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10話 ハイレスの街入り口にて

 村を出たナナシとネムレスは南西方向へ続く道に沿って足を進めていた。

 この道はこの先にある街――ハイレスの街と呼ばれている――とナナシ達が寄った村に繋がる道であり、行商人や税を納める村人が使う程度であるためナナシ達以外に人影は見当たらない。

 基本的にはトーレの街とハイレスの街の間に直通の道があり、商人などはそちらの道を使うからだ。

 たまに野盗を警戒して村を経由する遠回りのルートを選ぶ商人もいるが今のところそういった人の姿はナナシたちの周囲には見当たらない。

 そんな人通りの少ない道をナナシとネムレスはのんびり歩きハイレスの街へと向かっていて、道中の暇つぶしとばかりにネムレスとナナシは雑談を交わしていた。


「それにしてもナナシは直接自分の手で殺すことが好きだと思ってたわ」

「へえ、そんな風に思っていたのか。確かに自分の手で殺して間近に命が消えゆく様を感じるのは好きだけどね。その姿を遠くから眺めるのも同じように大好きなんだよね」

「そうなの。それじゃあ、村でのアレはそういう気分だったってことね」

「ああ、そうさ。あの二人が何かしらの悩みを抱えてるのは一目で分かったからね。人が狂気に堕ちる様は面白い。ちょっと感情を弄ってやればあの通りさ」


 アルバとミーナの凶行。

 あれはもちろんナナシたちが意図して誘導した結果である。

 彼らは相手の手に触れてずっと闇魔法を行使していた。

 その魔法は洗脳魔法とも言われているもので、まずは会話により不満に思っている事などを吐き出させ、負の感情を呼び起こす。

 次にそれを増幅していけば相手は勝手にその感情に沿った考えを取り始める。

 そうして負の感情に支配された相手に対して少し暗示してやれば後はそのまま操ることができるのだ。


 本来ならば意思など無視して完全に操ることも可能なのがこの魔法であり、死霊とは別の、死を恐れない軍団を形成するための魔法だ。

 だが、ナナシたちは感情を呼び起こしそれを増幅する程度に効果を抑えることで彼らの意思を残したままに凶行に走らせたのである。

 そうすることで個人で考え実行するためその行動もナナシたちには予想もつかないものになる。

 そしてそれはナナシたちの娯楽となるのだった。


 ネムレスがこの魔法を使ったのは初めてだったのがナナシにとってはある意味では、初めてではなく、ネムレスに対して使っている。

 だが、それは闇魔法の洗脳を彼女に使ったわけではない。

 ナナシは自らの狂気と会話と誘導によってネムレスを壊し狂わせた。

 それはネムレスが不老不死という存在になって壊れかかっていたことと、ナナシに依存していたからこそできた芸当だったが、それでもナナシは魔法を使わずに魔法と同じことをやって見せたのだった。

 それを可能とするほどにナナシは狂っていたのである。


「ああ、本当にナナシと出会えてよかった。ナナシと出会っていなければあんな殺し方があるなんて考えもしなかったでしょうね」

「そうかな? ネムレスならいずれやっていたと僕は思うな」

「本当にそう思う?」

「もちろん! 君は僕と同じように壊れているんだからね! そしてそんな君だからこそ君と永遠の誓いを交わしたんだ」


 実際にはナナシに出会ったことで彼女は完全に壊されたのだが、すでに壊れている彼女がそれを自覚することは無く、もともと壊れていてそれをナナシが気づかせてくれたのだと本気で思い込んでいた。

 だからこそ自分も似たように洗脳されているとは考えることなく、ナナシと楽しそうに壊すことの喜びを語り合う。

 それは傍から見れば不幸なものかもしれないが、彼女にとっては幸せ以外の何物でもなかった。




「お、見えてきたね。ハイレスの街だ」


 歩き続けていたナナシたちの正面にトーレの街と同じ程度に大きい街の姿が見えてきた。

 その手前には街に隣り合うように大きな川が南北に流れていてナナシたちが歩く街道と街の入り口までの間には巨大な橋が掛かっている。

 また橋の少し前でトーレの街に直接つながってる街道が合流しているから橋の前にちょっとした行列ができていた。


「あそこで行列になってるってことは橋前で身元の確認とかしてるんだろうね」

「まあ冒険者のギルドカードがあるから心配はないでしょうね」


 橋がそのまま街の入り口なっていてこちら側だと橋を渡らなければ街に入ることができない以上は橋の手前で出入りを監視するのは非常に合理的である。

 怪しい人間はそこで弾かれ、川を渡ろうにも川は深く流れも速いためそれも適わない。

 本来ならナナシとネムレスは絶対に街に入れてはいけない、それどころか即座に殺さねばならないような危険人物なのだが、ナナシもネムレスも冒険者であることを証明する正規のギルドカードを持っている。

 例えそれが、正規とは言えない手段によって手に入れたものであっても、確かに所定の方法で作られたギルドカードであることには違いなく、少なくとも表の顔は小さいながらも冒険者として頑張ろうとしている子供そのものである。

