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参番

本当は更新速度は遅いんです。すみません。


というよりこの主人公戦いすぎ。それがアイデンティティなので、仕方ないんですけど。



 アメリアがこの世界に生まれる、何百年も前のこと。

 ティルジオンのある大陸は戦乱の最中にあった。始まりが何だったのかは定かではないものの、ティルジオンも類に漏れず隣国との戦争の只中にあった。その隣国の名は、カーディナル。ティルジオンに並ぶほどの魔法国家とされ、その力は両国がぶつかればただではすまないと言われていたほどである。

 当時ウンディーネの森は、そのティルジオンとカーディナルの丁度国境上に位置しており、外交上の問題などからそれまでどちらの国からも積極的に手出しされることはなかった。開戦した後も、森を避けるように、場合によっては迂回する形で戦線は構築されていた。

 が、変わらない戦況にカーディナルの重鎮たちが業を煮やし、ウンディーネの森を突っ切りティルジオンの重要都市へ強襲をかけ、迂回した援軍と合流し制圧するという強行策が持ち上がったのだ。

 果たしてその作戦は敢行され、まず斥候として少数の精鋭が送り出された。

 が、斥候部隊は戻ってこなかった。無論それだけで止めるわけにはいかず、第二次、第三次とそれからも斥候部隊が送られたものの、全て失敗。ようやく第四次で一人だけが戻ってきたものの、その生き残りの言うことも精彩を欠いた証言だった。曰く、奥に進めば進むほど霧が立ち込めてきて、視界が効かなくなってきた頃から仲間が少しずつ消えていったのだという。

 その後、ウンディーネの森を諦めたカーディナルとは反対に、ティルジオンは見計らったように森を突っ切り強襲をかけた。カーディナル側で、両軍は激しく激突。

 結局その戦闘が後を引き、カーディナルはティルジオンに敗北、国すらも戦乱の世から姿を消した。


 膠着していた戦況を傾けた要因とも言える、ウンディーネの森での一連の出来事。これは、カーディナルが動くよりもいち早くティルジオンが手を打っていたことによる。

 元々、ティルジオン側の近隣の村では小規模ながら精霊信仰があった。ウンディーネの森に住まう、人ならざる存在がまさにその信仰対象だった。偶然それを知った当時のティルジオン王は、戦争で抑圧されていた放浪癖もあってか単身森に乗り込んだ。そして、その辺りでは桁外れとも言えるほどの力を持った者の住む湖へとたどり着いていたのだ。


 シャーリーと名乗る、異様に友好的な水の魔物としばらく言葉をかわし、なんとなくその性格を掴んだ王は彼女に懇願した。

 直に、反対側から敵国の人間が来ること。このまま森を突破されれば、動きの遅れているティルジオンは大打撃を受けてしまうこと。故に、それを阻止して欲しいと。

 シャーリーは軽く承諾した。ただし、条件付きで。

 その条件とは、シャーリーと戦い勝利すること、だった。


 歴代最強の魔法使いとも謳われた、当時のティルジオン王は、手記にこう残している。

 『後にも先にも、全力を出したのはシャーリーと戦った時だけ』、と。


 結果は、カーディナルの有り様から分かるようにティルジオン王に軍配が上がった。


 そして、ティルジオン王はついでとばかりにシャーリーにあることを約束させた。“お願い”を聞くのは、ティルジオン王家、それもティルジオン王の直系だけにして欲しいというものだった。


 ティルジオン王の懸念も、当然のものだっただろう。何せ人懐こいその魔物は、条件付きとはいえあまりにも簡単に頼み事を引き受けてしまうのだ。







「ただしその代わり」


 シャーリーは自身がかつてない危機に陥っていたことも知らず、呑気に何百年前の再現を始める。口にはしないが、それにはアメリアを引き止めるという思惑も絡んでいた。


「私と戦ってもらうわ」


 住処としている湖こそがシャーリーの力の大本であるため、シャーリーは湖から遠く離れることは出来ない。そして手を広げられる範囲にいるのは、片手間に相手ができる程度の低級の魔物だけ。大き過ぎる力を得てしまったがために、シャーリーは常に力を持て余していたのだ。

 因みに、シャーリーのような地域密着型の強力な魔物が発生するような魔力豊富な領域ならば、ヴォルフなどという低級な魔物は本来存在しない。シャーリーには届かずとも、それに見劣りしない程度の魔物が生息しているのが普通だ。しかしそれに反してウンディーネの森がこのような状態になっているのは、シャーリーが知らず知らずのうちに、全体に広がっているはずの魔力を湖に凝集させているためだったりする。


