迫り来る脅威
「ということで、明日金曜日に文学部初の合宿を開催します!」
「わー…」 「お、おー…」
やる気満々の女子一人、いまいち乗り気じゃない男子二人。
「ちょっとアンタたち!アンタたちが全然考えてこないから、仕方なく合宿を計画しているんでしょ?本当なら私だってこんなことせず遊びたいわよ」
まあごもっともな意見だ。多分このままだと締切ギリギリになって急いで考えたぐちゃぐちゃの設定をそのまま文字に起こして、誰も理解できない闇鍋のような内容になること間違いなしだ。絶対去年よりもさらに駄作になる。
「もう私、職員室に泊まり込みの書類出しに行って許可もらってるからね!明日は徹夜で執筆よ!」
なんか嫌な予感がする。
「え、その合宿ってどこでやるんでしょうか」
「そんなの決まってるじゃない!この部屋よ!」
といった具合で合宿が決まってしまった、という話を和樹は帰宅してすぐ千影にした。
「えー。じゃあ明日は帰ってこないんだねー。明日何しようかなー。」
相変わらず千影はノートに謎の記号とか数字とかをいっぱい書いている。和樹の脳の容量では全くもって理解できずエラーコードを吐き出し続けていた。
「別にその勉強?みたいなのウチじゃなくてもできるでしょ…」
「ここが一番捗るのー。」
千影のノートはすごい。膨大な情報が記されているだろうに、彼女の文字がとても小さいので消費が果てしなく遅い。何年同じノートを使っているのかわからない。
その後親父とミチュにも合宿のことを伝えると、笑顔で了承してくれた。っていうか今更だが、親父とミチュを二人きりにして大丈夫だろうか?まあ大丈夫か。
次の日。ほとんど喋ったことのないクラスメイトたちが次々と帰路へ着く中、和樹、秀、美月の三人は旧校舎へと向かう。
「え、というかさ、今日一晩この旧校舎で過ごすってこと?めっちゃ怖くね?」
急に秀がそんなことを言い出した。言われてみれば、旧校舎はところどころ黒いシミがあるし、歩くたびにギシギシと音が鳴るし、ほとんど人が来ることはない。謎の人影を見たという噂があったりなかったりもする。徹夜小説執筆が憂鬱であまり気にしていなかったが、よく考えたらこの環境で夜を迎えたらめちゃくちゃ怖いんじゃないか?
「だだだだだだ、だだ大丈夫よ!なな、ななにかあったらアンタたちが私を守ってね!」
美月も夜の旧校舎の環境を全く考えてなかったようだ。多分、下手なお化け屋敷より怖い。いつもお馴染みの部室へ到着すると、闇に消えていく太陽を見送る前に電灯をつける。なんかいつもは気にならないのに、今日はいやに電灯がチカチカするのが気になる。幽霊とは死んだ人の魂などではなく恐怖に駆られた人間が見る幻覚である、という俗説は案外その通りかもしれないとこの時に思った。
「さあ、早速内容考えるわよ!内容考えないとキャラクターだって作れないんだから!」
すっかり真っ暗な外界を映しだす窓を覆い隠すようにタイヤ付きの大きなホワイトボードを持ってきた美月は、監督にでもなった気分なのか気分良さそうにマーカーを手で回している。ここで和樹は仕掛けてみることにした。
「ちょっと考えてきたんだけど」
「お、いいわよ才谷!やる気あるわね!」
「主人公は男子高校生なんだけど、彼の目の前にある日未来人を名乗る女性が現れるんだ。女性はタイムマシンに乗ってこの時代にやってきていて、未来の戦争を止めるために現れたって言うんだ。その女性はその戦争で大切な人を亡くしているっていう設定もほしいな。」
全部体験談だ。秀と美月にはとても言えないが。
「なんかいやに具体的ね。でも面白いんじゃない?あらすじとしてはいいと思うわ。」
「俺もいいと思うぞー」
二人からは結構好評だった。そりゃそうだ。俺が作った物語じゃない。
「だけど、そこからの展開は考えてるの?ちょっと難しいわよ」
美月は難しい顔で自分がメモしたホワイトボードを眺めている。
「いや、この先はまだ考えてない。みんなで考えようと思って。」
いい感じの嘘で乗り切る。適当に交わすのだけは昔から得意だ。
「この話の何が難しいかって、具体的にどうやって戦争を止めるかよね。例えば私が一人で百年前に戻ったとして、第二次世界大戦を止められたと思う?私は無理だと思うわ。何か決定的な原因があって、それが止められるようなものでないと厳しいわね」