 その姿は微笑ましいいものではあっても怪しい人間には見えないのだった。


 そんな第一級の危険人物であるナナシとネムレスは行儀よく街に入るために列に並び自らの番をじっと待っている。

 その様子を見た周りの人は小さい旅人に関心しているようであった。

 そんなナナシとネムレスの後ろに少しくたびれた革鎧を身に着け、背中に斧を携える男がやってきた。


「ああん? なんでガキが並んでんだよ。鬱陶しいなあ」

「あれ? 知らないんですか? 街に入るためには誰でも関係なく並んでちゃんと調べてもらう必要があるんですよ?」


 その男は目の前に並ぶ小さい子供の姿に口悪く文句を言うのだがそれに対してナナシは馬鹿にしたようになぜ並んでいるかを説明する。

 その言葉に男は青筋を立ててナナシを睨んだ。


「ああ? んなことわかってんだよ。お前なめてんのか?」

「え? 僕は分かってないようだから教えてあげただけで、あなたに対して何の興味もありませんからなめてるもなにもないですよ」


 何言ってるんですかあなたは、と付け加えて呆れたように首を振るナナシ。

 それは明らかに男を挑発していて、男はあっさりとその挑発に乗ってしまう。


「お前よほど死にたいらしいな……ああっ!?」

「……猿みたい」


 顔を真っ赤にしてナナシを睨み付ける男を見ていたネムレスが一言そんなことを言った。

 その言葉に同じように並んでいた人たちが、たしかに、と笑いそうになるのを堪えていた。


「ああ!? なんだお前は! ふざけてんのか!」

「ごめんなさい。猿に失礼だったわ」

「このっ!」


 その言葉に男はネムレスを突き飛ばそうとする。

 が、あっさりと躱されて代わりにネムレスの蹴りが男の股間に炸裂した。


「んがっ――!?」


 男は痛みに股間を抑え前かがみに地面に倒れぴくぴくと痙攣しているようだった。

 それを見ていた周りの男の人も思わず顔を青くしていた。

 一方でネムレスの横にいた最初に男のことを挑発していたナナシは何でもないようにニコニコと笑っていた。


「おい! お前たち!」


 そして並んでる中、そんなことをしていれば兵士に目を付けられるのも当然のことだった。

 橋の前で出入りを確認していた兵士の一人がナナシたちのもとにやってきた。


「何を騒いでいる!」

「ごめんなさい、兵士様。この人が突然「ガキがなんで並んでるんだ」って文句をつけてきたんだ」

「ごめんなさい怖くて思わず撃退しちゃったの」


 その通りだ、その男がその子達を怖がらせてたぞと周囲の人もナナシを庇っていた。

 それはナナシたちの姿が庇護欲誘う子供であったのと、面白いものを見せてもらったお礼というのもあった。


「そうか。だが騒ぎを起こすのはダメだ。以後は気を付けろよ」

「はい、ごめんなさい」

「気を付けます」


 それまで怒った顔を見せていた兵士だったが素直に謝る二人の様子に少しだけ表情を緩ませる。

 兵士もまたナナシたちの姿に騙され微笑ましく思っていたのだった。

 そして兵士は緩んだ顔を引き締めて痛みを堪えて震えている男の方を見る。


「それでそこのお前! こんな子供に突っかかるとはいい大人が恥ずかしいと思わないのか!」

「それはこいつらが」

「黙れ! ここから街に入るならだれもが並ぶことになるのは分かっているだろう! それをガキだからなんだと文句言ったのは確かなんだろう!?」


 兵士の言葉に周囲の人も頷く。

 もともと男が文句を言ったのが始まりだったことは間違いないなかった。

 その為男も何も言えずにギリギリと歯ぎしりしながら顔を伏せ、兵士にばれないようにナナシを睨み付けることしかできなかった。


「今回は見逃してやるが次また何か騒ぎを起こしてみろ。ひっ捕らえてやるからな」

「ぐ……」


 兵士はそう言って持ち場に戻っていく。

 そんな兵士に不安そうな表情で頭を下げるナナシとネムレスに兵士はニッと笑って二人の頭を撫で、お前らも気を付けろよと優しく声をかけていた。

 その後は騒ぎを起こすこともなく列に並び、ナナシとネムレスはギルドカードを提示し、問題なしと判断され街に通された。

 ナナシたちを通した後、兵士はあれほど印象に残ることがあったにも関わらず彼らの存在など頭から消えていた。

 ナナシたちのすぐ後ろに並んでいた例の男も同じようにギルドカードを提示するが、何やら色々と書き取られているようで時間がかかっているようだった。


 それでも無事街に入ることを許された男はイライラしながら橋を渡る。

 だが、男は知らなかった。

 自分が絡んだ相手が狂い、壊れていたことを。

 とびきりの危険人物で、決して興味を引いてはいけないような存在だと言うことを。


 男が橋の半ばまできたところで突然、脇腹に鋭い痛みを感じた。


「っつ!? なんだ? ……え?」


 痛み脇腹をのぞき込むと短剣が刺さっていて、出血により服に黒い染みを作っていく。


