弐番
こじつけ作ってると、自分でも何書いてるか分かんなくなるんですね。どう修正したらいいかも分からない有り様で。まぁ、なんやかんやで本気狩ルなんです。
半ば放置されていたとはいえ、王女という立場はアメリアにとってあまりいいものではなかった。自由に動きまわることも出来ず、城から出ることもかなわず、派手なこともためらわれる環境では、満足に鍛錬をすることは出来ない。
故に、アメリアは考えに考え、場所をあまり使わず、動きまわらないという鍛錬の条件としてはあるまじき鍛錬法を開発した。それは、言うなれば心気功の活性術と発勁術を利用した鍛錬法である。
活性術はそのまま、肉体を活性化させる法、当然、ある程度の負荷がアメリアの身体にかかってくる。そのため活性術は、生兵法で使えば身体の急速な疲労のみならず、細胞の崩壊すらありえる危険なものなのだ。アメリアの場合、戦闘時には極限まで効率化させた活性術を使用し、他の追随を許さない長期戦すら可能としている。
アメリアは、鍛錬法を考案するにあたりこれを逆に利用した。己の肉体に活性術で限界ぎりぎりの負荷を与え、傷ついた細胞がより強固に再生するよう促したのだ。これにより、アメリアは寝室で読書をしながらでも肉体をより強靭なものへと進化させていくことができるようになったのだ。
発勁術はいうなれば活性術の逆。活性術が身体の内に作用するものとすれば、発勁術は身体の外、外界に影響を与えるものを言う。例えば、離れた相手を殴り倒したり、己の拳の体積以上のダメージを与えるなどがそれだ。もっと具体的には体格差のある大人の首を飛ばしたり、ただの正拳突きで大穴を開けたりなどといったことである。
アメリアが一番初めに師から学んだ発勁術は、身体の外に発散された気(外気功)をある程度己の意に沿う形で操作するというものだった。幼少のみぎりに周囲を驚かせた魔力操作技術も、これから来ている。そう、ただ発散された気(魔力)をある程度操作するぐらいならば、この世界の人間にも可能だ。むしろそれが出来なければ、魔法などというものも使えない。しかし、この世界でアメリアのような発勁術を使う者は誰一人としていない。
なぜなら、魔法など介さずそれそのものに破壊力を持たせるには、活性術との併用が必要不可欠であるためだ。至極単純に、乱暴に言ってしまえば、発勁術とは内で練り上げた気を一点から一気に、活性術で押し出すように勢い良く放出することから始まる。一番初めに学んだ操作法も、この段階の布石にすぎない。
心気功は、身体の外に出ればすぐに大気功と混じり拡散してしまう。特に、発勁術で放出した心気功は大体濃度が薄く、その傾向が顕著だ。それを防ぐために、気の操作技術は必須。外に放出した後もできるだけ己の気に属す形にしておかなければ、外界に影響をおよぼすことなど出来はしない。
アメリアの開発した鍛錬法は、この発勁術をその一方向で究極に昇華させたものだ。
普通、発勁術を使用する際の外気功に割く意識はものの一割にも満たない。しかし、アメリアはこの外気功への意識移動を九割にまで押し上げた。日常で身体から漏れ出る外気功は、発勁術で突発的に押し出したものよりも大気功に拡散しにくい。アメリアはこの外気功を利用、操作し、擬似的な人型を形成することで、自分自身の肉体を動かすことなく套路(武術の型)を練ったのだ。イメージトレーニングをより高度に、実用的にしたものといえばわかり易いかもしれない。
活性術と同時に行えないという欠点はあったが、アメリアはこれら二つの鍛錬を繰り返すことで、新しい生の、新しい身体の最適化を常に図っていた。
騎士との死闘、あるいは蹂躙も、その歳月の結実と言える。
「血の臭いに惹かれて来たか」
