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退屈な日常に

 『次は大人気俳優、才谷和樹さんのご登壇です!』

たくさんのカメラの前に彼は現れる。満足そうな顔をして各所に手を振る才谷和樹は、黄色い歓声を浴びながら真紅のカーペットの上で歩みを進める。やがて一体全長何メートルあるのかもわからないほど長い車の前まで来ると、ボディガードがドアを開くのを確認して中に乗り込む。

 

「ハハハハ、俺って大人気!」


その時、頭に何か大きな衝撃があった。



「才谷。授業中に居眠りしない。」


目を開けるとそこには退屈な日常が待っていた。

その教師は和樹を叩き起こすとそのまま何事もなかったかのように授業を進めていく。


「和樹、お前あの鬼教師の前で居眠りなんかするなよ」


隣の席の唐木秀が声をかけてくる。


「うるせえっ。てか後ろ見ろ唐木。」


秀が後ろを見ると、その『鬼教師』がとっても怖い笑顔で秀を見下ろしていた。


 彼の名前は才谷和樹。ハリウッドでも大人気な俳優…というのは彼の妄想の中の話で、本当はどこにでもいる普通の高校生である。勉強もスポーツも音楽も、特に取り柄のない人間だ。まあ授業中に居眠りするような生活だから全然学力も上がらないのだが。そんな和樹にも居場所はある。友達は多くない方だが、部活のメンバーとは仲がいい。やがて退屈な授業が終わり窓から西陽が差して別れの挨拶を耳にする時間となると、和樹はちんたらとした歩きで旧校舎の三階にある部室へと向かった。古ぼけた教室札には元々何年何組みたいに書いてあったのだろうが、その上から新しめの白い紙が貼られ、『文学部』と書かれている。これは現在の部長がやったことだ。気だるげに和樹は軋む音を立てながら扉を開き、先に来ている二人に挨拶をした。


「才谷、遅いわよ!あんたやる気あるの?」


この口うるさいのは女友達の高城美月である。この部活の部長だ。


「まあいつものことだろ。てか才谷、先週貸した漫画早く返せよな」


こいつは先ほど鬼教師に鬼教師と言って大目玉を喰らった唐木秀という男だ。文学部のメンバーは和樹を入れてこの三人だけである。しかも文学部とは言っても別に大したことはしていなく、生徒会への活動報告をするために一年に一冊小説を共同執筆しているが、そのシーズン以外はただの雑談部である。だがこの緩さが和樹には心地が良かった。美月、秀とは同い年、中学時代からの付き合いで高校に入学した際に『誰も入らなければ廃部』と銘打たれていた哀れな文学部に三人は入部した。


「もう六月なのよ?九月の文化祭までには小説を仕上げて製本して、展示したいのよ。まだ全く手すらつけられてないじゃない。あらすじ考えてくるって話はどうなったのよ」


ショートヘアに可愛らしいお花のヘアピンが目立つ彼女は至極真っ当な意見を投げかける。それに対してちょっとチャラい感じの見た目の秀は意気揚々と回答する。


「それなら考えてきたよー。タイトルは貧乏勇者!まずな、王様から布切れとただの棒しかもらえなかった勇者が魔王を倒す内容なんだが、とにかく物価が高くてなにも買えねえんだよ!」


「いや、それほぼ俺が借りた漫画の内容じゃん」

和樹もまあまあ学力が足りてないが、秀はさらに足りていない。美月は部長という威厳をフル活用できそうなタイヤのついた椅子に座りながら机に肘をつき、呆れたような顔をしていた。


「まあでも、今年はファンタジーとか書いてみたいわよね。今秀が言ったみたいな方向性は正直アリだと思うわ」


意外にも好評価だ。丸パクリなことを除いて。和樹も流石に真面目に考えることにした。


「去年は青春日常モノみたいな感じだったもんな。今年は全く違うジャンルとしてファンタジーとかSFとか書くのは俺も賛成だ。急にモチベーションが上がってきたぞ。」


去年の青春日常モノとは、和樹と秀がなんとなく作った脚本に美月が手直ししていったらなんとなくBLっぽくなっていった謎作品である。さらに和樹は普通のラブコメ、秀はほのぼの日常系が書きたかったようで、この三人の行き違いのせいでかなり混沌とした内容になった。


