表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再生屋  作者: うわの空
2/10

02

 ――その翌日。俺は再び、腰を抜かしていた。

 昨日、心不全で死んだと騒がれていた俳優が、普通にテレビに出演しているのだ。腰くらい抜かしても仕方がないと思う。むしろ、目玉が飛び出なかったのが不思議だ。

 例の俳優は、生放送であるはずの『テッコの小部屋』で、普通に話して普通に笑っていた。奇跡の生還をうたっているわけでもない。あくまでも普通に、トーク番組に出演している。まるで、昨日の訃報なんて『なかった』ことのように。


「すごいでしょー。これが、あたしの能力チカラなんだよ」


 昨日と同じく自分の隣から不意に声が聞こえて、俺はのけぞった。昨日と同じ女が、昨日と同じ場所に、昨日と同じ格好で座っている。今度こそ、目玉が飛び出すかと思った。


「いやだから、どうやってここに入ってるんだ!?」

「企業秘密だってば。そんなに入ってほしくないなら、もっと厳重な警備体制でも整えたら? やるだけ無駄だけど」

「……どういうことだ」

「人間はねー。現れるべき人の前に、必然的に現れるんだよ」


 よく分からない理屈を述べると、女は目を細めた。


「どう? あたしの話、信じてくれた?」

「……これ、詐欺か? それとも大がかりなドッキリ?」

「君みたいな貯金も少ない一般人に、こんな大がかりな詐欺もドッキリも仕掛けないよ」


 彼女はあきれ果てたようにため息を落とすと、どこからか持ってきたらしいミルクティーを、どこからか持ってきたらしいガラスのコップに注いだ。どこからか、というかまず確実に俺の家だ。少なくとも、ガラスのコップは。

 そうして旨そうにミルクティーを一口飲むと、昨日見せたようににんまりと笑った。


「あたしの能力を、説明してあげよう」


 どこかの社長のように偉そうな口調である。彼女はどこまでも嬉しそうに、テレビ画面を指さした。


「あたしの能力その一。人間を生き返らせる」


 女がそう言った途端、テレビからどっと笑いが漏れた。タイミングが悪いなあと呟きながら、彼女は人差し指と中指を立てる。


「その二。生き返らせた人間が死んだという事実を消去する。今回の場合、あの俳優さんが死んだという話は、誰も知らない。――あたしと、お客様である君以外は、ね」


 テッコの小部屋の司会者も、生き返った本人も、何事もなかったかのようにトークを繰り広げている。――彼らは、何も、知らない。


「ま、大きな能力はそんなところかな。お客様のお望みとあらば、どんな人間でも生き返らせるよ。すでに火葬された死体はもちろん、バラバラになってる死体でも、骨すら見つかってない死体でも、『再生屋』にお任せあれー」

「さいせい……?」

「ビデオの再生とか、そういう意味じゃないよ。生き返らせるって意味。――あたし、人間を生き返らせる『再生屋』なの」


 縁起と景気のよさそうな声で、彼女はそう宣言した。納得がいくとかいかないとか、そういう次元を通り越している。俺が「はあ」と声を漏らすと、彼女は不満げに頬を膨らませた。


「まだ信じてくれてないわけ? しつこいなあ。なんなら、通り魔に殺されたっていう君の彼女を生き返らせてみなよ。お金なんて要らないから」

「……あんたのそれ、ボランティア活動なのか?」

「ボランティア? まさか。言ったでしょ、再生屋だって」


 あたしにとってこれは仕事だからね、と彼女は笑う。


「生き返らせるなら、対価をもらう。今回、あの俳優さんを生き返らせる時も、勝手に対価をもらった」

「え!? なんだ、何を盗んだ!?」


 焦燥し部屋を見渡す俺を見て、彼女は吹きだした。茶色の髪が、ふわりと揺れる。


「安心してよ、君の物は何も盗んでないから」

「え、じゃあ……」

「人間を生き返らせるのに必要なものは、お客様の物じゃないんだ」


 彼女は頬杖をつくと、こちらをまっすぐに見つめ、囁いた。


「お客様があたしに仕事を依頼した場合。――誰かを生き返らせてほしいと願った場合。その人間を生き返らせるのに必要なものはね。……お客様が『顔』も『名前』も知らない人間の命、だよ」


