34話 イスタジアへの旅路
王都の街中を東に歩くナナシたちだったが、途中で気が変わったのか冒険者ギルドへと寄ることにした。
せっかく護衛ができるDランクになったのに忘れていたことを思い出したからだ。
「東……イスタジアまでの護衛依頼ってありませんか? できれば今日出発のやつで」
「あら……君たちランクは……あら、Dランクなのね、失礼しました。それなら一応問題はなさそうね」
ナナシが受付に行き尋ねれば少し疑惑の目で見られたがギルドカードを受け取ってランクを確認してすぐに謝罪をいれ、問題がないことを伝える。
それから何か紙束をごそごそと探し、すぐに一枚の紙を取り出した。
「ああ、あるわね。今日の昼に出発する商人の護衛依頼が。誰も受けてなかったから助かるわ。ある程度王都からイスタジアまでの街道は安全だけど何事も絶対はないものね」
「本当に今日出発の依頼が? 僕たちはそれでかまいませんけど随分急ですね」
「この依頼を受けたのが昨日の夕方で受けたのが私なんだけどね。何でも王都は物騒だから移るんだって。それで誰も護衛がいなくても出ていくけど、もし受けてくれる人がいれば儲けだと取りあえず依頼を出したようよ」
ナナシとて、今日出発するものがないかと期待していたが、やはり護衛依頼には双方にいろいろ準備がかかるのだから多分ないだろうと思っていたところに、希望通りの依頼がちょうどあることに驚いた。
しかも詳しく聞けば昨日の夕方に出されたものだと言うのだから本当に急なもののようだった。
だが、同時になるほどと納得もした。
こういった部分でもナナシたちの引き起こしたことの影響が出ているらしい。
恐らくその商人は王城で起きた騒ぎの情報を聞いたのだろう。
ともあれそういった問題についてナナシは気にしなかった。
ナナシの後ろで聞いていたネムレスも同様に気にした様子はない。
そんな落ち着いた二人はどこか頼もしく、受付は「依頼人は運が良かったな」と思うのだった。
実際のところ問題や騒動を起こしている張本人であるから落ち着いているのであって、依頼人はとびっきり運が悪いと言えるだろう。
今や国を脅かす第一級の危険人物である「闇狂い」である二人を抱え込むことになるのだから。
街の東門の外。
北門と同じようにボロ小屋が立ち並ぶ貧困街。
そのまたさらに向こうの完全に街が途切れ開けた場所。
そこにナナシたちが受けた依頼を出した張本人である商人、カルラは馬車を用意して出発の時を待っていた。
「はあーやっぱりあんな急な依頼じゃ受けてくれる人なんていないか。でものんびり王都で待っているのも嫌だからなあ」
カルラは馬車に寄りかかりながらもちらちらと街のほうを見ながら愚痴をこぼしていた。
王都からイスタジアまでの道のりは決して危険なものではない。
王都や八方都市は王族直轄の地であるため騎士団が定期的に魔物を処理し、賊を住み着かせないからだ。
それに加えつい先日にはイスタジアから王都へと兵士たちが移動し、その途中で魔物を討伐したばかりであるためさらに安全な道となっている。
だが、王城を騒がした何者かが未だ捕まっていないようで街は慌ただしく、闇狂いの情報もいくつか入手していたカルラにとっては、不安でしかなかった。
だからこそさっさと王都を出たいカルラもギリギリまで受けてくれる冒険者が来ないかと待っていた。
そうして待っていたカルラだったが、ふと自分のもとへと向かい歩いてくる外套を身に纏った小柄な二人組の姿を確認する。
カルラは一瞬物乞いかとも思ったのだがその外套も隙間から見える装備もある程度上等なもので、そして装備をしているということからもしかして依頼を受けてくれた冒険者だろうかと考える。
体格からどうやら子供らしくそのことに少し残念な気持ちになるカルラだったが、そもそも受けてくれる人なんていないと思っていたのだからこの際贅沢は言わないことに決め、その二人組に向かい合う。
やがて二人組が目の前までくるとフードだけ下ろしてカルラへ挨拶をしてきた。
「えっとあなたがカルラさんですか?」
「ええ、そうです。依頼を受けてくれた冒険者でしょうか?」
「はい。Dランクのナナシです」
「同じくネムレスよ」
温厚そうで優しい笑みを浮かべている黒髪の少年、ナナシ。
面白そうなものでも見るかのように笑みを浮かべ少年に寄り添っている紅い髪の少女、ネムレス。
二人の様子は正直に言って頼りなくカルラは子供かと心の中で呟くがすぐに護衛が来てくれただけマシだと考え直す。
「あ、そうだ。一度僕らの動きを見てもらえますか?」
「動きですか?」
「ええ。今からネムレスと軽い戦闘のようなものをやりますので」
「は、はあ……構いませんけど依頼前に怪我などされるとこちらとしては……」
「大丈夫よ。私たちがそんなヘマするわけがないじゃない」
