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9話 小さい村で(裏)

 時は少し遡り、ナナシとネムレスが村に泊まっていた時のことである。

 ナナシが何かを思いつき、ネムレスへと耳打ちし、彼女は面白そうに笑ってそれに同意したあの夜のことだ。

 そして二人はそれぞれ分かれて、ナナシはミーナと、ネムレスはアルバと話をしたのだった。

 その話の内容とは――





「ねえ、ミーナちゃん。君何か悩みがあるでしょう?」

「えっ」

「そういう時はね誰かに聞いてもらうと楽になれるんだ。僕に悩みを話してみない?」

「えっと……いいの?」


 ネムレスから少し離れた位置にミーナを誘って話を切り出したのはナナシからだった。

 その言葉にミーナも乗り気のようで本当に話していいのかと聞いてくる。

 それを受けたナナシは優しい笑顔を浮かべてもちろんだ、と頷いて話を促すのだった。


「あのね……村の女の子達がイジメてくるの」

「イジメ?」

「痛いことされるわけじゃないんだけど……」


 ミーナの話は村の女の子達にイジメられているということだった。

 ミーナは九歳ながらもこの村の中ではそこそこかわいらしく、男の子に人気があり好意を寄せられていた。

 けれどもミーナはまだそういったことについてよくわかっておらず、良くしてくれて嬉しい程度にしか思っていなかった。

 だが、村の女の子達はそれが気に食わなかったようだ。

 ミーナが村長の娘であるという立場がそれを余計に悪くして、女の子達は妬みからミーナをイジメるようになった。

 イジメと言っても悪口を言われたり泥団子をぶつけられたりとその程度なのだが、それでも悪意を受けるにはミーナは幼すぎて心はひどく傷ついていた。


 だが、ミーナがイジメられていると兄や村の男の子たちが颯爽と現れてミーナを助けてくれるため、彼女はそれでも元気でいられるのだった。

 実際にはそういった男の子の行動でさらに村の女の子の妬みは強くなっているのだが、そんなこと知る由もなく、ミーナは自身を助けてくれる男の子たちに感謝していた。

 それでもどうしてこんな目に合わないといけないのだろうと悩んでいたという話だった。


「そっかあ。こんないい村でもそういったことはあるんだね」


 ナナシは本当にかわいそうにと同情したような表情でミーナの手を握る。

 そして続けて言葉をぶつけていくのだった。


「ミーナちゃんは悪くないよ。悪いのはその女の子達だ。ミーナちゃんはこんなにいい子なのにね。そんな意地悪してくる子なんて嫌いだよね」

「う、うん……ちょっとだけ嫌いかなあ」


 普段のミーナであればイジメられていても女の子達のことを嫌いとは言わなかっただろう。

 少し苦手だなと思う程度で終わらせていたはずである。

 だが、今ミーナの心の中では少しずつ嫌いという感情が大きくなっていた。

 そのことに彼女は全く気付かないままナナシの言葉を聞いている。


「なんでミーナちゃんがイジメられないといけないのかな? ミーナちゃんは何も悪くないのに。おかしいよね。酷い目に合うべきなのはミーナちゃんをイジメる女の子たちなのにさ」

「うん……私は何も悪いことしてないのに酷いことしてきて……ほんとなんで私が酷い目に合わないといけないんだろ……」


 少しずつ少しずつミーナは自分が酷い目に合うことやイジメてくる女の子たちに対して恨みの感情を持ち始めてきた。

 もちろん彼女がそれに気づくことは無い。


「ねえ、仕返ししちゃえばいいよ」

「仕返し?」

「そう。今までずっとミーナは酷い目に合ってきたんだ。そんな目に合わせた女の子たちは悪い子なんだよ。だから一度痛い目に合わせて反省させないといけないよ」

「でも、そんなことしたらかわいそうだよ?」


 ミーナは優しい子だった。

 どんなに憎く感じても痛い思いなんてさせたくないと思っていた。


「いいかい? これはその女の子たちのためでもあるんだ。このままだと将来大人になった時に本当に悪いことをしちゃうんだよ? そんなことにならないように今のうちに何とかしないと手遅れになってしまう。それにさ、大嫌いで憎い彼女たちに少しぐらい仕返ししたいだろ?」