最後の騎士に最後にかけた言葉を皮切りに、アメリアは“アメリア”の仮面をかぶるのを止めた。徹底して隠してきたために、冷徹なアメリアの素を知るものは誰一人としていない。
アメリアが声をかけた相手は、森の木々の間から現れた狼のような姿をした魔物だった。
「グルルル……」
一匹だけではない、おそらく群れと思われる魔物が歯をむき出しにしながら何匹もアメリアと騎士達の死体の前に現れた。
「始めて見たな。確かに狼に似てはいるが、なかなかどうして、奇怪な面をしている」
この世界の知識について、アメリアは城の文献からある程度は仕入れていた。魔法の仕組み、大陸情勢、一般常識に、魔物の存在。閲覧を許されたのは簡単なものばかりだったため、種類までは網羅してはいなかったが、その魔物のことについては大陸でありふれた種として記憶していた。
その魔物は外見や習性は狼に酷似しているものの、決定的に違う箇所はギョロつく四つの目を持っている点である。
「確か“ヴォルフ”といったか。危険度は下から数えて精々二番。この騎士連中が手に負える程度といえば、所詮こんなものか」
清楚な出で立ちで、ゆうゆうと毒を吐く。以前はこれほど饒舌ではなかったが、人間としての経験が彼女の内面を少なからず変化させていた。
「グルオゥ!」
「ガアァァ!」
群れのリーダーらしきヴォルフの一吠えを皮切りに、ヴォルフ達が一斉に飛びかかる。確かに、ヴォルフの危険度はかなり下、大陸では相当弱い部類に入る。しかしそれはあくまで一匹だけの場合。群れを一度に相手にするならば、危険度は一、二段階変動する。
「ふん」
しかし、アメリアの相手をするにはまるで足りなかった。
アメリアの腕の一振りで、二匹が同時に弾け飛ぶ。文字通り、内臓腸脳漿をぶちまけて、だ。
「脆さは騎士以上か。話にならない」
十秒。
始めにヴォルフが飛びかかり、十五匹いたヴォルフ全てが死に絶えるまでにかかった時間だ。
まさに死屍累々、人間魔物の区別なく、アメリア以外は森の一角で屍を晒すこととなった。
「騎士共は魔物に襲われ奮闘するも一人残らず殉職。遺体は他の魔物に漁られ、遺族にも個々の区別がつかない有り様である、と。騎士に護衛されていたはずの第三王女は行方不明。しかし、騎士がいなければ身を守る術を何一つ持たぬ無能王女、おそらくは……」
アメリアは、地を蹴り頭上高くにあった木の枝に飛び乗った。もう用のないこの森から出るために。
「とでもなってくれれば御の字か」
血臭漂うその場所に近づいてくる、ヴォルフのものではない咆哮を背中で聞きながら、アメリアは次々と木の枝を飛び移っていった。
ティルジオン王家ゆかりの聖地。実のところ、既に王女一行はその領域の一歩手前まで到達していた。王女の死地に選ばれたのは、低級とはいえ人を襲う魔物の跋扈する魔の森、ウンディーネの森。聖地はその森の中心にあった。
とは言え、見た目はそれらしい神殿の一つもない、ただの大きな湖であるのだが。
「あら、助かります。少々お借りしますね」
水の気を感じる方向を選び進んでいたアメリアは、必然的にその湖にたどり着いていた。アメリアはドレスその他もろもろをするすると脱いで草の上に畳んで置き、生まれたままの姿で湖に身を沈めた。
が、なんともない湖だというのはあくまで見た目だけの話。そして、仮にも聖地とされるその湖に住むものが、突然入ってきた血なまぐさい闖入者を見逃すはずがない。
アメリアがカピカピに乾いた血を洗い流していると、彼女から少し離れた湖面が不自然に盛り上がった。
「ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
欠伸が出そうなほど間延びした重低音が、広い湖に響き渡る。
……アメリアは素知らぬ顔で手を擦る。
