表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/38

5話 黒い本と少女の気持ち

「そうか、ネムレスは闇魔法使えるのだったね」


 闇魔法。

 それは多くの人にとって忌避される魔法であるが、反面、闇魔法は非常に便利な魔法でもある。

 自分の身を隠すことや認識を阻害するなどはもちろん、影から影へと移動することによる遠距離への高速移動も可能である。そしてその便利な魔法の中には闇の空間を作り出し、そこに物を収納できる魔法がある。この魔法があればいつでもそこから物を取り出せて、荷物はそこに収納すれば重いものを持つ必要もない。


 それほどに便利な魔法にも拘わらず人々が闇魔法を忌避するのは、それらの魔法がよく犯罪に使われるからである。身を隠したり認識を阻害したりする魔法は、そのまま相手に気づかれることなく殺すことを可能にする。影から影へと移動する魔法は、逃走するのにも便利であり、街の中に危険なものを招き入れるのにも便利である。


 収納する魔法もなぜ闇魔法にそれがあるかと言えば、死体を操る魔法が闇魔法にあるからである。死体などを操る魔法使いは死霊使いと呼ばれるが、死霊使いは自らが操る死体などを召喚することができない。だが、死体をこれ見よがしに晒して持ち運べば即座に兵士に囲まれてしまう。だからこそ闇の空間を作り出し、その中に死体などを収納できる魔法が存在する。

 そしてそれは死体に限らず非生物であれば何でも収納することができる。


 そういった便利な魔法があるので忌避されていると言っても使い手がいないわけではなく、闇魔法を覚えているだけで捕まり、殺されるわけでもない。許可を取って行動している死霊使いもいて、彼らは腕のいい冒険者となりえる存在である。


