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6話 狂気は伝染する

「落ち着いた?」

「うん、ありがと」


 目を覚まし、長年抑えていた孤独による恐怖の感情が溢れて取り乱していたネムレスは、ナナシに優しく抱きかかえられて自らの思いを吐露し、受け入れてもらったことで落ち着きを取り戻していた。

 ゆっくりとナナシから離れその顔を見られる位置まで下がるネムレスだったが、そのころにはナナシは少し微笑んでいる程度の普通の表情をしていた。

 落ち着いたネムレスを見てもう大丈夫だとナナシは判断した。

 同時にナナシはネムレスを壊すことにした。

 ネムレスの精神的な乱れはナナシにとって好都合のものだったのである。


「さて、ネムレス。君はこれまでは孤独の恐怖を誤魔化すために殺してきた」

「うん……私は一人ぼっちが怖かった」


 ネムレスが今まで人を殺していたのは恐怖を誤魔化すため。

 つまり、ネムレスは正確には狂っていなかった。

 壊れきっていなかった。

 それはナナシにとって不都合であった。

 だが、それは同時に好機であった。


「だけどこれからは僕がいる。ずっとずっと一緒にいられるんだからもう孤独で寂しいなんてことはなくなるんだよ」

「うん、ナナシは私と同じ存在になってくれた。目が覚めても傍にいてくれた」


 ナナシの言葉はそのままネムレスの中に浸透していくようだった。

 落ち着いたと言ってもネムレスは先ほど精神的に大きく乱したばかりで、ナナシという存在により静まった。

 それをきっかけにネムレスはナナシに依存しかけている。

 ナナシはそれを正確に見抜いていた。

 だからこそナナシはその隙間に狂気を忍ばせる。


 人を殺す理由がなくなったネムレスに人を殺す理由を与えるために。

 殺して壊すのではなく生かしたまま壊していく。

 それはナナシにただ殺すのとは違う喜びを与えていた。


「でもさ、いくら孤独で寂しいからって他人を殺してもさ、それは人を遠ざける結果にしかならないよね? それなのに君は殺すことを選んだんだよ。それはなぜだろうね?」

「それは……どうしたらいいのか分からなくて……」


 ネムレスはナナシの言葉にひどく動揺する。

 孤独が怖いからといって他人を殺せば恐れられ避けられるのは当然の事。

 それなのにネムレスは殺すことを選んだ。

 それは、一人ぼっちで寂しくて、周りの人とは明確に違う不老不死と言う状態がネムレスの孤独を煽り、幼い精神ではそれに耐えることができなかった。

 そんな状態だったからこそネムレスは正常な判断ができなかっただけのことだった。

 だが、ナナシは追い詰めていく。


「君は、寂しいから殺していただけじゃないんだよ。君は人を殺したかったんだ。寂しいからとかじゃなくて、人を殺すことが君は好きだったんだよ」

「そんな……こと……」

「じゃあなんで何度も何度も人を殺したのかな? 最初に殺した時、君は避けられたはずだ。それで気づいただろう? 殺しても余計に一人ぼっちになるだけだって。でも君は殺し続けたじゃないか。どうして殺し続けていたか、本当は分かっているだろう?」


 違う、とネムレスは言いたかった。

 ただ、一人ぼっちが怖かっただけなのだと言いたかった。

 だが、言えない。

 心のどこかでナナシが言うように人を殺すことそのものが好きだったのではと思ってしまう。

 ネムレスは否定と肯定を繰り返し、混乱していく。


「落ち着いて。それでいいんだよ?」

「え?」


 自分のことがよく分からなくなってグルグルと混乱し始めたネムレスだったが、不思議とはっきりと聞こえてきたナナシの声に思考を止める。


「ネムレス。人を殺すことが好き。人を殺すことが快感。それでいいんだ。君のその感情は決して間違ってなんかいない。それが普通なんだ。人を殺すことに快感を得ることに悩まなくていいんだよ。何も間違っていないのだから」

「悩まなくても……いい……殺すことが好きなのは普通……」


 ナナシの言葉をブツブツとネムレスは繰り返す。

 混乱していた思考の中、ナナシの言葉はネムレスを支配していく。


 ナナシの言葉にネムレスは自分が人を殺すことに快感を得ていたのではないかと、だから今まで一人ぼっちだったのだと思い込んでいった。

 そうしてそんな自分を否定し始めた時を見計らいナナシはそれを肯定した。

 その時ネムレスはまだ迷っていたが、ナナシは、ネムレスが殺すことに快感を得ているのだと断定しつつその感情をナナシは肯定したのだった。


 自己を否定していたところに肯定されたネムレスはナナシの言葉を反芻し、その狂気を取り込んでいった。

 ネムレスはいつの間にか自分は人を殺すことに快楽を得るのだと思い込み、そしてそれを認め始めていた。


「さあネムレス……人を殺すのが大好きなネムレス……そんな君が僕は大好きだ……大丈夫……これからは自分に正直になって快楽のために人を殺しても僕がいる……もう孤独を恐れることはないんだ……だからいっぱい人を殺して一緒に気持ちよくなろうよ?」

