こんなところで終わらせはしない
自転車の付属パーツにスマートフォンを装着すると、和樹は今まで出したことのない速度で走り出す。そしてそれから通話を繋げると、携帯のスピーカーからはミチュの声が聞こえてきた。
「私の記憶だから間違っていたら申し訳ない!けど多分今日は塾に行っているわ!この曜日に通っていたから間違いないと思う!今から地図で送るわね!」
ミチュから送られてきたマップを元に和樹はただペダルを漕ぐ。足が、自転車が、自分の体がどうなろうと知ったことではない。ただ、美月を守らなければいけない。そしてミチュを守らなければいけない。これは、そうしなければ未来の戦争が終わらないからとか、タイムマシンが完成してしまうからとか、そんな大仰な理由ではない。
ただ和樹にとって彼女らは大切な親友だから。それだけの理由だった。たったそれだけを原動力にして、和樹は暗闇に街灯が灯るだけの寂しい道を駆け抜ける。できる限りの限界を尽くして、彼はただ足を動かす。もう間に合わなかったらどうしよう、もう手遅れかもしれない。そんなことを何度か思ってしまった。だが違う。今も携帯からはミチュの温かい声が聞こえている。ミチュが無事ということは、きっと美月もまだ無事だ。それでも急がないといけない。
「無事でいてくれよ……!!!」
そんな時だった。暗闇の中に突然現れた人影。今まで人なんてほとんどいなかったのに。そして和樹はその人物の足元を見て青ざめる。誰かが倒れている。まさか…!
「おい!そこで何してるんだお前!まさかその人は」
やはりそうだ。ヘルメットを被った顔の見えないスーツ野郎は、ゆっくりとこちらを向く。
「安心しろ。まだ死んではいない。深く眠りについただけだ」
頭に血が昇っている和樹だったが、携帯から聞こえるミチュの小さな声は確かに聞き取れた。
「気をつけて、才谷くん。そいつの正体はおそらくタイムマシンの利権を握っている某国からの刺客よ。恐らく私を消して、戦争を続行させようとしているんだわ。どんな武器を持っているかわからないから気をつけて。」
スーツは高らかに笑い、そしてまるでこの状況が余裕かのように説明を始める。
「ハハハ、まさか。私だってこの時代で騒ぎを起こすのはあまり好ましくないと考えている。だから大した武器は持ってきていないよ。そう、君と同じ睡眠銃くらいしか。」
そういうとスーツは一発撃ち出した。拳銃の形をしているから撃つ時はものすごい音がするものと思っていたが、そこは流石未来の代物。ほとんど音はしなかった。緊張で全身の神経が研ぎ澄まされていた和樹は、撃つ直前で間一髪避けることができた。
「ハハハ、面白い。次は当ててやろう」
そうだ、こいつは何発も弾丸を持っているのだ。だがこちらは一つ。これをヤツに正確に当てなければならない。和樹の足が震え出す。だがそもそもこちらが銃を持っているのは相手にもバレている。そしてこの武器を熟知しているのは和樹ではなく、向こう側だ。果たして本当に勝てるのだろうか。いや、弱気になってはいけない。確かにその場に倒れている美月に目をやった和樹は、そう決意する。負けられないのだ。
スーツは一気に何発も撃ち始める。しかしそれは全て和樹の横を通り過ぎていった。威嚇射撃のつもりなのだろうか。
「何のつもりだ」
「ハハハ、せっかくなら楽しませてやろうと思ってな。次貴様が目を覚ます時には、この女はもうどこにもいないんだから」
そんなことは絶対にさせない。美月、ミチュ、こんなところで両方失うわけには絶対にいかない。こんなところで、終わらせはしない!
その時だ。まるでその決意に応えるかのように美月が少し動いた。
「バカな、眠っているはず…!」
スーツは一瞬困惑したような素振りを取るが、すぐに美月に弾丸を撃ち込んだ。だが確かにこれは僥倖だった。このチャンスを逃すわけには行かなかった。
和樹は迷わず銃をスーツに向け、確かにその一発を放った。引き金を引いた時、確かにスーツはこちらを見ていなかった。気づいていなかった。勝った、と正直思ってしまった。その弾丸はスーツの腹の辺りを直撃すると、それと同時にスーツは悶絶を始めた。
「ぐ、ぐわああぁ!!!この……ここ、までか……」
「というとでも思ったか」
スーツは前のファスナーを少し開いた。
「これは対睡眠銃用の防弾チョッキだ。確かに大した武器は持ってきていないと言ったが、防具は持ってきていないとは言っていないぞ。」
命の綱が、ブチっと千切れる音がした。もう終わりなのか、ここで全て失うのか。親友である美月も、恩人であるミチュも、そしてこの世界の平和も。スーツも高らかに笑う。全ての終わりを告げる嘲笑だった。
ごめん………みんな………………
遠くから、車輪が高速回転するような音が聞こえる。シャーっと、まるでこれは先ほどまで和樹が聞いていた……自転車の音?
「才谷ーーー!!!諦めんじゃねぇ!!!絶対に美月を守り抜けーーー!!!」
それには流石のスーツも反応が遅れた。
目にも留まらぬ速さで現れたその自転車は思いっきりスーツと衝突すると、大きく転倒した。
「才谷!早くどうにかしろ!」
その自転車を運転していたのは、秀だった。
「秀!」
これが恐らくラストチャンスだ。和樹は走り出す。痛そうにしながらも起き上がろうとするスーツに一発蹴りを入れると、催眠銃を取り上げた。
「お前、相手が悪かったな。俺には頼れる親友も恋人も恩人も、みんないる!俺は一人じゃないんだ。ゆっくり反省しろ。」
それだけ言うと和樹はスーツのヘルメットを脱がし、引き金を静かに引いた。




