2話 不老不死の儀式
ちょびっと残虐
「不老不死に興味? それは不老不死になりたいかってこと?」
「その通りよ」
ネムレスが言ってきた不老不死になりたいかどうか。
それをナナシは真剣に考える。
正直なところナナシにとってそれは非常に魅力的なものだった。
元々そういう存在になりたいと思っていたからだ。
人を殺すことに快楽を得るナナシにとって時間はいくらあっても困らないものだ。
それに不老という点も重要である。
ナナシは今十二歳だ。
周りから見ればちょっとだけ大人びてきた程度の子供でしかなく、相手はナナシを見て油断するだろう。
この姿で心優しい少年を演じれば、誰かに疑われることもない。
多くの人はある程度心を開いてくれるだろう。
そうして仲良くなった人をある日後ろから刺し殺す。
その時、その人間の表情はどんな表情だろうか。
裏切られた時の表情は人それぞれだ。
この姿で居続けられるのなら、そんな姿をいくらでも見ることができる。
そこまで考えてナナシは一つ頷き、ネムレスの問いに答えを出した。
「そうだね、なれると言うのなら是非ともなりたいかな」
「ふーん、それはなぜかしら?」
「だって、不老不死になれば僕はずっと殺せるし壊せる。この見た目は殺しをするのに都合がいいしね。そうだ、自分を何度も殺すことだってできる」
そう、ナナシは答えた。
その答えは狂っていてそれなのにそれを応えるナナシは純粋そのものだった。
ネムレスはその答えを気に入った。
彼の狂気に彼ならば、と身が震えるようだった。
「いいわ! 本当にいいわ! ナナシ! それじゃあ、あなたを不老不死にしてあげる! その代わり条件があるの」
「条件? それはなんだい?」
「たいしたことじゃないわ。あなたを不老不死にしてあげる代わりに私と永遠のパートナーになってほしいの。あなたがどう壊すのか私も傍でみていたいわ」
ネムレスが提示した条件、それは彼女と永遠のパートナーになること。
つまりネムレスは結婚してほしいと告げてきたのである。
この場合、ナナシは不老不死となるのだから文字通り永遠に一緒にいることになる。
この条件に対してナナシは即答した。
「いいよ! 僕も殺しても死なない君の事が気になっていたんだ。そんな君と一緒にいられて尚且ついつまでも人を殺すことができるのだからね。否はないよ」
「ふふ、私は殺されたからあなたに惚れて、あなたは私を殺しても殺せなかったから私に惚れたのね。私たちきっと誰よりも仲良しの夫婦になれるわ」
ナナシの返事を受けてネムレスは歓喜した。
そしてさっそくネムレスはナナシに口付けをして永遠に一緒にいる契約をしてしまう。
もっともその契約になんら強制力はないし、今はまだ仮契約。
あとはネムレスがナナシを不老不死にすることで正式に契約は結ばれ、二人は永遠のパートナーとなる。
強制ではないからそれは互いの考え次第だがおそらくは契約は果たされるとネムレスは直感していた。
運命のいたずらか、出会ってしまった二人の狂人は狂った理由で惹かれあい契りを交わすことになった。
それはこの世界に一人の怪物を生み出すことを意味していた。
「さて、後は不老不死になる方法ね。ところでナナシ、あなたにはとても大切な人はいるのかしら?」
「大切な人? そうだねえ、ネムレスのことが大切だよ」
「あらあらどこでそんな言い回しを覚えたのかしら。私が言っているのは私以外に大切な人がいるかってことよ」
「ああ、それなら孤児院の皆がそうかな。一緒に育ってきた家族だし、育ててくれた恩があるからね」
ナナシはまだ契約を交わしたばかりだと言うのに恥ずかしげもなくネムレスのことを大切だと言った。
そのことにネムレスはやっぱり一緒にいてくれそうだと、少なからず喜びを覚えたのだが、今聞いていることはそういうことではなかった。
