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再生屋  作者: うわの空
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8/10

08

 ――昔々。あるところに、父親と二人で暮らす女の子がいました。母親がいない寂しさは感じても、不自由なことなどない生活。女の子はすくすくと、育っていきました。

 大人になった彼女は、従兄に恋をしました。

 従兄の男は、誰が見ても『軽い男』でした。高校生の頃は地元で有名なヤンキー。高校を卒業すれば音楽家ミュージシャンを名乗るフリーター。暴力団とつるんでいる、変な薬をやっている、あらゆる女に手を出しているという噂もありました。けれど、恋をした女の子には、そんな声が聞こえるはずもありません。

 彼女は男の言うまま、奴隷のようにつくしました。


 そうして彼女は、男との子を、はらみました。




 俺は、雪の腹に目をやった。彼女は俺の視線に気づいて笑う。


「あたしは意気揚々と、その男の元へ向かった。馬鹿だからね、結婚してもらえると思ってたの。今思えば、あいつのどこがよかったのかさっぱり分からないんだけどさ。まあ、恋は盲目ってやつよね」

「……結婚、しなかったのか」

「それどころか、堕ろせって言われたよ」


 目の前にその男がいたら、間違いなくぶん殴っている。雪はえへへ、と力なく笑うだけだ。


「お前なんかただの『便器』に決まってるだろ、だって。酷い言い方してくれるよね。……酷い男につかまったことか、子供を堕ろせって言われたことか、酷い言い方されたことか、それでもまだ彼のことをあきらめきれない自分の馬鹿さ加減か。――どこに焦点当てたのかわかんないけど、とにかく悲しくって、泣きながら家に帰ったよ」

「……父親に相談は?」

「できるはずない。ただでさえ、男と付き合ってることを隠してたんだから。それがいきなり妊娠したなんて、言えるはずないでしょ? だから、部屋で一人で泣き続けたよ。……誰にも、相談できなかった」


 語尾が震え、雪はふう、と息を吐いた。


「それがさ。堕ろせって言われた翌週に、その男の死体が発見されたの」

「……え?」

「――心臓麻痺だったみたい。他殺の線は無し。死体も確認したけど、それはもう綺麗なもんだったよ」


 タイミングがいいのか悪いのか、なんだか出来すぎてるでしょ、と雪は呟いた。確かに、堕ろせと言った翌週、男が死ぬというのは出来すぎているかもしれない。けれど、


「それは、お前のせいじゃないだろ」

「どうかな。……でもさ、ここからあたしの馬鹿っぷりが発揮されるんだ」




 ――男の葬儀に出席してから三日三晩、女は泣き続けました。

 お前は遊びだった、子供は堕ろせ、お前は便器だった。それだけ言われたはずなのに、それでもまだ男のことが好きだったからです。子供がいれば、家族になれば、きっと男も変わってくれたに違いない。女は、そう信じていました。

 もう一度やり直せればいいのに。――彼が、生き返ればいいのに。

 そう思った、時でした。


『あの男を、生き返らせてやろうか』


 そんな声が、聞こえてきたのです。

 女は、自分の部屋を見渡しました。父親はもちろん、自分以外は誰もいません。

 しかし、声の主は確かに、女に語りかけました。


『お前の望み通り、男を生き返らせてやろうか。その代わりに、対価をもらう』

「たいか……?」

『お前が「顔」も「名前」も知らない人間の命、一人分だ』




「それって、お前の……」


 絶句する俺に、雪は微笑む。


「あたしね、本当に馬鹿だから、人のことなんて考えないんだ。彼が生き返ってくれれば、自分の知らない人間が死んだって構わないと思った。彼が生き返って、子供を産んで、家族三人で暮らして。そしたらきっと幸せになれるって、どうしてかそう思い込んでたんだ。だから、契約したの」


 そうして彼は生き返り、雪が『顔』も『名前』も知らない人間が一人、死んだ。


「……さて、ここで質問。あたしの自分勝手な契約で、いったい誰が死んだと思う?」

「え? それは、お前だって知らないんじゃないのか。だって、犠牲になったのは、お前が『顔』も『名前』も知らない人間だったんだろ?」

「そうだよ。……でも、あたしはその人を知ってた」


 雪はそこで言葉を切ると、自分の腹にそっと手を置いた。


「あたしはその人の存在を知っていて、――けれどその子の『顔』も『名前』も知らなかった。もう二度と、知ることもできない。……あたしの、せいで」


 彼女の言葉と、涙。それが何を意味するのか、国語の苦手な俺にでも理解できた。

 死んだ男を蘇らせ、子供と三人で暮らす。そのために彼女は契約を結び、対価として子供を――『顔』も『名前』も知らない胎児を、失った。


「本末転倒とは、まさにこのことだよね。結局、あたしのもとには馬鹿な男だけが戻ってきた。めでたくもなんともない話でしょ。そそのかしてきた『声』もうまいこと言うよね。顔も名前も知らない人間なんて言い方されたら、遠い異国の人間のことかと思うもん」


