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陸番

前は戦闘ばかり書いててくどいと思いましたが。ないならないでなんか寂しいです。


 アメリアは人間を、分かりやすく三種類に大別している。

 組織の兵器であった頃は、“殺す者”“殺してはいけない者”“殺していい者”の三種類だった。“殺す者”は、言わずもがな任務のターゲットである。これに指定された者を、アメリアは一人残らず(こわ)してきた。“殺してはいけない者”は、組織における上司とその上司に特別に指定された人間のことだ。これは極めて少数であり、任務においてここに分類されたのは零、あるいは多くとも一人二人程度のものだった。そしてそれ以外の人間は全て“殺していい者”に分類される。全てに優先されるのはターゲットの命であり、それ以外は二の次三の次に回されるのだ。例え一人を殺すのに百人を殺す必要があったとしても、その百人が“殺していい者”ならば躊躇わず虐殺が実行される。その辺り、組織の力の強大さを物語っていると言ってもいい。


 とは言え、アメリアは決してただの兵器でも、ましてや殺人鬼でもなかった。元々組織がアメリアに求めたのは、汎用性だった。例え組織に対して従順であっても、融通や応用が効かなくては優秀な兵器とは言えない。例え命令をこなしたとしても、命令外のところで組織に対して不利益を被るようであれば、その兵器に貼られるレッテルは“役立たず”である。『命令されなかったからやらなかった。組織への迷惑は考えなかった』。自分で思考しない兵器とは、あまりにも使い勝手が悪いものなのだ。故に、その改善としてアメリアは作られた。


 アメリアに強く施されたのは、組織への絶対服従と常識の植え付けだった。それまでは兵器に常識は不要と、組織への利になることばかりの育成が行われきていたが、その結果が前述のものであったためにならばと逆の発想が取り入れられた。

 それは、兵器に常人の価値観を持たせることだった。

 その方針には大きな危険も伴うために、それまでは見送られていた。常人の価値観を持たせる、ようは視野を広く持たせるということは、組織への離反に繋がりかねない。そんな懸念だ。とは言え、その問題は常識を情感を伴わず機械的に頭に刷り込むことと、組織への忠誠を徹底することによって解決された。常人の価値観と、兵器としての意識を別のものとして切り離したのだ。

 結果的に出来上がったのは、組織に命令を与えられれば自身で最適の道筋を選択し、十全以上の成果を上げる思考し遂行する兵器。先駆けのテストケースでありながら、アメリアは組織の最高傑作となったのだ。



 しかし、その組織があっさりとアメリアに暇を与えたことで、その基盤は揺らいだ。アメリアがそれまで分類してきた三種類のうち二つ、“殺す者”“殺してはいけない者”がなくなってしまい、全ての人間が“殺していい者”になってしまったのだ。

 それまでは、多大な量の“殺していい者”から任務に差し障る“殺していい者”だけを己が思考で選別してきた。それだけでよかったのだ。が、その選別基準となるはずの、組織の命令はもう未来永劫存在しなくなった。アメリアは組織に最後に貰った、「自分のために生きろ」という道標を曲解しながら、急激に増加した処理すべき情報量に翻弄され、思考を暴走させていた。

 しかし、組織の兵器としての存在意義を失っても、アメリアにはまだ兵器としての意識と、そして常人の価値観が残されていた。

 アメリアの頭は失った人間の種別を、常人の価値観を選別基準に“殺していい者”を分ける形で復活させ、そして兵器としての意識を元に成すべきことを決定した。


 そうして、前世のアメリアは自分で自分を使い、“殺した方が良い者”を(こわ)して回ったのだ。




 今世のアメリアも、兵器としての意識を消し人間としての意識を手に入れたものの、人間の分類法は変わってはいない。

 アメリアにとって人間は、 “殺した方が良い者”、“殺さない方が良い者”、そして“自分”の三種類。常人の価値観を残しながら、その精神構造は未だに機械のままだった。

 ……アメリアは自分が助けた女性達を温度のない目で見つめながら、今は“殺さない方が良い者”に傾いている天秤をゆらゆらと動かしていた。







「――なるほど。そんなことがあったのですね」


 街へと向かう馬車の中で、アメリアはクローディアとヒルダから事の次第を聞き出していた。

 馬車は元々ヒルダ達の商隊が使っていたもので、盗賊達は売るつもりだったのか使うつもりだったのか、砦に安置されていた。アメリア達はその馬車を馬に引かせ、移動手段としたのだ。クローディアが先に馬で早駆けし街から救援を呼ぶという手も挙げられたが、姉妹は言わずもがなヒルダとソルニアも非戦闘員に分類される。クローディアがいない状態で襲われれば、相手が下級の魔物であってもひとたまりもない、ということやその他の理由で早々に棄却された。