そして改めて聞けばナナシの大切な人というのは孤児院の人たちだと聞かされた。
ナナシの声色から本当に大切に思っていることをネムレスは理解した。
「それなら条件は揃っているわね。じゃあその孤児院の人たちを全員殺すのよ」
「それが不老不死になる方法?」
「その最初の段階ね。今まで自分を育ててくれたり助けてくれたりした大切な人を自らの手で殺しておきながら、自分は絶対に生きるって思いながら最後は自害するの。これは、殺す人が多いほど成功率があがるわ。十人も殺せば間違いなくあなたは不老不死になれるわよ」
「へえそんな方法でなれるのか。大切な人を殺すのはいつか言われなくともやっていただろうけど生きたいと願いながら自害するなんてことはしなかっただろうなあ。今すぐ実行すればいいのかい?」
大切な人を殺せ、その言葉にナナシは特に躊躇することなくただ疑問を口に出し、疑問に対する答えを得ればすぐに殺していいのかと聞いてくる。
どこまでも狂った思想のナナシにネムレスは鼓動を早くして体を火照らせていた。
「いえ、その前に殺す場所にとある魔法陣を用意しないといけないわ。そこで計画を実行しないとだめなの」
「そうか、じゃあ魔法陣はネムレスにお願いするとして僕はどんなふうに皆を殺すか考えておかないとなあ……せっかく家族を殺すのだからいろいろな表情を見てみたいよね」
ナナシは子供がちょっとしたいたずらを考えるかのように家族を殺す方法を考え始めた。
本当は、ナナシは孤児院の家族たちのことを大切に思っていないのではないかと思えるほどに自然体だった。
けれどもナナシは本当に孤児院の皆の事を大切に思っていた。
一緒にいられるだけでも楽しい。
褒められればうれしい。
孤児院の家族の役に立てることが誇らしい。
ナナシにとって孤児院の家族たちは皆大切な人だった。
そして大切だからこそ、いつか壊したいと思っていた。
彼らは殺される時どんな顔をするだろうかといつも妄想していた。
だけどもうちょっと一緒にいればより情は深まり、その分面白く殺せるだろうと考えて抑えてきた。
いずれナナシは家族を殺していただろう。
それはもっと、ずっと先の事になるはずだった。
だが、ナナシはネムレスと出会ってしまった。
不老不死になる方法を知ってしまった。
それはナナシにとって、大切な家族を殺す絶好の理由だった。
一番面白く殺せると思える状況だった。
だからこそ彼はもう家族を殺すことに何の躊躇もなかった。
「ああ、壊れているナナシ。それでこそ私が惚れた男だわ。でも、ナナシ。あなたは私に騙されているとは考えないのかしら?」
ネムレスはそうナナシに聞いた。
大切な人を殺して最後に自分も生きたいと願いながら自害すれば不老不死になれる。
ネムレスが言っていることは真実で、その行動をある魔法陣の上で行えば確かに不老不死になれる。
だが、それはネムレスだけが知っていることだ。
ナナシは何も知らないはず。
それなのに簡単に信じて実行しようとしている。
ネムレスから見てナナシは見かけ以上によく考えることができる少年だと感じている。
それなのに簡単に信じるナナシがネムレスには不思議だった。
「んん? 別に騙されていてもいいじゃないか。君は僕を騙して家族を殺させ、そして僕自身の手で僕を殺させて、僕に殺された恨みを晴らす。これほど面白い殺し方なら、僕は喜んで殺されてあげるよ」
その答えはあまりにも狂っていた。
ナナシにとってはどちらでもよかったのだ。
それで不老不死になれても、それで自分が死んでもどっちでもナナシにとっては喜びでしかなかった。
ネムレスは未だ自分がナナシの事を理解していなかったことを知り思わず笑ってしまった。
そしてひとしきり笑った後潤んだ瞳でナナシを見つめてその唇を強引に奪った。
