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ハロウィンの日

「トラック・オアー・トリートメント?」

「違うって! トリック・オア・トリート! お菓子くれないとイタズラしちゃうぞ、だってば!」

「菓子か、菓子ね、オッケー。 じゃぁ行ってくるわー」

 こいつ大丈夫かと言う心配そうな目をしたカボチャ頭の同僚が、慣れない箒に跨って地上に降りてゆく狼耳と尻尾をつけた僕を見送ってくれた。



「ト、ト、トラックおばぁトラッド!」

 緊張のあまり声が裏返る、なにせこうやって直接人間に声を掛けるのは初めてなのである。

 未知との遭遇、ファーストコンタクトが大事だ。

「ト、トラーク、オマァ…あれ? えっと、えぇっと」

 忘れた、大事なセリフを忘れた。

 トラックで、オマールが、ストリートキ…いやいやいや、それは違う。

 軽くパニックになっていると、カラカラカラと軽い音を立てて玄関のドアがスライドした。


「はいはい、どちらさんですか」

 出てきたのは腰の曲がった白髪の…えぇと、そうそう”老婦人”だ。

「お、お、お菓子をくれ! お菓子くれないと、イタズラするぞ!」

 言えた! 言うべきことが言えた!

 どうだ、僕だってやる時はやる子なんだ!

 老婦人はきょとんとした後、ちょっと待ってと言いおいて家の中に引っ込んだ。


「……えぇと、これは?」

「お菓子じゃ」

 手の中に有る、白とピンクの柔らかいもの。

 グニグニと握ってみる…あ、手にくっついた……。

 老婦人に促され、庭に面した縁側に座る。

「仏さんにお供えしとったもんじゃ、縁起がいいで食え」

 今日は秋晴れのいい天気だと老婦人がお茶を出していただいて、勧められるまま手にくっついたグニグニした菓子…スアマというらしいそれを口に運ぶ。

 うん、微妙。

 だがいただいた以上は食わねばなるまい、それがこの行事の掟だ…ったと思う、違ったっけか。


 縁側に老婦人と並んで座り、スアマを少しづつほうじ茶で流し込む。

 一気には食えん。



 ずっと黙って隣でお茶をすすっていた老婦人が不意に口を開いた。


「なぁ、こったら物乞いみたいなことしとったら、母ちゃんさ悲しむべさ。 お腹が空いたなら、ばあちゃん家さ来いな? 仏さんにお供えもんしてあるから、おやつはあるしよ」

 えぇと……なんて言ってるんだ?

 なんて難易度の高い言語を使うんだ、この老婦人は!

 一生懸命考えて、なんとか老婦人の言わんとすることを理解した僕は、それから毎日老婦人の元へ通うことになった。

 あれだろ? 要約するとお菓子をあげるからおいで、と、そういうことだろう?




「いやいやいや、ちょっとまて! ハローウィンは10月31日限定のイベントだってば!」

 同僚が慌てて僕を止めようとするが、いやしかしな、僕のターゲットである老婦人が毎日来いと言ってるんだから行かぬ訳にはいくまい?





 僕は今日も老婦人宅に行く。

 無論、僕の狼耳と尻尾は10月31日以外ではNGであることは把握しているため、老婦人以外の人間に僕が見えなくなるようにちょこっと細工をして。


「お菓子もらいにきたよー」

 何度か声を掛けると、奥から人の気配が近づいてくる。

 最近老婦人は風邪気味らしい、ちょっと具合が悪いと昨日こぼしていた。

「いらっしゃい」

 カラカラカラと小気味良い音でドアが開き、マスクをした老婦人が顔を出す。

 僕が来るのが楽しみなんだと前に言っていた。

 その証拠に、僕を見つけると老婦人の目がうれしそうに弧を描く。


「お邪魔します」

 僕は靴を脱ぎ、老婦人に教えられたように脱いだ靴をキチンと揃える。

 老婦人に続いて家に上がり、仏間へ向かう。


 チーンチーン

 おりんを鳴らし、手を合わせる。

 この作法も老婦人に教わった。

 これをしないとお菓子をもらえないのだ。


 仏壇という豪華な縦置きの箱の側の壁には、白黒写真が飾られている。

 若いころ戦争で亡くなったご亭主の写真だそうだ。


 仏壇からお菓子を下ろし、老婦人がお茶をいれてくれている茶の間へ持っていく。



「………」

「どうしたの? 今日はえらく喋らんけんども。 もう一杯飲むじゃろ、ちょっと待っちょれ」

 ゴホゴホと咳き込む合間に、老婦人が僕を気にしつつ台所へお茶のおかわりをいれに行った。

 僕としては、貴女の後ろに居る大鎌を持った黒衣の男について聞きたいのですが……。

 老婦人があんまり綺麗に男のことをスルーするので聞けないでいます。

 

 ついっと視線を上げると、初めて黒衣の男と目が合った。

 お互いビクッ! となってから、はてと首を捻る。



 おかしい、老婦人以外には見えなくなるようにしてあるはずなのに。



 もう一度視線を上げて、黒衣の男を見る。

 黒衣の男もこちらを見ていた。

 ……なんだか見覚えがあるなと思ったら、仏間に掛けられている写真の御仁、老婦人のご亭主ではないですか。

「いつも奥方にはお世話になっております」

 礼儀として頭を下げれば、ご亭主は苦笑いをこぼしながらも小さく頭を下げた。


―――こちらこそ、家内の最後の時を楽しいものにしてくれてありがとう、感謝する。


 ご亭主は口を使わずにそう伝えてくると、滑るような足取りで茶の間を出て、老婦人の居る台所へと向かった。

 ゾワリ…と嫌な気持ちがするのはなぜだろう。




 僕は暫くの間スアマをつつきつつ老婦人が戻るのを待っていたが、いつまで待っても来ない。

 ご亭主といちゃついているんだろうかと、待ってみたが…あんまり遅いので、台所へ顔を出してしまった。




 倒れる老婦人の傍らに立っていた黒衣のご亭主が顔を上げ、僕が近づくのを拒絶した。


―――触れてはいけないよ。 もう彼女は肉体そこにはいないから。

 黒衣のご亭主はそう言うと、暮れ始めた夕闇の中へすぅっと溶けていった。




 僕は、僕の分としてお代わりの注がれていたお茶をシンクに流し、湯のみを綺麗に洗って片付けて痕跡を消し、食べかけだったスアマを…無理やり口に押し込み飲み込んだ。

 今日のスアマは一段と美味しくないな。


 台所の冷たい板の間に横たわる老婦人に触れることはしない。




 これが死というものなのかと、頭の冷静な部分が考えて―――


 僕は目から勝手に流れ出る涙を持て余しながら、老婦人の家を後にした。




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