「あぁ。冒険者と言えど、その人柄は十人十色。品行方正な者もいれば粗暴な者、悪辣な者もいることは私も理解していたつもりだったが……」

「冒険者ギルドも、万能じゃあないものね。特に、冒険者が増えてるのに対してギルド職員の方は随分前から横這い傾向にあるらしいわ。あまり気にしてなかったけれど、このままじゃギルド自体の信頼失墜も免れないわね」


 商隊の護衛の冒険者達が潰滅した原因には、盗賊団の戦力が予想以上に高かったということもある。しかし、冒険者の裏切りもまた大きな要因の一つだ。移動ルート、タイミング、護衛の数に護衛の質。それらの情報が筒抜けになるだけで、法の届かない街の外は死地と化す。その上、味方と思っていた者達に後ろから切りつけられるのだ。クローディア自身、その実力は現ランク以上のものがあったが、それを発揮する前にほとんど無力化されてしまった。

努めて冷静にギルドの現状を語るヒルダの声には、隠し切れない怒りが含まれている。友人が無惨に殺されたのだから、その怒りも至極当然のものだった。


「奴らは、砦の方には来なかったはずだ。どこに行ったと思う?」


 クローディアの言う“奴ら”が、裏切った冒険者達であることを言われずとも理解しながら、ヒルダが答える。


「十中八九、街に、ウォルダムに戻ってるでしょうね。依頼失敗の報を携えて」

「そのまま逃亡した可能性は?」

「無いと思うわ。それなら、そもそも盗賊連中と別れるメリットがない。盗賊を信用していなかったのかもしれないけれど、それならわざわざ護衛の中に潜り込む危険を犯すとは思えない。少しの情報を流すだけに留めたはずよ」


 裏切った冒険者達のランクは、一端の冒険者を名乗れるCランク。S、A~Fの七段階で分けられる冒険者の中で、丁度中間に当たる。わざわざそのランクまで上がってきた以上、その身分をそうあっさり捨てるとは考えにくい。

 因みに、クローディアのランクはD。護衛依頼に携われるのは基本的にCランクからだが、それまでの実績によってはDでもその許可は下りる。


「しかし、護衛依頼は人命に関わるもの。依頼失敗のペナルティは相当なものになるのではありませんか?」


 そこで、アメリアが口を挟む。ヒルダはそれに頷きながら言った。


「ええ。通常の失敗なら罰金程度で済むのだけど。護衛依頼の場合はそれに加えて、降格や、それ以降の依頼達成報酬がペナルティとしていくらか差し引かれることになるわ。日銭を稼ぐ冒険者には、致命的よね」

「それでも、彼らは街に戻っていると?」

「そうよ。ペナルティを受けようと、これから盗賊として生きるのに比べたら、マシって場合もあるわ。……だから、ペナルティを軽減させようとするんじゃないかしら」

「どうやってだ?」

「裏切り者を、捏造するのよ」

「……?」


 頭を働かせるよりも身体を動かす方が得意なクローディアは、ヒルダの言わんとしていることが分からないのか首を傾げている。ヒルダはそんなクローディアに苦笑を浮かべ、言葉を続けた。


「奴らは、護衛団に裏切り者がいたことを、ギルドに報告するかも知れないのよ。勿論、自分達じゃない、適当に見繕った他の護衛を偽の裏切り者として、ね」

「ま、まさか! そんなことをしても……」

「すぐバレる? どうかしらね。ギルドも人手不足でしょうし、証人は奴ら以外に誰一人いないのよ。商隊の皆はやられてしまったし、私達も、仮に生きていたとしてももう二度と表舞台に立つことはないはずだったのだもの」

