伍番
前話投稿日、9月21日。 …(゜Д゜ )…もう?
遅くなってすみません。今回は特にグロ注意です。
170前後の身長を持つクローディアからしてみれば、一回りも二回りも小さいその子供は、この局面にはあまりにも不釣り合いだった。
この地下牢に来るためには、少なくとも盗賊達が宴でも開いているであろう大広間を通らなければならない。連中に見つからずに外にでること、あるいは入ってくることは、ほぼ不可能だ。窓一つ無い石壁を外から正確に破壊出来るのならその限りではないだろうが、どうせその場合でも音で気づかれる。
にも関わらず、その少女は地下牢への扉を開きここにいる。
着ているローブはぼろぼろで、フードからかいま見える輝くような金髪や、袖から覗く白魚のような繊手とはあまりにもそぐわない。まるで、家出した高位貴族の娘が拾った布切れでもかぶっているかのようだ。
(いや、あるいは本当にそうなのかもしれない。家出貴族という点では、私も人のことは言えないからな)
今ではご覧の有様だが、仮にも貴族として育ってきた身。怪しげな子供のちょっとした仕草から、少なくとも最低限の淑女教育を受けていることは見て取れた。
(! そうか……)
この国の貴族であるのなら、基本的に魔法を使うことが出来る。魔法の才を持たず、剣に執心していたクローディアですら、ある程度の魔法は扱うことが出来るのだ。見たところ、子供は剣の類を修めているようには見えない。手はフォークより重いものを持ったことがないように儚げであるし、武器を携行しているようにも見えない。仮に隠し持っていたとしても、護身用の懐剣が精々だろう。
ならば、この子供は何らかの穏身の魔法を使って入ってきたと考えるのが妥当。……何故こんなところに来たのかという疑問は残るが、連れて行かれた三人のうちの誰かが何とか逃げ出し、藁にもすがる思いで助けを求めたのが彼女だった、という可能性も、ある、かも、知れない。
が、もしもそうであるならば、そんな考察をしている暇はない。
クローディアは肢体を隠すことも忘れ、鉄格子を掴んで子供に声をかけた。
「い、いる。ここにいる。すまない、君が誰かは知らないが、なんとか私達をここから出してくれないか。できるだけ早く。奴らに気づかれる前に」
「承りました」
「は?」
子供はあっさりと頷き、反対にクローディアは呆気にとられる。扉を押し開け、入ってきた子供の手には鍵束が握られていたのだ。小さくちゃりちゃりと音を立てていたために、その存在はすぐに知れた。
「ど、どうしたんだ。その鍵は。鍵は、奴らが持っているんじゃ」
「外の、鍵かけに引っ掛けられておりました。こんな事もあろうかと、お借りしてきていて幸いでした。さぁどうぞ。開きましたよ」
子供の手によって、堅牢な鉄格子が事も無げに開かれる。絶望に閉ざされた道に飄々と差し込んできた光に、クローディアはしばし思考を停止させた。
「……とにかく、出ましょう」
そう言って立ち上がったのは、幼い少女のそばにいた女性だった。彼女はクローディアの護衛していた商隊の人間で、姉妹の両親に近しい関係にあった。名はヒルダ・ノール。生まれ故郷の農村から独り立ちし、商業で身を立て始めたところに運悪く盗賊にかち合ったのである。
彼女自身少女に気遣う余裕がないほどに憔悴していたが、救いの手が差し伸べられたことで生来の気丈さが再び持ち上がってきていた。
「あ、あぁ……」
思考停止から戻ったクローディアを先頭に、少女を抱いてヒルダが、そして最後の一人が牢を出た。
牢の中と変わらぬ冷たい石畳の感触が剥き出しの足を苛んではいたが、牢から出た開放感に暗鬱としていた空気は払拭されてゆく。
「それで、これからどうするの?」
少し持ち上がった気分の中、ヒルダが口を開く。淀んでいた眼の奥は先刻まではなかった光が確かに灯っており、現状に希望を持っていることは明らかだった。
しかし、クローディアは未だ楽観視はしていなかった。今の自分たちの装備はゼロ、武器がなければ女の細腕でできることは限られている。助けに来たローブの少女も、その儚い雰囲気や、上から騒ぎが聞こえなかったことを考えると、荒事の類は出来そうにない。加えて敵は多数な上に、ここは朽ちたとはいえ未だ堅牢な砦、人のいる街までは距離があるために脱出、生還は困難。更に救出対象までいるとなれば、自分たちだけで全てをどうにかするのは不可能といえるだろう。