「うん……それはそうだけど……」


 どんなに優しくても負の感情は生まれるし、それを()()されれば幼いミーナの思考はその感情に支配される。


「じゃあ、仕返ししようよ。このまま何も言わずに逃げてたらミーナちゃん。君、殺されちゃうよ?」

「殺される? 私が? ……いや、……そんなのいやだっ」


 そして続くナナシの言葉にミーナは恐怖する。

 ナナシの声を聴いていると不思議とその通りになるのだと思ってしまい殺されたくないと震えてしまう。

 そんなミーナにナナシは静かに声をかける。


「大丈夫だよ……先に殺しちゃえばミーナちゃんは助かるよ……殺される前に殺しちゃえばいいんだ……」

「殺される前に……そうだ……あいつらは私を殺そうとしている……なら、殺される前に殺さないと……」

「その調子だ……でもその前に色々準備するんだ。武器とかそういうのをね。そうだね……二日後に実行すればいいと思うよ」

「でもそれまでに殺されたら?」

「大丈夫。まだ数十日は殺されないさ。だからしっかり準備して確実に殺せるようにしないとね?」

「うん、わかった。準備して殺される前に殺すんだ……」


 暗示にかかったようにミーナはいずれ殺されるのだと思い込み、そしてその前に殺すんだと意気込んでいた。

 ナナシはそんなミーナを安心させるように優しく頭を撫でてあげながら優しい笑みを向けるのだった。




「あの、ネムレス……さん」

「ん? なあに?」


 長男であるアルバはナナシとミーナが離れたところに行くのを確認し、ネムレスに話しかけた。

 ネムレスは外見は十二歳の女の子なのだがかなりの美少女である。

 そしてナナシと話している間のネムレスの精神は幼いのだが、ナナシが関わっていないときのネムレスは落ち着いていてひどく大人びて見えた。

 そんなネムレスの事がアルバは気になっていた。

 とはいえ、本気で自分のものにしたいというほどでもなく、少しでも仲が良くなれればいいかなといった程度だった。

 それはネムレスの傍に既にナナシがいたためである。


「その……俺、悩みがあるんですけどちょっと聞いてもらえませんか?」

「悩み? 私でよければかまわないわよ」


 そしてネムレスに何とか近づきたいと考えた末に思いついたのが自身の悩みを聞いてもらうことだった。

 ネムレスに近づきたいために、とはいっても実際、アルバには悩みがあった。

 ネムレスにとってはもともと話す予定だっため都合がよく、喜んで相談を受けることにした。


「その、俺ってさ。村長の息子で、大人になったらそのまま俺が村長になるんだ」

「そうみたいね」


 よほどのことがない限りは村長の息子が継いで、新たな村長になるのはさほど珍しくもないことだったので、ネムレスも頷いて先を促す。


「だから俺はこの村を守っていくために、勉強もしてるし、村の皆をまとめられるよう頑張ってるんだ。けど――」


 小さな農村の村長の息子であるアルバは、責任感の強い子だった。

 やがては自身が村長になるのだと自覚していて、尚且つ立場に甘んじて高慢にならないように自制することのできる子だった。


 未だ子供である自身でもできることをしようと、村の子供たちのまとめ役をアルバは担っていた。

 誰よりも率先して畑仕事を手伝って他の子を引っ張っていったり、子供同士の喧嘩を仲裁したりと精力的に動いていた。

 そんなアルバの姿は周囲の子から見てもとても頼もしいもので、将来アルバが村長になった時は安心だなと子供心に思っているのだった。


 しかし、アルバ自身はそうは思っていなかった。

 どんなに頑張ってもアルバは妹に対するイジメをなくすことができない。

 かといって妹を庇うことでよりイジメが苛烈になっていくのを感じていて、自分の妹一人守れてもいないのにどうして村を守ることができるのかと日々不安を募らせていた。

 そんな様子を見かねてアランという特に仲のいい幼馴染の親友がよくアルバの事を励ましたりしていたが、それでもアルバは不安を募らせるばかりだった。


 アルバは話しているうちに当初のネムレスと近づきたいという目的を忘れ、ただただ己の不安を吐露していった。

 自分には村長になる資質がないのではないかと。

 そんなアルバの話をネムレスはつまらなそうにするわけでもなく真剣に聞いて頷いていた。

 ひとしきり話が終わるとネムレスはアルバの手の上に自身の手を重ねる。

 突然触れられて驚き浮かれそうになるアルバだったが続く言葉にその暇もなかった。


「ふーん。話に聞いてた通り腰抜けなのね、あなた」

「えっ」


 ネムレスは話を真剣に聞いた上でアルバを侮辱するような言葉を選んだ。

 不安な気持ちを吐露し、少しだけすっきりしていたアルバだったがその言葉に固まってしまう。


「ここに来るまでに村の人たちと少し話していたけど皆言っていたわよ? 惨めで腰抜けの無能で一人空回りしてるかわいそうな人だって」

「そんな……皆がそんなこと言うわけがないよ」


 ネムレスの言ったことはもちろん嘘だった。

 アルバもそれが嘘だと分かっているのだが心のどこかでは嘘じゃないのではと不安に感じていた。

 ネムレスは内心笑いつつもアルバの目を見ながら言葉を続ける。


「なんでそんなこと言いきれるの? 人が何を考えてるかなんて分かるわけがないし、そんなこと本人に直接言えるわけないじゃない。でもね私たちみたいなここに留まるわけではない旅人が相手だと人の口って軽くなるのよ? 今あなたが私に不安を吐露したようにね」

