4話 不老不死と過去
ナナシの過去を教えてもらったネムレスは、次は私の番だと高揚する気持ちを押さえつけ、自らの過去話を始めようとした。
「じゃあ、次は私の話ね。取りあえず私のステータスカードを渡しておくわね」
ネムレスは自らのステータスカードを取り出してナナシに渡す。
受け取ったカードを見てナナシは思わず呟く。
「824歳?随分昔に不老不死になったんだね」
ステータスカードの年齢の欄にはハッキリと824歳と記されていた。
そしてそれはネムレスが確かに生きている証明であった。
ステータスカードは神の恩恵であり、そこに年齢がしっかりと記されているということはネムレスが不老不死となり生きていることを神が認めているということに他ならない。
「そうよ。見た目と違っておばあちゃんでがっかりした?」
「ん? なんでがっかりするんだい?」
ナナシは何でもないように聞き返した。
ナナシにとってネムレスは殺しても殺せない相手であり、狂い壊れている自分の事を忌避せず理解しようとしてくれる存在だということが重要であり、そもそも不老不死の存在だという時点でネムレスが見かけ以上に長く生きていることなど承知していた。
「そうね……ありがとうナナシ」
「……? どうしてお礼を?」
「なんでもないわ」
思わぬ言葉を貰いネムレスはナナシにお礼を言った。
ナナシはなぜお礼を言われたのかわからなかったがネムレスはそれをごまかし、話を戻すことにした。
「それで、私はそれだけ長く生きているからね。これでもスキルは成長していて結構強いのよ」
「そうみたいだね」
ネムレスの言葉にナナシはステータスカードへと視線を落とす。
そして思ったことを口に出した。
「そういえば、不老不死ってスキルなんだね……通りで不老不死であると確信しているわけだ」
「あら、あなたもすでに不老不死よ。自分のステータスカードにも記されているでしょう?」
その言葉にナナシは自分のステータスカードを確認すれば確かにそこには不老不死の文字があった。
ネムレスに見せるためだけに見ることなく渡したのでナナシ自身は気づいていなかったのである。
それを確認してから、再びネムレスのスキルを見ていく。
ネムレスの所有スキル欄にはこう書かれていた。
―不老不死
―水魔法4
―風魔法4
―闇魔法9
―短剣術4
―隠蔽9
―隠密9
―気配探知10
―魔力操作9
―身体強化4
確かに強いのだろうとナナシは思う。
同時に800年生きている割にはスキルレベルが低いのがあるし、スキル数も少ないのではとも思った。
ナナシはそれをネムレスに聞いてみた。
「しょうがないじゃない。スキルレベルを8以上にするのは本当に大変なのよ?5まではある程度早く上げれるけれど、そこから生涯を通して頑張れば7まで、才能があれば9までいうのはほとんど事実。才能がなくても8、9と上げられるけど7から8に上げるのにはそれこそ普通の人の生涯分くらいかかるのよ。スキルは一人十個までと決まっていたようだし」
ネムレスは最後に、そもそも頑張らなくても脅威なんて存在しないから頑張ろうと思わなかったしね、と最後に付け加えた。
ナナシはそれを聞いてある程度納得する。
確かに不老不死という存在であれば脅威など存在しないだろう。
だが、ひたすら囚われる可能性もあったので完全に脅威がないとは言えないとは思う。
実際、気配探知や隠蔽、魔法と魔力制御のレベルが高いのはそのあたりが原因だろうとナナシは考えている。
そしてナナシにとって興味深いのはスキルが一人十個までと決められているという点だった。
それはどうやって気づいたのかとネムレスに聞いてみれば、
「簡単よ。十一個目のスキルを入手しようといくらやっても入手できなかったからよ」
と、至極単純な答えが返ってきた。
今までスキルの入手限度数について聞いたことがなかったのは、そもそも通常であればスキルを十個も持っていたところで器用貧乏になり、そんなに取るのは非効率という考えがあったからだろう。
ナナシは殺す標的を選ぶためにいろいろ話を聞いていた時、酔った冒険者が冒険者に憧れる子供にそんなことを言っていたのを思い出した。
さらに詳しく聞くとネムレスは先天的に気配探知のスキルだけ持っていて闇魔法、隠蔽、隠密、魔力制御のスキルは不老不死になる前に覚えさせられたらしい。
「へえそのあたりの話がネムレスの長い時間の始まりかな?」
「ええ、あなたの過去よりも面白いものではないけどね」
ネムレスがまだ八歳だったころ。
彼女は狂った魔法使いに攫われて、奴隷の紋を刻まれてしまった。
奴隷の紋を刻まれたものは主の命令に逆らえなくなるため逃げたくても逃げられなかった。
