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7話 新天地へ向かう狂気

 ネムレスが壊れて数日後。

 ナナシたちは街から出ようと、この街の門へと向かって歩いていた。

 二人はどちらも茶色の一般的な外套を羽織って、その体をすっぽりと覆っている。

 その外套の下から時折、恰好が見えて、ナナシは古着屋にあった普通の服にズボン、ネムレスも古着の裾が膝まであるワンピースを着ていて、どちらも革の胸当てを身に着けている。


 その装備はとても上等な物とは言えないものだが、冒険者になりたての子にはよく見られる姿であるため二人を注視するものはいなかった。

 何人かは小さい冒険者かとチラッと視線を送っていたのだがすぐに興味を失って、視線を外したその時には二人の印象どころか「小さい子供の冒険者がいた」という事実すら頭から消え去っていたが、そのことに気づくものは誰もいなかった。

 そして誰もが、孤児院の惨殺事件やその後の雑貨屋と古着屋の店主が殺されていた事件の犯人が未だに見つかっていないことに対する不安で頭がいっぱいになっていたのだった。


 やがて門へとたどり着き、ナナシたち二人は門番にカード状のものを差し出して、それを見た門番は特に怪しいと思うことも無く二人にそれを返し、ナナシたちはそのまま街の外へと通された。

 現在この街では連続殺人であったり、孤児院の大量殺人といったものが続いていて警戒されていて通常よりも出入りが厳しく調べられていたのだが、十二歳そこらのまだ子供であるナナシたちは疑われることもなく、この街は事件のほとんどを引き起こした殺人者を正面から取り逃がすことになった。


「さて取りあえずどこに行こうか」


 街から出てしばらくしてナナシはそう呟いた。

 ナナシたちは、と言うよりはナナシは特に予定があって街を出たわけではない。

 ナナシという存在はあの日死んだことになっていて、ナナシのことをよく知るものは皆殺したためほとんど正体がばれる心配はほぼない。


 だが、それはあくまでもほとんどであり、不特定多数のよく知るわけではないが名前を知っていたり、一目見ていたりする者にばれたり疑問に思われる可能性があった。

 その為ナナシはこの街で自分の名前を出せばそれだけ危険だと感じていたため、街を出て別の場所に移ろうと考えたのである。

 また、せっかく異世界に転生したのだから世界を回りたいとも常々考えていて、不老不死になったのはちょうどいい機会だという理由もあった。


「王都は人が多いだろし、そちらに向かって大量に殺すのもいいし、王族を皆殺しにして国を混乱させるのも面白そうだ。でも、冒険者になったんだから迷宮とか行ってパーティ組んだ冒険者を後ろから殺すのもいいなあ」

「どちらにしても人がいるところじゃないといけないわよね」


 さらっと物騒なことを口にするナナシ。

 誰かに聞かれれば反逆罪で捉えられて、即刻死刑になってもおかしくないことを言っているのだが、ネムレスはその言葉に興味を示すことも無く人がいるところに行こうと相槌を打つ。

 また、ナナシが言っていたように二人は冒険者になっていた。

 これはあれば便利だからとナナシがギルドに潜入して勝手に登録してギルドカードを作ったため実際にはギルドは二人の事を承知していない。

 知らないうちに登録したという記録もなく二人の冒険者が生まれたわけだが、冒険者の数は多く今更一人二人増えたところで誰も気にしない。


「うん、まあこのまま南に行こうか。王都もあるし道中に迷宮もあるからね」

「道中の村とか町には全部寄るの?」

「うーんそうだなあ、よほど道から外れた場所にあるとかじゃない限り寄ってみようか」


 ネムレスの質問に少し考えてナナシはそう答えた。

 町に寄ると言っているがそれはそのまま道中の町で人を殺すという意味である。

 道中にある町で毎回人を殺していれば殺人者がだんだん王都に向かっているとばれるかもしれないとナナシは少し考えたのだが、ばれたところでナナシが本気でスキルを使えば正面から歩いて素通りすることも可能であるため、特に気にしないことにした。

