8話 小さい村で
ナナシもネムレスも人を殺さないときもありますよという話。
街道で襲撃されている馬車に出くわした次の日。
すでに太陽は沈みかけてそろそろ辺りは暗くなるであろうそんな時刻に、ナナシとネムレスは小さな村へとたどり着いた。
そこは小さな農村のようで村のあちらこちらで今日の最後のひと頑張りだと言うように、畑をせっせと耕す人の姿があった。
その中には外見上はナナシたちと同年代の子供の姿もあり、彼らは皆体つきも悪くなく、食料が足りないということもないようで、小さいながらもそれなりに栄えているようだった。
「んーのどかな場所だねー」
「皆、目が活き活きして働いてる。いい村ね」
ナナシとネムレスはそんな感想を言いながら村の中を歩いている。
狂気に染まっている二人だが、普通に風景や空気を楽しむこともできるのである。
実際のところ、ナナシはもともと目につく人間すべてを殺そうとは思うわけでもなく、また昨日殺した貴族で満足していたし、ネムレスも昨日襲われていた貴族を助けて殺した後、不満が溜まっていたが、気配探知スキルにより盗賊の根城を見つけそこで大量に殺してとりあえず不満を解消していたため、二人は特に人を殺す気分でもなかったのである。
とはいえ今気分でないとしても、ふと思いつけばすぐさま人を殺したくなるのだろうが、少なくとも今は二人はただ穏やかにこの村の空気を楽しんでいた。
「すいませーん。旅の者なんですがもしよければこの村で泊まらせていただきたいのですが」
「おや?小さな旅人さんだね。あいにくこの村には宿屋はないから村長のとこに行くとええ。きっと泊めてくれるだろう」
「ありがとうございます。村長さんの家はどちらに?」
「向こうの……あれだ。あの少し大きな家が村長の家だよ」
「ああ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ああ、どういたしまして」
ナナシは一番近くにいた大人の男性に声をかけ、今日泊まれる場所がないかを聞いてみると、宿屋はないが村長が泊めてくれるとのことだった。
教えてくれた男性に頭を下げてお礼を言ったナナシとネムレスに対し、男性は礼儀正しい旅人に関心し、笑顔を浮かべながらそれを受け、手を振っていた。
ナナシたちは教えられた家へと足を進めていった。
やがて、教えられた家の前まで来て、扉をノックする。
少しして中から足音が聞こえてきたかと思うと扉がゆっくりと開かれた。
「ああ? わざわざノックするのは誰だい? ……おや、君たちは……?」
「突然すいません。僕たち旅をしてるんですがもうクタクタで、よければ一晩泊めていただけませんか。お金なら払いますので」
「おや、これはこれは小さな旅人さんですね。ええ、ええ、別に構いませんよ。なんでしたら一週間でも泊まってってくれても大丈夫です」
扉を開けたのは三十歳ぐらいと思われる少ししわのある男の人だった。
その男性はまだ成人もしていないような小さい旅人を見て少し驚くが、ナナシの言葉に納得したように頷きナナシたちを喜んで歓迎するのだった。
それから食事を共にして、村長の奥さんとその子供が二人同席して、互いに紹介して会話を弾ませていた。
「こちらが長男のアルバ。今は十四歳だ。そしてその隣にいるのが長女のミーナで九歳になる」
紹介された子供の名前はそれぞれアルバとミーナ。
アルバはだいぶ体も大きく育った青年で、なにやらネムレスの事が気になるのかしきりにネムレスのほうをちらちらと見ている。
ミーナはナナシやネムレスよりも一回り小さい女の子で少し気弱な印象を持たせる子だった。
彼女は彼女で、優しそうな雰囲気のナナシの事が気になるのかじっと見つめていた。
食事の後、村長と奥さんは席をはずし、しばらく子供同士で話すことになった。
ふと何かを思いついたナナシはネムレスに何かを耳打ちし、自身はミーナと会話をし、ネムレスにはアルバと会話するように互いに少し離れてそれぞれ話をした。
子供同士の話も終えた二人は村長さんが用意してくれた寝床に二人仲良く入りその日はぐっすりと眠る。
