好きとかはわからないけど
少しずつ意識がはっきりとしてきた。普段寝起きでは絶対に見ない光景があった。ボロボロの壁。シミだらけの床。隙間風もすごい。どうやら机に突っ伏して寝てしまったようだ。秀も、美月も同じスタイルで寝ている。机上には二リットルの炭酸ジュースや紙コップ、トランプカードなどが散らばっていた。なんだかんだで深夜に差し掛かったあたりから集中力は完全に途切れ、三人で遊んだんだっけ。時計は十時を差していた。今日が土曜日じゃなければ完全に遅刻だ。
昨日の出来事を思い返す。なぜか美月を探していた謎の人物。もしも美月と出会っていたら何をするつもりだったのだろう。ホワイトボードに書かれている昨日のメモをぼーっと眺めながらそんなことを考えていた。だが、そこで少し背筋がひやっとした。
もしかして、美月に未来人やタイムマシンの話をたのが悪かったんじゃないか?美月に秘密を知られたと思った未来人が命を狙いにきた?でもそれは変だ。秀は狙われていない。警察に言うべきだろうか。だが、旧校舎には防犯カメラもないし、謎スーツが現れた証拠は一つもない。こんな状況で何か動いてくれるとは思えなかった。
そしてもう一つ。美月が昨日言った一言。
『過去に戻ってタイムマシンを作った人を殺すのよ。そうすればタイムマシンは生まれないじゃない。』
ミチュは誰かを殺すつもりなのか?考えたくないことが頭をよぎる。まさかそんなわけない。まだ彼女と出会ってそんなに時間は経っていないが、殺人を犯すような極悪人には思えなかった。
「……ん…才谷…?おはよう」
美月が目を覚ました。それに呼応するように秀も目を覚ます。
「昨日は楽しかったな」
「そうね、いい思い出ができたわ」
この部長、『今日こそ考えるわよ!』とか言っておいてちゃんとトランプとか持ってきてるんだから可愛いところがあるもんだ。
学校から出ると外はすっかり昼前で、近所の定食屋は少し混雑していた。
「おかえりなさい!才谷くん!」
「おかえりー。」
帰宅するなり、暖かな迎え入れがあった。千影は休日にも関わらずやはり普通にうちに足を運んでいた。
「もう、才谷くんが泊まりで構ってくれないから、私千影さんとお友達になったのよ!」
「おともだちー。」
ミチュはすごく楽しそうに千影の手を握っている。千影は残ったもう片方の手でカフェラテのカップを持ち上げると、どうやったらラテアートを崩さずに飲めるかを試行錯誤していた。
「才谷くん、今度は私たちともお泊まり会しましょうよ!」
「な、何を言ってるんだ!アンタは!近寄るな!」
和樹は顔を真っ赤にして拒否するが、千影も同調する。
「私も行きたーい。」
「お前らなあ…」
そんなことできるわけないだろ。と言おうとした時、父が奥から出てきた。
「なら今週末、みんなでキャンプでもするかい?」
え?
「えーーーーーー!?!?!?」
水色がかったグレーのボディを携えた軽自動車をレンタルした一行は、車で九十分ほど走ったところにある湖畔のキャンプ場へと向かっていた。
「おじさん、運転上手いー。」
「ごめんなさいね、オーナー。私も免許持ってるのでお手伝いしたいのですが、どうも私の知っている感じの車じゃなくて…」
この車、オートマ車なんだが。これよりもさらに簡略化された謎の新型モデル車が十年以内にこの世界に爆誕することが一人で確定してしまい、ゲームの攻略本の少し先のページを見てしまったような感覚に陥った。
「いいってことよ!たまにはドライブしねえと、腕が鈍っちまうからよ!」
一つの美術館が立ちそうなほどのサイズの駐車場に停車すると、早速チェックインを済ませ親父はテントを張り始めた。
「父さん、俺も手伝うよ」
「おう、助かるぜ」
その様子を千影とミチュは、木陰から見ていた。
「千影さん、あなたは才谷くんのことどう思ってるの?」
「えー。好きだよー。だって優しいもん。」
千影のいう『好き』はミチュの想像しているものとは違う気がする。
「そうなんだね。大切にした方がいいよ。大好きな人っていうのは、ある日突然いなくなっちゃうものだから」
「ミチュー?」
ミチュの瞳にはただ湖の細波が反射していた。
そこからの時間はとても早く感じた。キャンプ場の管理する温泉に入り、料理をみんなで作り、それを食べる。そして夜空を見上げ、どれが星座かなぁ、なんて言い合ったり。文字にするとこれだけのことだが、こんな小さな幸せがどれだけ尊いものなのかを、ミチュは知っている。
焚き火の熱も少し弱くなってきた頃、父は飲み物が足りないと言い近くの自動販売機まで行ってしまった。千影はというと、ローチェアに横たわりすやすやと寝息を立てていた。
「寝ちゃったわね、千影ちゃん」
「うん。寝てる時と何かを考えてる時の千影ってすごく可愛いって思う」
ふふ、っとミチュは笑う。
「才谷くんはさ、千影ちゃんのことが好きなの?」
突然のことに和樹は大きく動揺した。
「は、はあ!?そ、そ、そんなわけ…ないですけど」
「本当にー?好きなんじゃないの?」
だけど、と和樹は続ける。
「千影とは小さい頃からの友達なんだけど、両親が海外で暮らしてて。どこへ行ってもいつも一人ぼっちだったんだ。本人は全然気にしてないみたいだし、頭もすごくいいから友達なんていらないと思ってるのかもしれない。」
「ふんふん。」
「だけどそれでも、俺は人間って一人で生きていけないと思う。千影だって人肌恋しくなったり、誰かと感情を共有したい時だってきっとあると思うんだ。普段はそういうのを一切見ないけどさ。だからそういう時に俺が隣にいてあげられたらって……思って…る…。」
言ってて急に恥ずかしくなってきた和樹は下を向いてしまった。
「そういうの、すっごく素敵だと思う。千影ちゃんは幸せね。」
「そ、そういうんじゃ…」
そこに大きなクーラーボックスを抱えた男が戻ってきた。
「おー?なんの話だー?恋バナか?おじさんも混ぜてくれよー!」
「いやですよオーナー!若者の話を盗み聞きなんて!」
「え?ミチュちゃんって若者なの?」
「もうサイテーですよ!オーナー!」
ガヤガヤと騒がしい中、焼け落ちた薪がコロン、と落ちる。そしてその時誰も、千影の口角が少し上がっていた事には気づかなかった。




