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「好きです。付き合って下さい」
走って、追いかけて、ようやく追いついて。私は彼の袖を掴んで必死の思いで告白した。
「だが断る」
それが、振り向きざま向けられた彼の答えだった。
「……」
私は言葉を失い袖口をぐっと掴む。
しかし無情にも彼はそれを引きはがそうと腕を引く、だがそこで負ける物かと握力の限りを尽くし離さない私。
無言のまま熾烈な争いが繰り広げられていた。
ついに彼が腕を引き抜こうとしたその瞬間、私は叫んだ。
「もう一声!」
「興味ない」
「そこを何とか!」
「絶対イヤだ」
「そんな事を言わず!」
「ふざけんなボケ!」
「そんな冷たいあなたも好き……!!」
「きしょくわりぃわ!!」
さすがにか弱い婦女子の握力ですから、私の決死の思いの「袖口きゅっと」作戦は、振り切られ、彼は私を置いて、すたすたと歩いて行く。
「えー……」
そんな面と向かって言われるほど、気色悪くないと思うんですー。
めげないしょげない諦めないを座右の銘にしている私ですが、さすがにちょっと傷つきました。
でも大好き。
「じゃあね、高崎君! また明日~!」
彼の背中に叫ぶと、彼は振り向きもせずに、片手を上げてひらひらとさせると去って行く。
告白始めて早一ヶ月。何度目のトライだかすっかり忘れたけど、毎回この調子だったりする。いつまでたっても受け入れてくれない高崎君だけど、キツイ言葉の割に、また明日って声をかけると、ちゃんと手を振って応えてくれる。
彼はああ見えて結構優しい。
バイバイって手を振ってくれたその後ろ姿を思い出しながら、私はちょっと浮かれて家に帰る。
今日も逢えた。今日もお話しできた。今日もバイバイって手を振ってくれた。高崎君、大好き。
私が彼と出会ったのは合コンの時。盛り上げ要員としてでた私と、数合わせできていた高崎君とは、激しく意思疎通が難しかった。
一人で居ると寂しいから、合コン自体にはあまり興味はなくても、私はよく顔を出していた。
興味のなさそうな高崎君をいかに楽しい気持ちにするかに熱意を注いだ合コンとなった。
盛り上げようとする私とそのフラグをことごとくへし折っていく高崎君とのやりとりに、予想外なことに周りが盛り上がった。
「良いぞ、もっとやれ! そのまま高崎を落としてしまえ!」
かけられた声援に私が満面の笑顔でこたえる。
「いえす!ふぉーりんらぶ!」
「ふるい!」
高崎君がすかさずツッコミを入れた。
「恋に落ちるのに、時代は関係ありません!」
「なんか俺カッコイイ事言った、みたいな顔すんな!」
「言ったのにー!」
「ねぇよ」
くだらないやりとりばかりの出会いだった。でも、最後まで彼は私の相手をしてくれていた。合コンだと、ただ盛り上がりたいだけ、楽しみたいだけの私では、ときどき浮くことがある。でも高崎君の隣にいると、そんな気持ちには全くならず、嬉しくて楽しい気持ちばかりで。
帰りに「また会いたいです、付き合って下さい!」という直球で告白したけど、「無理」と一言で断られた。
まあ仕方ないよね。会ったばかりだし、私も好きって言うより、この時はひたすら「一緒にいたい、この出会いで終わりにしたくない」その気持ちばかりだったから。
「じゃあ、友達からで良いから、電話とメルアド教えて」
「い・や・だ」
私が必死で縋ってるのに、素っ気なさは合コン時から変わることはなかった。
でも、一ヶ月こうして彼につきまとえることが出来ているのは、ちゃんと彼から電話番号もメルアドもゲットしたからだ。
あの時、根性で縋り付いて、帰る事が出来なくなった彼が音を上げたのだ。
もらえたときのうれしさは忘れられない。
渋々通信をしながら互いのアドレスを交換してくれた。
「ありがとう!」
うれしくなった私に、呆れた顔して高崎君は拳をぐりぐりと私の額に押しつけた。
「俺はメールは返さないし、電話がしつこかったら着信拒否するからな」
「らじゃですけど、痛いです!!」
ぐぐっとその拳を押し返しながらしつこすぎないようにしようとは、一応決意する。着信拒否されたら意味ないしね。
でも拳はすぐに離れてくれない。
「高崎君、女の子に、そんなに激しくしちゃ、ダ・メ☆ もっと優しくしてくれないと、女の子は壊れ物……あでででででっっ、ギブ、ギブです!!」
優しくしてもらおうと思ったのに、余計に激しく責め立てられました。拳に。
「激しく責めるなら、前からでも後ろからでもオッケーだけどおでことはもっと違う感じでででででででっっっ」
後で見たら、ちょっとおでこが赤くなっていたから「あの時高崎君があんまり激しいから、赤く跡が残っちゃって……」と、後日「きゃっ」と照れながら頬を染めて訴えたら、殴られた。
ときどき乱暴だけど、なんだかんだと私が声をかけると付き合ってくれるし、メールも返事しないって言ったけど一日に一回ぐらいは一言ぐらいの返信は来るし。それだけで、結構楽しかった。
でも、それがどれだけ独りよがりな楽しみだったかなんて、私は気付いてなかった。