29話 狂気が求めるモノ
仲間が突如敵になったが無事な指揮官たちは固まることは無かった。
むしろ死んでも利用される仲間を解放しようと士気を高めて、斬りかかった。
とはいえ、そう簡単には攻撃を貰ってくれないだろう……と指揮官たちは考えていたのだがいとも容易く剣はゾンビとなった者の一人を貫いた。
「弱……い?」
「――――ァ!? いだいィィ――!?」
「っ!?」
案外弱いのかと思ったのも束の間。
刺されたゾンビが凄まじい大声で叫び激痛を訴える。
その叫び声と悲痛な様子にゾンビを貫いた男は顔を顰め、つい貫いたままその場に居座った。
だが、男が相手にしているのはゾンビなのだ。
魂が直接傷つけられて叫び声をあげているが貫かれた程度でゾンビが活動をやめるわけではない。
だから、男はゾンビの攻撃を避けることができなかった。
「ぐああっ!?」
先ほど男がゾンビを貫いたように今度は男がゾンビに貫かれた。
そしてゾンビの場合は問題ないものでも生きている男にとっては致命傷であり、男は絶命する。
絶命した男はそのまま動き出し、残りの指揮官たちへと襲い掛かる。
「くそっなんで意識があるんだよっ!」
「頼む……早く殺してくれ……っ!? ぐあああああああいだいいいい!?」
傷つければ痛みに叫ぶゾンビに指揮官たちの精神が急速に削られていく。
ゾンビにされた方は状況を理解し、仲間たちを殺すくらいなら死んだ方がマシだと、躊躇なく殺せと頼むのだが、その願いを聞き入れた指揮官の一人に斬られればとても耐えられない痛みによって叫ばずにはいられなかった。
これは彼らの魂がなんの保護もされていないからである。
むきだしの魂に抑制など存在せず、苦痛に対する耐性が無いのだ。
だからどんな傷でも想像を絶する痛みとなり叫ぶ。
そしてその叫び声が生きている指揮官の精神を削っていく。
「くそっ! くそっ! どうすればいい!?」
「隊長!? これはどうなって……いや今すぐ燃やしま――がはっ」
「駄目だよ。そんなつまらないことしちゃ」
首を飛ばしてもゾンビは動く。
四肢を斬っても壮絶な叫び声をあげながら無理やり繋がってまた動く。
そんな状況に指揮官は焦っていた。
そしてゾンビたちの発する叫び声にテントの外にいた兵士もやってきて状況に一瞬戸惑うが、すぐに理解し火属性魔法を使って燃やそうとするが、ナナシがそれを許さず背後から貫いて殺す。
もちろん貫いてる間もそのあとも声はすれども誰もナナシの姿を捉えられない。
そしてその間にも肉体の限界を超えたゾンビたちの攻撃は苛烈を極め、また、傷つければ痛みに叫び、その声で精神を削られ、集中できなくなってきた指揮官から死んでいく。
それから間もなくテントにいた指揮官は全滅した。
そして殺された火属性魔法を扱える兵士も含め、皆立ち上がったかと思うとテントの外へと向かう。
「くそっ……なんで意識だけ残されるんだ……誰か……殺してくれ」
「腕がああ!? いでええええよおおおお!」
「逃げろ……逃げてくれえ……!」
それぞれが死にながらも意識があることを嘆き、戦闘で失った腕の痛みに叫んだりしながらも未だ生きている兵士を殺さんと体が動く。
その様子に兵士たちは体の奥底から恐怖を感じていた。
目の前の意識あるゾンビにではなく自分も死ねばああなるのだと強制的に理解させられてだ。
そして先ほどナナシに殺された火属性魔法の使い手だった男が前に出てくると、その男が生前に扱うことができた最大威力の火属性魔法を周囲にいる兵士へと放った。
「なっ――――」
「ああああああ!? 誰か火を消し―――」
「うわあああああ」
魔法によって広範囲に渡って兵士が焼かれ火だるまと化した。
その様子に兵士達だけでなく、意識だけある指揮官のゾンビも戦慄する。
「ば、馬鹿なっ!? なぜ死んで操られている者がスキルを使える!?」
「死霊術にそんな力はないはずじゃないか!」
ゾンビである男が魔法スキルを使った。
それは通常であればありえない、考えられないことだった。
いかに闇魔法使いが死体を操れるといってもそれは肉体だけの話でその死体が生前持っていた技能などは失われるのが今までの常識だった。
