零番
小説ってこんな感じでいいんでしょうか。
とりあえず好き勝手に書いていくつもりですので、趣味の合う方はよかったらどうぞ。
世に生を得るは事を成すにあり。
その男の生に、後悔はなかった。
ただ身体を鍛え、気功を研ぎ澄まし、技を磨いてきた。
ただ壊すために。自分ではない誰かを殺すために。
そこに後悔はなかった。
そもそも、拾われ、そうあれかしと作られた存在故に。
善悪の概念を持ちながら、己が行いに疑問を差し挟むことはなかった。
ただ、希薄な感情を持った兵器として。育て親にして、創造主たる組織に仕えてきた。
しかしある時、男は病を患った。
極限まで鍛え上げた身体すら蝕み、確実に死をもたらす、不治の病だった。
組織は、男に無期限の休暇を与えた。
それは、組織に人生を捧げてきた男に対する最初で最後の慈悲だった。
だが男は戸惑った。
「何をすればいいんだ」
ただ組織に言われるままに生きてきた。
己という道具を、組織が使ってきた。
その使い手に「好きにしろ」と言われてしまえば、道具である自分に意味など無い。
結局男は、答えを育て親に求める。
返答は、
「自分のために生きろ」
だった。
男を殺人機械として育ててきた者の言葉とは思えないかもしれない。
しかし。
あまりにも残酷とも言える言葉。
何十年の人生を道具として使っておきながら、余生あと何週間を報酬として与えたのだ。
それならば、最後まで道具として使い潰してくれてよかった。
それならば今。これほど悩み苦しむことはなかった。何も考えることもなく、壊し、殺し、それだけで終わることが出来た。
男は考えた。
与えられた任務をこなすことにしか使ってこなかった頭をひねり、ただ考えた。
組織から追い出され、あてもなく道を歩き。
空を見。雲を見。蝶を見。花を見。木を見。山を見。森を見。川を見。魚を見。鳥を見。
また空を見上げた。
男は考えた。
何をすればいいのかを。
そうして、ふと思った。
道具である意味は既に無い、しかし、人としての己にも、何の意味も無いことに。
これまでに成してきたことは全て、道具としてやってきたこと。
ならばそれらの道程は己の使い手のものであり、己自身は何も成してはいないことを。
男は思った。
「自分のために生きろ」とは、「己が生の証を立てよ」ということなのだと。
自分で自分を使い、事を成せ。
それが、男が必死に考え導き出した答だった。
ようやくその世界で息づいた男が答えを見つけて三日後。
その一帯より、一時だけ、ありとあらゆる犯罪が消えた。
男の出来たことは、結局殺戮だった。
……それでもそれは。ただの道具だった男が己が意志で成した、最初で最後の意味ある破壊だった。
魔法大国ティルジオン。
その名に恥じることなく、魔法中心の国家であり、保有する魔法使いの数は他国の追随を許さない。歴史の古い国家でありながら、魔力が強くかつ魔法を扱うことができれば、貴賎を問わず重用された。
逆に、魔法を使えなければ高い身分があっても冷遇されるという両極端の国風があった。
その文化は上から下まで浸透しており、貴族王族は魔法を使えることこそが義務とされるほど。使えない者は、例え貴族であっても、いや貴族だからこそ民草にも侮られる始末である。
……そんな国に、かつて無いほどの才能を持った王女が生まれた。生まれた頃よりその身体からあふれる魔力はまさに膨大。早いうちに魔力の制御方法を独力で身につけ、自身の強大な魔力をその小さな身体に収めてしまう様は、彼女の輝かしい未来の姿を想起させた。さらに聡明かつ温厚で、幼い時分は周囲の評判は最高潮にあったと言っていい。
しかし、ある時そんな完璧とも思えた王女に、致命的とも言える欠点が見つかったのだ。
彼女は全くと言っていいほど、魔法を使うことが出来なかったのだ。強大な魔力と、卓越した魔力操作技術を有しながら、蝋燭に火を灯すことすら出来なかったのだ。
周囲の人間は、まるで手の平を返すように彼女に蔑みの視線を送るようになった。親兄弟、騎士から女官、侍女に至るまで、城内から彼女の味方は一人もいなくなった。
ティルジオンの王都、アルガレオンの中央にそびえ立つ白亜の城の一室で、その王女はドレス姿で立っていた。
齢十二ながら、際立つ美貌に達観した笑みを浮かべ、磨き上げられた姿見に映った己の姿を見つめている。下手な貴族よりは豪奢な装いではあったが、他の兄弟姉妹と比べれば質素なものであり、一応王族としての扱いは受けているもののそれほど気にかけられていないことがその姿でよく分かった。
「それでは、出発の用意ができ次第お声をおかけに参りますので、しばしこちらでお待ちくださいませ」
王女の着付けを手伝っていた侍女が、機械的に王女に声をかけた。侍女は目こそ彼女に向けてはいたものの、そこに浮かぶ感情は無関心。およそ自分の主に向けるような視線ではなかった。
しかし、王女は大して気にした風もなく、穏やかに、緩やかに頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
その振る舞いには、微塵の淀みも存在しない。ただ魔法を使えない、その一点さえ除けば、完璧なのだ。
だが侍女はその微笑みに背を向けて鼻を鳴らし、不遜にも頭も垂れることなく部屋から出て行った。
そして、部屋の中にいるのは王女一人となった。
「ふぅ」
誰も居ないことを確認した後、王女は表情を崩した。
いや、というよりも表情から一切合切の感情を消した。
彼女は部屋の豪奢な内装には目もくれず、部屋の窓を開け放ち、晴天の空を見上げた。
「そろそろ、飽きたな」
魔法大国ティルジオン王家第三王女、アメリア・フォン・セルディール・ティルジオン。
今度は最初から、正真正銘一人の人間として生まれ、流されただ漫然と生きながら、彼女は偶然に得た二度目の生の意味を探していた。