「装備を奪還し、馬あるいは馬車を奪取。街まで逃げて救援を呼ぶ。ただし、盗賊達にはギリギリまで気づかれないことが最善、といったところか」
クローディアの意見に、ヒルダを顔を歪める。クローディアの言葉には、盗賊達に連れて行かれた三人のことが出てこなかったのだ。しかし、ヒルダがそれに反論することはない。彼女が今その腕に抱えている少女は、連れて行かれた三人のうちの一人の身内なのだ。迂闊なことを言えば、少女の不安定な精神をさらに悪化させかねない。それはヒルダとて本意ではなかった。ゆえに、ヒルダは別の面から駄目出しをする。
「けど見た限り、この砦の中心はクズ共のいるあの大広間よ。おそらく、どの区画に行くにも大広間を通る必要があるわ。そうなると、逃亡の発覚は免れない」
「くっ」
結局は、そこだ。盗賊達が牢に見張りを置かなかったのは、その必要がないから。この地下牢は、内に閉じ込めるという点ではあまりに堅牢なのだ。
装備がない時点で、強行突破はおよそ不可能。しかし、おそらく武器の類が置かれているのはこの地下牢とは別の区画だ。いや、そもそもフル装備で固めていたとしてもクローディア一人では全員を守り切ることなど到底出来はしない。人数の差もさることながら、盗賊団の頭目が名のある賞金首であることに、クローディアは気づいていた。危険度は、クローディアの冒険者としての位より二段上。それだけで、絶望的な相手である。
「結局、牢から出ただけでは何も変わらんではないか……」
クローディアは、拳を握りしめうなだれた。
「あ、あの……」
その時、それまでおどおどしながら黙っていた最後の一人が小さく手を上げて口を開いた。クローディアの同年代ではあるが、凛としたクローディアとは逆に気弱な彼女の名はソルニアといった。その首には他の三人と違い首輪が嵌められており、その唯一残された装飾品が彼女の奴隷という立場を物語っている。
商隊の商人の一人の奴隷だったソルニアは、その経歴故かあまり自己を出すことがない。そのソルニアが自発的に声を上げたのだ。クローディアとヒルダはしばし黙り、興味深そうにソルニアの言葉に耳を傾けた。
「あの、そもそも貴女はどうやってここまで来たんですか?」
その言葉の先にいるのは、牢にいた彼女達を助けだしたローブの少女。それまで気配を消し四人を静観していた怪しげな少女に、ようやく彼女達の注意が向けられる。
(そう言えば忘れてた……仮に戦力としては数えられなくても、何かの手は持っているはずなのに)
何故か途中からローブの少女のことが頭から消失していたことに、クローディアは首を傾げる。
「どうやってと言われましても。歩いて、ですが」
と、ローブの少女の方は彼女達の苦難など素知らぬふりで、不思議そうにそう答えた。
「そ、そういうことじゃなくて……」
「いい? 上には私達を此処に閉じ込めた盗賊達がいるはずなのよ。けど、あなたは何事もない風に此処に入ってきた。此処に来るためには、連中のいる大広間を通らなきゃいけないはずなの。けど、侵入者だとか、騒ぎがあったような様子はない。なら、あなたが何らかの魔法や魔道具、あるいは隠し通路なんかを使って此処に来たと考えるのが普通。そうじゃなきゃ、あなたは連中に捕まって此処に来ているはずだもの」
少し苛ついたような様子のヒルダが、ローブの少女にそう捲し立てる。そうする気持ちは、クローディアにも理解できたが。
しかし、ローブの少女の方はといえば、更に不可解そうな様子で首を傾げた。
「“盗賊達”、ですか? ……私には貴女方が何を仰っているのかが分かりません。この砦にそういった方々は、一人もいらっしゃいませんよ?」
「は?」
「え?」
「嘘」
「本当です」
ローブの少女に誘われ、大広間に近づく内に、宴を開いていたには異様に静かなことに、三人は気づく。
「まさか……! 本当に……?」
壁に身を寄せ、まずクローディアが恐る恐る大広間を覗きこむ。
「……!」