眠る直前二人は顔を合わせナナシは純粋な子供のような笑みを、ネムレスもこれから起こることを思い浮かべてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
だが、どちらも子供のような笑顔で似た者同士に見える表情をしていたのだった。
翌日、二人は仲良く同じ時間に目を覚まし、朝食を頂いてからすぐに村を出ることにした。
「村長さん、泊めていただいてありがとうございました」
「ありがとうございました」
礼儀よく頭を下げ、村から出て旅を再開する二人。
その後姿を村長と村長の奥さんは眺めていた。
「行っちゃいましたね……」
「ああ、小さいのにしっかりした子達だった」
村長たちはたった一晩泊めて少し話した程度だというのに小さい旅人の少年少女の事を気に入っていた。
それは子供たちも同じようだと旅行く二人に向かって手をぶんぶんと大きく振っていた自らの子の姿を見て村長は笑みを深めていた。
しかし、昼にもなると村長たちは、否、村人全員が小さな旅人のことなど忘れ去っていた。
そして、それに気づくものは誰も居らず村は普段と同じように動き始めるのだった。
そしてそれから二日後。
いつもと同じように村は動き出し、畑を耕したり雑草を抜いたりと村人の皆がせっせと動いていた。
その村の片隅で村の女の子が一人歩いていた。
そしてその後ろからこっそりと後をつける少女の姿があった。
少女の手には料理で使う包丁が握られていた。
少女はやがて女の子に接近すると足を引っ掛けて転ばせた。
「きゃあっ!? なに?」
転んだ女の子は何かに躓いたのだと気づいて周りを見渡し、一人の少女の姿を確認した。
「あ、あんた! あんたのせいで服が汚れちゃったじゃない!」
その少女があの妬ましい村長の娘であることに気づいた女の子はすごい剣幕でその少女、ミーナに怒鳴った。
だが、ミーナは耳を貸さず女の子に向かって思い切り飛び掛かった。
「はっ! 弱虫ミーナの分際で歯向かう気なの――」
突然飛び掛かられて避けられなかった女の子だが、ミーナよりも年上で体も大きい女の子は余裕な態度を保っていた。
だが、女の子は、ミーナに飛び掛かられて地面に倒れた時に胸のあたりに異常を感じた。
「――……え? なに……これ……?」
「殺さなきゃ……殺される前に……」
女の子の胸にはミーナが持っていた包丁が深く刺さっていた。
子供の力ではあるが、思いっきり飛び掛かり体重を全部乗せた包丁は命を奪うのに十分だった。
女の子は刺されたことを自覚しそれにより一気に痛みが湧き上がってきたのだがあまりの痛さに声も出せずそのまま死んでいった。
ソレが動かなくなったことを確認したミーナはなんとか包丁を抜いてよろよろと次の獲物を探しに行くのだった。
村の広場に七人ほどの男の子達が集まっていた。
彼らはアルバに呼ばれたため、広場に来ていた。
皆で何か遊びをするのかそれとも、大人顔負けの仕事をするのかどちらかだろうと男の子達は考えていた。
それがアルバという子だったからだ。
男の子達にしてみればどちらでも文句はなかった。
遊びをするならそれはとても楽しいし、アルバの指示のもと仕事をすれば大人たちに褒められるので誇らしくなるからだった。
男の子達はアルバの事をリーダーだと認め信頼していたのである。
そのリーダーがようやく彼らのところへとやってきた。
手には柄の長いタイプの草刈り鎌が握られている。
それを見た男の子達は今日は草刈りをするのかと思っていた。
そしてそれを確認するように一人の男の子が前に出てきた。
その男の子はアルバの親友であるアランだった。
「おーいアルバ! 今日は草刈りするのか? なら先に言ってくれれば俺たちも道具を持ってきたのに。なあ、みんな!」
アルバに話しかけたアランの声に他の子達も反応してそうだそうだと言い始める。
アランも後ろにいる子達も笑っていて楽しそうだった。
だが、それを見たアルバには自分を嘲笑しているように感じさせた。
何も言わずにアランの傍まで来たアルバは、その手の鎌を持ち上げアランの頭にめがけて思いきり横に振りぬいた。
「えっ――」
十四歳になるアルバは日々の生活から体も鍛えられていて大きい体格をしていた。