「あら。それは、貴女と戦って勝てれば、ということでしょうか?」


 空々しく、アメリアが首を傾げる。しかし、シャーリーは胸を張って言った。


「ふふん。歴代最強? とか言われてたらしいあの王だって、やっとで私に辛勝したぐらいなのよ? 貴女じゃきっと百年かけても勝てないわ! ……言っとくけど、本気じゃなかったからね? 真剣にお願いしてたから、手加減してあげただけなんだからね。本気出してたら、いくらあの王だってボコボコだったんだから! なんたって私の方がずっとずっと凄いんだから!」

「つまり。私はあくまで貴女の遊ぶだけでいい、ということになるのでしょうか」

「くふふ! そうね! けど? 私にとっては遊びだとしても、貴女にとっても同じとは限らないのよ? 死ぬ気でいかないと、怪我じゃ済まないかもしれないわよ?」

「ですが、何をもって、終了とするのですか? 勝敗を結果としないのであれば、明確な終着点が見えないのですが……」

「そんなの、貴女がへばるまで、でいいんじゃない? そもそも私と人間とじゃ、器が違うのよ、器が。私をそれこそこの湖だとしたら、貴方達人間は精々コップ一杯でしょ? 私が先に折れることはありえないわー!」


 シャーリーは返答はするも後は好き勝手に、アメリアはシャーリーに合わせることなくマイペースに、どこか噛み合っていない会話ではあったが、意思疎通はしっかりと取れていた。

 そこにアメリアは、一石を投じる。


「それでは、いつまでかかるか分かりませんよ。それほどでは急いでいるというわけでもありませんが、かと言ってのんびりしているわけにもいかないんです。ですので、貴女に勝てたら、の条件にしていただけませんか?」


 実のところ、アメリアはまだ今の自分の限界を知らない。以前の世界では、ペース配分にさえ気をつけていれば一週間は高水準での戦闘継続が可能だった。しかし、今は身体そのもの別物、内に秘める心気功、魔力の底も自分ですら把握しきれていない。十二にして既に、アメリアは前世の自分を越えていた。兵器としてでは越えられなかった壁を、二度生まれ変わることで粉々に破壊してしまったのだ。


「ふふん!? 始まる前から、勝つ気なんだ! へー! ふーん! あっそう! この私を前にして、大した自信じゃない!? 分かった、分かった。分かったわ。条件は、それにしましょう! 安心して、手加減するし、全力は出さないから。ま、それでも一生終わらないかもしれないし、いつでもリタイアしてくれていいわよ?」


 つい、とシャーリーが指を振る。瞬間、大気が、湖が揺らめいた。シャーリー、ひいては湖から呑気に垂れ流されていた魔力が、途端にその表情を変えたのだ。丸い愛嬌のある顔から、棘のある臨戦態勢に。

 アメリアもまた、両の拳を握りしめる。構えはしない。元々、アメリアは特定の構えを持たないのだが。アメリアはシャーリーとは逆に、魔力を内に集中させた。外側の魔力は必要最低限に、内側では高密度の魔力を練り込んでいく。


「それじゃ、始めよっか!? 悪いけど、私から行かせてもらうわよ。まずは小手調べ、ってねぇ!」


 つい、とシャーリーはまた指を振った。すると、噴き出したのは冷気。今度は、湖一帯の気温が急激に下がり始めた。アメリアが静かに漏らす吐息も、白みを帯びていく。しかしその環境にあって、アメリアは身を震わせることなくシャーリーを静かに見つめていた。


「ここまで無傷で来た、ということは少なくともヴォルフ程度じゃ相手にすらならない、ということでいいのよね? だから、最初はこの子達から!」


 シャーリーが手を掲げると、パキパキパキと湖面が音を立て凍り始めた。そして、シャーリーの時のように盛り上がると何かの形を形成し始める。


『ギギギギッ』

『グガッ、グガガガガッ』


 出来上がったのは、二匹の巨大な氷狼。咆哮というよりも、形容しがたい軋みをそろって辺りに響かせる。常人であれば、耳をふさぎたくなるようなほど不快な音である。


「ふふん。これでも余裕の顔ね、メリー。でも、これはまだまだ小手調べなのよ? これぐらい軽く倒せるぐらいじゃないと、私に勝つどころか、まともに戦うことすらとてもとても。どうする? 降参する?」

「……」


 アメリアは動かない。相変わらずの表情を浮かべ、アメリアを見つめながら佇んでいた。氷狼の方には、目すらくれない。まるで、どうでもいいから早く来い、と言わんばかりに。


