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それは偶然高崎君を見つけて、嬉しくて声をかけようと歩み寄っていたときだった。
私に気付いた彼の友人が、私に目配せをしてから高崎君をからかいだしたのだ。
「ところでお前さ、最近鈴ちゃんとはどうなってんだよ」
どうもこうも、私が一方的に追いかけてるだけなのを知っている癖に。ちょっと苦笑いしつつも、でも高崎君が私をどう思っているかは気になる。
「別にどうもないな」
あっさりと返されている返事に、がっくりと来る。
「でも、鈴ちゃん結構かわいいだろ? あれだけ押されたら悪い気しなくないか?」
「……あんなん、ネタだろ? 俺に告るネタで遊んでるだけの女に、興味ねぇよ」
え?
不快そうに返す高崎君の言葉に、自分の顔がこわばるのを感じた。
興味ないと言われたのは、まだ良かった。
……ネタだと、思われてたんだ。
愕然とした。
私の気持ちは、全然伝わってなかった。確かに馬鹿みたいに好き好き言ってたけど、ずっと本気で言ってた。軽く思われてたのは分かってる。私も照れくさくて気軽に好きって言ってたから。でも気持ちを伝えるときはネタだと思われるほど冗談にしたつもりは無かった。好きだと思うから好きって言ってた。
「何言ってんだよ、ネタでそこまでするわけねぇじゃん」
私に気付いている彼の友人が慌ててフォローしてくれているけれど、それはあんまり役に立たなかったようだった。
「じゃあ、お前、本気の女にあんな風に言いよるか? ねぇだろ。ネタにつきあわされんのもそろそろ飽きてきたし。いいかげんうざいし」
不機嫌そうな声が更に響く。
「俺、あの手の女、苦手」
「ちょっ、高崎! 鈴ちゃんごめんね、照れてるだけだから気にしないでね~」
彼の友達が私に声をかけてきて必死でフォローしてくれている。その言葉でようやく高崎君は私がすぐ後ろにいることに気付いたみたいだった。驚いた様子で振り返って、それから私の顔を見るなりすごい嫌そうな表情になって、すぐに顔を背けた。
「そいつがうざいって言うのは最初っから言ってることだ。あれだけ言ってたんだから、そいつも分かってる」
私の顔を見て、高崎君の機嫌は一気に悪くなったみたいだった。今まで溜め込んでいた苛立ちを吐き出すみたいに言葉を続ける。
「お前、言い過ぎ!」
「うるせぇ。そうやってお前らにこいつのことで絡まれるのもいいかげんうぜぇんだよ」
「だからって鈴ちゃんに八つ当たり……」
彼らのやりとりがどこか遠くに聞こえる。ぼんやりとそれを聞きながら、私は肯く。
「……そっか」
何とか一生懸命笑顔を作って高崎君を見る。
とんだ勘違いだった。
悲しくて胸が苦しい。
私の気持ちは伝わってなかった。そして私も彼の気持ちを分かってなかった。
嫌われていないだなんてどうしてあんなに簡単に信じていられたんだろう。高崎君の言う通り、彼はずっと私の事を疎んでいると言葉でも態度でも示していたのに。
手を振ってくれたり、なんだかんだとそばにいることを許してくれたりしていたのは、嫌っていないという事じゃなかったんだ。
私を突き放せない彼の優しさにつけ込んだだけだったんだ。私のやっていることは、彼にとってただの嫌がらせでしかなかったんだ。
「そっかぁ……」
もう、笑うしかない。悲しくて切なくて情けなくて笑えてくる。
私のアプローチは確かに無理矢理だったし、一方的だったけど、許されてるって思ってた。本気で嫌がられるのと、嫌がっててもなんだかんだ言って許してくれてる嫌がり方と、そういう雰囲気の差はわかっているつもりだったから。
嫌なりに、「しゃーねぇな」って許されていると思っていた。でないとこんな事はしなかった。
でも実際は私のしてたことはネタにしか思われてなくて、ただの迷惑でしかなかった。友達とも喧嘩させてしまった。ちょっとは私とのやりとりを楽しんでくれてるかもなんて言うのは、勘違いだった。
「ごめんね」
後ずさるように後ろに下がって、引きつりそうな顔を何とか笑顔に留めて、怒っている彼の顔を見る。
目も合わせてもくれない。
こんな事初めてだった。
ばれちゃったから、私に気を使う必要はないって事かな。
代わりに彼の友達がすごく私に謝ってくれて、気を使ってくれて。
私は笑いながら何度も首を横に振る。
あなたのせいじゃないよ。気にしないで。いつも言われてることだし、分かっているし、大丈夫。喧嘩させてごめんね。迷惑かけてごめんね。
そう友達に謝ると、すごく困った顔をされた。
高崎君は目を背けたまま、苛立った様子で顔をゆがめていて。
もう、これ以上そばにいちゃいけないんだ。
自覚すると、どうしようもない絶望感が襲ってくる。
でも今まで我慢してくれてた彼に、それを見せちゃいけない。我慢して「ネタ」に付き合ってくれてた彼だから、私が傷ついたと知れば、なんだかんだと気を使ってしまうだろう。だから最後まで、せめて何でもないフリをする。何とか笑顔で全部言い切る。
「もう、迷惑、かけないから。今まで本当にごめんなさい。でも、話せて嬉しかった。ありがとう」
深く頭を下げて、その後は彼の顔を見ないように逃げた。
だって、もう限界だったから。瞬き一つで涙がこぼれてしまいそうだったから。
「鈴ちゃん!」
そう声をかけてくれたのは高崎君じゃなくって、友達の方で。焦ったような声で、高崎君に対して怒ってくれている。でも、高崎君の声は全然聞こえなくて。
走って、走って、だいぶ遠くまで来てから振り返る。涙がぼろぼろこぼれていたけど、もう彼からはきっと見えない。
追いかけてくれるはずもなく、でも、彼は同じ所に立ってこっちを見ている。
泣きながら、でもそこにいてくれたのが嬉しくて、笑った。笑って、バイバイって大きく手を振った。
最後のバイバイに、高崎君は応えてはくれなかった。
それを見て、終わりなんだって、実感した。