その体から繰り出される突然の攻撃にアランは反応できず、その身に鎌の一撃を受けてしまった。
頭に鎌の刃が深く刺さり、横倒しに倒れたアランはわけもわからぬままに死んだ。
即死だった。
目の前で行われた凶行に他の六人の男の子たちは何が起こったのか理解できずその場に固まっていた。
突然リーダーのアルバが彼の親友のアランに対して鎌を振りアランが地面に倒れた。
何が? なんで? どうしてアルバが? といった思考がグルグルと頭の中で回り混乱していたのである。
そんな様子を傍目にアルバはアランから鎌を抜こうとするが湾曲した刃が深く刺さっているためか抜くことができなかった。
仕方なく鎌を諦めたアルバは広場を見渡し、巻割り用の鉈が壁に掛かっているのを見つけそれを取った。
そして残った六人の子に向かってアルバは走り出した。
数歩先までアルバが迫ったところでようやく男の子たちは状況を理解したのか、それともアルバのただならぬ雰囲気に恐怖を覚えたのか逃げようとした。
「あああ!? 痛い! 痛いよう!」
「た、た、たすけてーーー!!」
しかしそれは少し遅く、二人の子がアルバの持つ鉈によって足を斬られ地面に倒れてしまう。
斬られた痛みで動けなくなった子達は必死に助けを呼ぶ。
アルバは取りあえず動けなくなった二人は無視し、それなりに体が大きい男の子に狙いを定めて走っていく。
アルバはこの村の子供の中で一番体が大きく、足も速かった。
唯一アルバと喧嘩できるだろうと言えたのは彼の親友であるアランだけだったが彼は既に死んでいる。
故に逃げ切れなかった二人の子がアルバの手によって殺された。
それでもアルバが二人を追いかけている間に二人ほど逃げ切ることに成功していた。
それを確認したアルバは舌打ちを打ちつつも先ほど足を斬って逃げられなくした二人を見る。
「ヒィ!」
「リーダー、なんで……なんでこんなことを……!」
「うるさいな……お前らがいなければ……俺は絶対に村長になるんだ……」
アルバに見られた二人は怯え、どうしてこんなことを叫ぶのだがアルバは虚ろな目でブツブツと何かをぼやきながら二人に近づいていく。
そして、二人に近づいたアルバは鉈を振り上げて狙いを定め、思い切り鉈を振り下ろした。
「やめ――」
「あああああやめてよ!! やめて! リー……――」
足を斬られていた二人は抵抗もできずただただ泣き叫んでいたが振り下ろされた鉈は無慈悲に二人の命を奪っていったのだった。
やがて、ミーナもアルバも村の男たちによって取り押さえられたことでこの村でおきた惨劇の幕は落とされた。
その惨劇を村を一望できる木の上から見ていた二人の観客が静かに拍手を送っていた。
「うーん素晴らしい劇だったね」
「うん、あの少年は意外と頭を使っていたわね」
その観客とは二日前に村を出たはずの小さい旅人。
彼らはずっと木の上で気配を消して村の様子を見守っていたのだった。
「僕の選んだ役者もなかなかの動きだったな。幼いながらにちゃんと考えていたじゃないか」
「ええ、気配探知で確認していたけど一人一人確実に、騒ぎにならないように声を出させずに殺していたようね」
「それに対して君が選んだ役者は正面から堂々と来た。でも彼の人望のおかげが男の子たちはしばらく固まっていたからいい作戦だったかもね」
「でも二人逃したからそれを踏まえれば妹の方が優秀だったわね。やっぱりかっこ悪いわ」
二人は互いに目の前で繰り広げられていた「演劇」の感想を言い合って笑っていた。
この村で起きた惨劇は、小さな旅人二人が形ばかりの台本を用意して作り上げた劇であり、凶行を起こしたアルバとミーナは小さな旅人に選ばれた哀れな「役者」だった。
「僕らに選ばれてしまったかわいそうな役者」
「けれども彼らは十分に私たちを楽しませてくれたわ」
「彼らのアドリブ劇に――」
「彼らの惨劇に――」
「「もう一度拍手を!」」
パチパチパチと手を叩く音が周囲に広がっていく。
だが、その音はやがて風に消えて、後には何も残っておらず、木の上にはもう誰の姿も見られなかった。
ええ、ナナシとネムレスは直接は殺していません。
直接はね。