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1話 出会い

 プレーホスと呼ばれる世界。

 そこは魔法があって魔物がいて冒険がある世界である。

 その世界には四つの大陸があり、その大陸の一つがベルサリア大陸と呼ばれ、その大陸にはヘイグラント王国という名の国があった。

 諸外国との関係は良好で戦争の影もない平和で過ごしやすい国だ。

 その国の王都と国の北端とのちょうど中間にはトーレの街というそれなりに大きい街があった。

 その街にある、国がお金をだして維持している孤児院で生きている一人の少年がいた。

 少年は今、十二歳でいつも一生懸命に孤児院の手伝いをしていて、同じ孤児院の家族からは、下の子達からは頼りになるお兄ちゃん。

 上の子からはとてもよく働くかわいい弟として皆に愛されていた。


「ナナシにいちゃん! これ、あげる!」

「んん? ありがとう、とてもうれしいよ」


 ナナシと呼ばれるその少年はまだ幼い女の子から花で作られたかんむりを貰い、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて女の子の頭を軽く撫でた。

 女の子は嫌がることなく、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべて撫でられるままにしていた。


「おーいナナシー、手伝って欲しいことがあるからちょっと来てちょうだい」


 女の子の頭を撫でていたナナシはその声に手を止める。

 女の子は残念そうな顔をしていたが、その声を聴いて仕方がないなと部屋から出ていった。

 ナナシは部屋から出ていく女の子を見て、相変わらず物わかりのいい子だと苦笑していた。

 そんな女の子の厚意を無為にしないため、ナナシは自身を呼ぶ声に応えた。


「はーい、今行くよ」


 ナナシを呼んだ声の主はこの孤児院の『お母さん』だ。

 『お母さん』はいつも優しくて、孤児院の子供達はナナシを含めて全員が『お母さん』が大好きだった。

 そんな大好きな『お母さん』に手伝ってほしいと言われれば、ナナシには断るという選択肢はあり得なかった。

 ナナシが『お母さん』のもとまで行くと今日の晩御飯を用意していて忙しそうだった。


「お母さん、何を手伝えばいいの? 皮むき?」

「ありがとう、ナナシ。うっかりしてて、塩がないのを忘れててねえ。ちょっとアイナのところに行って買ってきてほしいのよ」

「うん、わかった! すぐに買ってくるよ!」


 ナナシは『お母さん』からのお願いを快諾し、塩を買うお金を受け取って孤児院の外へと出ていった。

 外はまだ明るく、孤児院は大通りの傍にあり多くの人の目があり、孤児院の子供が一人で出歩いても大きな危険はないため、誰も気にしない。

 それにナナシはしっかり者の子供として少しばかり近所で有名だった。


 ナナシは大通りを歩き、「アイナの雑貨屋」と書かれた店の前まで辿りつき、店の扉を開けてその中へと入っていった。


「おや、こんな時間にお客さんかい? ……ああ、ナナシの坊主じゃないか」

「アイナさん、塩をください」


 店に入ったナナシを出迎えてくれたのはこの店の店主であるアイナであった。

 アイナは少し太った気のいいおばさんでナナシもアイナの事は嫌いではなかった。

 アイナは店に来たかわいい坊主を見て顔を綻ばせる。

 アイナにとってもナナシはかわいい息子のような存在のようだった。


「おやおや、まったくエルマの奴はまた忘れてたんだねえ」

「うん、でも僕がこうやっていつでも手伝うから大丈夫だよ!」

「ふふ、ナナシは偉いねえ。たまにはエルマを叱ってやりなさいな」

「お、お母さんを叱るだなんて無理だよ……」


 ナナシは『お母さん』である、エルマを叱れと言われて困ったように眉間にしわを寄せるがアイナはそれを見て冗談だよと笑う。

 ナナシも冗談と言われて安心したようにほっと息を吐いていた。


「もう! アイナさん、僕だって怒るんですからね!」

「はいはい、悪かったよナナシ。お詫びに少しおまけつけておくから許しておくれ」


 ナナシのまったく怖くない怒り顔を見て苦笑しつつアイナはお詫びに少し多めの塩をナナシに渡し、ナナシはエルマから預かっていたお金をアイナへ差し出した。


「へへっ、うまくいった」

「あ、今のは演技だったのかい! これは騙されたね」

「ははっ、お塩ありがとうアイナさん!」


 アイナが少し怒ったように声を張り上げるが、ナナシはすばやく店から出てからお礼の言葉を残していった。

 アイナももちろん本気で怒っていたわけでもなく、すぐに表情を緩めてナナシが出ていった扉を眺めていた。




 ナナシは塩を入手して孤児院へと帰る途中、一人の少女の姿を見つけた。

 その少女は紅い髪を肩のあたりで切り揃えていて、かわいらしくも素朴なワンピースを着ていて、ナナシには自分と同じぐらいの歳の子に見えた。

 少女はどうやら一人で歩き回っているようだが周囲に親らしき影はなく、少女の様子も迷子ではなく自分の意志で歩き回っているだけのようだった。


 ふと、その少女は通りに並ぶ屋台の一つに足を止めその店主と何か話をし始めた。

 ナナシはなんとなくその少女の事が気になって、バレないようにその少女を観察し始めた。

 大通りを歩く人の流れに紛れたり、ごく普通の子供のように振舞って屋台のものを見まわしながらもナナシは少女へと近づきどんな話をしているのかも確かめられるようにしていた。

