【腐り根、洗えども】
その日の夜更け、里の人々が寝静まった頃。
野狐の姿で里へ降りた私は、畑をひとつひとつ、見て回った。
鼻先を土に擦り付け、地の底から湧き出すようなどんよりとした気を、
そっと吸い込む。
次から次、一晩のうちにすべての畑を吸い切り、
最後に里長の家へ向かった。
庭に入り、縁側から、漂う気配をたどって寝室を探す。
濁った気配があるので、すぐにわかった。
しかし、人の気配がして、庭木に身をひそめると
寝室から、惣真さんが出てきた。
『こんな遅くまで看病を…?体調が悪化しているのかしら…?』
心配を胸に、完全に人の気配がなくなるまで身をひそめ
そっと前足で寝室の障子をあけて、里長の様子をうかがう。
寝息はかすかに浅く、どこか苦しげだった。
近づいて、鼻先をそっと胸に当てる。
昼よりも重く、黒くなっている気に驚きながら
私はそれを吸い込んだ。
体にどんよりとたまった気で、めまいがする。
あまりの量に吸いきれず、鼻先を離して様子を見ていると
呼吸はだんだん深くなり、規則的な寝息を立て始めた。
少し残ってはいるが、あとは体力でなんとでもなる程度だ。
しばらく様子を見て、私は里長の家を後にした。
神社に戻り、拝殿の静かに燃える狐火へ黒い気を吐き出す。
ごぉっと音をたてて、猛々しく燃え盛り、
やがて、黒いものを焼き尽くして、再び静かに眠るように、元の大きさに戻る。
私も、そのまま疲れ果て、少し白んだ空を薄目に見ながら、
深い眠りの湖の底へ沈んだ。