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最初に口を開いたのは高崎君だった。
躊躇いがちな、歯切れの悪い切りだし方だった。
「その、この前は、悪かった。最近お前のことで頻繁にネタにされててイライラしていた。あれ、本心じゃないから。あいつらを黙らせたかっただけで……」
長くしゃべる姿を見ながら、彼らしくない、なんて思ってしまう。実際、こんな風に言い訳するのは慣れてないのだと思う。言いにくそうに詰まりながら話す姿に、もう良いよ、と思う。無理して謝らなくても良い。そんなに気を使わなくていい。
私はぽんぽん言い合えるのが楽しかった。好きだった。私の事を好きじゃなくても、気を使わなくて良い存在って思われてたのが嬉しかった。実際はそうじゃなかったのだけど。
「だから、ほんとはネタなんて思ってなかったし、俺は、別にお前のこと……」
言葉を詰まらせる高崎君に、私は苦く笑って首を横に振る。
「うん。もう良いよ。……たださ、邪魔してたのも、迷惑かけてたのも本当だし、そのせいでからかわれたんなら、やっぱり私のせいだし。私の方こそごめんなさい」
改めて謝ると、高崎君が焦ったように口を開く。
「ちが……」
「ううん。全部言わせて」
私は高崎君の言葉を遮って、これ以上彼に気を使われないよう先手を打つ。
「この前は、ちゃんと謝らずに逃げちゃってごめんなさい。そのせいで、また迷惑かけちゃったもんね。心配してくれてたんだよね、ありがとう。それと、さっきも泣いてごめん。勝手な事言ってごめん。もう私の事は気にしなくて良いよ。高崎君のせいじゃない。鬱陶しいって言われてるのに付きまとった自分のせいだから。もう良いよ」
一気に言い切ると、少しだけほっとして。でも、まだ身体はこわばったように緊張している。最後の仕上げをしないといけないから。一番大事なことを、笑顔で。
私はすぅっと息を吸い込んで、出来るだけいつも通りの笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日はありがとう。追いかけてくれて、嬉しかったよ。ちゃんと話せてよかった。……今度こそ、さよなら」
返事は聞かなかった。
彼がどんな顔をしていたかは分からない。私はすぐに背を向けて、最初に予定していた駅に向かって歩き出したから。
高崎君がほっとした顔をしてなかったらいいな。でもって、ちょっとは寂しいと思っててくれたら、良いな。
そんな事を考えながら、何とか笑顔はキープする。でもこわばった笑顔のまま、また涙が込み上げてくるときの喉の痛みが込み上げてきた。
「だからそうじゃないって……!! 相変わらず人の話を聞かねぇ女だな!!」
ぐいっと腕を引かれて、振り返ると、彼が苛立たしげに吐き出した。
さっきまでの殊勝な態度とは打って変わって、彼らしい、と思ってしまう。
「邪魔だけど、邪魔じゃねぇよ」
そんなふうに嫌そうに顔をゆがめないで。
吐き出すように呟かれた言葉と表情に、胸が軋むのと同時に顔が歪む。
「でも、邪魔なんでしょ? もう、やだよ、邪魔とか思われるの」
「だから、邪魔じゃねぇって」
溜息交じりのイライラした様子に、また胸がずきんと痛む。
ああ、またやってしまった。ちゃんと考えて物を言わないとまた高崎君に気を使わせてしまうのに。
だから、今度は高崎君が気を使わずさよならできる言葉を選ばないといけない。
「うん。……ありがと、わかった。邪魔じゃないって言ってもらえて、嬉しいよ」
せっかく、そう言ってくれてるんだから、素直に受け止めておこう。そしたら彼に嫌な思いをこれ以上させずにすむ。もう、その気持ちだけで十分だから、後はこれ以上彼に甘えなければいい。そしたら迷惑をかけずにすむ。
何とか笑って肯いてから、「じゃあ」と、また背中を向けたけど、彼の手は離れない。
「全然分かってねえだろ、その態度」
むっとした様子で彼が唸った。
分かっている。高崎君は私の事を傷つけたくない程度には悪く思ってなくて、でも、からかわれるとイライラする程度にはひっついてくる私は邪魔だし、そばにいて欲しくない。嫌いじゃないけど、それなりに鬱陶しい、というところだろう。
だから、きっと私が離れていくということは、高崎君は私を傷つけたみたいでいやなんだ。でも私だって、鬱陶しいと思われてまでそばにいたくない。私の事で高崎君がからかわれて、高崎君が嫌そうにするのは嫌だ。
もっとおとなしく話しかけられたら良いんだろうけど、私はそういうのは得意じゃない。だったら、離れてしまう方がきっとお互いのためにいい。
高崎君こそ、自分の言っている意味が分かってない。
きっと高崎君は今まで通りで良いといってくれているんだと思う。一時的な優しさで許そうとしているけど、でもそれは私がこれからも高崎君に迷惑かけ続けることを意味する。それを耐え続ける気なんだろうか。どちらかが耐え続けなきゃ続かない関係なんて、おかしいから絶対駄目なのに。
「高崎君こそ」
思わずこぼれた言葉を誤魔化すように掴まれた腕を無理矢理引き離す。そしてそのまま駆け出した。
どうしたらいいか分からなくて逃げ出したかった。さっきまで自分は冷静になったように思えてたけど、やっぱり駄目だった。高崎君を前に、落ち着いて話しなんかできるわけがなかった。向かい合っているだけでいっぱい感情が溢れてくる。いっぱい気持ちをぶつけたくなる。
私がもっといい距離感で関われる人間だったら、もっと上手に関係を築けたかもしれない。でも、私は体当たりするか、離れるかぐらい両極端な関わり方しか出来ない。
だったら、叫んでしまう前に逃げなきゃ。もう、傷ついて叫んでぶつけるような真似はしたくない。
「だからっ、何でお前は逃げる……!」
なのに、耳元で焦ったような怒鳴り声がして、後ろから羽交い締めにされ、結局また高崎君につかまって、また感情が溢れる。
「もう、分かったってば、ほおっといてっ」
「分かってねぇからだろうが!」
苛立ったような高崎君の怒鳴り声に、私は叫び返す。
「分かってる!」
「分かってねぇ!」
「分かってるってば! でもやなの!」
「だから分かってねぇつってんだろ、ちょっと黙れ!」
羽交い締めにされたまま押し問答をしてると、そのまま、口に手が押さえつけられて、無理矢理黙らされる。
「んーっ、んー!」
暴れてるのに、高崎君は私を押さえつけたまま動かない。それでも暴れていると、抱きしめるようにぎゅっと腕に力を込められていく。
何で、抱きしめるみたいに……っ
涙腺が弱くなっているのか、また涙が出る。
高崎君は、ひどい……!
私の首の辺りに顔を埋めるみたいにして、ぎゅっと抱きしめられて。
「鈴、頼むから……」
苦しげに呟かれた言葉が耳に届いて、口元を覆っていた手が外れて、両腕が巻き付くように私を抱きしめて。
がっちりと捕まえられてその腕を振り払えない。その代わりようやく自由になった口で、耐えきれずに叫んだ。
「何で、こんな事するの……? 好きでもない癖に、こんな風に私に触ったりしないで!」
涙で喉が引き裂かれそうになりながら、それでも軋む喉を張り上げて叫んだ。