 そもそも、他の属性の魔法も使い方を誤れば危険なことに変わりはないのである。

 だが、それでも闇魔法は他の魔法に比べると対人において遥かに有利でありかつ気づかれにくく、犯罪によく使われてしまう。

 人々が忌避するのはそのあたりが原因である。


 ネムレスも闇魔法の使い手であり、当然収納の魔法を習得している。

 であれば、不老不死に関する本をその魔法で常に持ち歩いていても不思議ではないことだった。


 一人勝手に納得したナナシはネムレスから真っ黒の本を受け取る。

 ネムレスが言うように本当に真っ黒で表紙のどこを見ても本の題名や著者を示すものは一切見当たらない。

 また、真っ黒なのは表紙だけでなくその中身もすべてのページにわたって真っ黒のようであった。

 ポケットに簡単にしまうことができるような大きさで、ナナシの小指ほどの厚さも無いそれは確かに本と言えば本なのだろうが、ナナシから見ればメモ帳にしか見えなかった。


 ナナシは、取りあえず読んでみようと表紙を捲る。

 どうやら題名は一ページ目に書かれていたようで、そこには赤い色で「不老不死の書」と書かれていたのだが、ナナシはそれを見て何か違和感を覚えたのか眉を顰める。

 だが、その下に小さく書かれた字を見たナナシは驚いたように目を見開きそして納得したように頷いた。


「ジョン・ドゥから親愛なる名前の無い君へ送る……か」

「ナナシは知っているの? このジョン・ドゥっていうのが誰かを」


 ナナシは何かを懐かしむかのような声で呟き、その表情は嬉しそうに笑っていた。

 その様子にネムレスは、もしかしてと思いナナシに尋ねたのだ。


「ああ、知っているさ。ジョン・ドゥというのは遊びで僕が『彼』に付けた名前だからね」


 ナナシが名前を付けた「彼」。

 それはナナシをこの世界へと招いた存在。

 すなわち邪神である。


 邪神に呼ばれ邪神と対話したナナシが邪神に明確な名がないことを知り、それならと偽名として有名なジョン・ドゥという名を邪神に名付けた。

 名前無き名前をその邪神はなぜか気に入りそれからは自らの名をジョン・ドゥと名乗ることにしようと笑いながら言っていた。

 その時ナナシもまた転生した後の名前について名無しから転じてナナシにしてもらうように邪神に頼んだのである。


 また、この時同時にナナシは自身の不老不死を望んでいたのだが、それはできないと言われていた。

 それは、不老不死として転生させれば一生赤ん坊のままでいることになるからであった。

 それを聞いたナナシもさすがに不自由すぎるので大人しく不老不死は諦めたのであった。


 だが、邪神はナナシの願いを正確に聞き届けていた。

 不老不死の願いすらも叶えようとしていた。

 その結果、後から不老不死にすればいいという考えから不老不死の書を記し、この世界に落としたのである。

 神の力によってその本とナナシは運命付けられていて、ナナシにその本を渡す役目に選ばれたのがネムレスだった。


 ネムレス。

 その名はネームレスから来ている。

 邪神と対話したあの時、ナナシは邪神ジョン・ドゥに名前を付ける際にその名前も候補として出していた。

 ナナシ自体は遊び感覚であったためネムレスに出会い名前を聞いても何かを思い出すこともなかったのだが。


 ネムレスもまた「名前の無い名前」でありジョン・ドゥが関わっている。

 だからこそネムレスはこの本を読むことができた。

 正確には書かれている内容が分かるように魔法がかけられていた。

 そして他の人が読んでも理解できるものではなかった。


 なぜか。

 それは、この本が日本語で書かれているためである。

 ナナシが感じた違和感はそのためで、驚き納得したのはこれを書いたのが邪神ジョン・ドゥだと気づいたからであった。


 ナナシがパラパラとページを捲ってみれば断片的に絵で説明されているので狂った魔法使いはそこから何とか読み解いて実験していたのだと推測できる。

 断片的な情報から偶然、不老不死の儀式を完成させたその魔法使いは優秀だったと言えるかもしれない。

 だが、実際には邪神ジョン・ドゥがその魔法使いの思考を誘導しただけに過ぎなかった。

 また、狂った魔法使いが選ばれた、というよりも最初にその本を手に入れた者が「名も無き君」に届けるメッセンジャーであるネムレスに渡すように仕向けられていただけである。


 また、ナナシが転生するまでにおおよそ八百年ほど時間をかかっていることになるが、これは、邪神ジョン・ドゥはナナシのことを他の神に悟られないように八百年程かけて隠蔽しながら転生させたためであるが、そのことをナナシには知る由もなかった。

 一方で不老不死の書の方は八百年前に世界に落としているが、これはうっかり落としてしまっただけのミスであり、このミスのせいで運命を調整することにジョン・ドゥは苦心していたのだが、それもナナシが知る由もなく、知る必要もないことである。



「つまりこの不老不死っていうのは、邪神様が与えた恩恵だったり遊びだったりするんだろうね。この名前の無い君っていうのは特定の個人じゃなくて不特定の誰かにっていう意味だと思うよ」


 ナナシはネムレスにそう説明する。

 本当は、これはナナシのためだけに作られたものだという直感があるのだがそれをナナシは隠すことにした。

 ネムレスにしてみればナナシのせいで奴隷となり、仲間を殺し不老不死になることになったとも言えるため、下手にネムレスを刺激しないほうがいいだろうという判断である。

 ネムレスもナナシという名前が「名無し」という日本語から来ているなど知る由もなく、生きている時間のわりに人との関わりが薄かったからか、考えも浅いためか、ナナシが名付けた名前がなぜか八百年前にあった本に記されていることに疑問を持つこともなかったため、ネムレスはナナシの言葉をそのまま信じた。


 そんなネムレスの様子を見て薄く笑いながらもナナシは不老不死の書にざっと目を通すが事前にネムレスが説明してくれていたのと大体同じ事が書かれていた。

 ネムレスの説明だけだといささか不安だったのだが、神の書いたこの本にも完全な不老不死であり、アンデッドのような弱点がないと書かれていたことでナナシは安心した。


 そして最後のページに書かれているものを見てナナシはピクリと眉を動かす。


「どうしたの?」


 それを目ざとくネムレスが気づきどうしたのかと尋ねてきたのでナナシは少し悩んだ様子を見せながら口を開いた。


「んーネムレス。これなんて書いてあるかわかるかい?」

「え? ああ、最後のページのそれね。他は全部なんとなくで、分かったのにそれだけは全然分からないのよね」

「ああネムレスも読めないのか。僕もここまではすらすら読めていたのにこれだけ読めなくてさ」


 その返答になるほどと納得した様子のネムレスを見てナナシは少し安心していた。

 最後のページには「フロウフシノコロシカタ、シノショ」とカタカナで書かれていたのである。

 読みやすく直せば不老不死の殺し方、死の書と書かれている、その一文だけはネムレスに分からないように細工されていて、さらにカタカナ表記にすることで流れ込んできた知識と文字を噛み合わせての解読も難しくされていた。


 ナナシは心の内で邪神ジョン・ドゥに感謝した。


(死の書について()にだけ伝わるようにしていたということは、死の書を見つけてもネムレスには読み解けないだろう……それを手に入れた時どうしようか……それはその時になるまで分からないな。衝動的に殺したくなるかもしれないし、唯一分かりあえる相手を残したいと思うかもしれない)