 殺す瞬間に姿を露見するヘマをするほどナナシたちは甘くない。

 ナナシはスキルを使えば正面からでも認識できないし、ネムレスもスキルのレベルが高く、また気配探知によって近づかれる前に気づくことができる。

 逆に姿を露見させて殺すときは村一つが丸ごと消える時である。


「それじゃ別の狩場に行こうか」

「ええ、行きましょう。新しい狩場に」


 その会話は、二人を冒険者として見ればこの街の周辺ではもう大した稼ぎはなく別の場所にいこうというありふれた物である。

 だが、快楽殺人者である二人には新しい狩場というのはそのまま別の意味、人のいる場所ということになり、彼らの獲物はそのまま人である。

 もはやネムレスには人を殺すことになんの躊躇もないどころか殺すことを楽しみにしているようだった。




 不老不死であるナナシ達には疲労と言うものがない。

 また、街道に人の姿がなければ闇魔法の影移動によって影から影に高速で移動できるため二人はかなり早いペースで街道を進んでいた。

 トーレの街からはおおよそ二時間で普通の人なら馬車に乗って五時間ほどかかるところまで進んでいた二人の前方に、何やら馬車の車輪が折れて止まっていて、その馬車を守るように剣を構える立派な鎧姿の騎士がいて、それを襲おうとしている五人の男たちがいた。

 地面には護衛だったと思わしき騎士と襲撃している男たちの仲間と思われる死体が転がっている。

 どうやら野盗か何かに襲われていてあの馬車を守って戦っていたらしいと気づいた二人だったが、ナナシは襲ってる側を殺すことにした。


「まず、あの汚い男達を殺そう」

「分かったわ」


 その言葉と共に、ナナシは闇の空間を生み出しそこから短剣を取り出して走りだす。

 その際、魔力を体に巡らして身体を強化し、隠密スキルも併用していたナナシは襲撃者に気づかれることなく接近し背後から二人の男の首を切り裂く。

 ネムレスはナナシが走ると共に風魔法の詠唱を始めていてナナシが二人の男の首を斬ったと同時にもう二人の首を斬り飛ばす。

 残った一人は突然自分の仲間が誰かに殺されて動揺していたところを騎士に斬られた。

 襲撃者に囲まれていた騎士は窮地を救われ安堵し、助けてくれた者たちの姿を確認し、まだ体の育ち切っていない子供だったことに少し驚くが、救われた事実は変わらないと二人に礼を言うことにした。


「君たちのおかげで助かりました……さすがに五人に囲われては私も後がなかったですから」

「いえ、お気になさらず」

「たまたま私たちが通りがかってよかったね」


 騎士の礼に対してナナシ達は普通に答えていた。

 それは狂っている二人のことを知っていれば奇妙な光景であるが騎士は当然二人が狂っていることなど知る由もなかった。


「た、助かったのですか?」

「ああ、お嬢様! 怪我はないですか?」


 馬車の中から女の人の声が聞こえて、それに騎士が答える。

 どうやら助かったらしいことを察したようだった。


「お嬢様、もうお出になられても大丈夫です」


 騎士が扉を開けると中から綺麗なドレスを着ていてドレスに負けないほど美しい女性がゆっくりと出てきた。


「っ! ……こちらの子達は?」

「我々を助けてくれた通りすがりの冒険者のようです」


 その騎士の言葉にナナシ達は軽く会釈する。

 その女性も出てきたところに見知らぬ人がいて警戒していたが、落ち着いてナナシ達の姿を見てまだ子供であることを確認して少し安心したようにホッと息を吐いた。


「そう、ありがとう。あなたたちが助けてくれたらしいわね」

「ええ、それはもう素晴らしい身のこなしでしたよお嬢様。彼らがいなければ今頃私も地に伏せる死体となっていたでしょう」


 その騎士の言葉にそこまでの者なのかと驚いた様子を見せるその女性はナナシ達に見定めるような視線を送る。


「とてもそうは見えませんがガルムが言うのであればそうなのでしょうね。改めて、危ないところを助けていただき本当にありがとうございます。私はサラ・フィル・ハイラントと申します。あなたがたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ん、僕はナナシ。サラ様は貴族の方ですか?」