「くっ……なんてことだ……。無念のまま死んだ仲間達が、卑怯者共に汚名を着せられようとはっ」

「あくまで推測よ、決めつけないで。……まあ、可能性は高そうだけれどね」

「そうなりますと、貴女達が生きていることが知れれば、その方々に狙われかねません」

「大丈夫。街中じゃ手は出せないでしょうし、そもそも出くわす前にギルドに行けばいいんだわ。護衛として雇われていたクローディアだけだったら、まずかったかもしれないけど。護衛対象だった私達がいるんだもの、揉め事になっても、私達が勝つわ」

「どうして私だけじゃ駄目なんだ?」

「どうしてって……貴女が偽の裏切り者にされてたら、かなりマズイじゃない……最終的に勝てたとしても、後手に回るのは致命的よ」


 アメリアはまだ話を続けている二人から視線を外すと、御者台で馬車を動かしているソルニアの方を見た。正確には、ソルニアの肩越しにその向こうの景色を、街の方角をだ。


(思ったより、面倒なことになっているようだな)


 盗賊を見つけた時の当初の計画は、盗賊の棲家を襲い必要な物を奪う程度のものだった。事実今身に着けている、少々汚らしいローブや、そのローブに下に着ているぶかぶかの服、また隠すように背中に背負っている小さな背嚢も、全て盗賊のいた砦にあったものだ。

 しかし、途中でこちらが楽だと思い転換した計画は、予想以上に面倒な厄介事をはらんでいたらしい。クローディアの巻き添えを食って取り調べを受けることは、アメリアにとってはどうしても避けたいことだった。


「ところで君、自己紹介がまだだったな」


 と、そこでアメリアの思考を、その当人クローディアが遮る。アメリアが視線を戻すと、クローディアと話していたヒルダもアメリアを見ていた。


「では、私から名乗らせてもらおう。私の名は、クローディア・アーベントロート。冒険者をしている。因みに、ランクはDだ。……護衛依頼を無事終えたら、Cに昇格するはずだったのだがな」


 胸を張って名乗りを上げた後、肩を落とすクローディア。そんなクローディアの肩をぽんぽん叩きながら、今度はヒルダが口を開く。


「私はヒルダ。しがない、駆け出し見習い商人よ。……見通しが立ってきたところを、あのクズ共にぶち壊されちゃったけどね」


 最後は憎々しげに紹介を締めながら、更に他の三人の紹介を続ける。


「御者台にいるのが、ソルニア。私も彼女のことはあまり知らないのだけど、結構苦労してきたみたい。それからそっちの二人も話せる様な状態じゃないから、私から紹介させてもらうわ。姉の方がマルグリット、妹の方がアネット。私の知り合いの商人の家族、だったんだけどね……。それで、あなたは?」

「私はメリーと言います。しがない旅人をしております、よろしくお願いします」


 水精霊シャーリーにも使った偽名を名乗り、アメリアは慇懃に頭を下げた。因みに、アメリアの捏造した裏設定は旅人を騙る貴族の家出娘で、奇しくもクローディアの一度した推測と同様のものだった。


「旅人って、その歳でか? 全く、世知辛いなこの国は」

「あら、別に珍しくはないわよ。親が死んだとか行方不明だとか、捨てられただとか。大人に頼らず生きようとする子供は、探せばいくらでもいるわ。あなたはまだあまり見たことがないのかもしれないけど」

「ぐ……」

「それより、あなた、メリーちゃんはどうしてあんな所にいたの? あの砦は街道からは随分外れてたはずなのに。仮に遠目で見つけたとしても、随分昔に廃棄されたような廃砦、普通近づこうとは思わないわ」


 ヒルダ達にとって、アメリアは牢から出してくれた恩人だ。しかし、それ以上にアメリアの存在は不可解だった。ヒルダ達のように盗賊に連れて来られたわけでもなく、迷いこむような場所でもない。にも関わらず、アメリアは盗賊達の消失と前後する絶妙なタイミングで地下牢に現れた。ヒルダは別にアメリアが怪現象に関わっているなどと、突拍子もない事を疑っているわけではなかったが、腑に落ちないものを彼女はアメリアに感じていた。


