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31話 思い出の形

 ナナシがネムレスに抱き付いて少ししてから二人は眠りについた。

 ナナシの寝顔には薄く涙の痕があったが、その表情は穏やかなものだ。

 ネムレスはそんなナナシの一面を見れて嬉しかったのか優しい笑みを浮かべている。

 二人は抱きしめ合いながらも、朝までぐっすりと眠ったのだった。


 そしてあくる日。

 二人は同じ時間に同時に目を覚ました。

 そのまま体を起こし互いに向き合い、目覚めの挨拶を交わす。


 ナナシは一瞬喜びや悲しみなど様々な感情がごちゃ混ぜになったような顔をしていたが、次の瞬間にはもう悲しさなどの表情はなく穏やかに微笑んでいた。

 ネムレスももちろんその一瞬の顔に気づいたがすぐに穏やかの微笑みになり、安心して優しい笑みを返す。

 それから二人は手を繋ぎながら部屋をでて街へと繰り出した。

 

 昨日、ナナシはなぜネムレス自身に殺すことを伝えたのか。

 ネムレスはナナシと手を繋いで歩きながらもそれを考えていた。


 (もしかしたら逃げて欲しかったのかしら?)


 ナナシは相手を大切に思うほど殺したくなる。

 ナナシにとってのそれはどれだけ我慢しても我慢しきれない欲求だ。

 だが、もしそれを伝えることでネムレスが逃げたとすればナナシは殺すこともできなくなる。


 もしかしたらナナシはそんなことを考えていたのだろうか、とネムレスは考える。

 だが、どれだけ推測を立てたところでそれは答えのないものだ。

 ナナシ自身にしかその答えは分からない。


 (まあ、ナナシの愛を受け入れず逃げるなんて選択肢はありえないのだから考えても意味もないことね)


 ネムレスはそう考えをまとめて、これ以上考えないことにした。

 今はただ、ナナシと共に居られるこの時を楽しむだけである。


「ねえ、ナナシ。どこにいくの?」

「ん、特に決めてはいないかな。これはと感じるのがあれば店に入るし、買い物もするけどこうして一緒に歩くだけでも楽しいからね。ま、最終的にはお城にいくけど」


 だからネムレスはナナシにどこへ行くかを尋ねたが、その返答は特に予定がないということ。

 まるで世間一般の恋人のような楽しみ方で、それがどこか珍しさを感じさせる。

 だが、それはネムレスにとっても嫌なものではなく普通に嬉しいと感じるものだ。

 

 ナナシは楽しそうにネムレスの手を握りながら歩き、あちらこちらの店を見てネムレスと会話を交わしていた。

 そして事実ナナシは心から今の状況を楽しんでいた。

 特に特別なことをしているわけではないが、ネムレスと一緒に街を歩くだけで何もかもが楽しく感じられていたのだった。

 だが、ナナシはネムレスを殺すつもりでいる。

 昨日ネムレスにそれを打ち明けた時には自分でも分からない不安を感じ、迷っていたのだが、すべてをネムレスに打ち明け受け入れてもらったからか、今では昨日の悩みが嘘のように心は晴れやかだった。