 その時、周囲の人はナナシの事を気にもしなければ認識すらしていないようだった。

 やがてナナシは少女と店主の声が聞こえる位置まで接近し聞き耳を立てた。


「へえそうなの……じゃあこれとこれを一本ずつお願いね」

「あいよ、毎度あり。って嬢ちゃんもしかして一人か?」

「ええ、そうよ」

「最近はこの街もすこし物騒だからなあ、気をつけろよ」

「あら、物騒って何かあったの?」

「ちょいとばかり人殺しがいるようでなあ。おっと、こんなこと子供に言うことじゃなかったな。とにかくさっさと家に帰るこった」


 見た目と違いどこか大人びた調子で話す少女を屋台の店主は心配して忠告しているようだった。

 最近この街で人が殺され、それを行った者も捕まっていない噂はナナシの耳にも入ってくることだった。

 だが少女は知らなかったということから最近街に来たかよほど情報に疎いらしいとナナシは考える。

 この街で起きている事をこの少女は何も知らないことを察したナナシはある事を決めた。




 数日後の深夜。

 ナナシはとある宿屋の裏路地へと来ていた。

 数日をかけてナナシは少女のことを調べ、ここで寝泊まりしていることを突き止めていたのである。

 ナナシは、もはや子供らしさなど微塵も感じさせない真剣な表情で、宿屋の二階端の部屋の窓を見つめている。

 ナナシが見ている部屋には今、紅い髪のナナシと同じくらいの少女が眠っているはずだ。

 ナナシは音もなく宿の壁を駆け上がるとその窓の縁へと手をかけ、すぐに窓を開けて中へと侵入していった。

 これが一目惚れした相手に夜這いをかけるといったことであれば、まだある意味微笑ましい光景だったかもしれない。

 だが、ナナシは夜這いしに来たわけではなかった。

 ナナシの手には短剣が握られている。

 その短剣は孤児院で生活している中では手に入らないような上等なものだが、ナナシは武器屋に盗みに入ってこれを手に入れていた。

 その上等で切れ味のいい短剣をナナシは少女の胸へと深々と突き刺した。


 少女は胸に感じる激しい痛みで目を覚ますと目の前には少女の見知らぬ少年の顔があった。

 そして次に自分の胸にナイフが深々と刺さっていることを少女は確認し、間もなく死んでしまうことを悟る。


「すごいね……泣き叫んだり暴れたりしないんだ……僕はナナシ。それが君を殺した者の名前だ……死んだあとに好きなだけ恨んでね」


 薄れゆく意識の中でそんな声を少女は聞いていた。

 最後に見た少年の顔は笑っていた。

 まるで純粋で無垢な子供のように満面の笑みだった。


 ナナシは少女を殺したことである種の快感を感じていた。

 孤児院では心優しく皆に愛される少年。

 しかし、この姿こそがナナシの本性である。

 ナナシは人を殺し、壊すことに喜びを、快感を見出す快楽殺人者であった。

 心優しい姿など、より長く人を殺すための隠れ蓑でしかなかった。

 ナナシは少女を殺して快感を感じ、満面の笑みを浮かべている。

 その笑みは、純粋な子供のような笑顔だった。

 人を殺してそんな表情をできるナナシはだからこそ壊れていて、狂っていた。


 だがナナシはその本性を誰にも悟らせない。

 ナナシはその後、誰に気づかれることもなく孤児院へと戻り充足感を感じながら眠りについた。





 それから数日経ったのだが、ナナシは困惑していた。

 宿屋で死んだ少女の噂が街でまったく流れていなかったからだ。

 ナナシは確かに少女を殺して、死んだのもちゃんと確認していたのに噂が流れないのはおかしいと思っていた。

 そんな風に悩んでいる中、孤児院にある人物が訪れる。

 その人物はナナシに会いたいという話で、孤児院の『お母さん』であるエルマはナナシを呼びその人物と合わせた。

 ナナシはエルマに呼ばれて孤児院の出入り口へと向かうと、そこにいたのは思わぬ人物に目を見開く。


「おはよう、ナナシ。また一緒に遊びたくて呼びに来ちゃった」

「え……」


 ナナシに会いたいという人物。

 それはナナシがあの夜に殺した紅い髪の少女だった。


 死んだ人間が生き返って自分に会いに来たことに内心ひどく動揺したナナシだったが彼は大きく取り乱さなかった。

 ほんの少しだけ慌てた様子を見せるナナシにエルマも珍しいなと微笑んでいた。


「あ、うん。ねえお母さん遊んできちゃだめかな?」

「ああ、いいよ。かわいい女の子の誘いを断らせるわけにもいかないからね」