「どうして、と言われましても。好奇心としか。私、あのような建物は初めて見たのです。色褪せた外壁に、崩れた場所から見えた骨組み。空は明るいのに、建物を覆う薄暗い何か。外は素敵ですね。様々な魅力的なもので溢れています」


 演じるのは、世間知らずの箱入り娘だ。どこか危機感が足りていないように見せつけるのがミソだ。

 実際、ヒルダはアメリアの言葉を聞いて眉間を抑えながら小さく呟いた。


「……全く。これだから貴族ってのは……」


 ヒルダはアメリアに聞かせるつもりはなかったようだが、百メートル先に落ちた針の音も本気で聞き分けるアメリアには、残念ながらつぶさに聞き取られていた。とは言え、アメリアは聞こえないふりで脳天気な笑みを口元に浮かべていたままだったが。


「ま、まぁまぁ……実際、私達はこの子の好奇心に助けられたことになる。今はそれに感謝しなければならないんじゃないか?」

「分かってるわよ。ありがとうね、私達をあそこから出してくれて」


 些か耳が痛いと顔を引きつらせながらクローディアがヒルダを嗜め、ヒルダは肩をすくめてそれに応じる。商隊にいた時は大して接点のない二人だったが、極点状態を共に過ごしたためか、掛け合いには気を許した友に対するような気安さがあった。


「いえいえ。お役に立てたようで、何よりです」


 気にした風もなく、真実心の底からどうでもいいと感じているアメリアは、ひらりと白い手を振った。

 緩んだ空気が、三人の間に流れる。砦から脱出し、馬車に揺られてここまで、馬車の中はどこか緊張したままだったが、交わされた会話がそれを少しだけ緩和していた。

 しかし、その時馬車の中に響いた消え入りそうなか細い声が、張り詰めた空気を引き戻した。


「……ぅ……ぁ……」

「お姉ちゃん!」

『!』


 虚ろな目をしたまま毛布に包まれて大人しくクローディアに抱えられ、馬車に運び込まれていた姉妹の姉、マルグリットが、初めて声を漏らしたのだ。虚空を見つめ続ける姉にしがみつき泣きじゃくっていたアネットが、叫ぶように姉を呼ぶ。クローディアやヒルダも心配そうな表情はしていたが、ようやく反応を見せたマルグリットにどこか安堵した風でもあった。


「……」


 が、当のマルグリットは自分を大声で呼ぶ妹を気にする様子はなく、暗い光を湛えた瞳をふらふらと彷徨わせていた。まるで、何かを探すように。


「……!」

「?」


 そうして、マルグリットはある一点で彷徨う視線を止めた。

 その視線の先にいたのは――怪訝な表情を浮かべたアメリアである。


「……あ……」

「どうかしましたか? 私に、何か?」


 毛布の裾から震える手が持ち上げられ、まるで、何かに縋るかのようにその手はアメリアに向かって差し伸べられる。


「……」


 しかし、瞼が閉じられるとともにその手も、パタリと下に落ちた。


「お姉ちゃん!?」

「大丈夫よ、気を失っただけだわ」


 狼狽えるアネットを、ヒルダが宥める。それまで、意識を残しながら心ここにあらずだったマルグリットが、ようやく休もうとしているのだ。


「私が、どうかしたのでしょうか?」

「さあな。もしや、以前会ったことがあるのでは? いや、それこそまさか、だが」


 翻って、アメリアの方はマルグリットのよく分からない行動に首を傾げていた。アメリアの独り言が唯一聞こえていたクローディアにも勿論、それはあずかり知らぬことである。


「……ありませんね。そも、私の周りにはあまり同年代の娘はいませんでしたし」

「そうか……」


 クローディア自身、箱入り娘然としているアメリアと、商人の娘のマルグリットとの接点などはあまり想定してはいなかった。豪商ならばともかく、マルグリットの親は精々商会に属する程度の、一介の商人だったらしいのだ。

 様々な疑問を内に内包しながら、一行の馬車は駆け足で街、ウォルダムへと歩を進めていった。



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