 彼女は肩を落とし、首を傾けて笑う。失ったものに、手を当てたままで。


「……でもね。この話はこれで終わりじゃない」

「え?」

「あたしだって、生まれた時はごく普通の人間だったんだよ? 人の家に侵入したり誰かを生き返らせたり、そんな能力持ってなかった」

「それじゃあ……」


 話の続きを察した俺に、雪はうなずいた。


「声の主――悪魔と契約したから、だよ。悪魔と契約した人間はね、悪魔になるんだって」


 俺の彼女ならよく知っていそうな話だが、あいにく俺はその手の類のものは信じていない。……いや、信じていなかった。雪に出会うまでは。


「……悪魔になったら、そういうことができるようになるのか?」

「多分ね。あたしの場合、あたしが契約した内容と同じようなこと――誰かを生き返らせるだとか、そういう能力が手に入った。それからね、……今話してた昔話、いつのことだと思う?」

「いつのことって……」

「もう三十五年以上、前のことなんだ」


 言われて、俺は雪の顔を確認してしまう。どう見ても、三十歳は超えていないように見える。なのに、今の話が三十五年以上前の話?

 困惑している俺を見て、雪は苦笑した。


「不老不死ってやつ、だよ。だから言ったの、年齢なんてもう分からないって。あたしの容姿は、男に『便器』扱いされてた時となんら変わり無いんだ。――最初の三年くらいかな、死ぬためだけに労力を使ったけど、すべて徒労に終わった」


 死ぬために何をしたんだ、とは聞けなかった。

 雪は苦笑すると、「話があちこちに飛んじゃうんだけど」と前置きし、続ける。


「馬鹿な男を蘇らせたときにね、その男が妙な事を言ったんだ」

「妙な事?」

「『俺に近づくな。――あいつが、××が、俺のことを殺したんだ!』」

「××?」


 それは、聞き覚えのない人物名だった。恐らくは、女の名前だろうか。

 ――××に殺された。

 けれどその男は、心臓麻痺で死んだはずなのに。


「どういうことだ?」

「実はね、まだはっきりとしてない。あたしもその××っていう名前に覚えはなかったし、男の方は混乱というか錯乱状態で、何を話してるのかさっぱり分からなかった。けれどどうも、男には『死ぬ前』の記憶もちゃんと残ってたみたい」

「死ぬ前……」

「そう。悪魔と契約したあたしはもちろん、蘇ったその男も、『自分が一度死んだ』という事実を知っていたんだ。そしてその男だけは、自分の死の真相を知っていた。自分がどうして死んだのか、はっきりと覚えてたの。――××が来る、殺される、俺から離れろ気持ち悪いって、壊れた人形みたいに繰り返されたよ。何を訊いても答えは一緒だった」

「それって……」

「××。あたしが忘れてしまってる人物が、もう一人いるはずなんだ。この物語には」


 壁の向こう側を透かすように見つめながら、雪はそう言った。

 ××。男以外、誰もが忘れている人物。


「誰なのかは分からない。どんな人物で、あたしとどう繋がっていたのかも知らない。けれどきっと、大切な人だったと思うの」

「……その人間を、探してるのか」

「そう。――子供を失って不老不死になってさ、途方に暮れているあたしに、声の主がまた囁いてきたんだ。『再生の能力を使って、あらゆる人物と接触しろ。誰かを殺し、誰かを生かすことを生業としろ。そうすればいつか、お前の知りたがっている人物にたどり着く』。……あの悪魔の言うことだから、どこまでが本当かは分からないけれど。けれど、少しずつ××に近づいてるんだって信じるしかないの」


 あたしにはもう、その××しか残っていないから。雪は苦笑した。


「ねえ、仁志君。なんでもいいんだ。××って人物のこと、何か少しでも思い当たる節はない? 本当に、なんでもいいから」


 悪魔の言うことが本当なら、もしかしたら俺も××と接触しているのかもしれない。ほんの少しだけ期待を込めた雪の目。それを見てまた、脇腹の古傷が疼く。

 夜中の河原。震える同級生が持ってきたナイフ。――どうして、あの時のことを思い出すのだろう。


「……悪い。なんも思い出せねえよ」


 俺が謝ると、雪はふるふると首を振った。「なんせこちとら不老不死だからね、時間はいくらでもあるんだ」――そう笑う雪に、俺は問いかける。


「お前が契約して蘇らせた男は? 今、どうしてんだ」


 錯乱し、殺されると繰り返した男。そいつならすべてを知っているはずなのに、どうして聞き出そうとしないのだろう。

 ――あたしには××しかいない。そう言い切った雪は、すうっと目を細めた。まるで、


「……あの男、今度こそ生き返ってないといいけどね」


 それはまるで、悪魔のように。


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