「ん……はあ……ナナシ、あなたは本当に最高よ。最高に狂っていて素敵だわ」
「ありがとう、ネムレス。君みたいな存在に出会えたことは人を殺す次に幸せなことだよ」
「あら、私は一番じゃないのね」
「そりゃそうさ。殺して壊してよりも素晴らしいことはないよ。それに、そんな僕だからこそ君は僕に惚れたんじゃないのか?」
そうナナシに言われるネムレスだったが、実際その通りで彼がここまで狂っていたからこそネムレスはナナシの事が気になった。
愛だとか女だとかを一番に置くナナシなどそんなものはナナシではないし、そんな存在であれば信じることなどなかった。
出会ったばかりであるのにネムレスはそう強く思っていた。
「じゃあ具体的に計画を練りましょう」
「うん、殺しは完璧に疑われずにやるべきだからね。じゃないと次の楽しみがなくなってしまう」
そうしてナナシとネムレスは不老不死の儀式を行う準備を進めていった。
まず重要なのが魔法陣であるがこれはそのまま孤児院に書くことが決まった。
この魔法陣が建物のどこかに刻まれていればその建物内ならどこで殺しても儀式として成立するとネムレスがナナシに説明したからである。
であれば全員が同じ建物で寝る孤児院で実行するほうが効率的だ。
一人一人誘い出してから殺す方法もあったのだが、ナナシは一人一人を家族の目の前で殺して、今まで愛していた家族に裏切られる表情を見たいという思いから、その方法は却下された。
また孤児院でまとめて殺すことでナナシ自身も死んでいなくなったと周囲に思わせることも狙いの一つだった。
孤児院の皆を丸ごと殺し自分だけが生きているとなるとさすがに疑われるかもしれない。
不老不死になっても手配されて動きづらくなってしまえばそれはつまらない。
その状況からいかに殺すかを考え、実行するのも悪くはないだろうともナナシは思ったが、今はまだ自由に動きたい気持ちがあった。
疑われないようにする方法は他にもあっただろうが、孤児院一つを丸ごと壊すのだからさすがに証拠を消すのは困難かとナナシは考えた。
それならいっそナナシが殺した証拠を消すより、『ナナシも殺された』証拠を作ってしまえばいいという発想であった。
一度死んでしまったと認識されれば、この世界に精巧な人相を伝える手段がない以上、ナナシを認識するのは難しくなるという考えである。
実行はなるべく早くすることにし、ナナシは孤児院に帰った後普段と同じように動き、夜遅くに孤児院にネムレスが来てナナシがそれを迎え入れた後、エルマの部屋に侵入してそこに魔法陣を書いてもらうことにした。
そして明日の夜、食事に薬を混ぜて一時的に眠らせてから声を出せないようにして殺しを実行することを決めた。
この計画はほとんどナナシによって立てられ、薬もナナシが以前に盗んだものを使う。
実質、ネムレスは魔法陣の詳しい情報や、書くのにかかる時間を説明しただけであった。
計画を立て終えた二人は互いに笑みを浮かべ口付けを交わしてからそれぞれ分かれて行動を開始した。
ナナシは孤児院へと戻り、いつもと同じようにエルマの手伝いをし、弟や妹たちの面倒を見て過ごし夜を待った。
ネムレスは魔法陣を書くのに必要なものを集めた後は目立つことをせずその時を待っていた。
そして孤児院の皆が寝静まった頃、孤児院の入り口の扉前にネムレスは来ていた。
すぐさまその扉が開き、ネムレスは孤児院の中に足を踏み入れた。
「エルマの部屋はあそこだ。僕が扉を開けるから音を立てないように入って」
「ええ」
無事、二人はエルマの部屋に侵入することに成功し、ネムレスは床に敷かれていたカーペットをはがしその下に不老不死になるための魔法陣を書いていった。
一時間かからず作業を終えたネムレスは孤児院を後にし、それを確認したナナシも自分の寝床に戻った。
翌日の夜、孤児院の皆が集まって食堂でご飯を食べていた。