「っ!」


 アルバ自身、ネムレスに対して誰にも打ち明けていなかった悩みを打ち明けていた。

 そこにネムレスに近づきたいという感情とは別に旅人だから、すぐに離れるから話してもいいという考えも全くないわけではなかった。

 だからこそアルバは何も言えず、本当にそんなことを言われていたのかもしれないと思ってしまう。


「皆があなたの事を村長にふさわしくないって言ってた。村長の子が村長を継ぐのが普通だけど、村全体で相応しくないと言われている者が村長を継げるのかしら? それが絶対というわけではないものね。もっと他にふさわしいものが選ばれてもおかしくはないわよねえ?」

「僕が村長になれない……? 今まで頑張ってきたのに?」


 村長の子がそのまま村長の役目を継ぐのはこの世界では一般的なことである。

 だが、村全体が別の人物のほうがいいと言えばそれを無視することはできない。

 極々稀に村長の子ではなく、別の有力な家の子供が村長に選ばれると言うことも世の中には存在するのだ。


「それにねえアルバ。別に村全体が言わなくてもあなたが死んで両親もいなくなればどうなると思う? ……あ、そうそうこれは内緒だけどね。特に強くあなたの事を馬鹿にしてた人がいたのよ。 たしか……アランって子だったわ。 彼も皆をまとめるように動いてて周りからの評判はいいわよねえ?」

「えっ……」


 ネムレスの言葉は不思議とアルバの中に吸い込まれるように頭の中に響く。

 そしてネムレスの口から出たアランと言う言葉に思考が止まってしまった。

 不安になって暗くなっているところをいつも励ましてくれた親友のアラン。

 普段のアルバならそんなことない、それは嘘だと即座に反論できただろう。

 だが、ネムレスの言葉に対して無防備になっていたアルバの心にその言葉はやすやすと侵入していった。

 そして親友だと思っていたのに裏切られたと憎悪の感情を膨らませていく。


「ねえ、アルバ。皆が皆、あなたが村長にふさわしくないと思ってる。あなたの両親もね。でもあなたがそれでも村長になりたいと思うなら力でもぎ取るしかないわ。他の村長候補なりえる子達を黙らせるのよ。永遠に口を開けなくしてしまえば誰もあなたに逆らえないわ。そうしたらより強固に村を守ることもできるわよ」

「他の子を黙らせればって? で、でもそんなことしたら……


 口では否定するのだが憎悪の感情は膨らむばかりで、そうしてやりたいという気持ちが溢れてくる。


「村を強く守っていくには時には非情になることも大切よ? 優しいだけじゃ何も守れない。時には力を見せないと、ね?」

「力を……それが村を強く守るのに必要な事……」

「ええ、もしそれができたら皆あなたの事を見直すわ。でも、やるなら私たちが村を出て二日後にしてね? 村の事は村の中だけで決める。只の旅人である私たちに迷惑をかけないでね?」

「そうだね……村に関係ない人を巻き込むのはダメだよね。うん、わかった」


 今の貴方は少しかっこいいわよ? とネムレスは微笑んだ。

 アルバは憎悪に飲まれるままに決意を固め、自分の寝床に戻っていった。





 ナナシとネムレスが村を出て二日後。

 村長の子、アルバとミーナの手によって村の子供たちが殺されるという事件が起こった。

 その村の人々は突然の凶行に恐怖しながらも、何とか二人を取り押さえた。

 捕えられた二人は、アルバは母に、ミーナは父にそれぞれそうしないと自分が殺されるから殺せと言われたと告白した。

 恐怖に支配された村人はその言葉に半信半疑ながらもこんな狂った子供の親も狂っているに違いないのだと村長一家をまとめて縄で縛り森の奥深くに討ち捨てることにしたのだった。


 後日、森に確認に行った村の狩人は食い散らかされた四人の死体を確認することになる。




 また、ナナシとネムレスがその村に泊まっていた事実を思い出す村人も一人もいなかったのだった。


ナナシとネムレスは人の相談に乗ってあげる親切で優しいおにいちゃん&おねえちゃんです。

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