11話 平和な時間
ハイレスの街に入った二人は大通りをすたすたと歩いていた。
ナナシたちが入った西側には日用雑貨を取り扱う商店や、料理の店、古着屋など日常生活に深く関わる店が固まっている。
それらの店は殆どが大通りに面して並んでいて大通りからそれる裏道――と言っても狭かったり暗いというわけではない――の先にはこの街に住む人の家であったり、雑貨などを作っているところや料理に使う食材を保管するための倉庫や、解体場などが存在している。
総じて西側の地区は住民にとっては無くてはならないものが揃っているため、人通りも多い。
そんな西地区であるがナナシやネムレスにとっては特に興味を引かれるものもなく横目に何があるのか大雑把に見つつも二人はこの街の中央広場へと向かう。
中央広場まで来ると人もまばらになり動きやすくなる。
また道行く人の中には冒険者の姿もちらほら見られるようになった。
それもそのはずで広場に面した場所に冒険者ギルドがあるからだ。
と言っても今は昼頃であり依頼を受けてる冒険者は街の外にいるはずで、今見かける冒険者は仕事が早く終わったか休みにしてふらついている冒険者のどちらかである。
ナナシたちはそのギルドの扉を開けて中へと入っていった。
時間は昼頃というのもあり中には冒険者の姿はほとんどない。
それを気にすることなくナナシは受付へと歩いていく。
ネムレスはギルド内にある依頼表を適当に眺めて時間を潰していた。
受付には三十を超えたくらいの男性が座っていて近づいてくるナナシを見ていた。
「すいません。これ買い取りお願いします」
「おう」
そう言ってナナシがポケットから取り出したのは指先程度の小さい赤い球。
それが五個ほど受付の台の上に乗せられた。
「これは……へえロックウルフの魔石か。だがここら辺では見ないが……」
「トーレの方から村を経由してくる間に見つけた奴です」
「ああ、なるほど。旅の途中でその様子じゃ素材は置いてきたようだね」
「ええ、嵩張りますからね」
「それにしてもロックウルフを君らが倒したのか。それに魔石の消耗も少ないと言うことはその成りでかなり腕は良いようだね。……ふむ、これほど状態の良いものなら……これくらいだな」
ナナシが出したのは魔石と呼ばれるもので、村からハイレスの街への間で餌を探して徘徊していたロックウルフを実は倒していてその時に得たものだった。
受付がロックウルフの魔石とわかったのは専用の道具がギルドにあるからである。
ロックウルフはDランクのモンスターではあるが、いつも群れで行動しているためCランクの冒険者でも苦戦する相手なのだがナナシとネムレスは旅の暇つぶしに雑談を交わしながら片手間に倒していた。
ネムレスが事前に察知して隠密スキルを利用して倒したのだ。
その際魔石だけ確保してロックウルフの死体は放置した。
魔獣の革などはそれなりに需要のあるものだったがナナシたちは興味がなく、旅の足かせになるため必要なかったのである。
もっとも二人には収納の魔法があるのだから足かせにもならないのだが、結局のところナナシもネムレスもそれほどお金を必要としておらず、魔石分の収入だけで十分であった。
魔石は需要が高く、倒すときに魔獣に暴れさせなければ魔石の消耗が抑えられそれだけ価値が上がる。
ナナシたちに倒されたロックウルフは隠密スキルからの不意打ちの一撃で全て仕留められているためその状態はかなり良く、五個の魔石で一週間は宿と食に困らないぐらいの金となった。
ナナシたちにはその程度の収入だけで十分だ。
いざとなればナナシたちは誰に気づかれることも無く盗めるのだから。
「それとこの街でおすすめの宿とかありませんか?」
「んんそうだな……この時間だともう広場傍の宿屋は全部埋まってるだろうから……ちょいと離れるが大通りを南にちょっと行ったところの右手にある穴熊亭って宿屋が飯もうまいし宿代も安い」
「そうですか。じゃあそこにします。ありがとうございます」
「おう、気にすんな。これも仕事だからな」