それをよそに、盛り上がった湖面が徐々に何か具体的なものを形作ろうとしていた。
「ちぃぃぃょぉぉぉっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
先のものよりかなり改善された音、声のようなものが再び湖に響き渡る。盛り上がった湖面、改め何かの形をした水の塊が、その音と共鳴するようにぷるぷると振動している。というよりもむしろその水の塊がその音を出しているようにも見られた。
アメリアは今度はパシャパシャとドレスの洗濯を始めた。
無視された憤りか、水の塊はぐねぐねと激しく蠢き、ついに人型を形成した。表面はまだぷるぷるしているが、その形は人間の女性のものと思われた。
「ちょぉっとぉぉぉぉぉ! だぁれぇのおぉ! きょぉかを得てこの湖に入ってんの!」
ようやく言葉と姿が安定したらしい女性型の水の塊が、アメリアを指さしながら大声を上げる。アメリアの方も、ようやくそれの方に顔を向けた。
「『お借りします』と聞きましたところ、返答がございませんでしたのでてっきり……」
「返答がなきゃそこを遠慮するでしょ! あるいは待つでしょ! 貴女アレ? 戸を叩いてすぐに部屋に入っちゃう人? っていうか最初から私のこのに気づいてたんでしょ、そうなんでしょ。何、何百年誰とも会わない引きこもりだと思って馬鹿にしてんの、そうなんでしょ!?」
「申し訳ありません。初めて会うタイプの方でしたので、戸惑ってしまって」
ドレスを叩き水気を飛ばしながら、アメリアは至極落ち着いた態度で女性型に対応していた。
アメリアの記憶に、この聖地のことに関しての知識はない。いや、そもそもここが聖地であることにも気づいていない。
何十代も前のティルジオンの王が、この湖に住む力あるものと契約を交わし、聖地としたことなど、全くあずかり知らぬことなのだ。その存在の持つ力は、ヴォルフなどとは比べ物にならないほど。雑魚魔物がうろつくこのウンディーネの森で、その存在だけが飛び抜けていた。
「そもそも貴女誰よ! 名を名乗りなさい、名を!」
「名前を聞くならば、まずは自分からと言いますが、まぁいいでしょう。私、メリーと申しまして。しがない旅芸人をしております。この森に迷い込んだところ、魔物に襲われてしまいまして……その魔物の血を、この湖で洗わせていただいておりました。私のことは、どうぞ気軽に“メリーさん”とでも呼んでくださいませ。……それで、貴女は?」
まるで息でも吐くように嘘を吐きながら、今度はアメリアが裏側真っ黒な微笑みを浮かべ女性型に何者かを聞いた。
「私は“水精霊”のシャーリー様よ! さぁ崇め奉りなさい!」
「ぱちぱち」
無駄に発勁術を駆使し、水を完全に飛ばしたドレスを着こみながら、アメリアは口でシャーリーに拍手を返した。
アメリアは知らないが、シャーリーの言った“水精霊”というのは種族のことではない。言うなれば称号のようなものであり、種族名は別にある。実のところ、広義的にはシャーリーもヴォルフ同様魔物に分類され、普通の魔物との違いも、人間に敵意がないことと人間と意思疎通を図れる程度のことしかない。
「まるで敬意が感じられないわね」
「すみません。どういったところに尊敬すればよいのか、浅学の私には見当もつかず、お見苦しいところをお見せしました」
「貴女口調は丁寧だけど、どこか私を馬鹿にしてない? してるわよね、してるっていいなさいよ。いい? 私はね、貴女とは年季が違うの。分かる? 貴女の、……えっと、そう、多分百倍は生きてるわね。間違いないわ。どう? 凄いでしょ。貴女よりずっとずっと歳上なのよ私。それにね、ティルジオンとかいう国の王様が、膝をついてお願いしてきたことだってあるのよ。王様って、一番偉いのよね。私ってば、その王様より偉いのよ? 凄いのよ? 尊敬するでしょ? 尊敬してよ!」