「うん……分かった……人を殺していっぱい気持ちよくなる」


 ナナシはネムレスの耳元に口を近づけ囁く。

 ネムレスの心はナナシの狂気に触れ、浸食されていく。


「じゃあ、行こうか」

「え、どこに?」


 ネムレスの心は少しずつ壊れてきているが、未だに逡巡している様子だった。だが、今はこれぐらいでいいだろうと判断し、ナナシは彼女の手を引いてどこかへと連れ出そうとする。


「なにって折角僕たちは夫婦になったんだからさ。街を歩いてデートしようよ」

「う、うん! 行きましょう! そうよ、私たちはもう夫婦ですものね」


 この世界での結婚は特別な申請をする必要はなく、互いが夫婦になることを承諾すればそれで結婚は成立する。

 もっとも未成年や特別な立場で保護者がいたりするとその保護者の許可が必要なのだが、ナナシにもネムレスにも保護者は既に居ないためこの場合は関係のないことであるため、二人は寝る前に夫婦になることを承諾し、誓っていた。


 デートをするという言葉にやや元気のなかったネムレスはすぐさま元気になり、早く行こうとナナシの手を引き始めた。

 八百を超える年齢のネムレスだが、長年の孤独から解放されたことで精神年齢が見た目相当へとなっていたのである。

 自分と一緒になってくれた人とデートに行けるという楽しみで頭がいっぱいで、ネムレスの頭の中からは既に人を殺す、殺さないなどという悩みは残っていない。

 しかしその心には確かに狂気が芽生え始めていた。

 そしてナナシはその様子を静かに見守り微笑むのだった。




「ねえ、これどう? かわいい?」

「うん、かわいいよ。でも僕はそっちの方が好きかな」

「そう? じゃあこれにするわ」


 そろそろ日も落ちるという頃。

 古着屋で少年と少女が仲良くはしゃいでいた。

 少女が服を体に当てて少年に感想を求め、それに少年は答えている姿はとても楽しそうなものであった。それを見ていた古着屋の店主は微笑ましいものを見るように眺めていた。

 少女はとても嬉しそうに笑っていて楽しそうだ。

 少年は……と店主は注視しようとしたのだがなぜだか印象に残らない。

 見ている間は確かに少年がいると分かるのに少し目を離すと少年の事などすぐに頭から離れ何も思い出せなくなるようだった。だが、そのことに対して違和感を覚えることなく楽しそうにしている少年少女を見て店主は昼に聞いた話を思い出し、悲しい気持ちになるのだった。