「うわあ汚い血だなあ」

「――っ!?」


 すぐ後ろから聞こえた声に男はすぐに振り向き斧を構える。

 子供相手にむきになる短気な男だったが男はそれなりに優秀な冒険者だった。

 その為脇腹の痛みを我慢しすぐさま戦闘態勢に入ることができた。


「へえ? 意外と頑張るじゃないか」

「お、おまえ! こんなことしてただで済むと思ってるのか!?」


 そう言いつつ脇腹に刺さった短剣を抜こうとするが、抜けば一気に血が出るかと直前でやめて目の前で子供のような笑顔を浮かべている少年を睨む。

 その少年が先ほど自分が絡んでいた少年だったとすぐに気づいたがその表情から受ける印象はまったく違うものだ。

 そもそも男が少年に絡んだのは彼が生来の子供嫌いだったからで少年の事は生意気なよくいるガキだ程度にしか思っていなかった。

 だが、今男が相対する少年からは生意気なガキではなくただ、楽しいと純粋に笑う無垢な子供のような印象を受ける。

 人を刺しておいてどうしてそんな顔ができるのかと言い知れぬ恐怖を感じるのだった。


「お前……こんな人目に付くとこでこんなことした以上はおしまいだな。ざまあ見やがれ」

「人目? ……ぷふっ……アハハハハハハハハハハハ!!」


 恐怖を感じつつも脇腹の傷が致命傷ではないことを察した男にはある程度の余裕が生まれていた。

 そしてこんなことをしでかした少年は犯罪者として捕まって終わりだと突きつけたのだが返ってきたの反応は大笑いであった。


「何がおかしい!? 何を笑っている!?」

「周りを見てみなよ。ただの一人でも僕の事が見えている人がいるかい?」


 少年の言葉に男は周囲を見渡せば、変なモノでも見るかのような目を自分に向ける人はいても目の前の少年に視線を送る者は誰一人いないようだった。


「な……? なんでみんな俺を見てる!? なぜこいつを見ねえ!? なぜそんな目で俺だけを見るんだ!?」


 男はそう叫ぶ。

 そう叫ぶのだが、反応は芳しくない。


「お、お前さん怪我で混乱しているのだろう。だがそう興奮されると助けようにも助けれん。その斧を下げてくれんか?」


 結局返ってくるのは少年の存在を無視して男の怪我を心配する人のお願いだった。


「何言ってんだよ! 今はそんな場合じゃねえだろ!? こいつが俺を刺したんだぞ!? 無視してんじゃねえよ!!」


 そう叫んでも周囲の人は首を傾げるばかりで男をかわいそうなものでも見るように見つめるばかりだ。


「ね? 僕には人目なんて関係ないんだよ。だって僕はいない( ・ ・ ・ )んだからさ……」

「いない……?」


 どういうことだ? 目の前にどうみてもいるじゃないかと、男は混乱する。

 同時に確かに周囲の人は目の前の少年を見えていないことも確かなようだと混乱する頭で理解する。

 そうなると目の前の存在はなんなんだと考えるが全く分からない。

 そんなわけの分からない少年の存在に一層強い恐怖を感じ体が震えだす。

 ナナシはゆっくり近づいていく。

 一歩、一歩。

 左右に揺れながらゆっくり、ゆっくりと男に近づいていく。


「ひぃ……来るな……! 来るんじゃねえ! この化け物がぁ!」

「お、おい危ないぞ! 止まるんだ」


 男は震えた声をあげながら近づく少年から逃げるように後ずさりしていく。

 その様子に周囲の人が声をあげて止まるように声をかけるのだが男の耳にはまったく届いていないようだった。


 そして、男は後ずさりし続けてついに橋から落ちてしまう。


「あ? あああ――」


 ドポンと川に落ちた音がして水しぶきが上がった。

 この川の流れは早く男は下流である北へと流されていった。

 落ちた衝撃で脇腹に刺さっていた短剣も抜け落ちたため、激流に大量出血が合わさり急速に力が抜けていった男は川から脱することは叶わず、馬車で数刻先の川辺に打ち上げられるまで激流に飲まれ続け死んでいった。


「まったく僕の気を引かなければ長生きできたかもしれないのにね」


 そんな男が流れていった川の流れる先を見ながら少年――ナナシはそう呟いた。

 ナナシがやったことは簡単で、隠密スキルと闇魔法の認識阻害を最大限活用しただけである。

 本気で活用すると人の前に堂々と立ちながらも気づかれることがないその力はさすが神に与えられた力と言ったところか。


「仕方ないわよ。ナナシはとっても魅力的な男だもの」

「男に好かれる趣味は無いなあ」


 いつの間にかナナシの横にいたネムレスがそう言うが、ナナシはさすがに苦笑してしまう。

 二人は仲良く手を繋いで橋を歩き、街へと入っていった。


 もちろん、二人を見て認識するものは誰一人いなかった。

今回は緩急をつけるためにもコミカルちっくになるように意識して書いてみました。

なぜか人が死にました。

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