また、ネムレスの他にも同じぐらいの子が十人ほど同じように攫われて奴隷となっていた。
その奴隷となっている間にネムレス達奴隷は、その魔法使いから闇魔法と魔力制御、そして隠密と隠蔽を覚えさせられた。
闇魔法と魔力制御は狂った魔法使いが不老不死になるには必要なのではないか考えたためであり、隠密と隠蔽は仮に成功したときに奴隷たちの存在がばれるのはまずいと考え奴隷自体に隠れる力を身につけさせることで存在を隠そうとしたためである。
ネムレスと奴隷たちは互いに攫われた境遇であり同じように四年近く行動させられていたためいつしか互いに共感して仲間意識が強まっていき、ネムレスにとっても奴隷たちにとっても互いが大切な存在へと変わっていた。
そして才能があったのか覚えさせられたスキルを全てレベル5まで上げたネムレスはある日、魔法使いに呼ばれた。
そして魔法使いはネムレスにこういったのだった。
「おめでとう4番。お前は最初にレベル5を達成した。だから実験はお前で行うとしよう。他の奴隷たちを殺せ」
ネムレスはその命令を拒みたかったが体に刻まれた奴隷の紋がそれを許さなかった。
魔法使いに渡された短剣を手にネムレスは涙を流して泣きながらも一人一人、奴隷仲間を殺していった。
最後の一人になった奴隷の少女はネムレスの意志で殺しているのではないと分かっていて、必死に恐怖を抑えながらも、
「ネムレス……泣かないで。あなたのせいじゃないわ。あなたは何としてでも生きて。私たちの分まで生きて……お願いよ」
と、ネムレスに告げた。
死ぬ間際までネムレスに生きて欲しいと言ったその子は、奴隷仲間の中でも特に仲のいい少女だった。
ネムレスはその仲の良かった少女の胸に泣き叫びながらも短剣を振り下ろし、少女の言い残した言葉を忘れないように刻み、そして何が何でも生き続けると誓った。
だが、その願いを魔法使いはいともたやすく踏みにじった。
「やれやれ……十人の大切な者を生贄に殺させればと思ったが、魔法陣はなんも反応なしか。またやり直しだ。4番、お前も用済みだ。死ね」
その言葉にネムレスは絶望した。
たった今、大切な人に生きろと言われたばかりなのに。
苦しみながらも殺してしまった直後なのに。
死にたくなかった。
生きろと言われたしネムレス自身死ぬのが恐ろしかった。
けれど、体に刻まれた奴隷の紋がネムレスの体を動かし、自分の胸に短剣を刺していく。
まるで時間がゆっくり流れるようにネムレスは自分の胸に刺さる短剣を見ていた。
(嫌だ嫌だ嫌だ!! 死にたくない死にたくない! 死ぬのは嫌だ! 生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい!)
そう強く念じて必死に短剣を刺す自分の手を止めようとするのだが短剣は止まらない。
そしてとうとう短剣は心臓を貫いてしまった。
ネムレスは意識が完全になくなるまで生きたいと願い続けていた。
そして、ネムレスのその願いは叶うことになった。
魔法使いが反応しないから失敗だといったあの魔法陣が光り輝く。
すでに魔法使いは別の方法を考えるため部屋を後にしていてそれに気づくことは無かった。
そして生まれ変わったネムレスがそこに再構成された。
「えっ? 生きてる……? さっきまでのは悪い夢……だったの?」
不老不死として再構成されたネムレスは状況が分からず夢だったのかと思った。
だが、周囲の光景がそれを否定した。
周囲にはネムレスが殺した奴隷達の姿と、自らの胸を刺して死んでいる自分の姿があったからだ。
呆然とネムレスは自分の死体に近づき自らを刺している短剣を引き抜いた。
すると勢いよく血が流れ出てきて、
「あ……あ、あああああああああああああああ!!」
ネムレスは思わず叫んでしまった。
仲間の死体を見ても耐えていたのに、自分の死体が血を流すのを見たことで精神が限界を迎えてしまったのである。
その時ネムレスは壊れた。
それと同時に友人の最後の言葉が頭の中で反響する。
なんとしても生きて。という言葉だけが。
そしてネムレスは決意する。
何をしてでも生きていくことを。
ネムレスがあげた叫び声に魔法使いが慌てて部屋へやってきた。
「お、お前……! そうか、成功していたんだな!? よし……こっちに来い。状態をよく見せろ」
魔法使いはいつものように命令して成果を確認しようとする。
ネムレスはその言葉に従いゆっくりと魔法使いに近づいていく。
「よし、どんな状態かっ――――!?」
「死んで、ください」
ネムレスは魔法使いを、奴隷仲間と自分を殺した時の短剣で刺した。
