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壱番

早速無双回。

戦闘の描写って難しい。困ったらとりあえず、『こまけぇこたぁいいんだよ!!』。




 アメリアから見て、一度目の世界と二度目の世界にはいくつもの大きな差異があった。それは文化であったり人種であったり生物であったりと多岐にわたるが、最も彼女が気にしていたのは“魔力”の概念だった。

 確かに以前の世界では“気功”という呼称で同様のものがある。

 気功は大気に満ちる“大気功”、生物の体内に満ちる“心気功”と二つに大別され、呼び方が魔力となっているだけで、二度目の世界でもここの仕組みはそれほど変わらない。ヒトは大気功を取り込み丹田で練り上げ、心気功として己が支配下に置く。気功、あるいは魔力の保有量に個人差があるのは、大気功の取り込み量、変換効率、貯蔵量に関係しているとされていた。


 アメリアの素質は、前世と比較しても桁違いのものがあった。取り込み量、変換効率は以前に培った経験によって上乗せされてはいるが、貯蔵量に関しては違う。

 アメリアが物心ついた時には既に、その最大魔力量は前世の最大心気功量を優に越えていた。成長し、あふれる魔力をやたらめったらに拡散させないように操作できるようになってからはなおさらである。


 しかし、魔力の概念は飲み込めても、アメリアは“魔法”の存在は理解することが出来なかった。

 エネルギー源である魔力を呪文や魔法陣を介することで超常現象を人為的に引き起こす、ワケの分からないモノ。練兵場で、騎士たちが剣と魔法を駆使して戦う様を見て、こやつら神か悪魔かと心中でつぶやいたことを、古い記憶ながら彼女ははっきりと覚えていた。


 決して魔法使いとしての素質が無いわけではない。しかし、アメリアが魔法を使えないのは、それらに起因していた。

 魔法の要素には、魔力や呪文、魔法陣の他に、想像力がある。引き起こす現象をまず頭の中で思い描けない者は、それを実現することは出来ないのだ。アメリアの場合、確かに“発火”を想像することは出来た。しかし、それは言われるがままにしただけのものであり、発火現象と魔法が結びつくことはなかった。なぜならアメリアにとって人為的な発火現象とは、あくまでマッチやライターなどを介するものであり、断じて魔法などという怪しげなもので引き起こすものではないからだ。


 アメリアにとっての悲劇は、この世界に生まれる以前の段階で既に固定観念が出来上がっていたことだろう。




「これはつまり。どういうことでしょうか?」


 泰然とした態度を崩さず、アメリアは静かな声音で目前の騎士に尋ねた。しかし、場の状況はアメリアの態度に反して尋常ではない。

 アメリアのドレスの裾は刃物で引き裂かれたように破れ、護衛のはずの騎士達は一人残らずアメリアが逃げないよう取り囲んでいた。

 これが王都の城内であれば、王家の威光に傷がつきかねない不祥事だが、そこは王都から遠く離れた、深い森の中。それほど強力な類ではないものの、魔物の住む危険域である。


 そもそも、生まれてからこれまであまり外には出されなかったアメリアが何故そんな場所にいるかといえば、王家ゆかりの聖地巡礼を仰せつかったためだ。あくまでその建前は、魔力の豊かなそれらを巡ることで魔法使いに覚醒するのではないかというもの。真意は、魔物の仕業として角が立たぬよう無能な王女を処理することにある。因みに、“病死”という建前は他の獅子身中の虫達に温存しておくという宮中の魔物達それぞれの思惑もあったりするのだが、アメリアにとってはそれは都合の良いことでしかなかった。


「この状況で、説明が必要ですかな? アメリア第三王女殿下?」


 アメリアを馬車から降りるように促した騎士が、嘲笑いを含んだ声で言った。


「もう不要なのですよ、あなたは。いえ、我々に命を下したお歴々からすればむしろ邪魔だとのことです。仮にもあなたは王族、国の頂点たる方々に魔法も使えない者がいつまでも混じっていては、対外に示しがつかないのですよ」

「あら。じゃあ貴方方は私を護る騎士ではなくて、私を殺す殺し屋だと解釈してよろしいのでしょうか」

「殺し屋とは人聞きの悪い。我々は国の威信を守護し、王家を汚す不届き者を誅する、そのためなら汚名を着ることも辞さない、滅私奉公の徒です。それこそ、正真正銘の“騎士”といえるのではないでしょうか」


 そう、騎士が飄々と言ってのけると、アメリアを周囲で囲む他の騎士たちも兜の奥で含み笑いを漏らした。


「それはそれは。大変、ご苦労なことです。しかし例えおよそ立場なき無能な私とはいえ、貴方方はその私の護衛を任じられたはず。その任が失敗すれば、例え建前だとしても、いえ、建前だからこそ少なからず処分を受けることになるのではありませんか?」

「命乞いですか。仮とはいえ王族ともあろう御方が見苦しい。どうぞご心配なく、汚名を着るのも辞さないと、言ったでしょう。それに、我々は皆貴族一門分家の次男や三男ばかり。魔法の練度も精々人並みで、普通にしていても大した未来はなかったんですよ」

