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再生屋  作者: うわの空
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 彼女を殺害した犯人が捕まって、丸一年経った。彼女を殺した犯人は服役中だが、「出所したら被害者の墓参りに行きたい。この罪は一生かけて償おうと思っている」と語っているそうだ。

 さて。一年間で俺は何をしていたかというと、それはもう自堕落な生活を送っていた。大学も単位を取れる程度にサボり続け、必要最小限のバイトだけして、――彼女の遺品を整理して。一年かけてようやく、気持ちの整理がついたのかもしれない。

 そんなこんなで今日は久々に、まともに講義に出席した。ちなみに休んでいる間は、友人の森野にノートや代返を頼み続けていた。その件について、森野に散々ぐちぐち言われたが。代返するのだって大変だとかなんだとか、休んでいた分のノートのコピーは一枚あたり五十円要求するとか。……こいつもなかなか、容赦ない人間になったもんだ。中学の頃は、おどおどしてるだけのチビだったくせに。

 それでも、単に腫れもの扱いされるよりかは、居心地がよかった。


 結局、ノートとプリントのコピーについては、学食で昼食を奢るという話で落ち着いた。とはいえ、学食の中では割高なAランチに、併設されてるカフェのコーヒーとパフェまでつけるはめになったが。


「……なあ森野」

「なに?」


 食後のチョコレートパフェを頬張っていた森野が、口の端に生クリームを付けたままこちらを向く。男なのにそんなもん食べて恥ずかしくないのか、とは言わない。森野と向かい合っている俺も、キャラメルパフェをつついていたからだ。


「お前さ、……すっげー聞きにくいんだけど、あの夜」


 あの夜、というだけで察しがついたらしい。森野の顔から笑顔が消えた。

 あの日。夜の河原。ナイフを持ち出した森野。それを鼻で笑った、俺。


「あの夜、誰か傍にいなかったか?」

「え?」


 俺の質問が森野の想像と違っていたのか、森野は首を傾げた。


「目撃者とか共犯者とか、そういうのがいたかってこと?」

「いや……。やっぱりいいわ、忘れてくれ」


 あの時、森野に共犯者がいたなんて考えていない。あの河原に、俺と森野以外誰もいなかったこともはっきりと覚えている。けれどなぜか、第三者があの場にいた気がするのだ。

 森野は眉をひそめたまま、それでも着々とチョコレートパフェを食べ進めていく。俺はキャラメルシロップのたっぷりかかったバナナを口に運び、あまりの甘さに悶絶した。


「――……大切な事なら、きっといつか思い出すよ。思い出そうとすればするほど、かえって思い出せなくなるものだしね」


 同じようにチョコシロップのたっぷりかかったバナナを咀嚼しながら、森野が呟いた。チョコパフェに視線を落としたままで、ゆっくりと微笑む。


「そんなことを僕に言ったのは、そっちだったはずだけど?」

「……ああ、そうだな」


 俺が苦笑すると、パフェをきれいに完食した森野がスプーンを置いた。


「その、『ピンクのティッシュを配っていた誰か』のことも、いつか思い出せるといいね」

「ああ。とはいえ、一生かけて探すことになりそうだ。こんなティッシュ、全国各地でごまんと配ってるからな」


 あの日、ジャンパーに入っていたポケットティッシュを右手でひらひらとさせながら、俺は笑う。それを見て、森野も笑った。


「でも、大切な人なんだよね?」

「ああ」

「だったら、いつかまた会えるんじゃないかな」

「――だといいけどな」


 昼休みも終わりに近づき、学生たちがぱらぱらと減っていく。次の講義が休校になって暇を持て余している俺と森野の隣を、学生の集団が笑いながら通り過ぎた。かと思えば、その集団の後ろを女が一人で歩いていく。一人で学食にいる奴なんて大学では珍しくないが、俺は何の気なしにその女を見た。

 紺のジーンズ。白のタートルネック。桜色のパーカーの上で、ふわふわ揺れる茶色の髪。


 彼女がこちらを一瞥して微笑んだ理由を、その時の俺は理解できなかった。



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