するわけがない、と言われてもカルラからすれば初対面であり、腕のいい冒険者として名が広まっているわけでもない二人を信じろと言うほうが無理なのだが、ナナシにもネムレスにも双方の顔に自信が溢れていた。
そんな様子を見せられたカルラもそれ以上口を挟むでもなく一歩下がって二人の様子を見守ることにした。
カルラが少し離れたことを確認したナナシとネムレスも互いに離れた場所に移動する。
「んじゃ、いくよっ」
ナナシはそう言うと共に駆け出した。
ネムレスへ向かって真っすぐ……ではなく斜めにだ。
そしてすぐさまナナシがいた地面を水の球が抉るように撃ち込まれる。
「水魔法……! それも意外と威力がある……?」
カルラがその攻撃に目を見開き驚いているが、さらに驚愕することになる。
ナナシはネムレスの最初の攻撃を躱すと今度はネムレスへと真っ直ぐ駆ける。
地面には足跡が深く刻まれナナシの踏み込みの強さを思わせ、あっという間にネムレスに肉薄するかと言った瞬間、ナナシの目の前に水の壁が立ちはだかる。
勢いそのままにナナシは水の壁にぶつかるかと思いきや突然姿を消した。
実際には地を蹴って高くジャンプし、水の壁はおろかネムレスさえも頭上を飛び越えた。
駆け寄った勢いからネムレスの背後に少し離れたところへと着地したナナシは即座に地面を蹴ってネムレスの背後に迫る。
だが、ネムレスはナナシの姿を振り向いて確認することもなく正確にナナシがいる位置へと短剣を振り向きざまに横へ振りぬく。
それをナナシは姿勢を低くして躱してから急静止をかけつつネムレスへと肉薄して短剣を突き出し、胸に当たるかといったところで寸止めしたのだった。
カルラからすればナナシが水の壁にぶつかるかと言った瞬間突如消え、いつの間にかネムレスの背後にいた認識であり、Dランクとはとても思えないその動きに目を見開いて口をパクパクとさせていた。
「やっぱりナナシには勝てないわね」
「まあ、スキルがアレだからね。……カルラさんどうでしたか?」
「え……あ、ああ! 素晴らしい動きだったよ! いやあもう正直動きを追えなかったが君たちがとんでもなく腕のいい冒険者だってことはよく分かったよ!」
ナナシの言葉に呆然と言葉を返すカルラだったがすぐに我に返り、笑顔でナナシたちを褒め倒した。
「それはよかった。僕たちは見た目がこんなのですからね。少しでも安心できるようにとやった甲斐があるってものです」
「はは……恥ずかしながら正直侮っていました。私も人を見る眼もまだまだってことを痛感しました。迂闊な態度を取ってしまい本当に申し訳ありません」
カルラの言葉にホッとしたように笑いながら言葉を返すナナシを見てカルラは少し苦笑いを浮かべながら、心の内で侮っていたことを謝罪した。
そんなカルラの態度にナナシもネムレスも好感を抱いたかのようだった。
それを察したカルラは一安心し、小さく息を吐いた。
これほど頼りになる護衛が来てくれたという思わぬ幸運にカルラはツキが回ってきたかもしれないと内心喜んでいた。
このタイミングで王都を離れようと言う自分の決断は正しかった、商人としての勘が冴えているなと得意気になっていた。
彼は気づかない。
幸運どころかとびっきりの不運の中にどっぷり浸かっていることに。
彼が頼もしいと感じた二人こそが闇狂いなのだと、カルラの商人としての勘はこれっぽっちも教えてくれなかった。
ナナシとネムレスはそんなカルラを見て楽しそうに笑う。
子供のように無邪気なその笑顔をみたカルラは結局二人の狂気を見抜くことはできなかった。
ナナシとネムレスを乗せた馬車はイスタジアへと向かって進んでいた。
魔物に襲われることも無く、盗賊が現れるでもなく、平和であるがそれだけに暇でのんびりとした旅路だった。
「暇ですね」
「暇ね」
「いやあ、腕利きの護衛がいるとはいっても平和が一番なんですけどね……でも暇ですよね」
そんな旅路にナナシが思わず言葉をこぼし、それにネムレスが続く。
二人の言葉にカルラも御者として馬を操りながらも苦笑いしつつ振り返って荷台に座る二人に賛同する。
護衛としてこうして一緒に旅をしているナナシとネムレスだったが二人は外で警戒するのではなく荷台に座り寛いでいた。
元々この道の危険性は低く、ナナシたちに歩いてもらう分遅くなりその分襲われる可能性が増えることを考慮したカルラが何かあるまで乗っていてくれと頼んだ結果である。
この状態であってもネムレスの気配探知があればかなり前から気づくことができ、その時がくるまではネムレスも手を抜く気はなく暇そうにしながらもその実常に警戒していた。
カルラにもネムレスが気配探知のスキルがそれなり高レベルで使えることを知らされていて、その証拠として茂みの中にいた小さい兎をネムレスが見つけ出していたから安心してのんびりとした旅を満喫していた。
「そういえばどうして急な依頼を出してまで王都を出ようとしてたんですか?」
「ああ、王城で何かあったのか騒がしかったし、北からは闇狂いなんて呼ばれてる闇魔法使いが徐々に南下してきているらしいからね。王都は危険だと思ったんだよ」