大広間に備え付けられていたテーブルの上やその周りには、酒樽や酒瓶、料理、その他雑多なものが無秩序に散らばり、宴が開かれていたことは理解ができた。が、そこにいるはずのならず者達は誰一人としていなかった。今さっきまで酒盛りをしていたのに、その当人達だけが突然消失してしまったかのような有り様だった。倒れた酒瓶から漏れた酒が、テーブルの端でポタリ、ポタリと雫となって床に落ちているのを見れば、盗賊達がいなくなってまだそれほどの時間が経っていないことが分かる。
「どういうことだ……?」
魔物などの襲撃があったにしては、被害がない。大広間はあまりに雑然とはしているものの、どこにも破壊の跡や争いあった痕跡は見られなかった。ならば、盗賊達は、何があって、一体今はどこに行ってしまったのか。
「――お姉ちゃん!!」
ヒルダに大人しく抱えられるままになっていた少女が、突然ヒルダの腕を飛び出した。
「ちょっと!?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」
ヒルダの静止も聞かず少女が駆け寄った先にいたのは、テーブルの影に転がっていた、少女をいくらか大きくした、それでもまだ少女と言える年齢の娘だった。丁度、クローディアを助けたローブの少女を少し大きくした程度だろう。
その未だ未成熟な裸身は男達に汚され、目立った外傷こそ見られないものの瞳はどこを見つめているのか空虚なものを宿している。
だが――
「良かった、息をしているわ」
その胸はか細く、しかし確かに上下運動を繰り返していた。ゆっくり、ゆっくりと。無頼の輩共に蹂躙されてもなお、それでも少女は生きようとしているようだった。
「ねぇ、他の娘達は? どこ、生きてるの?」
ヒルダが大広間を見渡しながら焦燥を滲ませた声を上げる。連れて行かれたのは三人。一人は既に見つけた、少女の姉だ。そして残り二人は、ヒルダの友人だった商人の一人娘と、親しいというわけではなかったがクローディアと同じ冒険者の娘である。
「いた。見つけたぞ。しかし……」
クローディアが大広間の一角に屈み込み、沈痛な面持ちで首を振る。ヒルダはクローディアの側に慌てて駆け寄り、そして膝から崩れ落ちた。剥き出しの膝が、石畳で傷つくことを気にする様子もない。
「あぁ……ベティ……そんな、こんなの! 酷すぎる……!」
そこにあったのは、二つの死体だった。その片方、自身の友人のものらしき死体に、ヒルダが縋りつく。
クローディアと同じ、冒険者の娘の死体は、汚された跡はあったものの、比較的綺麗な死体だった。死因は、喉を力任せに引き裂いたような切り傷だ。冒険者の娘の手には、血まみれのフォークが握られていた。一体どこにそんな力があったのかは分からないが、隙を見て自殺を図り、成功したことが見て取れた。
しかし、ヒルダの友人、ベティの死体は酷い有り様だった。性的な暴行の他に、全身に殴打の痕があり、どこもかしこも内出血で青黒く変色している。更に顔面は、元の顔が分からないほどに腫れ上がり、激しい暴力を受けていたことは明らかだった。
ヒルダの知る限り、ベティはプライドの高い娘だった。そのことで、酒に手柄に酔っていたならず者達の不興を買ったのだ。
嗚咽を漏らすヒルダの横で、クローディアも冒険者の娘の目蓋を閉じさせ、しばしの黙祷を捧げた。さぞや苦痛であっただろうことが、彼女の死に顔から察せられる。自分で自分の喉を裂くほどに、追い詰められていたのだ。
「許せない、絶対に……! あいつら、殺してやる、絶対に、殺してやる……!」
柳眉を逆立て、両目からは涙を流し、歯を食いしばりながらヒルダが怨嗟の声を上げる。ヒルダの美貌は煮えたぎる一つの感情に支配され、身の毛もよだつ様な形相を呈していた。その手に友人の亡骸を抱えていなければ、今すぐにでも飛び出して行きそうなほどの負の感情が、ヒルダからは垂れ流されていた。
「ヒルダ……! 今はとにかく、ここから逃げ出さないと……! 奴らがどこに行ったか何をしているかは分からない。だが、戻ってきたらまた虜囚に逆戻りだ!」
「……! 分かってる……わよっ……」
黙祷を終えたクローディアが苦言を呈す。一片の冷静さを残していたヒルダは唇を噛み締め、ぼろぼろと涙をこぼしながら、喉から声をひねり出した。
「よし。まずは奪われた装備一式を探しだすんだ。着の身着のまま逃げ出して、魔物に襲われましたじゃ話にならない。それから、残っているかは分からないが馬と馬車を見つける。一刻も早く街に戻らなければ……奴らがいないことを考えると、こっちは望み薄だがな。ヒルダとソルニアは衣服や武器を。私は馬と馬車を探す」
