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最終話 いつまでも一緒に

 ハイガンドの頂上でナナシはネムレスを殺した。

 それはそのまま二人の別れになるはずだったのだが、ネムレスの強い狂気が抗った結果、ネムレスの想いがナナシの身に着けていたペンダントに宿った。

 どんな形にせよこれでネムレスはナナシと共にいることができるようになったのだ。


 とはいえ、ナナシへの想いだけがペンダントに宿ったため、ナナシと出会う前の記憶のいくつかが失われていて、当然スキルも全て失われていた。

 記憶はその人の人格を決める重要な要素であるがネムレスにとって長く生き、孤独に苦しんだ記憶よりもナナシと出会い孤独から救われ、壊されて狂わされた後の記憶の方がずっと重要でありそちらの記憶は完全に残っているため、彼女の人格になんら影響を齎してはいなかった。

 せいぜいが地名などの記憶が飛んで不便かもしれないなと思う程度である。


「ああ、じゃあネムレスの気配探知に頼ったりなんかはできないんだね」

『そうね。残念だけど今の私じゃなんの役にも立てないわね』


 スキルなどは使えないということをネムレスから聞いて思ったことを口に出すナナシに少しだけ申し訳なさそうにネムレスが反応する。

 とはいえ、ナナシとしてはそのことを本当に残念に思っているわけではなく、実際には一緒にいられることをただ喜んでいた。


「別に構わないさ。僕は君のスキルに惚れたわけじゃないからね。傍にいてくれるだけで十分だよ」

『うん、ありがとうナナシ』


 ナナシがそれをしっかり言葉にして伝えればネムレスも嬉しそうに笑う。

 そしてふと何かに気づいたようにネムレスは手を叩く。


『そういえば、私は今もある意味では生きていると言えると思うのだけどナナシとしてはどうなのかしら?』

「……? どうって?」


 ネムレスの質問に対し、本当に分からないといった調子で首を傾げるナナシ。

 それを見てネムレスはより端的に伝えることにした。


『今の私は、ナナシにとって殺したくなる対象なのかしら?』

「ああ! そういうことか。そうだね……不思議なんだけどまったくそういう気が起きないんだ。ただ一緒に居られるんだって嬉しく思うばかりでさ」

『それはもう私を殺したいほど好きじゃないってこと?』


 より単純な言葉でネムレスが伝えればナナシが納得したように頷き、心境を語る。

 その言葉にネムレスがさらに言葉を重ねるが、その声の調子にはさほど不安は感じられない。

 かつては殺されないかもしれないと不安になっていたというのに。

 それにナナシも気づいていたがその質問から逃げることなく思うまま答えようと口を開く。


「殺したいとは思わない。けど僕は何よりも君のことが大好きだ。君を殺したいほど愛していた少し前の僕よりも今の僕の方が深く君を愛してるって言いきれるよ。信じてくれるかは分からないけど」

『そう? ふふっ、当然信じるわよ。なんたって、今の私にはナナシの気持ちが手に取るように分かるもの』

「そうなんだ? これは少し気を引き締めないといけないかな?」


 ナナシの正直な言葉にネムレスは少しの迷いもなく笑ってその言葉を信じた。

 ナナシへの強い想いから奇跡的に魔道具へ宿ることに成功したネムレスとナナシの間にはある種の繋がりが生まれていてその繋がりを通してネムレスはナナシの気持ちをある程度感じ取れるようになっていた。

 とはいえもともとナナシは自分の気持ちを隠すような質ではなく、前からネムレスのことを大切に思っていることを態度で表していたし、それをネムレスも理解していたから今更な話ではあるのだが。


 ナナシはネムレスに気持ちが筒抜けだという言葉におどけるように冗談を言いながら微笑む。

 そんなナナシにネムレスも「浮気されたら泣いちゃうからね?」と冗談を返して同じように微笑むのだった。




 それからナナシはネムレスの死体へと目を向ける。

 胸に漆黒の短剣が刺さったまま地面に倒れているその死体だが、不思議とその短剣が刺さった胸からは血も吹き出しておらず綺麗なものだった。

 ナナシはとりあえず短剣を引き抜いて闇の空間に放り込むと今度はそこからスコップを取り出した。

 これはネムレスを完全に殺すと決め、彼女との思い出作りの時に見つけて盗んでおいたものだ。


 それを使い、ネムレスの体が全部収まるだけの穴を掘った。

 身体強化のスキルレベルは既に最高値であり、しかも不老不死の体を持つナナシはサラサラの砂をすくいあげるかのように固い土を掘り下げていき、その過程で少しの疲労も感じることなく十分とかからず穴を掘り終えた。