ピキ
始終にこやかだったアメリアの雰囲気が、微細ながら変化する。ようやく、この湖がティルジオン王家ゆかりの聖地であることに気づいたのだ。シャーリーはアメリアの変化には気づかなかった。アメリアがそれほど周到だった、とも言えるのだが、それ以上にしばらく人付き合いのなかったシャーリーがかなり鈍感になっているせいもある。
「あら。そういえば、シャーリー様からはどこか言いようのない畏敬を感じます。ああ、私はどうやら随分と、高貴な方に無礼を働いてしまったご様子。ここに深くお詫び申し上げますとともに、早々に御身の前より立ち去らせて頂きますので、平にご容赦の程を……」
そうまくしたてながら、アメリアは慇懃無礼に深々と頭を下げ、体捌きを駆使してするすると後ろに下がり始めた。
シャーリーはアメリアの態度に毒気を抜かれたのか、手を口元にやり身体を少し揺らした。どうやら咳払いをしているらしい。
そしていくらか落ち着いた様子で言葉を続けた。
「ま、まぁそうね、そこまで反省してるのなら、許すのもやぶさかではないわよ? だ、だからそんなに急いで行かなくても……。今まで誰も来なかったから寂し、じゃなくて、久しぶりのお客なんだから、少しはおもてなししないと。それにメリー、貴女、あの王のゆかりのものでしょ?」
アメリアがピタリと動きを止める。
「何故、そう思われるのですか? 私には心当たりの欠片もありませんが」
「何故って。分かるのよ、私には。当たり前のように知覚できることだから、説明のしようがないけど。そうね、強いていうなら、貴女がこの湖で洗い流した汗。そこから、あの王からもらった血と全く同じものを感じたのよ」
「……そうですか。私にはあずかり知らぬことですが、貴女には確信があるご様子」
ビキ
アメリアは、纏う空気をさらに鋭角なものへと変化させた。
「そうそう。それでね、私あの王と契約したから、それを守らなきゃいけないんだけど」
「契約、ですか。先の言葉から鑑みますと、それは何百年も昔のもののはず。もうその王は亡くなられていると思うのですが」
「その王が死んでても、貴方達がいるでしょ。そもそも、契約相手は王個人だけじゃなくて貴方達王家の人間なんだから。それに、何百年経とうと関係ないわ。私は貴方達人間よりもずっとずぅっと凄いの。そんな偉くて高貴な私が、弱くて哀れで可哀想な人間との約束を破るわけないじゃない」
そこでようやく、アメリアは下げていた頭を戻した。
シャーリーを見つめ、ゆるりと微笑みながら口を開く。
「それでは、この哀れな私とも一つ、約束をしていただけませんか?」
「内容によるけど。何?」
「私が此処に来たことを、決して、誰にも話さないで欲しいのです。“メリー”が来たことも、“ティルジオン王家ゆかりの者”が来たことも、絶対に」
「いいわよ。けど何で?」
「実は私、家出をしてここまで来た身でして。まだ戻りたくはありませんので、できるだけ居場所を知られたくないのです」
「そっかー! 若いわねー! 私もいっそこの湖飛び出しっちゃおうっかなぁぁぁぁっ!」
「どうぞご随意に。ですが、口約束だけでいいのですか?」
「ふふふ。契約なんて言っちゃったけど、王と交わしたのもそもそも口約束だから。変わりゃしないわよ」
「そうですか、安心しました。……とても、とても」
シャーリーは水の身体をぶるぶると震わせ高らかに笑い、アメリアはそれを見ながら柔らかに微笑む。
……その身の内で、湖を軽く蒸発させるほどにまで練り上げていた魔力をゆっくりと拡散させながら。
※注:作中に出てくる“発勁術”は現実の“発勁”とは異なるものです。