 昼に聞いた孤児院の話。

 毎朝元気に動いていた孤児院の人たちが皆、無残な姿で死んでいたというものである。

 店主は孤児院の院長であるエルマとも仲がよく、古着を格安で売っていたりもした。

 また、元気な孤児達はよく服を破るのでその修繕もしてやっていて、その修繕の間に話し込んで孤児達とも店主は仲が良かった。

 その中でもナナシという子は歳のわりに賢くて頑張り屋の心優しい少年だったことを店主はよく覚えている。

 その賢い少年もやはり死んでいたという話で、悲しくなるとともに、かわいい子達を殺したものに激しい怒りを感じるのだった。


「店主さん、これくださいな」

「ん、ああ、はいまいどあり」


 考えこんでいた店主は少女の声に気づき、すぐに笑顔を作って少女からお金を受け取るのだった。

 その様子を少年が面白いものでも見るようにニヤニヤと見ていたのだがそのことに店主は全く気付くことは無かった。




 その日アイナはひどくショックを受け落ち込んでいた。

 それは孤児院の皆が無残な姿で殺されていたからだった。

 その中にはもちろん数日前に塩をおまけしてやった少年の姿もあった。

 その少年は笑って自分の胸を刺して死んでいて、誰かが少年を魔法で操って無理やり自害させたのだという話である。

 状況から見てその操られた少年が孤児院の子を殺したのだろうとも。

 それを聞いたアイナは、いや全ての人が激しい憤りを感じていた。

 子供たちを殺すばかりか、その子供を操って殺させるとは酷すぎると。

 そして、操られ自らの家族を殺させられた少年を思い、胸を痛めていたのだった。


 アイナは早めに店を閉じ、一人部屋にこもって心を落ち着かせていた。

 アイナにも生活があるため、明日からも店を開く必要があったからだ。

 その為には、何とか孤児院の事件に対して気持ちの折り合いをつけなければならなかった。


 そんなアイナの店に二人の人影が入ってきた。

 入り口に吊るされた鈴がなり、誰かが来たことに気づいたアイナは鍵を閉め忘れていたかと店のカウンターへと向かった。

 そして、店に入ってきた人物の片方を見てアイナは驚き固まってしまった。


「え……ナナ、シ……?」


 そこにいたのは見知らぬ少女と、ナナシそっくりな少年だった。

 ナナシのはずがない、ナナシは確かに死んでアイナも話を聞いて孤児院に行きそれを確認していたのだから。

 だが、目の前には生き写しのようにナナシそっくりな少年が立っている。

 その少年はこちらを見て子供らしい笑顔を浮かべ楽しそうにしていた。

 そしてアイナはその笑顔を見て体の芯から寒くなるような錯覚を感じていた。

 子供らしい純粋な笑顔。

 それなのにその少年を見ていると何かが狂っているようで怖い、とアイナは感じていた。


「ねえ、ネムレス。見てよ……あの表情。信じられないっていうあの顔。すごくわくわくしないか?」

「え、ええ……そうね……わくわくする」


 ネムレス、と呼ばれた少女に少年が耳元で囁くがアイナには聞き取れない。

 ただ、少年に何かを囁かれた瞬間、少女の目が濁っていくのをアイナは見ていた。


「さあ、ネムレス。これで君が殺すといいよ。君の快楽を満たすために、君の意思のままに君が殺してみなよ……もしも嫌なら僕がやるけど?」

「いや……私が殺すの……私の快楽のために……私の意思で……」


 何かを囁いた少年は少女に短剣を渡す。

 短剣を渡された少女はゆっくりと、アイナへと近づいていく。

 アイナは底知れぬ恐怖により足が震え逃げることもできなくなっていた。

 得も知れぬ圧迫感から声を出すこともできず、だんだん呼吸もし辛くなってくる感覚もあった。

 だが、意識ははっきりとしていて少女と薄気味悪い少年を交互に見て恐怖を増大させていた。


 やがて、少女はアイナの近くへと来てしまった。

 そして少女はその手に握った短剣を振り上げ、そしてアイナの目に向かって振り下ろした。


 その動作をアイナはじっと見ていた。

 恐怖に固まり何が何だか分からない中、時間が引き延ばされたかのようにゆっくりと自分に迫るそれを、アイナはただただ見ていた。

 やがて、アイナの視界は暗転しアイナの身体はただの肉になっていく。


 消えゆく意識の中アイナは確かに聞いていた。

 あの少年の声を。


「――バイバイ、アイナおばさん」


 ナナシ本人のその声を。




 アイナを殺した少女、ネムレスはその結果を見て固まっていた。

 かつては孤独の恐怖を誤魔化すため人を殺していたというのに、孤独から解放されて尚人を殺している自分に固まっていたのだった。


「でも……これは私の……ちが」

「ネムレスの意思だよ」

「っ!?」


 否定しようとしたネムレスの言葉をナナシが遮る。

 その言葉にネムレスは振り返りナナシを見る。


「ネムレス。言い訳はよくない。自分の気持ちに正直にならないと。君は君の意志で彼女を殺したんだ。君の快楽を満たすために君が殺したんだ。彼女を殺したのは君だよ。君の意思だ」

「違う……あれはナナシがそうしろって……」


 ネムレスは小さい声でナナシに反論する。

 ネムレスの心は悲鳴をあげて、責任を転嫁して何とか耐えようとしていた。


「ああ、アイツを殺してみればと僕は提案したさ。でも君はそれを拒否することができたはずだよ? 僕は何ら強制していない。君が殺したくないと言うのならその意思を尊重するよ。でも君は君の意思で彼女を殺すことを選んだんだよ。君は人を殺して快感を得る僕と同じ壊れた側の人間だ。ねえ……()()()のネムレス?」

「あ……人、殺し……殺すのは快感で……?」


 だが、返されるナナシの言葉にネムレスの心は完全に壊された。

 ナナシに依存していたネムレスの心にナナシの言葉は直接入っていくかのように吸収されていく。

 そしてネムレスはナナシが言うように自分が快楽殺人者で、狂い壊れた人間なのだと認識していった。

 ナナシの強い狂気は少女の弱い心を簡単に変えてしまえるのだった。


「そう……よ……人を殺して壊すのは気持ちいい……殺してもいいんだわ……もっと殺したい……殺さないと!」

「ははは……ようこそ、こちら側へ」


 何かが壊れたようにネムレスは満面の笑みを浮かべていた。

 そしてナナシも純粋なこどものような笑顔でネムレスを歓迎していた。



 その日、雑貨屋の店主であるアイナの死と共に、『幼い少女』のネムレスも殺されてしまった。

 そして『壊れた』ネムレスが、二人目の怪物が生まれてしまったのだった。

自分と同じ思考を持ってほしいというありがちな愛のお話。


※投稿時間を17:00から19:00に変更しました。

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