確かにそうだ。ミチュは不時着したこの時代で頑張って戦争を止めようとしているようだが、そもそもどうやって止めるつもりなのだろう。
「あ、そういえば未来の戦争は、そのタイムマシンの利権とかが原因で戦争が起きたって言ってたな」
「言ってた?誰が?」
「なんでもないです。」
危うく口を滑らせるところだった。いや、ほぼアウトだが。
「なるほどね。タイムマシンのせいで起きた戦争をタイムマシンで止めにきたわけね。うーん、でもそれならその未来人さんが取れる手段って結構限られてこない?」
和樹と秀はぽかーんとしている。何もわかっていないようだ。
「はあ、アンタたちわかんないの?ちょっと待って。トイレ行きたいから、戻ってきたら話すわ。」
そういうと美月は椅子からスッと立つと部室の扉を開ける。そして、こちらを向いた。
「二人とも……ついてきてくれない………??」
廊下はまさに漆黒の闇だった。一歩先も見えない。部室の謎の大きな本棚を漁って見つけた懐中電灯を持って三人はあまりにも静かで長い廊下を歩いていく。美月は我慢の限界が近いのか、すっかり黙り込んでしまった。
「こ、こりゃ幽霊が出てもおかしくねえな…」
「秀!変なこと言わないでよ!怖いじゃない!」
トイレの前まで着いたものの、流石に女子トイレの中まで着いていくわけにはいかない。
「お願いだからここにいてね…?待っててね…?」
すっかりしょんぼりしてしまった美月はいつもより少し可愛かった。トイレの入り口で和樹と秀は二人、待っていた。
「せめていつもの校舎の部屋とか借りればよかったのになあ、才谷。」
「仕方ないだろ。俺たちの部室はあそこなんだから」
六月とはいっても夜はかなり冷え込んだ。悴む両手に吐息を浴びせると、摩擦を起こして暖をとる。そんな時だった。
ガタン、タッタッタッ。
明らかに『何か』がいる音がした。ネズミとかじゃない。まるで人間のような大きさの何かが…?
「お、おい才谷。今何か音がしなかったか」
「や、やめろよ。気のせいだろ
ガタン、ガタガタ
明確に下の階から聞こえた。秀は情けない声をあげて震えている。
「秀、俺ちょっと見てくるわ」
「才谷嘘だろ!俺をここで一人にするなぁ!」
「美月を一人にするわけにもいかないだろ。ちょっと見てくるだけだからさ」
そういうと和樹は一人駆け出した。どう考えてもこの音の正体を知らないまま一晩を明かす方が怖いだろう。
二階の空き教室を一つずつチェックしていく。一つ、二つと。六つ目くらいだっただろうか。覗き込んだ和樹は声を出しそうになった。
誰かがいる。
顔は見えない。というか、何やら宇宙服のようなものを着ている。そのゴツゴツとしたスーツに身を包まれた誰かは、あたりを見回していた。冷静に考えれば大人を呼ぶべきだ。だが、その間に秀と美月に何かあったらどうする?上の階には逃げ場がない。こいつが上に上がってきたら間違いなくぶつかることになるだろう。考えるよりも先に、動き出していた。
「お前は誰だ!何をしてるんだ!」
謎スーツの人物はゆっくりとこちらを向くと、一歩ずつ近づいてくる。恐怖を押し殺して、最大限威嚇する姿勢を取った。
「高城美月。この人物を知っているか」
心臓の鼓動が強くなる。高城美月。間違いない。今一フロア上にいる人物だ。なぜ美月を探している?何をするつもりなのだ?
「し、知らない!その人に何をするつもりだ!」
「知らないなら関係ない」
スーツの人物は窓を開くと、そこから身を投げ出した。
「ここは二階だぞ?」
急いで下を見るも、もうそいつはいなかった。何がどうなっている?なぜここで美月が狙われるのだ。
「何してんのよ、こんなところで」
背筋がビクッとなり教室を見渡す。秀と美月がいた。
「大丈夫か?才谷。」
「あ、ああ。」
結局この事は美月本人には言えなかった。犯人の正体も不明。謎は増えていく一方だった。
部室に戻り小説の設定の続きを考える事になった。トイレに行く前の話に戻る。
「で、なんだっけ?タイムマシンのせいで起きた戦争をタイムマシンで止めにきたみたいな話だったわよね?私だったらこうするかなーっていう案は一つあるわよ」
「なんだよそれは」
「過去に戻ってタイムマシンを作った人を殺すのよ。そうすればタイムマシンは生まれないじゃない。」




