台風
「買いすぎ」
大雨だけでなく風も強くなってきた中、ぼくは小言を言われていた。
「値引きされてるとさ、半額だよ? それに、台風の日ってテンション上がっちゃってさぁ……」
「その結果がこの買い物袋の量になってるんだけど!」
玄関先で、ぼくは乱暴にバスタオルを投げつけられた。
「ああ、ほら! お風呂湧いてるから入っちゃいなさい! 風邪引くから!」
そう言われると、彼女はガサガサとぼくの買いすぎた弁当やらお惣菜を冷蔵庫にしまい始めた。
「普段買わないコロッケまで買って! 明日のお弁当に持って行きなさいね!」
「はい⋯⋯」
台風といえばコロッケ。
誰かが台風の日に大量のコロッケを買ってきたのがきっかけで、みんなコロッケを買うのがブームになった、ひと昔前のネットミームだ。
でもそれを知ってる彼女に改めて説明すると、無駄遣いと怒られ火に油を注ぐ結果になるので、黙ってぼくは脱衣所に向かう。
春に同棲し始めた彼女。初めはラブラブしていたが、あれよあれよと台風シーズンの今は見ての通り尻に敷かれている。
「あ、プリン。あたしの好きなやつ⋯…、ご機嫌取りが露骨にわかりやすいのよね⋯⋯まったくもう」
「何か言ったー?」
「うるさい! そのまま肩までしばらく湯に沈んでろ!」
ツンデレにしてはツンツンしすぎてる。
これはまずい。
しばらく怒りが収まるまでは長湯してよう。
シャンプーしてボディウォッシュで体を洗い終え、湯船に浸かる。
ぼくは長湯する癖がある。
彼女もそれを知っている。
今日はどれくらい長湯しようか、などと考えていると、突如風呂の扉が開いた。
「出ろ」
「刑務所!?」
「⋯⋯ごはんよ。さっきはごめん」
怒りすぎたのを反省しているらしい。なんだかんだ言って彼女は素直だ。
先に折れてくれた彼女は大人だ。ぼくは謝り返す。ここで謝らなきゃ男じゃない。
「買いすぎちゃって、ごめん」
仕方ない、仲直りだ、と彼女はぼくの両手を握って言った。
「よろしい!はい、今日のごはんはお惣菜で豪華よ!不思議だなー?」
にやり、と彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「負けました⋯⋯あ、コロッケカレーになってる」
「レトルトだけどね。はい、スプーン」
ちょっといい、150円ぐらい値段が上なレトルトカレー。
彼女が好きでいつも食べてるやつ。
常備してるカレーをおすそ分けしてもらってぼくは食べている。
「あの、」
「なに、ごめんなさいはもう終わりよ」
また小さく二人の無言が始まった。そして彼女が切り出した。
「あたし、あなたと結婚したいの。だから節約しなきゃっていつも考えてたから。⋯⋯あなたが節約下手だと結婚資金が遠のくじゃない。だから、怒っちゃいました。ごめんなさい」
「うん」
返事かのように、彼女はカレーをスプーンにのせてぼくに差し出した。
「ん」
何も考えず、ぼくはカレーをあーんされて食べた。
「ごめんなさいは終わりって言ったのに、またごめんなさいって言っちゃった」
「ぼくは好きだよ。訂正するの」
「ごめんなさい⋯⋯ふふっ」
「また言った!じゃあぼくも、無駄遣いしてごめんなさい」
「本当だよ」
「⋯⋯ええ~」
ふたりとも、許し合ってごめんなさいを言い合っている。
そんな中、明かりがフッと消えた。
「あっ、停電?」
「あれあったよね、モバイルバッテリー兼用のライト⋯⋯あったあった」
「あなたの買い物って、なんか結局無駄にならないのよね」
小型のライトのボタンを長押しして、柔らかな明かりがついた。
「え、そういえばそうかな?」
「ちょっと腹立たしい」
「えぇー」
「せっかく小言のチャンスだったのに」
オレンジの温かいライトに照らされて、ふたり笑い合う。
「あのお惣菜も、節約にちゃんとなるかもね。うん。早め早めに食べてフードロスしない」
「そうね、せっかく小言のチャンスだったけど、愛しい彼女、いや、旦那さまの提案なので今日のところは許してあげますわ」
「そういえば冷蔵庫止まってるけど大丈夫?」
「このへんは復旧早いんじゃない?開けなければいけるし、冷凍庫の保冷剤移したら持つよ」
「あっ」
さほど待たずに電気が復旧した。
「心配する必要なかったねー、旦那さま?」
「テレビつけよ。ニュースニュース」
「あっ、ドラマだ。キスしてやがる。くそー」
「ニュースがL字に入ってるね」
「負けるか!あたしたちもキスするぞ!」
「なんで?」
「キスに理由なんていらないんだよ!」
そう言うと、ふざけて抱きつき合うふたり。
こんな台風の日には、値引きコロッケを買うのも悪くない。