「……ふーん。自信ありってとこ? いいわ、それじゃ、行きなさい!」


『ギギャギャッ』

『ギャゴゥッ!』


 先と同様に不快な音を立て、氷狼が二頭同時に湖面から飛び出した。向かうのは無論、以前として佇むアメリアの所だ。その巨体にしてヴォルフを優に越える異様なまでの速さを発揮し、重厚感は比べ物にならない。このまま突き進めば、氷狼はアメリアを踏み潰すか噛みちぎるだろう。どちらにしろろくなことにはならない。もちろんシャーリーはアメリアを殺す気はなかった。精々、氷狼を体当たりさせる程度。それでも重傷は負うかもしれないが、それで諦めるだろうと、シャーリーは考えていた。


 そして、氷狼がアメリアに体当りしようとした瞬間――


 パンッ


 そんな音とともに、氷狼が二頭とも動きを止めた。


「なっ……」


 まるで、円柱状の何かでくり貫かれたように。氷狼達は、頭から尻まで貫通する麗な丸い穴を開けていた。シャーリーは知らないことだが、それはアメリアが最後の騎士を殺した時の再現だった。しかし今度は騎士よりもよほど硬い相手を、しかも二頭同時に。


「な、なんで」


 が、シャーリーが驚いたのはそのことだけではない。氷狼達の再生が始まらないのだ。氷狼達は、ただの氷像ではない。シャーリーが自分の一部を核として埋め込んだ、擬似生命体なのだ。彼らは、その核が破壊されない限り息絶えることはない。そして、通常の攻撃では核には傷一つつけることもかなわない、はずなのだ。そもそも、一体何をしたというのか。

 呆気にとられるシャーリーをよそに、氷狼達はパリンと儚く砕け散った。

その舞い散る氷片の向こうで、アメリアは氷狼達が来る前と変わらず、静かに佇んでいる。


「何、したの」

「……」


 アメリアは答えない。


「詠唱をした気配もなし。独特の魔力の動きもなし。魔法、じゃない。どういうこと? 貴方達は、魔法使いじゃないの? ……違う、そうじゃない。魔法じゃないっていうなら、どうやってあの子達を……それに、核すら破壊するなんて」

「……」


 アメリアは、答えない。ただ黙ってシャーリーを見つめている。


「……分かった」


 そして、シャーリーからも遊びが消えた。


「――お望み通り、手加減なしにさせてもらうわ。……死なないでよね」


 バキ、バキバキバキ


 今度は氷狼の時以上の面積の湖面が氷結し、氷の軋むけたたましい音を立てながら何かの形を成していった。

 アメリアの1.5倍程度だった氷狼を遥かに越える巨体。どっしりとした胴体に、太い尻尾、長い首。背中には翼のようなものまで生えていた。


 それは、湖面からゆっくりと立ち上がる。


『ギ、ギ、ギグルァァァァァァァァァァァァッッ!!』


 それが奏でた音は、正しく咆哮。氷の軋みは鳴りを潜め、滑らかかつ圧倒的な振動が、空気をびりびりと震わせた。


 アメリアも、その存在は文献で知っていた。

 ありとあらゆる魔物の中でも、最強とされる種族。シャーリーに作り出されたまがい物とはいえ、その威圧感はアメリアの前世でも匹敵するものは数えるほど。


 氷竜。身体全てを氷で形作られていながら、その身体からはあふれんばかりの生命力が感じられるようだった。


「……ふふ」


 アメリアの口から、笑いが溢れる。仮面というフィルターを通して出てきたものの、その笑いは素のアメリアの、つまり本心からのものだった。


「いいですね。この感じは。心が洗われるようです」


 聞かせるつもりのない独り言を、アメリアは漏らした。ただ惰性で流していた心が、急に鮮明になってゆく。底から沸き上がってきた感情の意味に気付き、アメリアはただ勝手に言葉を紡いだ。


「これから、私は(アメリア)の答えを探すつもりでいたのですが。ですけれど、何でしょう、この感覚は。ふふっ。笑いが、ふふふ、止まりません」


 氷竜が、翼を広げ湖面に波紋を生みながらふわりと宙に浮いた。


「前を引きずるつもりなどは、ありませんでした。前は前、今は今。引き継げるものは引き継ぎ、捨てるものは捨て去り、それで今の私が始まるのだと、思っていました。前とは違う、新しい、アメリアとしての答えが見つかるのだと思っていました。ですが、私はどうやら勘違いをしていたようです」