 彼女の言葉を、俺はうまく飲み込めない。よほど変な顔をしていたのか、彼女は俺の顔を見て爆笑した。


「つまりねー、君が『今は亡き恋人』を生き返らせるようあたしに依頼した場合。君が『顔』も『名前』も知らないような赤の他人が一人、死ぬってこと」


 画期的な商品でも紹介するセールスマンのように、彼女は目を輝かせている。俺は目を輝かせるどころか、作り笑いをすることすらできない。第一、彼女は先ほど何と言った? 俳優を生き返らせるために、『勝手に対価をもらった』と言っていなかったか。だとすれば、


「今回、あの俳優を生き返らせるために、どこかの誰かが死んだのか……?」

「そーゆーことだね」


 あっけらかんと言ってのける女は、悪びれている様子もなかった。相手が男なら、間違いなく殴っている。けれど、相手は女だ。それでも俺は、相手の胸ぐらをつかんでいた。女はひるむことなく、俺の方を見ている。


「お前、マジで言ってんのか!? 誰かを生き返らせるために、誰かを殺せってのか!?」

「別に、君に手を下せと言ってるわけじゃないよ。ねえ、なんでそんなに怒るの」

「ああ!?」

「赤の他人が死んだって、君はそれを認知できない。今この瞬間、この世界で何人が死んでると思う? 君が『顔』も『名前』も知らない人間が、何人死んでるか知ってるの? ……それが一人増えたところで、君にはなんのダメージもないはずじゃない」

「っ……」

「どこかで誰かが死ぬかわりに、自分の最愛の人が戻って来る。ね、ハッピーでしょ?」


 邪心など一切込められていないような女の断言っぷりに、俺は言葉を失った。力が入らなくなった指先から、女の服がするりと零れる。皺の付いたタートルネックをひきのばしながら、女は息を吐いた。


「彼女との思い出、いっぱいあるんでしょ?」


 ――彼女が選んだグレーのソファ。木製のフライ返し。俺が名前も知らない観葉植物。色違いの歯ブラシ。観覧車の形をした写真立て。

 くるりと部屋を見回し、女は微笑んだ。


「見ればわかるよ。色んなものがいっぱいあるもん。この部屋に彼女はもういないのに、彼女との思い出だけはありありと残ってるんだ。――ねえ、それが余計に悲しくて、寂しくて、泣いてたんじゃないの……?」


 昨日捨てたはずのポケットティッシュを、女は俺の手元に投げてよこす。自分が今どんな表情をしているのか、想像するだけで嫌気がさした。


「ねえ。あたしにとって、これは単なるビジネスだよ。善も悪も関係無いの。あたしはあたしのために、仕事を探してる。お客様を、探してる」


 抑揚のない声に、俺は首を振った。


「だからって、こんなの……」

「突然いなくなった彼女に、会いたいんじゃないの?」


 ――会いたい。けれど、こんな方法は。

 うなだれる俺に、彼女は息を吐いた。


「じゃ、ちょっとサービスしてあげようか」

「え……?」

「君の恋人ってさ。通り魔に刺されたんだよね?」


 俺のことを試すように、女は首を傾げる。俺はうなずいた。


「犯人は、君にとっても彼女にとっても見ず知らずの第三者……って話だよね?」

「……ああ」

「それじゃあその犯人は、君が『顔』も『名前』も知らない人間ってわけだ」


 その言葉の意味を悟って、俺は顔をあげる。柔らかく微笑み、こちらを見つめている女。その表情は少しだけ、――ほんの少しだけ、彼女に似ていた。


「君の恋人をよみがえらせる代わりに、君が『顔』も『名前』も知らない犯人の命をもらう。この条件ならどうかな。……小村こむら仁志ひとし君?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