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あの日のコーヒーカップ

作者: ちくわ

「こんにちは。何名様ですか?」

 この台詞を何度繰り返しただろう。コーヒーカップの案内係として働く三木絵里香はふと思った。

 ここはとある遊園地。遊園地といっても、とても寂れた場所だった。

 ありきたりなアトラクション。着ぐるみに会ったとしても、一緒に写真を撮った人ですら名前を知らないであろう地味なキャラクター。

 ジェットコースターでさえ乗車時間1分くらいの小さなものしか無いこの遊園地では、コーヒーカップは目立った存在だった。

 それにもかかわらず、客は3分に2組くらいのペースでしかやって来ない。

 ある程度人が来たところで、機械係のスタッフがアトラクションをスタートさせる。子供が喜びそうな楽しげな音楽が流れ、それにあわせて色とりどりのカップ達がゆっくりと回転を始める。

 しばらく客が来ないのを確認すると、絵里香はふと後ろを向く。沢山のカップに、様々な表情が映り込む。

 ふと、その中の紫色のカップに乗った家族連れを見やった。

 ピンク色のゴムで二つ結びをした髪の毛。背は小さめで、親と思われる2人を見上げて笑っている。

 彼女を見ていると、小さい頃の自分を思い出す。


 14年前、絵里香は8歳の幼い少女だった。絵里香は生まれてからずっと田舎住みで、旅行や遠出の外出には殆ど行ったことがなかった。

 絵里香の9歳の誕生日の時、父が「遊園地にでも行かないか」と提案してきた。だが絵里香はさほど喜ぶ様子もなかった。あまり行ったことがないため、どんな所か知らなかったのだ。

 遊園地といってもディズニーランドのような大きなところではなく、人気の無い小さな遊園地だった。

 絵里香は最初は乗り気ではなかった。だが、遊んでいるうちに楽しくなり、絵里香の顔にはいつの間にか笑顔が溢れていた。

 その中でも特に絵里香の心に残ったことがあった。

 太陽の差す昼頃、絵里香は親とはぐれ、迷子になった。その時、コーヒーカップのスタッフが絵里香に声を掛け、親を捜した。親が見つかったあとにスタッフから貰った「迷子バッジ」は今でも棚に飾ってある。

 そんな思い出があり、絵里香はあの遊園地のスタッフになった。


 あの頃は楽しかった。何も知らなかったから。

 ジェットコースターや観覧車、そしてコーヒーカップに乗り、小さなレストランでカレーを食べた。午後は乗っていない残りのアトラクションへ走っていく。

 閉園間際、また大好きなコーヒーカップに乗り込む。沢山のカップを囲んで光るいくつものライトが夜の暗い空と混じって輝く。その美しさと最後の寂しさに涙を浮かべる。

 大人になって、私は忘れてしまった。あの時とは違って見えるこの遊園地。あの夢もあの寂しさも無くなってしまった。

 彼女とは違う。絵里香は楽しそうな子供を見つめ、悲しく微笑んだ。


「おねーさん」

 自分を呼ぶ声に気付き、はっとした。

 そこには男の子を連れた夫婦が立っていた。

 ぼーっとしていて気が付かなかった。次の客がきていたのだ。

「申し訳ありません。何名様ですか?」

「3人!」

 そういって少年は無邪気に笑った。

 この場所で笑顔を見る度、あの日の夢を思い出す。

 私はまだこの子のように笑えるだろうか、と絵里香は思った。

 絵里香の前を通り過ぎ、コーヒーカップへ向かっていく3人家族。

 ふと少年の胸元を見て絵里香ははっとした。

 そこには、あの日絵里香が貰った「迷子バッジ」が太陽に反射して、何よりも美しく輝いていた。


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