「ああ。では、私の存在は少しでも貴方方の助けになりましたか」

「……ええ、大層。我々に命を下したのは、やんごとなき方ばかり。それなりの報酬を、約束いただいております」


 騎士はそこで少しため、剣先を一層アメリアに近づけた。


「ついでに、貴女を好きにして良いとも、言われております」


 その声には嘲りだけではなく、爛れた情欲を多分に含んでいた。ここで兜を外せば、おそらく歪んだにやけ面が拝めることだろう。

 しかし、発情した獣に囲まれた状況にあっても、アメリアは笑みを崩さず軽く口に手をやり、『あら』と小さくつぶやいただけだった。


「魔法を使うことが出来たなら、さぞや良縁に恵まれたことでしょうが……残念です。せめて、我々一同死出の旅路の餞別となるよう精一杯努力致しますので、何卒ご協力お願い申し上げます」


 騎士は言葉の中に大量の皮と肉を混ぜながらそう言った。


「お断りします」

「何ですと?」

「断る、と言っているのですよ。私のものは私のもの、不当取引に捧げるわけにはまいりません。どうしてもというのであれば、どうぞ力づくでいらしてくださいませ」

「……最初から思っていたのですが、どうやら貴女は現状を理解しておられないようだ……その澄ました顔が歪むのを見るのが、今から楽しみでしょうがない。……もういい、お前ら! 頭ん中お花畑の王女様はどうやら無理やりがお好みのようだ! 取り押さえろ!」


 騎士はその雰囲気を一変させ、周囲の騎士に怒号を放った。命令を受けた騎士達は、騎士というにはまとまりに欠けた動きで、ガチャガチャと鎧を鳴らしながらアメリアに近づいた。

 アメリアはふわふわと笑いながら、ドレスを翻らせ優雅にくるりと回る。


「あら、あら、あら。お話の途中でしたのに。私が死んだ、ということにしていただければ、私はそれでも良かったのですよ? 救えませんわ、これでは、貴方方にここで死んでいただかなくてはなりません」

「ぬかせ! 魔法の一つも使えない無能王女が何をほ」


 アメリアに手が掛かりそうな距離まで近づいていた騎士の言葉が、不自然に途切れる。


「あら、ごめんなさい。何分、久しぶりなもので。身体が、我慢も加減も効きません。ささ、お気になさらず、先をお続けください」


 アメリアはゆったりと騎士に先を促したが、その騎士が言葉を続けることはなかった。なぜなら、既に彼の首から上は血の噴水と化していたのだ。数刻前は頭だったはずの噴水の蓋は、鉄の兜ごと噴水のはるか後方へとボールのように吹き飛んでいた。


「あら、まあ。案外脆いのですねぇ。騎士といえど、捨て駒の下級ではこの程度ですか……」

「きっ、貴様ぁっ! 何をしたっ!」


 硬直から解けた騎士達が動き出す。先ほどのように気の抜けた動きではなく、アメリアを押しつぶさんばかりの動きで彼女の小さな体躯に飛びかかった。


「何をしたと言われましても……」


 アメリアは変わらず、落ち着いた挙動でくるりと一回転し、最も肉薄していた騎士の兜に包まれた頭部に裏拳を当てた。それは、至極自然かつ優雅な動きであったが、しかしそのスピードが尋常ではなかった。まるで、オーガが全力で振り回した鉄槌の先端の如く、騎士の頭部を果物でももぐかのごとく弾き飛ばした。


「このように、ちょっと(・・・・)、小突いただけです」


 さらに回転の軸足とは逆の足を別の騎士の方へと踏み出し、先の裏拳とは別の手で掌底を放った。距離と、その騎士との体格差もあり、その掌底は明らかに届いてはいなかった。しかし、その騎士はまるで何かに殴られたかのように、最初の騎士同様頭部だけをボールのように後方にふっ飛ばした。


「う、うあぁぁぁ!」

「ば、化け物だ!」


 最早生かして捕らえようという考えは消えたのだろう。騎士達は各々剣を抜き、アメリアへと斬りかかった。

 鎧に施された魔法陣によって、身体強化魔法の発動した彼らの斬撃はより早く、重いものとなっている。腐っても騎士、剣を抜くと同時に魔法陣へと魔力を流し、萎縮しながらも意識を殺しへと切り替えたのだ。むしろ未知のものに対する恐怖が上乗せされ、彼らは普段以上の力が引き出されていた。


 が、アメリアはその上をゆく。

 魔法などという(彼女にとっては)意味不明なものを介さず、心気功を全身に巡らせ、細胞レベルで肉体を活性化させる。前世で習得したそれは、ヒトでありながらヒト以上となることを基本概念とした肉体活性術。この世界では彼女にのみ許された、彼女以外の他者からすれば常識外れで意味不明の身体強化法である。


