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焔に咲く九尾の華  作者: 焔夜 夕
第二章 音もなく、這い寄るもの
4/8

【華の根を喰らうもの】

春のやわらかな陽射しが、夏の気配を帯び始めたころ。

野イチゴを両手いっぱいに抱えた弟が、本殿に飛び込んできて、私は目を覚ました。


「姉様ーー!見て見て!今年も野イチゴが、こんなに!」


すでにたっぷり食べたのだろう、子狐の口元は真っ赤に染まっている。

私は起き上がりざまに、一本の尻尾でその口元をぐいっとぬぐった。


「ずいぶん採ってきたわね。他の狐たちの分は、ちゃんと残しているの?」


起き抜けの体を軽く伸ばしながら、ふわりと人の姿に転じる。

髪を整えつつ、ちらりと弟の顔をのぞき見ると――

「しまった…」という顔で、彼は目をそらした。

私がため息をついて顔をじっと見つめると、

弟はそっぽを向いたまま、しれっと口笛を吹いてごまかしている。


身支度を終えて、拝殿から出る。

風に乗る夏のにおいは、どこか湿り気を帯びていた。


里への石段を下りていく道中、祓火羽がこころなしか少ない気がした。


「春の実りは十分だったと思ったんだけど…」


私が思っていたより不作だったのだろうか?

などと考えていると、いつのまにか里へついていた。


「姉様!今日はこれを友達と食べてくるんだ!いいでしょ!」


里についてすぐ、弟は目を輝かせて足をそわそわさせている。

先に足が走り出してしまいそうな勢いだ。私は微笑んで、


「ええ、でも暗くなるころには里長の家で待っていてね。」


「わかった!」


言い終えるのを待たずに返事をして、わんぱくな弟は駆けて行ってしまった。


里長の家に挨拶をしようと、戸を叩く。


「おはようございます。狐末ですー」


と声をかけたが返事はない。まだ朝の時太鼓がなったばかりだというのに、

留守なのだろうか?


不思議に思いつつ、里の中に歩いていくと、

大きな畑の前に、住人と里長、惣真さんまでいた。


「なにかありました?」


声をかけると、みな、困った顔でこちらを振り返る。


「巫女様…」


畑の植物たちは、どれも元気がなく、

ぐったりとうなだれている。


「もうこのあたりの夏野菜は小さな実をつけてもいいころなのに、この調子なんだよ。」


若い男性が言う。続いて、「うちもだ、うちも」と皆が声を上げた。


「巫女様、なんとかならないか。お祈りでも祭事でもなんでもやるから。」


「…わかりました…少し、視ます。」


土に指先を少し刺して、目を閉じる。

土の中の気は、どんよりと濁って、生命力が減っていた。


「土の様子がよくないですね…。今日九尾様にお伝えします。」


「ありがたいねぇ。」


…土の様子を見ている間、嫌な視線を感じた。

体が強張り、呼吸が浅くなるような恐怖感。さながら、蛇に睨まれた蛙――。

立ち上がって、みんなの顔をぐるっと見渡す。が、おかしなとこはない。


「巫女様?どうしました?」


気づけば惣真さんが、横に立っていて、優しい声で問いかけてくる。


「あぁ、いえ、なにも。ただみんな、元気かな?と思って」


少し驚いて、上ずった声で答えてしまった。


「最近、日中は少し蒸しますもんね。…狐宇から便りはありますか?」


狐宇とは、私の婚約者の白狐(びゃっこ)で、

今は九尾である私を護る侍神(じしん)になるための修行中だ。


「いいえ、もう三月(みつき)で祝言ですから、修行の仕上げに入っているのでしょう。」


そう伝えると、惣真さんは口元を隠し、


「それはそれは。おめでたいことです。

狐宇も大きなけがなどせず、無事帰ればいいですね」


と小声で耳打ちしてきた。

そのあまりの近さに、首筋の毛がぞわりと逆立ち、反射的に身を引いてしまう。


「おや?申し訳ない。」


顔を見ると、心底反省しているような顔をされて、

私は反応に困る。こんなに距離が近い人だったろうか?

しばし硬直していると、里長のせき込む声が聞こえた。


「ごほっごほっ…げほっ…」


はっとそっちを見ると、里長は一颯さんに肩を借りて、

家へ向かおうとしていた。


「里長!?どうしたんですか!?」


私が駆け寄ると、里長は弱々しく笑い、


「いやぁ、なんのなんの、まだ冷える朝に、布団を蹴ってしまってなぁ。

 軽い風邪のようなものじゃよ。狐末さんの心配には及ばんて。」


親子揃って強がる性格なようで、軽いと感じると全然見せてくれない。


「夏の風邪はこじらせると厄介ですよ。」


そっと手に触れて、軽く見る。

土と同じ、どんよりと濁った気が充満している。


「…大したことはなさそうですけど、悪化したらすぐに知らせてくださいね。」


……本当は、そうではなかった。けれど、病は気からとも言う。

今は安心させて、私が何とかすればいい。――その時はそう思ったのだ。


里長が家に帰るのを見届け、里の全ての畑を見て回った。

どの畑も、どんよりとした嫌な気が蔓延って、同じような状態だ。

けれど、川や井戸水には、特に異変が見られない。

こうした異変は、大抵、神の機嫌や不満が水を穢すことで起きるものだ。

だが――…どうにも違うようだ。

私は途方に暮れてしまった…。

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