口はやや悪いがどこか親しみやすい男性は笑ってナナシに対応する。
その様子にナナシもまんざらでもないようにその男性に親しみのようなものを感じていた。
「よければ名前を教えてもらえませんか?」
「俺の名前をか? そういうのは美人の受付だった時にするもんだと思うんだが……まあいいか。俺はググルドっていうしがないギルドの受付員だ」
「ググルドさんですね。僕はナナシって言います。しばらくはこの街で活動しますのでよろしくお願いします」
「私はネムレス。ナナシのパートナーよ。よろしく、ググルド」
受付の名前を聞き、ナナシも自分の名を紹介したところでいつの間にか横に来ていたネムレスも自己紹介していた。
「ナナシにネムレスか。ロックウルフを相手にしても問題ない期待の冒険者ってわけだな。よろしくな二人とも」
「「はい」」
ググルドも二人の小さな、それでいて実力のある冒険者を見てこれからの活躍を見守りたいと感じていた。
用事も終わり、ナナシたちはギルドから出ていくが、少し笑みを浮かべながらググルドはその背中を見送るのだった。
ギルドから出たナナシたちはぼちぼちの収入を得たのを見ていた他の冒険者に絡まれる、なんてことも無く、ググルドに教えられたとおり南へと向かう。
この時ナナシたちに絡む冒険者がいなかったことはこの街にとって幸運だっただろう。
もし、いれば街の道端に死体が捨て置かれ、街の人々は不安になっていた。
「えっと右手側に……お、穴熊亭って書いてある。ここだね」
「思ったよりは大きい宿ね」
「まあ中央広場の傍ではないとは言っても大通りに面しているからね」
中央広場にあった宿屋に比べればナナシたちの目の前の穴熊亭は小さいと言える。
だが比べればの話であり、穴熊亭も見た目は結構大きく造りもしっかりしているようだ。
ナナシとネムレスは扉を開けて中へと入っていく。
「あ、穴熊亭へようこそ! 食事ですか? それともお泊りですか?」
中へ入るとすぐに掃除をしていたナナシたちと同じぐらいの少女が、ニッコリと笑い大きな声でナナシたちの用向きを尋ねてきた。
その様子から、宿の関係者であると分かる。
「二人部屋を一部屋、食事付きで五泊お願いします。お金はこれで大丈夫ですか?」
「二人部屋を一部屋ですね。お金はそちらで十分です。ではお名前を教えてもらってもいいですか? これに記入しておかないといけないので」
「僕はナナシだよ」
「ネムレス」
「はい、ナナシ様にネムレス様……と。こちらが部屋の鍵とお釣りになります。階段を上って三つ目の部屋になります。ごゆっくり寛いでいってください」
まだまだ遊び盛りの子供であろうにその少女はてきぱきと話を進めてナナシたちは無事宿を確保できた。
そのしっかりした少女の様子にナナシも感心していた。
「そういえば君は? まさか僕らと同じぐらいの君がここの宿主ってわけじゃないんだろう?」
「はい、ここは両親が経営している宿ですよ。私はその娘でヘミナ。今年で十二歳になります。私も仕事を手伝っていますから、年も近いでしょうし、これから話す機会も多くあると思いますので、その時はよろしくお願いしますね!」
「ああ、よろしく」
「よろしく、ヘミナ」
聞いてみればやはりここの娘さんであることが判明したヘミナは楽しそうに笑みを浮かべ二人に挨拶をする。
本当に自分たちと外見上は同じ年齢だというのにしっかりした子だとナナシもネムレスも感心していた。
笑ってこちらを見てるヘミナを背に、ナナシもネムレスも受け取った鍵を持って階段を上がり三つ目の部屋に入っていった。
「この世界の十二歳はあれほどしっかりしているものなのかな」
「うーん少なくとも私が本当に十二歳だった頃よりはしっかりしてると思うけど……私の場合は奴隷だった四年間があったからね。よく分からないわね」
部屋に入りベッドに座るなり、ナナシは先ほど話していたヘミナのことで思っていたことを呟く。
ネムレスが自分の過去と当てはめてみようとするが、如何せん八歳で奴隷にされて社会から隔離された生活をしていたネムレスでは比較するには適していない。