「ネムレスよ。今回は運がよかったわね」


 ドレスを着た美しい女性、サラの言葉にナナシ達も自分たちの名前を告げる。

 サラはどうやら貴族らしいとナナシが気づきそれをサラに聞いていた。


「ええ、確かに貴族ではありますね。でもあなたたちは恩人ですからね。変に畏まる必要はありませんよ」

「そうです。あなた方は我々を救ってくれたのですからな。おっと失礼私はお嬢様の護衛をしていたガルムと申します。あのままではお嬢様を守りきることも叶わなかったでしょう。本当に助かりました」


 サラが貴族であることを肯定し、畏まることも無いと言ってそれをガルムと呼ばれた騎士も言葉を重ね、兜を下ろして、ガルム自身の紹介もして改めて礼をいうのだった。


「いえいえ、本当にお礼なんていいんですよ。だって――」


 騎士が兜を下ろすのを確認したナナシは笑みを浮かべながら礼を受けつつもサラに近づいていた。

 そして――


「――あなたたちはここで死ぬんですからね」


 サラの腹に短剣を深く突き刺した。


「へ?……あ、あああああああ!?」

「貴様、何を――」

「うるさいよ? 死んじゃえ」


 ナナシの思わぬ行動に詰め寄ろうとしたガルムの口の中に、ネムレスはいつの間にか手にしていた短剣を突き入れてガルムを殺した。

 腹を刺された痛みに悶え苦しみながらもあっさりと殺される自身の護衛の騎士を見ていたサラは顔を青くして怯えていた。


「ねえ? 助かったと思って安心したよね? 安心してたところで助けてくれた恩人にすぐに殺されてどんな気分かな? ……ん? なんだいその顔は? まさか本気で僕たちを信じてたのか? ああ、この見た目だと子供にしか見えないもんね? じゃあ仕方ないか! ハハハハハハ!」


 ナナシが地面に伏せているサラに今の気持ちを聞いてみればなんでこんなことをとでも言うような表情でナナシを見るサラの表情だけ返された。

 本気で自分たちのことを信じていたことを悟ったナナシは思わず大笑いしてしまう。


「残念だったね。僕は君らのことなんて知らないし、君らを助けたのは実際のところ本当に偶然だったんだ。偶然通りがかって襲われてたからとりあえず助けた。でもそれは助けた後に殺した時のその表情が見たかったからなんだ。そう! 今の君の表情をさ! とてもよかったよ! ありがとう、殺されてくれて」


 ナナシはサラにそう言葉を投げつけていく。

 ナナシの言葉を聞いたサラは信じられなかった。

 そんな考えで自分を刺し、ガルムを殺したのかと。

 そんな考えで人を殺す存在がいるというのかと。


「ヒィッ……! ば、化け物ッ……!」


 何よりも信じられなかったのが、そんな存在であるナナシの笑顔が子供のように純粋で負の感情がまったく見えないことだった。

 サラは自身が死ぬことよりもそのナナシという存在に恐怖していた。

 そして恐怖に支配されたまま死んでいった。


「思わぬ出会いに感謝しないとね」

「道中でこんなことがあるのならもっと旅をしたくなっちゃうわね。でも私は物足りなかったかな」


 サラが死んだ様子を眺めていた二人は何でもないかのように自然体で感想を言い合っていた。

 ナナシにすれば助けられて安心し、信用した相手から殺されたサラの表情は多くの快感を与えてくれていたのだが、ネムレスは即座にガルムを殺してしまったため残念に思っていた。


「じゃあこのまま旅を再開しよう」

「村でも町でもいいからなにかあるといいなあ」


 二人は再び歩き出す。

 さらなる獲物を求めて。




 後日、街道で壊れた馬車と多数の死体が発見される。

 死体は野盗と馬車を護衛していた騎士の物であり、ここで野盗に襲われた事が分かった。

 また、馬車に書かれた紋章からトーレの街から南に二つ隣りに領地をもつハイラント家のものであることが判明したが、馬車に乗っていたはずであるサラ・フィル・ハイラントの死体はどこにも見当たらず、周囲を捜索したが結局死体は出てくることは無かった。


 サラ・フィル・ハイラントが生きて連れ去られているのか、それとも死んでいるのか。

 それを知る者は既に南へと消え去っていた。

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