そんな常識をぶち壊す現実に、軍勢は一気に混乱を起こす。
ナナシの操る死体がスキルを使うことができる理由。
それは魂をも縛っているからである。
ナナシの不老不死も先に魂が不老不死の存在になったように、他のスキルも全て魂に刻まれているのだ。
だからこそ魂を縛ることのできない、闇魔法が9以下でしか扱えなかった過去の闇魔法使いとは違い、最高レベルで扱えるナナシが操る死体はスキルも使えるのだった。
そうなるとネムレスはやることがないのだが、ネムレスはネムレスで別の仕事をしていた。
「くそ、なんだよあれは。あんなのありかよ」
「俺たちもやっぱりあそこに行って参戦するべきなのか」
「でもどうしよ――っ!? ぐああ!?」
指揮官や兵士が殺されてはゾンビとして蘇りゾンビが増えるその戦場から少し離れた場所では多くの兵士が困惑し動きかねていた。
そんな混乱からはまだほど遠い場所にいた兵たちの内の一部隊がどうするべきか話していると突然一人の兵士が叫び声をあげる。
「そうだ……殺さないと……」
「なっ!? 操られ――」
原因は同じ部隊の仲間の一人によるものだった。
不意をつかれ最初に叫んだ男と別にもう一人が剣に貫かれて死に、それでもまだ足りないと周囲の兵士を襲い始めた。
そして先ほど死んだ二人もまたゾンビと化す。
意識あるゾンビに。
「うあああ!? こっちでも死んだやつが動いてるぞ!」
「やめろっ来るな! 死ねよっ!」
「俺がやったんじゃ……体が勝手に動くんだよ……俺がやったんじゃないんだ……頼む……逃げてくれ……」
「ぎゃああああああああ」
混乱が混乱を産み、その中で死者が生者を殺して新たな混乱の種を増やしていく。
そしてそれは兵士たちの恐怖を煽り、戦場は混乱から恐慌状態へと移行する。
ナナシは戦場の中心で周囲一帯に魔法を発動している。
死霊術を個人ではなく空間に発動し、この場で死んだ者は即座に魂を縛られたゾンビと化し、周囲の生者を襲う。
ナナシが確保していた暗部の死体も放出し、彼らは強力なスキルを使って多くの兵士を殺していた。
死の恐怖に叫ぶ声が、仲間を殺して泣き叫ぶ声が戦場のいたるところから聞こえてくる。
その声は、その音は、確かに死を感じさせるものでそれを聞いていたナナシはといえば――――
「……飽きたな」
――――笑いもせず何も思うことなく無表情に呟いた。
ナナシにとって人の死とは快楽でありそれが揺らぐことは無い。
だが、戦場における人の死はあまりにも軽いものだった。
こんな大勢が大勢を殺していく様を見てもナナシの心は少しも満たされなかった。
だからナナシは唐突に魔法を維持するのをやめた。
瞬間、生者を襲っていたゾンビたちは突如その場に崩れ落ち、縛られていた魂の多くが崩壊した。
その数を当初いた時から四分の一ほどまで減らしていた王国軍の生き残りは突如消えた脅威にしばらく尻餅をついて呆然としていた。
突然死体が消えたことに困惑したのは各所で人を殺し混乱の種を撒いていたネムレスも同じだった。
何かあったのかとも思ったがナナシに限ってそんなことはないとすぐに考えを改めつつも、ナナシがいるであろう戦場の中心へと急いだ。
やがてネムレスはナナシを見つけ、無事な姿にホッとする。
だが、ナナシの表情が何も感じていないような無表情だったためネムレスは再び不安になる。
「……どうしたの?」
「ああ、ネムレスか!」
恐る恐るネムレスは話しかけるが、ナナシはネムレスを確認すると先ほどまでの無表情が嘘のように笑みを浮かべ、それを見てネムレスは安心した。
そして次の瞬間にはネムレスの眉間に短剣が突き刺さった。
「……ふう、ありがとうネムレス。おかげで少しは満たされたよ」
そう言って倒れたネムレスから短剣を引き抜くナナシの表情はある程度穏やかなものになっていた。
短剣を抜かれて十秒程たつとネムレスの額の傷は塞がり彼女の目に光が戻ってきた。
「……ああ……殺されたのね……ふふっ……」
意識を取り戻したネムレスは少しボーっとしてから何が起きたかを理解し笑みを浮かべる。
その様子に優しく微笑みながらナナシは魔法を発動する。
「『神の毒』」
ネムレスが殺され生き返ったのと同じころ、戦場にいた王国軍の生き残りたちも次第に状況を理解し始める。