そして食べ始めてから少しして皆は急に眠気を覚えて眠ってしまった。
それをナナシは確認し、全員声が出せないように口に布を詰めて、それを出せないように縄で縛っていった。
ナナシが、全員を縛り終えたところでちょうど皆、目を覚まし始めた。
「うぅ・・・?ん!?んーーー!!?」
「んーーーーーー!!!」
目を覚ました者たち始め状況が分からなかったのだが自分が拘束されていることに気づいて何人かが大声を出そうとするが口に詰められた布と縄がそれを邪魔する。
「やあ……目が覚めたね……」
「ああい!?んー!んん!!」
聞き覚えのある声がしたことに安堵した者たちは声が聞こえた方を見て、その視界に入れたのは、普段、自分たちがかわいがっていたナナシの姿ではなく、虚ろな目で邪笑を浮かべる見たことも無いナニカ、だった。
それは当然ナナシなのだがあまりにも雰囲気が違ったため誰もが認識できなかったのである。
「これから君たちは殺されるんだ……この僕にね」
何を言っているのか拘束された人たちは分からなかった。
分かりたくないと思って理解しないようにした。
「僕にもね、優しさってちゃんとあるからね。一番小さい子から殺そうか」
そう言ってナナシは一人の女の子。
いつもナナシに花のかんむりを作ってあげていたナナシに懐いていた女の子の拘束をほどき、抱き寄せた。
女の子はナナシが言っていたことをよくわかっておらずとにかくナナシが助けてくれたのだと安堵の涙をこぼしてナナシに抱き付いた。
そして……
その女の子はナナシから離れ、その場に崩れ落ち胸部は血で汚れていた。
ナナシの手にはいつの間にか短剣が握られていて、血がぽたぽたと短剣から流れていた。
「いいね……殺されるその瞬間まで僕の事を信じて……何も疑うことなく死んでいった……次はどんな顔を見せてくれるかな?」
ナナシが次の標的を探すように見渡した。
縛られた孤児達は呆然とナナシの事を見ていた。
ナナシがそんなことをするなんてとても信じられなかった。
そしてナナシが次に殺す標的に選んだ段階になってようやく理解し、叫び逃げようとする。
だが、誰も逃げることができなかった。
一人ずつ一人ずつナナシは己の家族だったモノを殺し、壊していった。
最後に残ったのは『お母さん』であるエルマだった。
ナナシはエルマの口を縛っていた縄をほどき布を出してやった。
「ねえ、お母さん。今の気持ちはどう?」
「なんで……こんなことを……ナナシ……あんなに心優しかったあなたがっ……」
拘束を解かれたエルマから出てきたその言葉にナナシは即座に答えた。
「そんなのずっと殺したかったからに決まっているじゃないか。ああ、嫌いだったわけじゃないよ。大好きだった。皆僕の大切な人だったよ……だからずっと壊したかったんだ」
「なっ……!?」
ナナシの答えは到底エルマに理解できるものではなかった。
大好きだった、大切な人だった。
だから殺したい。
そんな考えをエルマは理解できるはずがなかった。
「じゃあね。お母さん、大好きだよ」
ナナシはその言葉と共にエルマの口に布を詰めてから胸に短剣を突き刺した。
最後に殺したエルマの表情は無だった。
絶望でも恐怖でもない自らの知らないナニカに対しての理解を拒んで心を壊してしまった姿だった。
「ああ、最高の気分だ。完全に壊れていたその表情……すごく興奮するよ」
そしてナナシは最後の仕事に取り掛かる。
(ああ、これで僕はずっとこの素晴らしいことをし続けることができる……僕は絶対に生き続けて殺し尽くしてやる!)
そう強く考えながらナナシは自分の心臓を一突きに貫いた。
ナナシは薄れゆく意識の中で生き続けることを考えていた。
生きて生きて生きて生きて、そして人を殺して壊し続けるのだと。
その日壊れ狂った化け物が世界に産み出されてしまった。