【焔纏う姫君】
川辺の大きな岩に腰掛けて考え事をしていると、
茂みの方から、不埒な声が聞こえてきた…。
「ね~ぇ、お前さん?いいだろう?どうせ畑はあの通り。
今日は仕事になりゃしないって。」
「んんん、ん、んだけど!俺には妻子が…!」
「おやおや、口ではそう言いいながら…随分、正直じゃないかい?」
半分脱がされかかっている里の若者に、とても美しく艶っぽい女が覆いかぶさる。
思わず目を逸らしつつ、私は風を巻き起こした。
「わぷっ…!?なんだい?この風…」
一瞬、女の気がそれた。その隙をついて、男はするんと逃げていった。
「ありゃ、逃げちまった。
全く…誰だい、わっちの邪魔をしてタダでは…」
言い終わる前に私と目が合い、美女の顔はさっと青ざめる。
「華狐」
可能な限り唸るような声で、短く名前を呼ぶ。
途端にぽん、と音を立てて、彼女は黄金色の狐の姿になった。
「じょっ…冗談じゃないかい!何もそんなに怒らなくても!
ほらっ!里の様子がおかしかったから、あんたに教えてあげようとね!」
慌てふためき、私に言い訳を並べる彼女は、
『華狐姫』。妖炎山の長であり、多くの化狐を束ねている。
狐火の扱いに長ける彼らには、様々なことで助け合っていた。
…が、ご覧の通り。化狐の性分なのか、人を化かして悪戯するのがやめられない。
「…念のため聞くど、畑はあなた達の仕業じゃないわよね?」
ため息交じりに聞くと、彼女は真っすぐこちらを見つめる。
「悪戯は悪かったけど、それは言い過ぎじゃないか。
わっちらを疑っておいでかい?」
わかっているのだ。人へ対するからかいが好きなだけで、
害なす悪事をするわけではないのは。
「…ごめんなさい。失言ね。」
何百年も連れ添った友人だというのに…。
私は肩を落とす。化狐の長は、くるりと空中で前転し、
見慣れた人の姿に転じる。
しかし、その奇妙な着物はいつ見ても、目のやり場に困る。
胸と股を隠かろうじて覆う布に、長い羽織をはおっているだけで、前は留めていない。
へそや足は丸見えである。
「珍しく切羽詰まっているようでないか、九尾の姫君。
わっちらもなにか手伝おうかえ?」
肩に手を回して怪しく囁いてくる彼女に、背筋が冷える。
…最近、同じ感覚を味わったような?
しかしこれは、彼らの性で、悪気はないのだ。
「…お願いするわ、華狐。
そういえば、最近そちらの山はどう?変わったことはない?」
「ああ、あぁ、おかげさまでね。食うに困りゃせんし、
狐之葉も元気に大きくなっているよ。」
狐之葉とは、彼女の息子だ。おっとりとしていて、
亡き父、炎葉に似て、心優しい。
その性格と裏腹に、彼の出す炎は、大きく激しく熱かった。
「また狐流と遊んであげてね。」
彼女はにやっと笑って、身を翻し、狐の姿で山へかけていった。