「うんありがとう! さ、行こ」

「ええ行きましょう、ナナシ」


 ニヤニヤと笑いながら遊びの許可を出したエルマを尻目に、ナナシは自身が殺した少女の手を掴んでそそくさと孤児院を後にした。

 少女はなにか面白そうに笑みを浮かべて手を引かれるままについていった。




 街を歩き、広場にでて、そこにあるベンチに座ると、周囲に聞き耳を立てているような人がいないことを確認してからナナシは口を開いた。


「えっと、まずは名前を教えてくれるかな?」

「あら、そういえば一方的にあなたが紹介してくれただけで私は紹介していなかったわね。私はネムレス。あなたに殺されてしまったかわいそうな女の子よ」


 ネムレスと名乗った少女はナナシに殺されたとはっきり告げた。

 その言葉にナナシは確かにこの少女はあの夜殺した少女なのだと理解した。

 だが、殺したはずの女の子がなぜ?という疑問がある。


「僕は確かにネムレスを殺したと思うけど?」

「ええ、殺されたわね」

「君は……死んでいるのか?」


 それはつまりネムレスがアンデッドの類ではないかという意味の質問だった。


「いいえ、私は確かに生きているわ」


 だが、ネムレスはそれを否定し確かに生きていると答えた。

 その時のネムレスはどこか楽しそうであった。

 ナナシは少し考えて別の可能性を口に出した。


「じゃあ、もしかして君は不死の存在なのか?」

「あら、惜しいわね。正しくは不老不死の存在よ」

「不老不死……そっか、そんな存在が既にいるなんて、失敗したなあ」

「あら? 信じてくれるの?」


 ネムレスは不思議に思った。

 どうしてナナシはそんなにあっさりと不老不死ということを信じるのかと。


「だって僕は確かに君を殺したんだ。僕にミスはなかった。それなのに君はここにいてアンデッドのようにも見えないんだからね。実際に目にしたのなら大抵のことは信じるよ。不老不死というものがあることは知っていたしね」

「そう、あなたもなかなか変わった人ね」


 知っていたとは不思議なことを、とネムレスは思う。

 だがこの少年はどうやら本気であり、また自身がその不老不死だと信じてくれているらしい。

 ネムレスはナナシに対してより強い興味を抱いた。


「それで、ネムレス。いつ僕を殺すんだい?」

「え?」

「僕は君を殺した。君は生き返ってここにいるけど、それでも殺した事実は残るだろう? それなら僕が憎いはずだ。だから僕を殺すだろう?」


 ナナシは一切の恐れも感じていないように自然体のままそういった。

 ナナシは自身が殺されることを疑っていない。

 自分がそうしたのだから当然相手が生きていれば同じように自分を殺すだろうと。

 そしてそれもいいなと思っていた。

 どのように殺されるのか楽しみですらある。


 そんなナナシを見てネムレスは思わず大笑いしてしまう。

 ただ快楽のために自分を殺した彼は、彼自身が殺されても同じように快楽を得るらしい。

 狂っている。

 ネムレスはそう思った。


「ふふっ、ナナシ、私はあなたを殺さない。ますますあなたに興味が出てきたわ。いいえ、これはもうあなたに惚れたというべきね」

「僕に惚れた? 君、頭おかしいんじゃないか? 僕は君を殺したんだよ?」


 ナナシは心のそこからそう思った。

 このネムレスという少女はおかしいと。

 だが、そのおかしい少女に親近感が湧いてナナシもまた少女に並々ならぬ興味を抱き始めていた。


「そう、あなたは私を殺して快楽を得ていた。狂っていて壊れているあなた。とっても素敵だわ。それにこの私が死ぬ直前までまったく気づかなかったというのも高評価ね。あなたって本当に最高よ」

「なんだいそれ。君も大概おかしいよ。君の方こそ狂っているね」


 互いに互いを狂っていると言いあう二人。

 そしてそれはどちらも間違っていなかった。

 快楽殺人者のナナシ。

 そのナナシに殺されてその異常性に惚れたと言う不老不死のネムレス。

 どちらも狂人で、どこか似た者同士な二人は互いに惹かれあいその心の距離を急激に縮めていた。


 そしてネムレスはあることをナナシに提示する。


「ねえ、ナナシ。あなた不老不死に興味はなあい?」


ナナシ:そのまま名無しから。

ネムレス:Nameless ネームレス ネムレス

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