 アメリアは通常行っている活性レベルから、一段階上にレベルを押し上げた。

 そもそも、総魔力量はこの場にいる全ての騎士を足したところでアメリアの足元にも及ばず、魔力操作技術ですら負けている彼らに勝ち目はない。


 騎士剣は手刀で硝子のように砕かれ、騎士鎧は貫手で紙のように背中まで貫通。まさしく、殺戮王女の蹂躙劇である。


「まっ、魔法だ! 遠距離から魔法で仕留めろ!」

「《ファイアボール》!」

「《ファイアボール》!」

「《アースランス》!」


 口々に行われる詠唱、アメリアは律儀に魔法が放たれるのを待っていた。しかし、発動したものを見て落胆する。自分に向けて飛来する火球に、土竜のようにもこもこと地の表面を乱しながら迫ってくる何か。……どちらも素直に一直線に向かってくる上に、少し身体をずらしてもその軌道が変わることはない。火球も、地面から飛び出した土でできた大きな棘のようなものもアメリアの脇を通り過ぎていった。


「ぐわぁ!」

「ぎゃああっ!」


 むしろアメリアの後ろにいた仲間の騎士に当たる有り様である。


「《ファイアボール》!」

「《エアスラッシュ》!」


 そして馬鹿正直に繰り返される、魔法の詠唱。火球はともかく不可視の風の刃には少し感心したものの、そもそも目だけで戦場を見ているわけではないアメリアには当たらない。

 騎士達の視界から霞むようなスピードで姿を消したアメリアは、魔法を放った騎士一人一人を後ろから首を飛ばしへし折り胸を貫き、彼らの息の根を止めていった。


「そういうのは、魔法より遅い相手か群れ相手に使ってくださいね。あんなものなら、まだ貴方方が直接斬りかかってきたほうがまだマシです。大言でもなんでもなく、止まって見えるんですよ、当たるわけがないじゃないですか」


 そう言うアメリアは有言実行とばかりに、彼らの間を目視不能の速度で飛び回る。見えるのは、ほんの一瞬、そしてまた消えたと思った次の瞬間には仲間が一人ずつ息絶えていった。


「あぁぁあぁあっっ、逃げっ」

「いけません。賽は投げられたのです。最期まで付き合っていただかないと……」


 撤退の指示も悲鳴も、人知を超えた速度の前には許されない。統制の完全に崩れた騎士の群れ(・・)を、アメリアはまるで芋虫でも潰すかのように素手だけで着々と駆除していった。





「ふぅ」


 最後の一人になったところで、アメリアはその騎士の目の前に姿を現した。 アメリアのドレスはまるで染料でもぶっかけたかのような紅色に染まり、美しい金糸のような髪も今は赤い液体でべとつき、白魚のような繊手すら今や血色の兇器である。その姿はそれこそ殺人鬼と言っても過言ではない。

 だが、そこにはある種の美があった。究極の殺人兵器と謳われ、一個の芸術品として名を馳せた意思なき刃としての危うさと美しさが。


「た、助けて、殺さないでくれ」


 蚊の鳴くような声で、最後に残った騎士がつぶやいた。その騎士は、最初にアメリアに斬りつけ最初に実質虐殺劇となった戦端を開いた騎士だった。

 彼は、アメリアが一人目の首を飛ばした時に硬直して以降微動だにしていなかった。魔法の指示を下したのも別の騎士であり、彼は最初にアメリアに剣を向けた時のままの格好で、他の騎士達が奮闘(潰滅)する中ただただ突っ立ったままだったのだ。


「いけません。他の皆さんが亡くなられたというのに、一人だけ贔屓するなんて、不公平でしょう? それに、賽を投げたのは貴方じゃありませんか。せめてその責任はとっていただかないと……」


 アメリアは眉根を下げて、少し困ったようにそう言った。それはまるで、聞き分けのない子供に軽く叱るかのように……この場にあって、アメリアの穏やかな態度はただただ不気味でしかなかった。


「な、な、なら、何故」

「何故皆さんと一緒に殺さなかった、ですか? 貴方が少しも動かれないものですから、逆に殺りにくくて……申し訳ありません、何分戦場で木偶の坊は殺したことがないものですから」


 カタカタ。カタカタ。

 騎士の持っていた剣が小さく揺れ、鎧が小さく音を立て始めた。魔法も使っていないのに、足元には刺激臭を放つ水たまりができている。

 アメリアはそんな騎士を見て、ニッコリと微笑んだ。


「ふふ。大丈夫です。一瞬で皆さんと同じ場所まで送って差し上げーー」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」


 咆哮。

 我慢の限界を迎えた騎士が、剣を振り上げた。情けなくも身体強化すらかかっていない代物であり、それを見たアメリアの中では何かが冷めた。



 ボンッ



「……ぇ、ぁ」


 何かが破裂するような音とともに、騎士の腹部が鎧ごと丸く弾け飛んだ。そして、剣を振り上げた態勢のまま、バシャリと血だまりに倒れ伏した。


「最期まで、締まらない方ですねぇ」


 正拳突きを解き、血を飛ばすように軽く手を振ったアメリアは、呆れたようにそうつぶやいた。




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