ナナシも自身の前世における十二歳の時はどうだったかと思い出そうとしてみるが自身の十二歳の時のことも、周囲にいた子のこともよく思い出せなかった。
そういえば孤児院の兄弟姉妹たちはどうだったかとナナシは思いを巡らしてみると、兄も姉もしっかりしてはいたがそれよりもやんちゃに走り回っていたことを思い出し、やはりヘミナは他の同世代の子に比べれば遥かにしっかりした子だなとナナシは納得する。
「それにしても、ここに五泊することにしたのは少し驚いたわ」
「ああ、言ってなかったね。ごめん、ごめん。この街はそれなりに大きいからさ。それなりに楽しめるって思ってね」
「そうね。人は多いだろうし人の出入りも盛んなようだし確かに楽しめるかもしれないわね」
ネムレスは、街に入るときにも笑える男が一人いたものね、と今日の事を思い出しニッと笑う。
自分たちに絡んでしまったばかりに死んでしまうことになったあの男の恐怖に引き攣った表情はネムレスにとってもそれなりに面白いものであった。
ナナシもそれに一定の快感を得ていたのだが、短剣を一つ失ったことに対して少しだけもったいないと思っていた。
もっとも、その短剣も盗品であり、ナナシは他にも何本も短剣を持っているばかりか、いつでも武器屋で盗めるものなのでそこまで気にしてはいない。
「そうね。じゃあ、ナナシ、私はちょっと散歩してくるわ」
「ああ、散歩ね。いいんじゃないかな。僕は適当に寛いでるよ」
街で楽しもうと聞いたネムレスは早速散歩して「楽しんでくる」ようで、それをナナシはそれを面白そうに笑って見送った。
ネムレスも最高レベルに届いていないとはいえ闇魔法、隠蔽、隠密のスキルは9とかなり高い。
おまけに気配探知は最高レベルなのだから誰かに見られるヘマもしないだろうとナナシは考えている。
仮に見られて騒ぎになったとしてもその時はその時で、適当に遊んでから何とかしてあげる気でいた。
その程度にはナナシは、ネムレスの事を大切に思っていた。
大切に思っているからこそナナシが不老不死の殺し方を知った時どうするのかはナナシ自身にも分からぬことである。
少しベッドでぼーっとしてからナナシは部屋を出て、自らも時間を潰すことにした。
階段を降りて宿の受付まで行くとヘミナの姿はなく代わりに先ほどはいなかった大柄のスキンヘッドの男が受付に肘をついて暇そうにしていた。
「どうも、もしかしてこの宿の亭主さんですか?」
「ん? おう、お客さんかい。お察しのようにここの宿を経営しているバルムっていうんだ。見覚えがねえってことは女房か娘が受付したんか?」
「はい、今日から五泊ほど泊まるナナシって言います。受け付けはヘミナにしてもらいました」
「そうか。よく寛いでってくれ。っていうかうちの娘に負けないくらいしっかりした子供だな」
ナナシが実際には前世含めて三十五年生きているとしても見た目は十二歳であり、周りの評価は自然と子供の割にしっかりしているという評価になる。
宿屋の主であるバルムもまた、同じ評価をしたようだった。
「あ、そうだ。何か暇を潰せるものとかってないですか?」
「暇つぶしか、それならちょうどいいものがあるぞ」
どこか自慢でも言うようにニヤリとバルムは笑う。
スキンヘッドの大柄な男がニヤリと笑ったその顔は普通に怖いが、ナナシはそれに動じることもなくそのちょうど良いものとやらが気になった。
「へえ、それは一人でも大丈夫なやつですか?」
「おう、一人でもパーティでも皆楽しめること請け合いだ。そこの扉の向こう側に行ってみるといい」
「なにがあるのかな? あ、鍵預かっててもらえますか? もし紅い髪の僕と同じぐらいの女の子が来たらその子に鍵を渡すか僕の居場所を教えておいてください」
「あいよ。たくさん楽しんでくるといい」
バルムが指したのは宿の奥にある部屋だった。
ナナシは礼を言ってネムレスが帰ってきても大丈夫なようにバルムに口添えしてから部屋へと向かう。
「おお……!」
扉を開き中へ入ったナナシは、珍しく目を見開いて驚いた。