もっとも彼らにとっては突然脅威が消えたことが分かるだけで詳しくは理解できない。
だが、それでも脅威が消えたことを理解した生き残りたちは助かったということに安堵と喜びの感情が溢れて来ていた。
そしてその喜びが膨らみ爆発しそうで誰かが最初の喜びの声をあげればそのまま大歓声があがるかといった空気になったところで突然死体が爆ぜた。
「は? なんだこれ……っ!?」
「っ!? ……っ……く……ぁ……!?」
「苦……し……」
「うぁ……」
爆ぜた死体は黒い靄のようなものを周囲に放出し、それを吸い込んだ兵士たちが突如苦しみだす。
そして苦しみだしてから一分もすれば生き残りたちはみな白目をむき体中の穴から血を吹き出して死んでいった。
黒い靄は広がり続けノスタジアをも呑み込み、催眠をかけられていた一般人たちも同様に死んでいく。
最終的にはノスタジアから王都側に広がる平原の中ほどまでを黒い霧が覆い尽くし、そしてそれは消えることなくその場に留まりつづけた。
その霧を少しでも吸い込めば忽ち苦しくなり、体中の穴から血を吹き出してしまうためだれも近づくことができなくなった。
後年、聖属性魔法を扱える神官が派遣され浄化を試みるが効果はなく、何人も近づくことのできない、近づけば死ぬという「死の領域」と呼ばれるようになるのだった。
「なに……この霧みたいなのは……不老不死の私でも苦しく感じるけど……」
「闇魔法において最悪の効果を誇る魔法で、究極の闇魔法さ。本来なら術者本人すらをも殺す絶対の死を与える毒を振りまくものだけど僕らは不老不死だから、こうして耐えられるのさ」
「そんな魔法が……それもやっぱり闇魔法を最高レベルで扱えるものだけが使えるの?」
「ああ、そうさ。ネムレスも今後闇魔法のレベルが上がれば使い方が分かると思うよ」
数年後「死の領域」と呼ばれるようになるその中心で、ナナシとネムレスは呑気に話している。
呑気にとはいっても彼らもまた苦しみを感じているのだが、そんな様子をナナシは少しも見せない。
ネムレスは少し苦しそうだが、それでもこの場でナナシと会話をし続ける程度には平気そうだった。
「それにしても急にどうしたのよ。戦争を突然やめてこんな毒で皆殺しするなんて」
「分かったんだ、僕」
「……? 何を?」
「こんな戦争の真似事で人を殺したところで何も満たされないってことをさ。そこに何の重みもありはしない。戦争で人の死は感じられないって」
「そう……? いえ、ナナシが言うのだからそうに決まってるわね。こんな方法じゃ何も満たされない。うん、じゃあこれからはどうするの?」
ネムレスも苦しみに慣れてきたのか平然とした様子でナナシに問いかける。
今回の行動の理由を。
そして返ってきた返答にネムレスは少し考え、すぐにナナシが言うのだからそれが正しいのだと納得した。
だからネムレスはそれ以上理由を聞くことは無くこれからすることをナナシに尋ねた。
「特にどうもしないさ。とりあえず王都に行って適当に日々を過ごして他者との交流を深める。それだけさ」
「なるほどね……じゃあもうこれからはこういった騒ぎは起こさないのね」
「うん。僕は殺戮したいわけじゃない。ただ、人の死を間近に、この手で感じたいんだってわかったからね」
今回のことでナナシは自分の求めるものを理解した。
それだけでもこの戦争の真似事を引き起こした意味があるというものだろう。
「分かったわ。私はナナシに従いついていく、ただそれだけよ。」
ネムレスはそう言って微笑む。
ナナシも微笑み返して王都へと向かって歩き出し、その後ろを数歩遅れてついていくネムレス。
「……愛してるわナナシ。いつかあなたが私を完全に殺しても私はあなたを想い続ける。あなたのおかげで私はもう一人じゃない。そしてナナシ、あなたももう何があっても一人ではない……一人にはしないわ」
ナナシを背中を見ながら小声で呟くネムレスだが、それは本当に小さな声でナナシに届くことは無かった。
その時のネムレスの表情には狂気など見えず、何かを悟りつつもただただ相手を慈しむような表情だったがナナシは背後にいるネムレスの表情に気づくことなく王都へと歩き続けた。