暇な時間を潰すためかナナシは今更ながら急に街を出ることにした理由を尋ね、カルラがそれに答える。
闇狂いが南下してきている、それくらいの情報であればちょっと仕入れようと思えば誰でも仕入れる情報だ。
だが、ノスタジアが闇狂いに落とされた挙句、街を取り返しに向かった軍勢が全滅した情報は出回っていない。
国が情報を遮断しているのもあるが、そもそも軍が全滅し連絡が取れずろくな情報が集まっていないのが現実だった。
誰かに様子を見に行かせても黒い霧に包まれていた、それに触れると人が死んだ、などと、その程度の情報しか集まらず、そんな情報を公開すれば混乱を招くことになる。
加えて王城で起きた騒ぎと、宝物庫で発見された第一王子の死体が確認されたことでますます情報を公開するタイミングを見失っているのだった。
カルラはそんな中から闇狂いの情報を一部入手して判断し街から離れることを決めたのだが、それは如何せん遅すぎたといえる。
「イスタジアまであとどれくらいですかね?」
ナナシがカルラにそう尋ねた。
「うーんここまで順調でこの先も何もないとすれば後二時間……日が落ちる前には到着できると思いますよ」
「ふーん……馬車と言っても歩くよりは早い程度だから仮にここから早めに歩いたとしても日が落ちる前にはつけるかしらね?」
「そうだね……少し辺りは暗くなるだろうけど少なくとも街の門が閉まる前には着けると思うよ」
ナナシの問いに答えたカルラの言葉にネムレスがさらに質問し、またカルラが答えるとネムレスは少し笑みを深め、ナナシと向き合った。
そしてナナシもまた、笑みを浮かべていた。
「そっか、じゃあもう護衛は終わりでいいよね」
「ええ? ははは……そりゃまあこんだけ平和な旅だけど最後までお願いしたいんだけどね」
ナナシの言葉を冗談だと思ってるのか苦笑しながらそう言葉をこぼすカルラだったが、ナナシたちは文字通り護衛を終わらせようとしていた。
だから、ナナシは笑いながら御者席のカルラの背後へと近づいていく。
「いやいや、護衛は終わりだよ。そういえば闇狂いから逃げようとしてるんだよね?」
「あ、ああそれはそうだけど……本気で護衛をやめるのかい? さすがにそれで依頼達成ってことにはできないんだけど」
ナナシの質問に答えつつ、カルラは護衛をやめることをどこか咎める様子で口を挟む。
だが、ナナシはそんなカルラの言葉を無視したように言葉を続ける。
「その闇狂いから逃げるために闇狂いを抱え込むのっておかしいとおもわない?」
「何言って……え? それって……ど、どういう……」
「あら、仕入れた情報の中には容姿などの情報はなかったようね?」
「容姿……?」
まさか、まさかと不安に駆られながらもそれを否定してくれるように祈りながらカルラは震えた声でナナシたちに問い返す。
そんなカルラに一層笑みを浮かべたナナシは口を開く。
「闇狂いって何でも子供の姿らしいよ。黒髪の少年と紅い髪の少女の二人組なんだって」
「まるで私たちみたいだと思わない?」
「は、はは……まさか……そんなわけが……ち、ちがうよな? ち、違うと言ってくれよ……」
カルラを精神的に追い詰める二人は笑っていた。
無邪気な笑みでとても悪事を働くようには見えない。
だからカルラは一抹の希望を胸に、震えた声でたちの悪い冗談なのだろうとそうであってくれと願う。
そんなカルラの願いにナナシは答えた。
言葉ではなく行動で。
「うわああああああっ!?」
振り下ろされた短剣をカルラは間一髪のところで避けた。
だが、その拍子に御者席から落ち、進む馬車の車輪に轢かれてしまう。
「うぐ!? あああああああああっ!?」
その車輪はちょうどカルラの脛の上を通った。
不運なことに、急遽街を出ることにして商品などを多く荷台に積んでいたからその分馬車が重かった。
そのため重くなった馬車の車輪がカルラの脛の骨を砕き激痛に苛まれることになった。
馬車に残されたナナシたちは綱を引いて何とか馬車を停止させ、落車し、脛を抑えて叫ぶカルラのもとへと近づいていく。
「かわいそうに。避けなければ長く苦しくこともなかったのにね」
「痛そうね……今楽にしてあげるわ」
「やめっ……やめてくれ……助けてっ」
痛みに苦しむカルラを見て苦しみから解放してあげようとネムレスが短剣を取り出す。
カルラは痛みに苦しみながらも死にたいとは願わず生き足掻こうと命乞いをするが、その声を無視してネムレスが短剣をカルラの心臓へと深く突き刺した。
「あ――――」
「さようなら、カルラさん。なかなか楽しかったよ」
「護衛なんて雇わなければもしかしたら生きていられたかもしれなかったわね。まあ、運がなかったと思ってあきらめるといいわ」
ナナシたちの言葉がカルラに届いたのか、それは誰にも分からない。
だが、死んだカルラの表情は恐怖に固まり、涙を流していた。