「分かったわ……」
「わ、分かりました!」
「君は、あの子達のそばに居てくれないか」
「承りました」
クローディアは静かに佇んでいたフードの少女に姉妹のことを託すと、砦の外へと飛び出した。
「やはり、誰もいない……」
クローディアが砦から出て最初にしたことは、周囲の探索だった。自分を馬小屋の探索担当にしたのは、これが理由だ。もしも万が一外に盗賊がいたなら、自分が対処出来るようにだ。しかし、その心配は杞憂に終わる。
ウンディーネの森の近くに建てられたこの砦は戦争時にティルジオンに奪われ、その後ティルジオンの大勝とともにあっさりと放棄された。元々ウンディーネの森自体が強固な障壁である上に、当時の王は聖地への過干渉を嫌ったのだ。
以来、草原と丘陵の広がる地帯にひっそりと捨て置かれた砦は、当時の魔法技術で保存されたまま時を越えてきた。そうしてティルジオンの腐敗に伴い、こうしてならず者達に利用されるようになったのだ。
見晴らしの良い立地条件で建設された砦は、見張り台が必要ないほどに周囲を見渡すことが出来る。クローディアの見る限り、周囲に人影の類は見つけられなかった。
「欠点は、相手からも見えやすいところか。今はそれが致命的だな」
砦を護る軍兵であれば、守勢であるために筒抜けでもメリットが勝る。例え懐を曝け出したところでそれは双方ともに同じこと、なら攻める側より砦を護る側が勝るのは自明の理だ。また極秘の補給ルートもあったという話だが……元貴族のクローディアもそこまでは知らなかった。
そして、今のクローディア達は砦を護る側でも攻める側でもなく、砦から逃走する側だ。見晴らしの良い砦からもしも徒歩で逃げ出すことになれば、そして盗賊連中に見つかりでもすればそれこそただの的である。
「せめて一頭でも残っていれば、助けを呼びに行けるのだが……」
動物の臭いを追いかけ、クローディアは砦に隣接するように建てられたぼろぼろの建物に足を向けた。そしてそこを覗きこんだ時、クローディアは自分の目を疑った。
「馬鹿な……」
馬小屋には、馬がずらりと轡を並べて嘶いていたのだ。商隊から奪われたらしき上等な馬と、おそらくは盗賊達が元々所有していただろう薄汚れた馬が全て揃っている。しかしならば――。
「なら、奴らはどこに消えたんだ?」
盗賊達が、どこにもいない。移動手段は残されたまま、何かから逃げたとも考えにくい。そもそも、連れて行かれていた女達がそのままだったことも解せない。自警団やら騎士団やらがもしも来ていたのだとしても、残された痕跡から見て取れる動向が不自然すぎるのだ。同様の理由で、魔物という可能性もほぼゼロ。
(まるで、遥か東方の民間伝承にある“神隠し”だな……)
昨今は神への信仰が薄らいでいるせいか伝承と成り果ててはいるが、昔は神が気に入った人間を連れ去り、時間と引き換えにその望みを叶えていたということが、稀に各地で行われていた。何の前触れもなく、忽然と姿を消してしまうことからクローディアは今回のことと準えたが、今回消えたのは人間としては底辺の輩達だ。ならばこの神隠しは、むしろクローディア達に対する天の助けとも取れる。
「……ん?」
と、馬小屋から離れ大広間に戻ろうとしたところで、クローディアは鼻をつく臭いが馬小屋のものだけではないことに気づいた。それはとても微かなもので、馬小屋の臭いにほとんど塗りつぶされてはいたものの、何故かクローディアは気づくことが出来た。しかし、その臭いの正体が思い出せない。そろりそろりと、クローディアは足を忍ばせその臭いの元へと近づいていった。
「こっち、か?」
そこは砦の裏手の一角。丁度砦のどの角度からも死角になる場所だった。クローディアも、臭いがなければ気づくことはなかっただろう。その場所に近づくにつれ、臭いは濃くなってゆく。太陽の光が徐々に遮られ、辺りが濃い影に覆われていくにつれて、クローディアの緊張も同時に高まっていった。
「なん、だったか……これは、確か」
もう少しで思い当たりそうになった時。陽の光の当たらない、薄暗い砦の影を覗きこもうとした、丁度その時。
ぽん
