簡単な推理クイズ
はじまり、はじまり。
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【白昼の通り魔】
目の前でAが刺された。
Aを刺した相手は、Aよりも背が低く、Aとは性別が違っていた。
Aは、身長170cmの男性である。
問題:Aを刺した犯人は、次のうちどれか?(5ポイント)
(1)身長120cmの男B
(2)身長180cmの男C
(3)身長150cmの女D
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「…というような、誰にでも解ける簡単な推理クイズを作っていただきたいんです」
売れない小説家、神田のもとに突然舞い込んだその仕事は、携帯ゲーム専門サイトで使用するクイズの作成依頼だった。こんな急に、そう驚く神田をよそに、依頼人の大崎は続けて言った。
「週に1問で結構です」
サイトのトップページに常時掲載しておき、正解をクリックしたユーザーには即座に5ポイントが加算される。ポイントはサイト内のミニゲームやアバターの着せ替えアイテムを購入するために必要で、本来は現金と交換しなければならない。それが、クイズに正解すると無料で取得できる。とは言っても、1ポイント1円なので5円分にしかならない。しかしその少しのお得感が、飽きさせないための仕掛けになる、そうだった。
「ただ、このクイズだけで50ポイント溜めると、特別なイベントが発生するように考えています。当たり前に考えると10週間後ですから、まだイベント内容自体は決めていませんが」
神田自身とは特に関わりのない話で、「へえ」と聞き流す。
「クイズの作成者として、先生のお名前を表示させることもできますが、いかがでしょう?」
しばらく考えてから、神田は「出さなくて結構です」と答えた。
「確かに、安っぽい仕事ですもんね。抵抗を覚えられても仕方ありません」
「いえ、そういうわけでは」
「引き受けてくださるだけ、ありがたいと思っています。これからよろしくお願いします」
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1週目【1年殺人】
Aは多くの人から恨まれており、ある日ついに殺された。
しかし、その殺害方法には、1年もの時間がかかったと言う。
問題:Aを殺した犯人は、次のうちどれか?(5ポイント)
(1)ピストルを持っていたB
(2)徐々に心臓が弱くなる毒薬を持っていたC
(3)包丁を持っていたD
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作成したクイズデータを大崎へ送信する。神田はため息をついた。せっかくのチャンスを、こんな生産性のないクイズ作りで終えていいのだろうか。しかし今の神田にはどうすることもできないこともわかっていた。
週明け、大崎から電話があった。サイトにクイズが掲載され、ユーザーからの回答が始まったらしい。大崎から聞いたところでは、正解率は99%。残りの1%は意図的な間違いか、クリックミスだろうとのことだった。
「この調子でお願いします」
神田はまたため息をついた。
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2週目【小さな悲鳴】
洋間から「キャー」という悲鳴がしたように聞こえた。
私が洋間へ駆けつけると、Aが気絶していた。
B、C、Dは後からやってきたが、3人とも悲鳴は聞こえなかったと言う。
問題:ウソをついているのは誰か?(5ポイント)
(1)私のいた部屋よりも遠くにいたB
(2)Bよりも遠くにいたC
(3)洋間の隣にいたD
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3週目【13日の金曜日】
13日の金曜日に、Aはチェーンソーで殺された。
問題:犯人は誰か?(5ポイント)
(1)ジェイソン
(2)ゾンビ
(3)キョンシー
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3週目の掲載期間が終わろうとしていた頃、大崎から連絡があった。
「2週目の正解率は98%で問題ありません。ところが、3週目はどうやら75%前後のようです。これは…時代性でしょうね。うちのサイト、10代20代が中心ですから」
神田が「申し訳ない」と謝ると、大崎は苦笑していた。
「ただ、このクイズコーナー自体は盛況のようです。徐々に回答者数が増えています」
それならば、と神田は提案した。
「あまりにも簡単な問題の作成で、難易度やくだらなさのバランスが、まだよくつかめません。どうでしょう、月末の5週目は、少し趣向を変えて、難易度を上げさせてもらえませんか?メリハリをつけたいのですが…その週は正解ポイントを10ポイントにするとか」
「なるほど…」
急な提案に大崎も面食らったようだったが、
「上とかけあってみましょう。多分大丈夫だと思います。実は私も、先生にはただこれだけのお仕事をお願いし続けるのは忍びないと思っていたんです」
しばらくして、再び大崎から連絡がきた。