 ネムレスと共にいるこの時間を本当に楽しみながらも大好きなネムレスを殺したい想いがナナシの中にあった。

 だが、その殺意はこれまで抱いてきたものとは全く違い、心に焦りを生まないものだった。

 それは少しも我慢を必要としないものだった。

 我慢せずとも自然にその時まで殺さないでいられるものだった。


「おっ」

「ん? 何かいいのがあったの?」


 ふとナナシがある店の出し物に目を引かれたようで立ち止まる。

 その様子にネムレスもどうしたのか尋ねるがナナシは一際笑ったかと思うとネムレスの手を引いて店へと入っていった。


 店の中へ入って目にするのはネックレスやペンダント、他にも指輪やブレスレットなど多くのアクセサリーだった。

 だが、ただのアクセサリーショップというわけではない。

 魔道具としてのアクセサリーを販売している店だった。

 それも戦闘やサバイバルに便利なものという物でもなく恋人向けの効果を発揮する魔道具の店である。


 ナナシがこの店に気づいたのはそういう謳い文句が店の表に出ていたから……ではなく直感スキルによるものだった。

 ナナシの直感スキルが殺し以外で反応するなど珍しいことだが、それだけネムレスとのデートをナナシが楽しんでいるということであった。


「丁度いいね。ここでさ、何かペアになる物を買おうよ」

「ペアに? でもそれって……いえ、そうね。折角だし買いましょうか」


 ナナシの言葉に思わず意味がないと言いそうになるネムレスだがすぐにその考えを消してペアで買うことに賛成する。

 近いうちにネムレスは殺されることになっている。

 他ならぬナナシの手によって。


 だが、そんなことナナシも百も承知であり、そのうえで買おうと言っているのだ。

 それはナナシがネムレスを殺した後も一緒にいられるように。

 傍にいるのだと感じられるように。


「じゃあどれにしようか……効果は後で選べるから好きなデザインのを選んでいいらしいよ」

「うーん……こうかわいらしいのってあまり好みじゃ……ん? これなんてどう?」


 ネムレスがそう言ってナナシに見せたのは短剣を模したペンダントだ。

 柄の部分に綺麗な紅い色の宝石が埋め込まれていた。

 それと同じ形をしたペンダントはない。

 だが、黒く輝く宝石が埋め込まれた短剣の鞘を模したペンダントがあった。

 どうやら短剣と鞘という形のペアで売られているものらしかった。


「なぜこれに?」

「だって短剣は私たちの出会いの象徴だもの。そして鞘はそれを受け入れるために必要でしょう? もちろん私は鞘ね」

「なるほど……僕たちの出会いか……うん、そうだね。これにしようか」


 ネムレスの言葉に納得したように何度も頷いて、ナナシは彼女が選んだ短剣と鞘のペンダントを購入することを決めた。

 短剣はナナシが、鞘はネムレスがそれぞれ身に着けることもその場で決めた。


「すいませんこれくださいこっちが僕でこっちが彼女に。魔法は『記憶の断片(メモリーログ)』でお願いします。

「ちょっとそれって」

「いいんだ」


 ナナシはそれらを手に取り、店主のもとへと向かう。

 そして込めてもらう魔法を聞いてネムレスが何か言おうとするがナナシがすぐにそれを遮った。

 ナナシの目には絶対譲れないと思いが表れていた。

 それを見てネムレスもそれ以上言うことなく引き下がる。


「お願いします。あと代金もどうぞ」

「はいよ。代金も確かに頂いた。それじゃあ二人ともこちらの部屋へどうぞ。それぞれ記録を取りますので」


 店主は二人の様子に口を挟むことなく、さっさと記録を行う部屋へと案内した。

 これから行う記録というのはナナシが頼んだ『記憶の断片(メモリーログ)』という魔法に必要なものである。

 その魔法はその時の姿を記録し、後々に渡って記録された姿を見ることができるというものだ。

 それも絵などのように平面上に姿を現すと言うものでもなく、30cmほどの大きさに縮小された姿でまるでそこにいるように投影され、その時記録した動きや言葉をそのままに表すというものである。

 地球のもので例えるのならばビデオに録画し、その映像を空中に立体映像として映すようなものだ。

 ただ、地球の技術ではまだ特定の場所でぼんやりとしたもでしかないことに比べ、この魔法ではどこでも鮮明な姿で見ることができる。

 それは本当にその場に本人がただ小さくなった姿で現れたかのように現れるのだ。


 ネムレスが微妙に反対しようとしていたのはそれが一種の危険性を含むからだ。

 今までナナシは明確に情報が残らないようにしてきていた。

 ナナシがやってることを考えればそれは当然である。

 だが、この魔法で記録されてしまえば何よりも精巧な人相の情報が記録されることになる。

 万が一漏れれば面倒になるのではないかという考えからネムレスは反対しようとしていたのだった。


 ナナシもそれについてはもちろん理解している。

 理解したうえでナナシはこの魔法を求めた。

 何か明確にネムレスを感じられるものが欲しかったために。

 それに仮に万が一、人相が割れたところで大した問題ではない。

 結局、ナナシが本気でスキルを駆使すれば警戒など無意味なのだから。




 それから互いに記録が終わり、無事魔法が込められた。

 ナナシの首には短剣のペンダントがぶら下がっていて、それにはネムレスの記録が込められており、反対にネムレスの鞘のペンダントにはナナシの記録が込められている。


 ネムレスは本当に記録を残してもよかったのかと最後にもう一回尋ねた。


「本当によかったの?」

「かまわないさ。誰にもばれない様に情報を残さないことよりもネムレスとの思い出を明確な形で残すことの方がよっぽど大事だよ」


 ネムレスの問いにナナシは迷うことなくそう答えた。

 その言葉にネムレスも納得し、またナナシがリスクよりも自分の思い出を選んでくれたという事実に嬉しくなり、頬を染めて笑う。


 その後も街のあちらこちらを二人は仲良く歩いて、おいしい物を食べたりした。

 そしていよいよナナシとネムレスはこの街の中心、王城へと向かって足を進めた。


 王城への道の途中にも壁があり、出入り口を兵士が立ち塞ぎ警戒していたがナナシたちには何の意味もなく、通るのに邪魔だからという理由から二人によって兵士は、誰にやられたかも理解することなく殺されその場に倒れ伏せた。


