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悲しい気持ちとか、苦しい気持ちとか、隠すのなんて全然平気。
一人の時にでもわーって吐き出して泣いて、嬉しいこととか、幸せなことを出来るだけいっぱい受け止めていたら、ちゃんと普通に笑っていられる。笑っている間はどうしても苦しい気持ちに目を背けることになるけど、向き合えるときに向き合っていれば、それなりにごまかせるもんだ。
天気は良いし、青空だし、風は気持ちいいし、友達は笑顔でおはようって声をかけてくれる。おはようって笑顔を返したら、何でもない話で楽しく笑える。
うん。だから私は大丈夫。
目の端に高崎君を見つけたけど、すぐに目を逸らして見ないフリをした。さすがに本人を目の前にすると自分を誤魔化して笑っているのは辛いから。一生懸命意識の外に追い出して、気付いてないふりで自分を誤魔化す。
「鈴、高崎君いるよ」
友達が「鈴にしては気付くの遅かったね」なんて笑いながら教えてくれる。
私は笑って彼女を見た。上手く笑えてるかな。
「うん。でも、ふられちゃったから、もう良いの」
「え、何で……」
心配そうな顔になったのを、私はなんて答えたらいいのか悩みながら、笑って誤魔化す。だって、今までだってさんざんふられ続けているのは彼女も知ってるから。それでもめげずに頑張ってたのに、何で今更諦めたのか分からないのだろう。
「うん。いいかげんに迷惑かけてたのに気付いた。大人になったでしょ!」
胸を張って「どうだ!」と笑うと、彼女はちょっと悲しそうな顔をして、でもすぐ笑顔でからかうように返してくれる。
「うんうん、大人大人。でも自分で言ってたらダメだよね~」
笑って小突いてくる手が優しくて、涙出そうなぐらい嬉しかった。
「えー。ひとつ恋を乗りこえて一皮むけた新生鈴ちゃんなのに! 大人の階段一つ上ったんだけど?!」
「ないない」
呆れた素振りで彼女は手を振って笑い飛ばす。そんな会話が、ちょっとへたりそうになった私の心を支えてくれた。
高崎君に振られて一週間過ぎた。また日曜日。
本気で好きだったから、簡単に諦められるはずもなく。会いたくて会いたくて苦しい。怒鳴られても良いから話をしたい。ときどき見せてくれる笑顔が頭から離れない。
長い長い一週間だった。でも、これからも会いに行けないんだから、きっとこれからも、忘れられるまで、きっとずっと長くて苦しい毎日が続く。
そう思うと、ずぅんと落ち込んでしまう。
悲しい気持ちとか、苦しい気持ちって吐き出しやすいけど、この落ち込む感じだけは、すごく吐き出しにくい。一回ず~~んってどこまでも落ちてみないと浮上しにくい。
でも落ち込むのって、すごく苦しいからすごく苦手。
「あー、ちょっと気分転換してくるか」
こういう時は外へ行くに限る!
なのに外へ出てまた落ち込む。
やばい。行動範囲の至る所に、高崎君との思い出が……!
あそこで高崎君に告った(何度目かは不明)。ここでは高崎君にダイビングアタックしかけて華麗に避けられた。さっきの所では高崎君とバイバイした。
なにこれ、感傷浸りツアーになってる。全然気分転換にならない。ていうか、どうして高崎君の行動範囲の所ばっかりに、無意識に足を向けてるかな! 無意識って恐ろしい!
もっと違うところに行こう……。
そう思って歩き出したところで、私はぴたりと足を止める。
こんなに離れててもすぐに見つけてしまう自分が悲しいというかすごいというか、もうこれって愛だよね!
そもそも無意識に高崎君の行動範囲のトコに来てるからなんだけど!