「文章は多くても大丈夫。問題を2問にして、1問正解につき5ポイント。合計10ポイント、ということにしましょう」
「わかりました。では2問作ります」
神田は4週目の問題を手早く片付けると、5週目に取り掛かった。
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4週目【存在しない駅】
20XX年現在、「無限」という単語が使用された駅名はない。
問題:次のうち、存在しない駅はどれか?(5ポイント)
(1)神田
(2)無限
(3)大崎
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5週目【良介の恋】
…その立方体はルービックキューブと言って、すべての面を同じ色にそろえることが出来れば願いが適うと、良介の地元ではそういう触れ込みで登場した玩具であった。当時小学4年生だった良介は、自分のルービックキューブを相手に、毎日必死に挑戦した。テレビでは、天才少年が10数秒のうちに完成させていたが、良介の持つそれは、いつまでたってもまばらな、モザイク模様を映し出すそれであった。1週間、2週間、3週間諦めなかった良介だったが、致命的なまでのパズル的な不器用さ、空間把握能力の不足に根負けし、ついに投げ出してしまった。それは、良介の胸に秘めたある想い、つまり加奈子への淡い恋心をも、投げ出すこととなった。なぜならそのルービックキューブには…
「はじめまして。これからよろしくお願いします」
加奈子は、小学3年生の夏に、良介のクラスに転校してきた。
良介の隣の席に座ったのは、学級委員である良介に加奈子の世話を一任しようという担任の怠慢であったが、良介はそれを運命だと感じていた。加奈子は、小学3年生とは思えないほどに綺麗な顔立ちをしており、所作も整っていた。それは、良介だけでなく多くの男子生徒が「ひとめぼれ」という単語を初めて知るきっかけともなった。
クラスメイトにはやし立てられながらも、良介はまんざらでもない風に、加奈子に給食の配膳方法を教え(加奈子の元いた学校は弁当持参だったそうだ)、宿題の提出BOXの場所を教え、課外活動について教えた。週に1度の課外活動では、良介は卓球を選択していた。加奈子にも卓球を薦めたが、加奈子はボランティア活動を選択した。ただ空き缶を潰すだけの仕事で、なんの面白味もない、人気のない活動だった。
「どうしてそんなのにするの?」
良介が聞くと、
「他の人がやらない仕事って、面白そうじゃない?」
と加奈子が笑って答えた。この一言が、良介の人生を大きく変えることになるのだが、それはまだ、本人含めて誰も知らない。
それから良介の人生は、加奈子を中心にして回った。良介にとって楽しい時間とは、加奈子と同じチームで行うドッヂボールであり、加奈子と机を並べて食べる給食であった。つまらない瞬間とは、加奈子と離れている時間、特に卓球の課外活動であった。
良介と加奈子の通学路は真逆の方角に伸びており、そのため2人が一緒に帰ることはなかったが、良介はその間、明日は加奈子と何の話をしようか、1人で悶々と考えていた。その時間は良介にとって貴重なものだった。また、家に着いてしまえば、そこは学校とは切り離された空間であり、加奈子がいないことが当たり前なのだ。しかし卓球は違った。良介が卓球をしている間、加奈子は、卓球場のある教室の窓からちょうど見えない角度にあるゴミ捨て場で空き缶を潰していた。…近くに、いるのに。
夏、みんなで海へ行った。加奈子はそこで、白い子犬を拾った。
秋、2人のクラスは、ドッヂボールの学年大会で優勝した。
冬、クリスマス会。プレゼント交換会とは別に、
良介は加奈子にプレゼントを渡した。子犬のキーホルダーだった。加奈子が好きだからだ。
加奈子もプレゼントを用意していた。子犬のキーホルダーだった。加奈子が好きだからだ。
良介は、4年生になったらボランティア活動を始めるつもりでいた。それは良介にとって、確約された未来と言えた。しかし、結局良介は卓球を続けることとなった。
小学3年の2月、早起きのヒマワリに雪の被る、寒い日だった。
「また、転校することになっちゃった」
ドッヂボールが雪で中止となり、次回大会に向けての作戦会議となった。そこで2人は、ついさっきまで、どうやって敵チームを欺くか、という相談をしていた。良介がボールを受け取ったら早いパスで加奈子に回し、再び良介にパスで戻す。そして良介がもう一度加奈子にパスをするフリをして、最寄りの敵を狙う。そういう作戦だ。加奈子の方を向きながら敵を狙うのは、良介の得意技だった。この頃良介は、他を見ながら加奈子を見る、あるいは加奈子を見ながら他を見る、そういう技術を会得するほどまでになっていた。2人の関係を応援してくれている友人から、「そういうの、少林寺拳法では『八方目』って言うんだよ」と教えられた(実際には違っていたことが後から分かった)。
「まだみんなには、ナイショにしてね」
自分だけに話してくれた。けれどその内容は…。
良介は涙をこらえた。その日は、初めて一緒に下校した。加奈子の家へ向かっていた。
「実は、うち、あんまりお金がないの」