 結局この後もいろいろ考えたが話がまとまらず、『ファンタジー作品を書こう』というフワフワした結論だけが出て部活動は終了した。学校の目の前から出ているバスに秀と美月は乗ると、一人だけ自転車で通学している和樹に「また明日」とだけ挨拶をすると行ってしまった。こうしてまた和樹の退屈な一日は終了を迎えるのであった。自転車で二十分ほど走ると、壁に蔦が絡みつく年季の入った建物が見えてくる。和樹は駐輪場に相棒を停めると、その建物へと入っていく。カランコロンカラン、と来客を伝える音が鳴るが和樹は来客ではない。


「おお、おかえり和樹。今日は遅かったな。部活か?」


和樹の父親はコーヒーメーカーのようなものをガチャガチャと弄りながらこちらに笑顔を見せる。ここは街の外れにある小さな喫茶店で、和樹の家である。客の入りは正直言って良い方とは言えないが、父親と和樹の二人が食べていくには十分な収益であった。今だって客は一人しかいない。しかもその客とは、いつもいるヤツだ。


「千影、また来てんのか。今日は何しに来たんだ?」


千影と呼ばれたその女の子は、ボサボサな髪を少し掻き上げると和樹の方を見上げた。


「んー。ただ来たかったから来てるだけー。」


のんびりとした口調の彼女はただそうとだけ答えた。まさに『のんびり』という言葉は千影のために生まれたんじゃないかと思わせるような、彼女はそんな人間だった。


「千影。今日は学校はどうしたんだ。」


千影はずっとノートにカリカリと何かを書いていたが、その手を少し止めた。和樹と話をする気があるようだ。


「今日はねー。行ってないよー。」


「そうか。明日は頑張って行くんだぞ」


はっきり言うと、千影は天才なのだ。全然学校に行っていないのに定期テストはいつもほぼ満点、一度大学受験の模試を解いた際には全国一桁台だったようで、いつもこの喫茶店にやってきてはノートによくわからない数式を小さな字で書き連ねている。前に少し聞いた時には、学校の勉強は簡単すぎてつまらないらしい。和樹にはとても理解できない話だ。そのため、出席日数ギリギリまで休んでいるようだった。


「和樹は今日部活だったのー?楽しかったー?」


こんな喋り方だからわかりにくいが、千影は和樹のことを結構気にかけてくれている。まあ同い年なのだが。


「ああ、楽しかったぞ。千影も学校で楽しいこと見つかると良いな。」


「うんー。でもちょっと難しいかもねー。」


和樹と千影は小さい時からの幼馴染だ。小学校までは一緒だったが、中学校からは別の学校に通っている。そのため千影は現在の和樹の友達である秀や美月とは全く面識がない。まあもし千影が同じ学校に通っていても、おそらく友達にはなっていないだろう。千影は基本的に他人に全く興味がない。なのになぜか和樹のことだけはいつも気にしているのだ。だが逆も然り。和樹は学校を休みがちな千影を心配していた。天才すぎて周りから浮いてしまうのはわかるが、彼女にも月並みな楽しさを知ってほしいと思う。

 ちょっと重い空気になってしまったので、和樹は頑張って話題を転換した。

 

「そ、そういえばさ!今部活で何か物語を作らなきゃいけないんだけど、千影は何か面白い脚本とか作れないかなー、なんて思うんだけど」


千影は返答こそしないもののどうやら考えてくれているようで、ぼーっと天井を見上げていた。その曇り一つない目には天井で回るシーリングファンが映っていた。彼女は昔から何かを考える時、上を向く癖がある。和樹はこの時の千影の顔が好きだった。千影は美人だし、話してみると面白いのに友達が自分しかいないなんて勿体無いと、和樹はいつもそう思っていた。


「うんー。まあ思いつかないこともないけどねー。でもこういうのって、和樹が自分で考えるから意味があるんじゃないかなーって思うけどー。」


その通りである。千影という天才に頼り続けているから和樹はダメ人間になっていくのかもしれない。


「だよなー、千影の言うとおりだわ。俺と部活メンバーだけで頑張って考えるよ。あーあ、何かつまらねえ日常が面白くなるような非日常的な出来事、ないかなあ。」


そう言って和樹が大きく伸びをしようとした時、カランコロンカラン、と音が鳴り、勢いよく古い扉が開いた。和樹も千影も父親も驚いた顔をしてそちらに注目する。そこにいたのは、和樹よりおそらく十歳ほど年上の女性だった。かなりボロボロな格好をしている彼女だが、そこから衝撃の発言が飛び出す。


「あの、才谷和樹くんのお宅でお間違いないですか」

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