進行方向ずっと先に米粒のような高崎君を発見してしまった私は、あわてて方向転換すると、足早に元来た道を戻っていく。
やばい、こっち駅とは反対方向だし、どうやってあっちに行こう。えーっとあそこで右折して、ぐるっと迂回してからあの道に戻って……。
背中の向こうに高崎君がいるのだ。顔を合わせずに移動しないといけない。たぶんきっと彼は気付いてないから早足で……。
そこまで考えて、悲しいぐらい泣きたくなって、笑うしかなくなって、笑う。
気付かれないようになんてしなくても、どうせ気付いていたら、今頃高崎君も他の道に入っているだろう。
この一週間、どうしても高崎君を無意識に見つけて目で追っかけてしまうことがたびたびあった。そして結構な高確率で彼と目が合った。その度にすごい顔されて、慌てて顔を背けてきた。そんなにこわい顔しなくても、もう話しかけたりなんかしないのに。
こんなに嫌がられていただなんて思いもしてなかったから、さすがに結構ショックだった。ばったりあって「まだ追いかけてきてるのか」とか言われたら、本気で泣ける。これ以上のブロークンハートはお断りだぜべいべー……ってなんだよベイベーって。
わけのわからないことを頭の中で呟きながら、必死で何でもないフリして別のことを考える。
迂回できる右折の道が近づいてきて、ようやく彼の視界の外に行けると思った時だった。
後ろから足音がして、歩道の端に避けながら振り返ろうとしたときだった。
「何なんだよ、お前は……!!」
よく知っている声がして。
腕を掴まれて、振り返ると高崎君が肩で息をしながら私をにらんでいた。
「え、あの、ごめ……」
見つけただけで、怒鳴りたいぐらい嫌われているのかな、なんて思い至って、声が震えた。
何とか笑顔を浮かべようとしたけれど、引きつってしまっているのが自分でも分かる。
「す、すぐ帰る、か……ら……」
「俺の顔を見たくないぐらい嫌いかよ!」
にらむみたいな顔して怒鳴っているのに、言ってる内容がなんだか変だな、なんて、呆然と感じる。高崎君が、何を言いたいのかよく分からなかった。
「高崎君が、私の顔を見たくないぐらい、嫌いって事だよね」
確認のために言葉にして、あんまりにもその内容が苦しくて、笑おうとした顔がまた引きつった。
「俺を嫌っているのはお前だろ! 俺がっ、お前にひどいことばっかり言ったからっ ずっと気にしてない顔で来てたくせに! 何で謝る機会もくれないんだ! 無視してんじゃねぇよ!」
怒鳴る彼の顔は怒っているみたいなのに、声は今にも泣きそうなぐらい苦しそうに聞こえる。
「無視なんて……」
「してるだろうが! 俺の顔見ただけですぐ目ぇ逸らして逃げてるだろ!」
怒った顔して私を責める高崎君が何を言いたいのか分からない。でも、責められているのだけは分かる。
胸が痛い。
じゃあ、私、どうしたら良かったの。
今までこらえていた苦しさが、全部いっぺんに固まりになって押し寄せてきた。
「何でそんな事言うのよぉ……」
胸が苦しくて、どうしたらいいのか分からなくて、涙がぼろぼろとこぼれた。
「苦手って言ったくせに、鬱陶しいって言ったくせに、じゃあ、私、どうしたら良かったのよ、黙って普通に何でもないフリしていろっていうの? ひどいよ、じゃあ、私の気持ち、どこに行ったらいいの。ネタなんかじゃなかった! 本気だったのに、全部否定されて、それでも好きなのやめられないなら、鬱陶しくないように離れるしかないからそうしたのに、どうして私を責めるの、もう、放って置いてよ、嫌いならほおって置いてよぉ……」
溢れるように気持ちが言葉になってぼろぼろとこぼれてくる。
結局、私のやること全部高崎君はイヤなんだ。
こんな苦しいの、イヤだ。
空いた手でごしごしと涙をこすって、高崎君に掴まれた手を、思いっきり振り払った。
「鈴!!」
高崎君が叫んだけど、私はそのまま走る。
訳も分からずただ苦しくて、そばにいたくなくて、逃げたくて、でも、頭の片隅で「初めて名前を呼んでくれた」なんて考えたりもして。