魔法使いは奴隷の紋があるからと油断していたためそれを避けることができなかった。
ほどなくして魔法使いは死んでしまった。
奴隷の紋が刻まれているのは以前のネムレスの体であり、不老不死の存在になったネムレスの体には刻まれていなかったため、拘束されていなかったのである。
それからネムレスは生きるため奮闘した。
不老不死。
これはスキルに表示されてしまった。
これが露見すると永遠に拘束されて実験されてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だった。
その為まずは自分の身を守れるようにスキルを鍛えた。
不老不死となったネムレスには食事も睡眠も必要なかった。
食べなくても寝なくても正常であり続けるのが不老不死というスキルだったからである。
おかげで疲労も溜まることがなくひたすらスキルを鍛えていた。
そしてステータスカードをごまかせるまでに隠蔽をあげたころにはネムレスの精神も落ち着いていた。
そのころにはこれから続く永遠の時をどう生きるか考えるようになった。
そして具体的なことは思いつかず、とにかく面白いと感じるままに生きようという子供らしいものだった。
八歳の時にさらわれて奴隷となり、十二の時に不老不死になったネムレスはそこからずっと一人だったため、やりたいことというのがよく分からなかったのである。
また、スキルを鍛え、気配探知で先に察知して先制して殺すことのできるネムレスにとってもはや敵はおらず必死さも消えていた。
そこからネムレスは長い時を人の世に紛れて過ごした。
だが、不老不死でありネムレス自身がかなり強くなり敵もいないその日々はつまらないものだった。
やがてネムレスは狂気の道を歩みだした。
自分とは違う有限の時を生きるモノを壊し始めたのである。
それはネムレスに快楽を与え、満足感を与えた。
それ以降ネムレスはつまらなくなればモノを壊して満足し、しばし人の世に溶け込んで生きる、というのを繰り返した。
トーレの街でナナシと出会ったあの時、ネムレスもまたモノを壊そうと考えていたのだった。
そう考えていた時、ネムレスはナナシに殺された。
もはや敵も存在せずそもそも自分を害するものがいれば即座に気づける自信があったのにも関わらず、気づかせることなく不老不死になった自分を初めて殺してくれたナナシにネムレスは並々ならぬ興味を抱いた。
寝る必要がないのにナナシに殺されたあの日に寝ていたのは必要がないだけで可能ではあり、心地よい睡眠は時間を潰すのにもちょうどよかったため、毎晩しっかり寝るようにしていたからである。
「そして、私はあなたと接触し、今こうして話をしているってわけね」
「へえ、面白い人生じゃないか。僕の大切な人は、最後は心を壊してしまったからね。あれもよかったけど、ネムレスのお相手の反応のほうが好きだな」
ネムレスの話を聞いたナナシの最初の感想が殺した状況を羨むものだった。
壊れる前のネムレスが聞けば怒り狂った言葉だろう。
殺したくなかったのに、自分に生きてと必死に言ってくれた相手の死を面白いと言われたのだから。
だが、今やネムレスは壊れていて過去の4番はもういない。
ネムレスは確かに思い返せばあれは面白かったかもしれないと、ナナシの意見に対して共感していた。
「それにしても……その魔法使いは変だね」
「変?」
「だってその魔法使いが、魔法陣が反応しなかったから失敗だと思ったってことはさ。魔法陣がそれで合っていると分かっていたってことだよ」
あの魔法陣は肉体を構成するための魔法陣で、あれは不老不死の儀式が成功した後に初めて反応するものだからね、とナナシは言った。
そして同時に眉を顰めた。
「……ねえ、ネムレスはどうしてあの魔法陣が不老不死の肉体を作るものだって知っていたの?」
「えっと、たしか……そう、本を読んだのよ」
「本?」
ナナシは実験するならそれをまとめている紙や本はあるだろうなと納得する。
「あの魔法使いの部屋にあった真っ黒の本で、そこに不老不死になる方法が記されていたわ。見たことも無い変な文字だったしその文字自体は読めなかったけど、内容だけは頭の中に直接流れてきて理解できたから正確には読んではいない、かしら?」
「ふむ……なるほど」
「なんならナナシも読んでみる?」
「えっ?」
ナナシが、真っ黒の本について考えているとネムレスから驚きの提案をされる。
「今ここにあるのか?」
「ええ」
そう言ってネムレスが手のひらを上に向けるとその手の上の空間にぽっかりと闇が広がっていた。
今度はロリっ子の思い出話に盛り上がりました。
ある意味ここまでがプロローグ。