「ねえ、ナナシ。とりあえずこれからどうする?」


 ナナシの考えに気づくことなくネムレスは機嫌よくナナシにこれからどうするかを尋ねた。


「ああ、そうだね。取りあえずもう寝ようか」

「ここにはベッドは一つしかないわよ」

「僕たちはもう永遠のパートナーだ。問題があるかい?」


 ナナシはニヤリと笑ってそう言えば、それもそうね、とネムレスも頷き同じベッドで横になった。

 二人はもはや永遠のパートナーであり、夫婦である。


 ナナシとて人を殺すことだけに快感を得るわけでもなく人並みに性欲もあった。

 ネムレスも長い間、同じような存在がおらず、一人ぼっちで生きて壊れていたところでついにできた同じ存在で壊れた自分以上に壊れているナナシを求めていた。

 二人はどちらからともなく口付けを交わし、愛撫していった。

 幸か不幸かどちらも迎えるものは既に迎えていたのだ。


 そうしてしばしの運動をした二人はようやく眠りについた。

 どちらも完全な不老不死で食事も睡眠も必要なく疲労もたまらないのだが、ナナシは寝ることも好きであり、ネムレスも長い時の中で時間を潰すことができる睡眠が好きだったため深く深く眠っていった。




 翌朝、日が昇り、空が明るくなり始めたころナナシは目を覚ます。

 昨日は色々あって随分と遅くまで起きていて睡眠時間は二時間と無いのだが、不老不死であるナナシにとって睡眠は必要ではなく娯楽や趣味の域を出ないため、予め決めていた時間に起きても寝ぼけることなどはない。


 ナナシはとりあえずネムレスが起きるのをベッドの隅に腰かけて待つことにした。

 ほどなくしてネムレスも目を覚まして体を起こす。

 起きたネムレスは、ハッとして顔を振り、ナナシを見つけると、強引に唇を奪った。

 その時ネムレスは涙を流し体は震えていた。

 ナナシは少し驚いた様子だったがネムレスを優しく抱きしめ背中や頭を撫でて落ち着かせようとする。

 壊れ狂っているナナシだがネムレスを優しく抱きしめているナナシは心優しい少年にしか見えなかった。


「一体どうしたんだい?」


 ナナシが優しくネムレスにそう声をかける。


「だって……今まで一人で、皆、私とは違うんだって感じていて……それがずっと寂しくて……嫌だった……! 人を殺せば気が紛れたから殺した……でもしばらくするとまた寂しくなって……! 人を殺してきた私じゃもう誰も近づいてくれないと思ってた……でも、ようやく私と同じように壊れているナナシと出会えた……同じ存在になって一緒にいてくれるようになって嬉しかった……! こんな私でもナナシは求めてくれて嬉しかった……でも起きたらいなくなっているかもって怖くなって……」


 ネムレスが感じていたもの。

 それは恐怖だった。

 世界にたった一人で、周りの人は存在自体が違って見えた。

 ネムレスは子供のまま不老不死になり人と関わることを避けてきた。

 そのせいでネムレスは精神も幼いまま生きてしまった。


 ナナシに殺されたあの日。

 自分を殺して笑っていたあの少年なら人殺しの自分を避けることなく一緒にいてくれるかもしれない。

 そんな思いからネムレスはナナシに不老不死を持ちかけた。

 話を聞いて、ナナシが自分よりも壊れていることが分かって安心した。

 自分より壊れているのに何も怖くないようなその姿に憧れていた。


 そして自分と同じ存在に、同じ時を生きて分かり合える存在になってくれたナナシの事が本当に大好きになった。

 寝る前にナナシが自分のことを求めてくれて、それがネムレスにもう一人じゃないんだと感じさせた。

 だからこそ、もう一人ぼっちは嫌だった。

 眠っている間にいろいろ整理がついたことでネムレスは一人でいる恐怖を自覚してしまったのだった。


 そして、目が覚めた時ナナシの事を探して傍にちゃんといてくれたことを確認したネムレスは長い間抑えていた感情が爆発してしまったのである。


「ねえ、ネムレス。僕だって狂った僕を怖がらずにいてくれる君の事が大好きなんだ。だから一緒にいたいって素直に思うよ。でもね、僕は狂っているから大好きな君のことを殺したいとも思うんだ。だからきっと何度も君を殺すことになる。それでも僕と一緒にいてくれるのかい?」

「ええ……どうせ、私は不老不死で死ぬことはないもの。それで……たったそれだけで一緒にいてくれるならいくらでも私を殺して。それで愛してくれるのなら私は構わない。一人ぼっちはもう絶対にいや……!」


 そう言ってナナシに強くネムレスは抱き付いた。

 ナナシも少し力を入れてネムレスを抱きしめ左手でネムレスの頭を優しく撫でる。


 ナナシの顔は純粋なこどものように満面の笑みを浮かべていた。

 その笑みはかつてネムレスを殺した時のように一切の負を感じさせない笑みだった。

 壊れて狂っているナナシが純粋な笑みを浮かべるのはどういうときか、それももうネムレスは知っている。


 だが、抱き付いていたネムレスにはナナシの顔を見ることはできなかった。

 ネムレスはそれに気づくことはなく、ただナナシの腕の中で安堵していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