誰かが、クローディアの肩を叩いた。
「うわあぁぁぁぁぁっ」
「ひやっ」
高鳴る心臓が飛び出そうになるほどの驚きとともに、クローディアは悲鳴を上げた。それと同時に、クローディアの声に驚いた誰かが小さく声を上げる。
「うう……」
クローディアが慌てて振り向くと、そこには尻もちをついたローブの少女がいた。
「す、すまない。大丈夫か?」
「はい……。申し訳ありません、驚かせてしまったようで」
「いや、私も考え事をしていた。ところで、どうしたんだ? 君にはあの姉妹のことを頼んでいたはずだが……」
クローディアが少女を助け起こしながら聞くと、少女はローブの奥で上品な笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
「ありがとうございました。そのことなのですが、ヒルダさん、でしたか、と、もう一人の方が衣類の類を見つけられたようで、大広間へ戻って来られたのです。それで、私が貴女を呼びに。早く服を着られませんと、風邪を引かれますよ」
「んっ! あ、あぁ、そうだった……」
それまで自分が何も着ていないことを忘れていたクローディアが、恥ずかしそうに手で身体を隠す。少女は小さく笑いながら言った。
「どうぞ、私に構わず戻られてください。厩と馬車は見つけましたので、私が砦の前まで連れて行きましょう」
「す、すまない。任せよう。だが、いいか? 私が見回した限りでは危険はないようだったが、万が一ということもある。何か危ないと思ったら、すぐに逃げるんだぞ」
「心得ております。どうぞ、ご心配なく」
「そ、そうか。では、頼んだ」
クローディアは危機を脱したせいかようやく羞恥を思い出し、慌てて砦の内へと引き返していった。ローブの少女は、その剥き出しの背に優雅に頭を下げるのだった。
クローディアが去り、誰もいなくなったところで、ローブの少女――アメリアは頭を上げた。そして、そのローブの影に隠された眼の奥で、冷徹な光を灯す。
クローディアが恐る恐る覗きこもうとした薄暗い砦の裏手に、アメリアは躊躇なく足を踏み入れた。
「まだ、これを見られるわけにはいかないだろうな」
敬語を捨てて淡々と呟くアメリアの視線の先にあったのは、“山”だった。
「“塵も積もれば、山となる”。久しいな、昔はこうして、よく“山”を作ったものだ」
その“山”は、幾つもの死体でできていた。砦に巣食っていた、強者かつ略奪者であったはずの、盗賊達。弱者を蹂躙し、欲望の赴くままに食い物にしてきた捕食者達。それが、今やゴミのように地に打ち捨てられていた。
クローディアの感じていた臭いは、これらの臭いだ。男達の臭いと、隠しようもないほどに漂ってくる死臭。死んで幾ばくも時間は経っていないため、コレは腐臭ではなく純然たる死の臭いである。
ガリガリだったりムキムキだったり、大きかったり小さかったりとそれぞれに特徴のある男達ではあったが、全員に共通していたのは、その死因とその死に顔だった。
全員が全員、首を180度回転させており、そんな死体が幾重にも折り重なっている様はあまりに奇妙。その顔は、どれも何が起きたのか分からないといった、呆けたもので、恐らく自分達が死んだことにすら気づいてはいない。
彼らの頭目であった男ですら、山を形づくる塵の一つとして、きょとんとした表情のまま息の根を止めていた。
どうしてこんなことになっているかと言えば、時は少し遡る。
ウンディーネの森を抜け、運良く盗賊の一行を見つけたアメリアは、彼らを誘き出して襲撃した。そして組織仕込みの拷問にかけ砦の場所を聞き出した彼女は、砦を強襲、盗賊を皆殺しにし、彼らの略奪品を横取りすることにしたのだ。
アメリアにとって誤算だったのは、盗賊以外の人間が砦にいたことだった。しかし、アメリアはそれを逆に利用することにしたのだ。
とは言え、盗賊を殺したことやそのことが彼女達に知れれば必要以上に警戒される可能性が高い。そうなれば、身分を証明できないアメリアは圧倒的に不利だ。街に容易に入るための策が、逆方向に作用しかねない。
「まだ露呈するわけにはいかない。彼女らとともに、街の中に入るまでは……」
場合によっては、助けた彼女達を人知れず始末することも視野に入れながら、アメリアは馬小屋へと足を向けた。