 そして優しく丁寧にネムレスの体を穴の中に納め、土をかぶせていく。

 最後に適当に取り出した普通の短剣を取り出して傍に突き刺し、そこネムレスが身に着けていた鞘のペンダントを掛け、それにナナシは目を瞑り軽く頭を下げた。


『これはもしかしなくても私のお墓よね?』

「そうだね。一応キリはつけておかないとと思ってさ」

『不思議ね……自分で自分のお墓を見てるんだもの』


 ナナシが行ったそれらを見て呟いたネムレスのその言葉にナナシも「僕も傍にいてくれているのに変だなとは思うよ」と言って苦笑する。


「さて、山を降りようか。……今度ここに来るのは当分先だろうな」

『今度来るときはつまりそういうことね?』

「ああ、僕は本当に永遠に生き続ける気はないからね。元々不老不死だって自分の好きなタイミングで自分を殺したいからっていう理由で願ったものだから」


 そう言ってからふとナナシは気づく。

 ジョン・ドゥは確かに自分の願いを正確に聞き届けていたのだと。

 だからこそ死の書なんてものも用意されていたのだろうと。


 むしろなぜ今までそのことに気づかなかったのかナナシは我ながら不思議に思った。

 少し考えるようにしてからネムレスを見て何か納得したように頷く。


『なあに?』

「……いや、なんでもないよ。僕はネムレスのことを出会った時から好きだったんだなって思っただけ」

『そう? 突然そんなこと言うなんて変なナナシ。でも嬉しいわ。私も出会った時から好きだったわよ』


 ナナシの気持ちが分かっても考えが完全に読めるわけではないネムレスが気に掛けるが、返ってきたナナシの言葉は惚気だった。

 微妙にはぐらかされた気がして首を傾げつつもその言葉に嘘は感じられず本気であることは分かったため嬉しそうにネムレスは笑った。

 ネムレスの笑顔に釣られるようにナナシも笑みを浮かべる。

 そんな彼らの様子からは狂気など少しも感じられず穏やかな空間が広がっていた。


「ははっそれじゃあこれからもよろしく頼むよ、ネムレス」

『もちろんよ。あなたを一人ぼっちになんてさせないわナナシ』


 そう言葉を掛け合ってからナナシは頂上の端へと走り、そのまま飛び降りた。

 頂上付近はほとんど崖であり、軽く助走をつけて飛び降りたナナシはしばし自由落下していく。

 そのまま山の中腹を下回ったところまで落ちていき、ようやくの地面がナナシの目の前に迫っていた。

 ナナシは焦ることもなく、特にこれといって動きを見せるでもなくそのまま地面へと落ちていった。

 そして地面に接触したかと思えばナナシはそのまま地面の中に沈み込むように消え、その場にはぽっかりと丸い影ができていた。

 影は岩陰から岩陰へと一瞬のうちに移動するのを繰り返し、イスタジアの街へと消えていった。







 それから数十年程経った。

 その間ナナシは大陸の色々な国や街を旅しながらその行く先々の街で冒険者として過ごしていた。

 一つの街に滞在するのは大体半年ほどで、その間はその街を拠点に冒険者としての活動で資金を稼ぎつつ交友を深めた。

 お金自体はあまり必要としていないため、より交友を広げられるように受ける依頼も魔物を倒すものではなく街中での雑用の類のものを積極的に受けていった。

 そうして交友を深めつつ月に三回ぐらいの間隔で仲良くなった人を殺すのだ。

 あれからナナシの心は満たされたままでありやたらと殺そうとは思わなくなっていた。

 それでも殺すのをやめないのはそれにより快楽を得られることは変わっていないからだ。


 とはいえナナシとしては快楽を得るために殺しているというわけでもない。

 いや、ある意味では快楽を得るために殺しているし、事実殺して快楽を得ている。

 だが、ナナシはそうやって殺して快楽を得ることで、ネムレスを殺した時の快楽がいかに素晴らしかったのかを再確認していた。

 もはや、それなりに仲良くなった人を殺しても得られる快楽は到底ネムレスを殺した時のそれに及ばないのだが、それを実感するたびにあの快楽を思い出し、気分が高揚して強い満足感を得ている。


 ちなみに、普通に冒険者として活動できているがこれはその街ごとに新しく冒険者として登録しているからである。

 『ナナシ』という名の冒険者は既に闇狂いとの関連を疑われていて、その情報は広まっているが、ナナシが考えていたように、結局ナナシ本人を特定するほどの詳細な情報は広まっていない。

 また、闇狂いは既に二人組であるという情報も広まっていたから他の人が認識するうえでは一人であるナナシが本格的に疑われることは無かった。

 加えてナナシは街に入るときに街全体に認識阻害をかけている。

 それは「名前、容姿に関して違和感を覚えない」という程度のものだったが街にいる間はそれで十分だった。

 だから街中で堂々と動いても誰も気にしないし、ナナシに殺されるその時までナナシを闇狂いと関連付けるものなど誰もいなかった。

 

 かつて大きく恐れられた闇狂いの凶行。

 その頻度も規模も小さいものにこそなってはいたがそれでも殺されたものは誰もが恐怖に歪めた顔をしていて、裕福な商人から物乞いまで無差別に殺されていくために闇狂いが現れた街やその近隣に住む者たちは次は我が身かもしれないと恐れられる存在になっていた。

 また、三日前には遠く離れていた街にいたはずなのにいつの間にか街に闇狂いが現れていたなんていうことも頻発し、闇狂いの情報が遠く離れた街でのものであっても安心できなくなっていた。


 そうして月日を重ねるごとに闇狂いが現れたという街は増えていき、大陸で闇狂いの名を知らぬものはいなくなり、もはや人ではなく災厄の一種なのだと畏れられるようになっていった。

 大陸中がどこか暗い雰囲気を放っているが、そんな空気など一切気にすることなくナナシは楽しそうに旅をして、街で滞在して、人を殺して、ネムレスと笑いあっていた。


 皮肉なことにそんなナナシの楽しそうな様子に街の人々は元気をもらい、その中の幾人かが心を許し、それが原因でナナシに殺されていく。

 今日もナナシは楽しそうに笑いながら交友を深め、ネムレスと一緒に世界を見て回る。

 ネムレスはただ傍にいるだけで何かに干渉できるわけではないが、ナナシと一緒にいるだけで幸せだった。

 ナナシが殺し、喜ぶ姿を見てネムレスも喜んだ。


 二人は殺し殺された時、二人にとっての最高の幸せを得た。

 その幸せは今も尚、続いている。

 そしてこれからもずっと続いていくのであった。

最終話といいつつもう一話エピローグあります。

それを投稿したら完結です。

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