 道中でそんなことをしていたから、他の兵士がそれを見つけて知らせたのだろう。

 城の入り口まで来たときには兵士が慌ただしく走り回って侵入者を探していた。

 それを横目にナナシは扉を開けて中へと入っていき、ネムレスもそれについていく。

 だれも二人に気づくことはできなかった。


 そのまま真っ直ぐ歩き、階段を上っていくと大きな扉が見えてくる。

 それは謁見の間へと続く扉。


 ナナシは迷うことなくその扉を開き中へと入っていった。


「王様は……まあ、相手する客がいないのに常にいるわけないよね」

「そうねえ王様は城の天辺にいくらかの人間と籠ってるみたいよ」


 ナナシが漏らす言葉にネムレスが気配探知で探れば城の天辺に逃げ籠っているらしかった。

 気配だけで王を判別できるというのはさすが気配探知が最高レベルであるネムレスでなければできない芸当である。


「さて、この玉座を横にずらした先なんだけど……動かないね」

「何か仕掛けを動かすための何かがあるのでしょうけど……」

「それを聞くために王様のとこ行くのも面倒だから強引にいくよ」


 そう言ってナナシは玉座の下に闇の空間を広げる。

 するとズズッっと玉座が沈み、闇の空間に収納されていった。

 玉座が完全に消えたと共に地下へと続く階段が現れ、そこから何かガスのようなものが噴き出してきた。


「これは……毒かな」

「ナナシのアレに比べれば普通の空気と変わらないわねこんなの」


 それは正しい方法で開かれなかった時の防衛用の罠なのだがナナシたちには効き目がなかった。

 毒の中を平然とナナシたちは進み階段を降りていく。

 やがて、ナナシが夢で見た扉の前までやってきた。


「ま、ここも鍵なんてないから……あれ?」

「どうしたの?」


 地下に来た時と同じように無理やり入ろうとしたが扉を収納することは出来なかった。

 どうやら何かしらの魔法で守られているようで正規の手段で入る必要があるようだ。


「うーんそもそも鍵穴もないし……手形のマーク?」

「特定の人だけが開けられるのかしらね」


 ナナシが扉を見れば鍵穴はなく手形のマークがあった。

 それを見たネムレスが推論を口にしてそれを聞いたナナシがなるほどと頷き扉にではなく自分の傍に闇の空間を広げある物を取り出す。


「あら、お坊ちゃんはまだ持っていたのね」

「これはまだ王様相手には使えるかなって思ってさ」


 それはノスタジアで殺したノスタジアの領主、グランツ・エント・ヘイグラント。

 第一王子であり、現国王の実の息子で継承権第一位だった男の死体だった。


 ナナシは早速死霊術で動かす……その時、ふと閃いて確保していた魂を入れて縛った。


「……ぐ……っ……ぁ……うぁ……?」


 殺されてから結構時間が立っているせいか反応が悪いがそんなことはどうでもよく、さくっと体を操って死体の手を扉の手形に触れされた。

 すると扉が一度輝いたかと思うとゆっくりと開き始めたのだった。


 ナナシは扉の仕掛けを理解していなかったが魂を入れていない死体が触れた途端、両側から猛毒の塗られた矢が降り注ぐことになっていた。

 この扉は魂の情報を読み取り王族かどうかを判断する魔法が掛けられていたのだ。

 ナナシはそれを直感スキルによって回避して無事扉を開けることに成功した。

 もっとも、毒矢ごときでナナシたちは死ぬはずもなく、ただ扉を開ける試行回数がいくらか増えただけだろうから、二人にとっては結局、無害な罠である。


 そして、開いた扉からナナシたちは中へと入り、部屋に散らばる武具や、書物には目もくれず一番奥の扉まで真っ直ぐ向かうのだった。

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