加奈子は初めて家庭の話を始めた。こんなに可愛くて行儀の良い子の家にお金がないものなのか?良介の疑問は、
「知ってる?カケオチって」
という単語でほぼ解決された。加奈子の母は巣鴨に古くからある老舗和菓子屋の娘で、父は若いアルバイトで、2人は許されない愛を育むために家を出たそうだ。良介には、母が平日昼間に見ているドラマのあらすじにしか聞こえなかったが、目の前にあるボロアパートの1階角部屋になんの躊躇もなく入っていく加奈子を見て、ああそうなのかと思った。
「それが、許してもらえることになったんだって。だから来月、巣鴨のお母さんのおうちに戻るの」
ああそうなのかと、思った。
4年生になり、良介は卓球を続けた。課外活動の顧問からは、「センスあるから、中学じゃ卓球部に入るといいよ」と応援された。良介にその気はなかった。
良介の住む町から巣鴨までは、同じ都内であり、大人にしてみればそこまで遠いものではなかった。電車で40分もあれば着いてしまうだろう。しかし、良介は、加奈子に会いに行くことができなかった。加奈子からの別れのプレゼントである、…その足元に転がっている…ルービックキューブを、良介は完成させることができないでいるからだ。
「これ!良介君にあげるね」
加奈子がくれたルービックキューブには、ばらばらになった色の上に、マジックで何か書いてあるようだった。
「何これ?模様?」
「お手紙をね、書いたの。完成させたら読めるから、がんばってね!」
え、ええ~無理だよ!俺こういうのできないし!とは言えず、
「分かった!できたら見せに行くから!!」
そう言うと加奈子は顔を真っ赤にして、
「や!見せに来なくていいから!」(もしかしたら「店に来なくていい」と言ったのかもしれない)
と、手をぶんぶんと振っていた。
やがてそのぶんぶんは、別れを告げる振り方になり、加奈子は両親とともに、車で去って行った。
そして良介は、ルービックキューブの完成を諦め、加奈子への連絡を諦め、加奈子を諦めた。
良介がルービックキューブを完成させたのは、大学を卒業し数年経ち、稼げない本業とアルバイトを兼ねた貧困生活を続けているときだった。その少し前、良介は自分の稼ぎだけではどうしても暮らしてゆけず、親に頭を下げ資金援助を得ていた。その後やっと本業に仕事が入り、2週間後、雀の涙ほどではあるが得た収入を持って返済のために帰省した日の夜、自分が高校時代まで使った学習机の一番下の引き出しから出てきたカラフルな立方体を、良介は何気なく完成させてしまった。偶然としか言いようがないが、良介はそれを運命だと感じていた。キューブの各面には、それぞれこう書いてあった。
橙:良介君、今までありがとう。
青:たくさん遊んでくれてうれしかったです。
緑:ぜっ対また会おうね。
赤:●●だよ。(マジックで塗りつぶされていた)
黄:ずっと元気でね。
白:(白い子犬の絵)
問題1:次のうち、「白い子犬」の名前はどれか?(5ポイント)
(1)ポチ
(2)タマ
(3)ヒマワリ
問題2:次のうち、良介の職業はどれか?(5ポイント)
(1)公務員
(2)サラリーマン
(3)売れない小説家
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どうだろうか?この執筆速度。我ながら感心する。神田は自棄気味に自賛しながらデータを送信した。
その日の夜、大崎からの電話を緊張しながら取る。
「はい、神田です」
「神田先生…神田良介君?」
「…加奈子ちゃん?」
「ペンネーム使ってらしたから…全然わからなかった」
こういうのは、速攻じゃないと駄目だ。相手が対応を練りきらない内に、一気に攻め立てるのが一番だ。これは神田が卓球から得た人生のプレイスタイルだった。それが失敗し続けて今の神田があるのも事実なのだが。
タメ口を行ったり来たりしながら何か懐かしむように話しかけてくる大崎に、神田は言った。
「加奈子ちゃんには解ける、簡単な推理クイズです」
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問題:ルービックキューブの「●●」には、何と書いていたのか?(5ポイント)
(1)ばか
(2)すき
(3)きす
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「す、推理じゃないじゃない、ばか…」
「え、ばか!?」
神田が慌てて聞き返すと、大崎も慌てて訂正した。
「あ、いや、違う!今のは!」
ひとしきり2人が落ち着いて、しばらく沈黙の後。
「もう、私…」
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最後の問題:大崎はこの後何を言うつもりだろうか?(10ポイント)
(1)ずっと待ってたんだから。
(2)結婚してるの。
ヒント:50ポイント溜まると、アバター同士の仮想結婚ができるようになった。このイベントが大いに流行し、巣鴨発の携帯ゲーム専門サイトはユーザー拡大を実現したそうだ。
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(おしまい)