信じてみる勇気
眠い目を擦ってリビングへと顔を出した和樹は、眠気も吹き飛ぶような光景を目にする。エプロン姿のミチュが、料理を作っていた。
「ミチュちゃんの料理超美味しいぞ!和樹も早く座って食え!」
我が父親ながら、なんと楽観的な人間なのだろう、と和樹は少々呆れた。食べてみると、実際に美味しい。ミチュの意外と家庭的な一面も見えたところで和樹は今日も学校へと足を向ける。
「あ!才谷くん!今日はいつもと違う道で駅まで行ったほうがいいわよ!多分道路工事してると思うから」
「は?はあ。行ってきます」
今は六月。昨日まで工事なんかしてなかったし、そんなわけない、と思っていた。そこには『迂回をお願いします』との看板が掛かっていた。どうやら突然昨日の夜道路の陥没の恐れが発覚したようだ。まさかこれが未来から来た証拠?くだらない、こんな小さな事象未来から来たってわかるわけないのだ。どうせ朝早くに起きて散歩でもしたのだろう。和樹はまだ少し肌を刺す涼風に吹かれて電車に飛び乗った。
いつもの退屈な授業を今日も過ごす。そして昼休みに差し掛かったころ。秀がハイテンションで現れた。
「おい才谷!このニュース見たか!工事現場から謎の埋蔵金発見だってよ!もしかしたら歴史的にすごいものかもしれないって!これめっちゃ近所じゃね!?」
間違いない。この埋蔵金が出たのは朝に見た工事現場だ。これが後に歴史に残るとしたら、ミチュが知っていたのも頷ける…なんて、いったい何を考えているんだ。
「あなたたち、埋蔵金はいいけどさ、ちゃんと小説のあらすじは考えてきたんでしょうね。」
美月はノートを差し出してくる。
「これになんでもメモしなさい。面白いものをよろしくね、才谷。」
「ええぇー、俺かよー!」
「頑張れよ才谷ー!」
「秀、あんたはキャラクターの設定とか考えなさい。楽できるわけじゃないわよ。」
「ちぇーっ」
面白いあらすじを考えなければならない。だが待てよ。俺は今、最高に面白い非日常に巻き込まれてるのではないか?タイムマシン?世界規模の戦争?そんなわけがない。きっとあの女の妄言だ。だけどちょっと信じてみるのはどうだろうか。嘘だったら嘘だったで、全部小説の題材にしてやる。
「才谷。あんた何ヘラヘラしてんの」
美月の冷たい視線を受けたが、とにかく小説の件はどうにかなりそうだ。
家に帰ると、信じられない光景が待っていた。いつもは精々一人、二人プラス千影しかいない店に、たくさんのお客が入っている。
「あ 和樹おかえりー。」
案の定千影は今日もいる。
「お前さあ、学校は?」
「ちょっとめんどくさくてー。まあいいかなーみたいな。」
「そうか。ところでこの人はなんだ。なんでこんなに混んでいる?」
「あー。それはあの人が働いてるからだよー多分。」
「え」
そこにはせっせとコーヒーを注いでは客へと運ぶミチュがいた。
「なんかー。せっかくだから働きたいって言っててー。おじさんがいいよーってー。」
ちょっと流石に親父のリテラシーがヤバい気もするが、結果的に儲けてるから良しとしよう。それに、昨日今日と行動を見ていたがミチュが悪人のようには見えなかった。
「じゃあ和樹。また明日ー。」
「明日も来るのかよ」
和樹は少し困ったような笑顔で千影を送り出すと、閉店の作業を手伝い始める。
「お父さんは台所行ってくるから、ミチュさんと和樹は掃除してくれるかい」
「わかりました、オーナー!」
「もうオーナー呼びなのね」
店内にはミチュと和樹の二人きりとなった。ミチュは壁と床の隙間に溜まったゴミを箒で頑張って掻き出そうと努力していた。
「今日はありがとう。あなたのおかげでたくさんお客さんが来た」
「いいのよ。オーナーや才谷くんには良くしてもらっているし」
和樹は掃除の手を少し止めると、ミチュへと近づく。
「ミ、ミチュ…さん」
「ミチュでいいわよ。なあに?」
「俺、あなたのこと信じてみようと思う。正直、嘘ついてるのか本当のことなのか全然わからないし。ミチュ、いい人そうだしさ。だから、俺にできることがあればなんでも言ってくれよ」
ミチュは少し目を大きく見開くと、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうね、才谷くん。信じてくれてとっても嬉しい。だけど大丈夫よ。あなたは何も気にしないでここにいてくれていいの。寝る場所と食べ物を用意していただけてるだけでもこれ以上ない幸せだわ。」
なんだか拍子抜けだ。和樹は世界戦争に巻き込まれる覚悟で言ったというのに。
「気持ちはとても嬉しいけどね、未来人として、この時代の人間を必要以上に巻き込むわけにはいかないの。だから、才谷くんはそのままでいてね」
ミチュはそう言うと、和樹の頭をポンポンと撫でた。
「う、うわあ!やめろ!気持ち悪い!」
「えー?いいじゃなーい!才谷くん!」
きっとミチュは、和樹には言えない重荷だって抱えている。和樹にそれを追求することはできない。ならせめて彼女が笑える場所を少しでも提供できればいいと思い始めるのだった。




