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篠突く雨と文字の羅列

 いつもはアラームの音で目を覚ます和樹だったが、この日はとてつもない轟音で目が覚めた。それが風と雨の音であることに気づくのには少し時間がかかった。スマートフォンを見るとまだ五時台だった。だがもう目は冴えてしまっている。仕方なくリビングへ降りると、ミチュも父ももう目を覚ましていた。


「才谷くんおはよう。すごい雨ね、今日は。」


「こりゃあ学校も休校だな!ガハハ」


なぜか愉快そうに笑う父親。


「多分喫茶店にも誰も来ないぞ」


悲しそうにする父親を横目に、メッセージの通知を確認する。どうやら美月はあれから特に異常なく生活できているようだ。とにかくよかった。そして、もうひとり通知を送ってきているやつがいた。


『和樹 おはよう 今日 喫茶店 行きたい 雨 すごい どうやって 行こう』


千影だった。こんな日まで来るつもりなのか。


『今日はやめておけ。危ないぞ。』


そう返信する和樹だったが、それに対する千影の返信はこうだった。


『大雨 独り 怖い』


「んーーーくそー仕方ねえ!」


頭を掻きむしった和樹は立ち上がる。


「おい!和樹!こんな天気でどこいくんだ!おい!」


和樹は傘を二本手に持つと、滝のように降る雨の中をただ走っていくのだった。

 十数分経って戻ってきた和樹は、行く時には着ていた上着なしだった。代わりに隣にいる少し小柄な女の子、千影がその上着を着ていた。


「才谷くん!ずぶ濡れじゃないの!大丈夫?!」


ミチュからタオルを受け取ると、洗剤の匂いを大きく吸い込んで和樹は全身を拭き始める。


「無茶するなぁ、和樹は。ハハハ」


「笑い事じゃないですよ、オーナー。」


「和樹ー。」


バケツを被ったようにびしょ濡れの和樹は、タオルに顔を埋めながら返事する。


「ありがとうねー。」


千影はいつもの特等席へチョコチョコと着席すると、ノートを広げてまた謎の文字の羅列を綴り始めた。


「可愛い子ですね、千影ちゃん」


ミチュは口を手で押さえて上品に笑った。


「おっとそうだい!千影ちゃん、朝飯は食ったかい?おじさん千影ちゃんの分も作ってくるぞ!」


「お手伝いします、オーナー。」


そういうと二人は裏の台所の方へ行ってしまった。なんかあの二人、だんだん息があってきたな。その時グイグイと和樹の袖を引っ張るものがあった。


「和樹ー。あのねー。私、雨怖いのは本当だけどねー。今日なら和樹学校休みで、一日遊べるかと思って来たかったー。」


和樹は少しその意味を考えると、顔を赤くした。


「そ、そうかよ。確かに今日は一日暇だな。じゃあ、遊ぼうか。」


照れくさくなって変な口調になっている気もするが、関係ない。ミチュは言っていた。大切な人はいついなくなるかわからないと。そして先日の遊園地で実際に和樹はそれを実感した。千影とだっていつ別れが来るかはわからない。明日かもしれないし、八十年後かもしれない。それでもいつそうなったって後悔しないように、今を全力で生きることの大切さを学んだのだ。

 そこからはトランプをしたり、和樹の持っている携帯ゲーム機で遊んだり、何気ない遊びに時間を費やしていった。千影はほとんどテレビゲームなんてやったことがないのに、ほんの二十分ほどプレイしただけで感覚を掴み和樹と同じくらいの上手さになってしまった。やはり千影は天才だ。それから期末テストが近づいてきていることを思い出してしまった和樹は、千影先生の特別講義を受けることになったが、恐らく習ったことの大半は明日には忘れている。千影はほとんど表情を変えない人間だ。それでも心なしか、今日の彼女はとても楽しそうだった。


「じゃあ父さん、千影送ってくるわ。」


暗くなってきた頃、雨はかなり小降りになっていた。和樹は千影にノートを手渡すと、傘を二つ手に持つ。


「和樹ー。帰り道二つ傘持って帰るの大変だよー。一つの傘を二人で使おうー。」


千影はなんの他意もなくそういうことを言う。和樹も平静を装ってそうか、とだけ返事をした。所謂『相合傘』で雨の中に消えていく二人を見送りふと微笑むミチュは、机の上のノートに気がつく。そのノートの表紙には、ただ小さく『色谷千影』とだけ書いてあった。いつも千影が小さい文字を書き綴っているノートだ。おそらく先ほど和樹がテスト勉強に使ったものと取り違えて持って帰ってしまったのだろう。

 だが、ミチュの興味はそこではなかった。


「色谷……千影…? 色谷…?」


ミチュはそのノートをゆっくりと持ち上げる。そうして、ペラペラとページを少しずつ捲り始めた。


「嘘………………………………………でしょう?」

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