、お姉ちゃんの瞳から光が消えた。もともと力なく横たわっていた体は、最期の糸が切れた操り人形のように、血の海に沈んでいった。

 お姉ちゃんが死んだ。なぜだか分からないがそう理解できた。


 でも心がそれを認めない。きっと生きている、死んでなんか無い。お姉ちゃんが死ぬなんてあり得ない、あってはいけない。そう叫んでいる

 心の中がグチャグチャになっていくのが分かる。


 「(きっと悪い夢だ、悪い夢なら早く醒めてよ。嫌だよこんな夢、嫌だよ、早く……さめてよ……)」


 理解と拒絶、やがて拒絶よりも理解が上回り、お姉ちゃんの死に対する慟哭と拒絶が声になって心の底から漏れ出した。


「お姉ちゃん?……ねぇ、お姉ちゃんってば。……い、いやぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



 お姉ちゃんが、最期に何かを呟いたのか分からない、酷く小さく、搾り出すような呟きだった。でもその時の私には、何を言いたかったのか、何を伝えたかったのか、よく聞き取れなかった。


 そんな時、周囲の人の一人が声を上げた。


「おい逃げろ!!」


 周りに居た人のその声を聞いて、初めて刃物を持った男が近づいていたのに気づいた。

 きっとお姉ちゃんは私に対してこう言ったのだ「朱里ちゃん、逃げて」と。だけど、それを理解した時にはもう遅かった。


「さっきは殺し損ねたが、今度こそ殺してやるよ、はははっ! あばよッ」


 そう言って醜悪な笑みを浮かべた男が、私に向かって刃を振りかぶる。


「いやぁぁぁッ、助けて、おねぇちゃあぁぁーーーーーーーーーーーーーーーー」


逃げられない、そう思った私は、鼓動の止まったお姉ちゃんに向かって助けを求めて思わず叫んでいた。


 ――刹那、ズシャリ。周囲にそんな鈍くて重い音が響く。


 だけど、来るはずの痛みが来ない。


 ―――私に刃は刺さっていなかった。


「お…ねぇちゃ…ん?」


 ついさっきまで血の海に沈んでいたた筈のお姉ちゃんが、血を滴らせながら私の前に立っていた。


「くそッ、まだ生きてやがったのか。しぶといヤツだなぁッ!」


 男が苛立ち混じりにそんな事を呟く。


「なッ!!」


 直後に男の顔が驚愕の色を見せる。


「!? このックソが、死に損ないがぁぁーー、離しやがれッ。クソックソッ」


 男は怒りに狂った表情を浮かべそう言い放った直後、また驚愕の表情を見せる。そしてその直後。


「ひぃッ!!」


 何故か男の顔が恐怖に歪んだ。


 それと同時に周囲に居た人達が、刃物を持った男を取り押さえる。


「お姉ちゃん!!」


 私は、立ち上がりお姉ちゃんの背中に抱きついた。


 すると、お姉ちゃんが私の方を向いた、一瞬とても安心したような、笑みを浮かべて、再び糸の切れた人形のように地面に倒れこんだ。


 そして、私は思わず小さな声を上げていた。



 ―――――



「……へ?」


 朱里がそんな声を上げるのも無理は無い。


 千歳の胸には刃物が刺さり、既に体は生きている人間の温かさを宿していなかったのだ。

 そこには、先ほどまで動いていた人間と思える要素が、一つも存在しなかった。


 男が捕らえられた直後に、緊急車両と警察が現場に到着した。


 救急隊員と警察が千歳の下に駆け寄り、状態を確認した。


 状態は詳しく確認するまでも無かった。外傷だけでも即死。

 その他に、少し確認しただけでも、体中の骨は折れ、内臓は重要な器官を含めて多くが破裂し心臓には異様なナイフが刺さり貫通していた。


 ぱっと見てだけでも出血量は軽く3割を超えている。助かる見込みは万に一つもない。


 いや、最早何もかも、全ての処置が意味を成さない。もう死んでいるのだから。


「(これは酷い……こんなのはあんまりだ……酷すぎる)」


 駆けつけた救急隊員は千歳の状態を確認して眉を顰めた。


「お知り合いかご家族の方ですか?」


 朱里に対して救急隊員の一人が確認を取る。


「は、はい。あ、あの、姉は……姉は助かるんですか、大丈夫ですよ…ね」


「妹さんでしたか……お姉さんはもう……」


 朱里は泣いていた。


 救急隊員は、朱里の事を見て酷く悲しい気持ちになった。『(あぁ、この子はきっと理解している、だけど心のどこかで認められないんだ)』と。

 良くある事だ、誰しも大切な人の死を認めて受け入れる事は難しい。それが大切な人であればあるほどに。


「血ですか、血が足りないんですか、だったら私のを、私は姉と同じO型です。だから」


 救急隊員は自分の無力を嘆いた、助けを求める人の所に間に合わない事も多い。たとえ間に合っても助けられなかった命も多かった。


 そのたびに無力を嘆き、次は救えるようにと、知識を増やし技術を磨き、日々努力を積み重ねてきた。心が折れている暇など無い。

 今度こそ救えるように。一人でも多く救えるように。そう思って日々職務に当たってきた。


 だからこそ、目の前で泣くこの子に伝えなくてはならない。

 彼らの助けを待つ人は多い。ここで長い時間をかけて"助かる可能性のある人"の所に行くのが遅れてしまわないように。


 救急隊員の一人が、意を決して言った。救急隊員達は胸が張り裂けるような思いだった。


「妹さん、お姉さんはもう、亡くなっているんです」


 本当は朱里も分かっていた。でも認められるわけがない、さっきまで動いていたのだ、微笑んだのだ。


「嘘でずっ!!、だっでついさっきまで動いてたんでずよ、私を見て微笑んだんですよ、助からないわけ…ないじゃ…ないですか…」


 朱里は泣きながら必死に救急隊員に訴えた。


「なっ!! 動いただなんてあり得ない、あんな状態だぞ。それに絶命してからもう「やめろッ!!」」


 救急隊員の一人が仲間の言葉を遮る。


「ッ! すみません失言でした」


 言葉を遮られた救急隊員は口をつぐむ。


「お嬢さん、どういうことか事情をお聞きしても?」


 事情を聞きに来た刑事と共に、救急隊員が病院に向かう途中で事情を聞く。


「まさか…」


「そうだったのですか…」


 救急隊員達と刑事はからは、そんな呟きが聞こえてくる。そして病院についてから千歳の検死を行った。


 検死の結果、千歳が朱里を庇って立った時には、既に絶命していた事も分かった。


 事実と事実は矛盾していた、だがこの矛盾に異を唱えるものは誰一人としていなかった。


 この矛盾が事実だという事の証人は多かった、あの事件の現場に居た全ての人間が証人だった。


 死者1名 軽傷者3名 あれだけの事がありながら、この事件の被害者は異常に少なかった。

 そして、この事件の後、世界中で彼の死が悼まれ、彼の起した奇跡はこう呼ばれるようになった。――― 純白の奇跡 ―――と




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