 シャーリーもまた、湖から大量の水を引き出し、空中に無数の水球を作り始めた。シャーリーの急速な水の引き上げと、氷竜の真下の波紋で、湖は海のように波を立てる。


「私の、根本的な何かは、最初から変わっていなかった。今まで、ずっと気付きませんでした。私が人間になる前から、その根本的な部分だけはきっと変わっていない。前の私も、表面的なものにしか気づいていなかったんですよ。『己が生の証を立てよ』。あの答えは間違ってはいませんでしたが、正しくもなかった」


 ギリギリと、氷竜が上体を屈めた。場の緊張感が高まっていく。


「生を受けたなら、何かを成さなければならない。それは、私にとっては道具としての思考です。そういう意味で、私は人間になりきれてはいませんでした。人間なら、もっと自分本位であるべきだと思うのです。私はただ私だけのために、この世界に証を立てたいのです。私が、今、此処で、人間として確かに生きているという証を!」



 ドンッ



 一瞬の内に、氷竜はアメリアの目の前にまで肉薄し、鋭い牙のぞろりと生えた大口を開きアメリアに噛み付こうとしていた。しかし、アメリアはそれを拳の振り下ろしで地へと叩きつける。氷竜の質量故か、はたまたアメリアの力故か、同時に起きた振動が地面を揺らした。

 しかし、アメリアの拳でも氷竜の頭を破壊するには至らない。それだけで、この氷竜がどれほどの存在であるかが知れた。


「ふっ」


 アメリアが、初めて呼息を漏らす。

 斜め下からえぐり込むように、腰だめのブローを氷竜の顔に放った。レベルを上げた活性術、そして発勁術をふんだんに使用したブローだ、例え絶望的な体格差があろうとそれで殴られればただでは済まない。


『グギァッ』


 呻き声を上げ、氷竜は顔を始点にして吹き飛んだ。ようやくアメリアの破壊力が追いついたのか、氷竜の顔が少しひび割れ、欠けている。

 アメリアが、更に追撃をかけようとした時、


「あら」


 寸前でずらした身体のすぐ横を、何かが超高速で通過していった。無論、アメリアは地上にいるために、その何かによってもたらされる被害は全てアメリアの真後ろの森に行く。アメリアは振り返りはしなかったが、もしも振り返っていれば一直線に丸く穴を開けた木々を見ることが出来ただろう。そして、その穴からは軽く水が垂れてきていた。


「……」


 アメリアが視線を逸らさず、見つめていた相手。それは無数の水球を背後に携え、真っ直ぐにアメリアを指さしていたシャーリーだった。


「さしずめ、超速水弾、と言ったところでしょうか。そう、あれぐらい速くなければ、戦闘では何の役にも立ちませんよね」


 無口なシャーリーと、饒舌なアメリア。丁度、先刻の二人を入れ替えたような状況になっていた。これは、二人の性格の違いで説明できる。戦闘に没入すればするほど真剣になっていくシャーリーと、高揚するアメリアの差だ。


 シャーリーは黙したまま指を振った。すると、水球の一つが波打ち、霞んだ。霞むほどの速度で、水球が打ち出されたのだ。

 が、アメリアはさっき以上にゆうゆうとそれに対応した。


「ふっ」


 シャーリーが目を見開く。

 パァンッと、風船が弾けるような音とともに、水球はアメリアの拳に砕かれたのだ。それもアメリアの拳には傷一つ無いばかりか、アメリアの着ているドレスは少しも濡れていなかった。アメリアの拳圧が、シャーリーの水圧を完全に上回っていたのだ。


 だがシャーリーも、それだけでは終わらない。そもそも先の水弾は一つだけ、用意した水球などいくらでもあるのだ。シャーリーは手を掲げ、振り下ろした。

 いくつもの水球が、間断なく連続で、発射される。例え相手が上級の魔物であろうとも、この弾幕の前には為す術なく蜂の巣になるのが関の山だろう。水弾の速度は、マッハ1.5。それをかわせる、あるいは防げるような魔物はそう多くはない。


「ふふっ」


 パパパパパパパッ

 が、アメリアは鼻歌交じりに対処してみせた。最初のものと変えたことは、シャーリーと対して違わない。シャーリーが水弾を複数にしたように、アメリアもまた拳撃による迎撃を水弾に対応する形で増やしたにすぎないのだ。アメリアの片腕は肩からほとんど消えていたと言っていいほどの連撃。ただ目で見ただけなら、アメリアの目の前で、音とともに勝手に水滴が弾けているようにしか映らないだろう。

 だが実際にそこにあるのは、特定の魔物にのみ扱える固有術と、とある人間の技法の極地による、人智を超えた応酬である。


 しかしその均衡を崩そうと、沈黙を破り氷竜が再び動き始めた。


『グギャァァァァァァァッ!!』


 氷竜が天高く吠えると、氷竜の足元の地面が氷結し、アメリアに向けて扇状に広がり始めた。更にその氷結は、氷で出来た杭をアメリアを貫かんばかりに作り出した。騎士の使ってみせた《アースランス》に似てはいたものの、効果範囲も速度も桁違いである。その上アメリアはシャーリーの方にかかりきりで、そのままであれば状況は如何ともしがたかった。


 アメリアは、空いていた方の手に溜めていた魔力を多量に発勁術に回し、その手で空間を薙ぎ払った。

 今度はドドドドドドッと、扇状に撃ちだされた外気功がシャーリーの弾幕を一斉に撃ち落とす。それは、これまでの水弾も合わせて、一時的にアメリアの周辺に霧を作るほどだった。


 出来た余裕はそれこそ瞬きほど。しかしそれだけあれば、アメリアには十分すぎるほどだった。


 次に行ったのは、足の方の発勁術。地面が凍りきってしまう前に、アメリアはルートを割り出し足を踏み出した。

 それは、縮地と呼ばれる技法。走り始めは力任せの豪快かつ大雑把な移動術なのだが、意外と繊細なところもある。縮地とは基本的に、A点からB点に一瞬で移動するというものだ。問題は、A点からの出発よりもB点での正確な停止にある。停止に失敗すればただの体当たりであるし、縮地は瞬間的にいつも以上の速さを出すもの。制御が狂えば、敵に多大な隙を見せることにもつながるのだ。

 因みに、アメリアはB点での停止を、走り始めと同様の発勁術と、針の穴に糸を通すような精密かつ繊細な体捌きでクリアしていた。


 再び水弾がアメリアのいた場所に到達した頃、既にアメリアは氷竜の前を取っていた。止まる時に踏み割り、めり込んだ部分の氷の足場をアンカーに、アメリアが軽く足を開く。


 アメリアは、元々相手の弱点、重要器官を探り出し、それを破壊する一撃必殺を得意としていた。そのため、敵と相対した時はまず相手の弱点を探すことが癖になっている。最初の、氷狼と戦った時も同様だ。アメリアはそれを氷狼の核だとは知らずに見つけだしており、またつい癖でその核を一撃で破壊していたのである。

 今アメリアの目の前にいる氷竜もまた、ご多分には漏れない。その巨体故か他よりも手間取ったものの、既にアメリアは氷竜の核も見つけ出していた。


ひたりと氷竜の氷の肌に当てられた、アメリアの手の平。


「――ふっ」


 呼息を一つ。同時に、アメリアを中心にクモの巣状にひび割れが広がる。

 刹那の内に、アメリアは発勁術の一つ、浸透勁を氷竜の核に直接ぶつけていた。間の、鎧とも言えるほどの氷は丸ごと無視し、核のみに攻撃。その攻撃で、それ自体では外装ほどの強度を持たない核は、容易に砕けてしまった。と、それとほぼ同時に、氷竜の全身に罅が走る。アメリアの放った魔力が、核を破壊するのみに留まらず、氷竜の体内で拡散、暴走し、氷竜を構成する氷をぼろぼろにしたのだ。氷竜の身体は、数秒と保たず核と同じように粉々に砕け散った。まるでダイヤモンドダストのように、氷竜の破片がキラキラと宙を舞い、降り積もる。


 氷竜のダイヤモンドダストのカーテンの向こうで、シャーリーが両手を上げていた。水球も既に湖に返されたらしく、シャーリーの周囲にはもう一つもない。


「三分も経ってないけど、終わりにしよ、メリー。これ以上やったら、森が半壊しそうだし」


 シャーリーの言うとおり、二人の戦っていた辺りはかなりの範囲で凍り付いている上に、アメリアから逸れた水弾が相当数の木々を穴だらけにしてしまっていた。全ての原因はシャーリーなのだが、シャーリーもこれでかなり気を使っていたりする。シャーリーが真実“全力”を出せば、『森が半壊』という言葉は大言でもなんでもなくなる。小さな水球ではなく、巨大な水球を作り、全方位かつ継続的な超速水流を放ったり。水を増幅させ、津波を起こしたり。先の氷竜よりも更に強力な擬似生命を作ったりと、手札はいくらでも残っている。

 勿論、メリーがそれについてこられた場合の話だけど、とシャーリーは付け加えた。



次回でひとまずシャーリーの出番は終わりになると思います。

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